日本の安全保障と国際社会の平和と安定

日本政府代理人 鶴岡公二外務審議官による冒頭陳述
国際司法裁判所(ICJ)における「南極における捕鯨」訴訟(仮訳)

平成25年7月2日

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

1.我が国にとって,今回は国際連合の主要な司法機関であるこの裁判所への初めての出廷になります。私はこの尊厳ある組織において初めてとなる我が国政府の代理人を務めることを光栄に思います。まず初めに,個人的なことを申し上げさせていただきたいと思います。私の亡き父である鶴岡千仭は,その生涯の多くを国際法に捧げ,国際法委員会委員を20年間にわたり務めました。今,裁判所において登壇する私の姿を父が見たら,どれだけ恐れをなすであろうかと想像します。私は代理人としての要件を全て満たしてはいないかも知れませんが,最善を尽くす決意です。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

2.私は歴史の皮肉に驚かざるを得ません。300年の孤立の後に日本に開国を強いたのは,まさしくこの問題,捕鯨でした。19世紀に大規模な捕鯨に従事していた海洋大国が,捕鯨船員のために物資を供給できるよう日本の港を開くことを要求したのです。そして今,捕鯨は,私達が真に善き地球市民として国際法を守っているのか,または,国際的な義務を回避するために法を操作しているのかを試しているのです。

3.我々は,豪州の主張の管轄権上の根拠について強い疑問を有していますが,もし裁判所がこの事案の本案について決定しようとするのであれば,本件は,国際法の下における日本の活動の合法性をめぐる問題であり,倫理的価値や科学の良し悪しの評価の問題ではないことを強調したいと思います。裁判所に示された問題は,特別許可に基づく捕鯨に関する国際捕鯨取締条約(ICRW)第8条の解釈の問題であります。

4.日本は国際法を遵守することに完全にコミットしており,豪州の主張を真剣に受け止めています。主権国家が国際法違反を訴えられたとき,その訴えは説得力のある法的証拠に裏付けられていなければなりません。先週,豪州はそのような主張を証明することに失敗しました。我々は明確に日本の主張を訴えることにより,我々が国際的義務を誠実に履行していることに一片の疑いの余地もなくなるようにしたいと考えています。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

5.日本はその長い歴史を通じて自然と調和して生きてきました。海に囲まれ,海の恵みを授かってきたことをよく知る日本に限って,資源としての鯨の利用を誤ることはありません。生物資源の持続可能な利用は,資源に乏しく,自然が与え得るものに頼って生き延びてきた日本の気質の中心にある考え方です。日本はクリーンな環境と豊かな生物多様性を将来世代に引き継ぐ義務があることを深く認識しています。日本は環境問題を国際社会全体が協力的かつ包括的に取り組む必要のある重要な地球規模の課題の一つであると捉えています。日本には野生動物保全の条約に参加してきた長い歴史があります。

6.このような精神に基づいて,日本は1951年にICRWに加盟しました。前文に規定されているとおり,ICRWは「鯨族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序ある発展」を可能にするための体制であり,これは天然資源の利用に関する日本の理解に完全に整合するものです。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

7.生物資源の管理に関する国際環境法は,管理されていない漁獲や狩猟が生物種にもたらす人為的活動の効果についての真剣な反省の下に,相当な発展を遂げてきました。日本は,全ての生物種の保存と管理を含め,こうした発展を受け入れてきました。また,このような多国間の管理メカニズムの実施の具体的な進歩を歓迎するものであります。

8.我々は,不必要な殺害の禁止と生物多様性の保全を含めた動物の保護が,本質的に良い目的であることに同意します。ICRWは,1946年以前に広く行われていた捕鯨の慣行を是正し,科学に基づく保存と管理を確保することを目指して設立されたものです。

9.我々は鯨族に損害が発生しないよう予防的アプローチを完全に適用して科学的調査を実施しています。850頭のミンククジラの捕獲は,鯨族の数を脅かすことがないことは,豪州の専門家自らが先週確認したとおりです。南極海の生態系の実態については,ほとんど知られていません。ICRWの要請により,海洋生物資源としての鯨の管理は最も優れた科学的知見に基づき実施されることになっています。まさしく科学委員会に対して必要な科学データを提供するために,日本は調査捕鯨を行っているのであり,他の国々からの貢献と合わせて,国際捕鯨委員会(IWC)の下における科学に基づく保存と管理は進歩を遂げてきました。

10.豪州は1979年まで商業捕鯨に従事しており,ICRWを持続可能な捕鯨を実施するために利用してきました。しかし,1979年に豪州は極端に立場を変更し,マルコム・フレーザー首相は豪州の捕鯨の全面的禁止を発表し,他国による捕鯨を禁止するために取り組むことを表明し,「政府は,・・・豪州は捕鯨反対の政策を追求するべきであり,この政策は国内及び国際的に国際捕鯨委員会や他の組織を通じて追求されるべきであることを支持する。」と述べたのです。豪州には,自らの立場を決定する主権的権利があります。しかし,豪州はその意思を他国に押しつけることも,IWCを捕鯨に反対する組織へと変更することもできません。1979年以来,豪州はICRWとIWCを捕鯨全面禁止のレジームに変える努力を頑なに継続してきました。そのような変更はICRWをすべて書き直すことが必要になるので,豪州はこれまでのところ成功していません。

11.なぜ豪州はこのような立場なのでしょうか。鯨類の全てが神聖で絶滅の危機にあるのでしょうか。このような立場の感情的な背景については理解できますが,どのように解釈すれば法的,或いは科学的立場となるのか理解することができません。多数国間条約の基本的な目的は,社会的,経済的,政治的制度が幅広く異なり,多種多様な利害関係を有する国々を,合意された枠組みの下で合意された国際的な利益のために協力させることにあります。いかなる多国間の枠組みにおける包括性も,合意された基本原則と目的に集中することによって国家間の調和を促進することを通じてのみ確保されます。合意されたルールを一方的に変えようとする試みは多国間条約の効果的な運用を深刻に崩壊させてしまいます。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

12.より良い管理の手法に注力してきたIWCのプロセスの全体を通じ,豪州は,いかなる捕鯨にも反対し,コンセンサスを妨害してきました。IWC加盟国の4分の3を反捕鯨国が構成していたときは,付表第10条(e)に具体化されたように,商業捕鯨のモラトリアムが採択されました。4分の3という多数を維持することができなかったときには,豪州は,単純な過半数で採択できる自国の政策を反映した決議を押し進めました。これらの決議に拘束力はありません。

13.豪州が望むような方向でICRWを改正するために必要な敷居を越えることに失敗した豪州は,裁判所にやってきました。長年にわたる困難な交渉を経て,IWCはようやく「IWCの将来」プロセス,つまり,IWCが完全に脱線してしまうことを防ぐための正常化プロセスの最高到達点まで来ていました。1980年代に反捕鯨国の加盟が増えて以来,IWCは,建設的な議論の弊害となった二極化に悩まされてきました。妥協に到達することによってのみ状況を終了させることができたのです。豪州の頑なな態度は,到達しかけた合意を失敗させました。豪州は,全てのIWC加盟国が受け入れ可能な鯨類資源管理のルールを生み出す予定だったコンセンサスに率先して反対したのです。日本は,国家が,この分野で最も卓越した多国間の枠組みにおいて真摯に努力を行うことや協力することを拒む一方で,相違点を裁判所に持ってくることに戸惑いを感じております。

14.この事件の別の側面は,豪州が,特別許可に基づく日本の捕鯨の地理的な範囲を豪州が南極海において独自に主張している排他的経済水域(EEZ)に限定していることにあります。多数の行為によって十分示されてきたように,豪州はこの海域において管轄権を行使しようとしています。日本は,南極の関係での豪州のEEZに関する主張は認めておりません。この事件の地理的範囲を南極海において豪州が主張している海域とその隣接海域に限定していることによって,豪州は,独自に主張しているEEZに関する立場を正当化しようとしているのでしょうか。それとも,実行はしていないけれども,自国が主張する南極のEEZにおいて捕鯨を禁止する措置をとればそうなるように,南極における自国の主張が試されることを避けようとしているのでしょうか。我々は,豪州が裁判所の管轄権を受け入れた際に付した留保の観点から,裁判所の管轄権について大いなる疑問を有しております。

15.日本としては,誠実に行動し,科学委員会に成果を示すことによって具体的な科学的結果を出しています。日本は,新しい管理の手法の発展に引き続き貢献し,鯨の保存と管理を確保するために徹底して協力してきました。主権国家としてはICRW及びIWCを脱退し,このレジームの外で商業捕鯨を再開することもできましたが,日本は,所与の枠組みの中で,他の加盟国と共に努力することを選びました。

16.商業捕鯨モラトリアムは当初1990年までの一時的なものとして採択されましたが,我々は,事実上は期限なく延長されているにもかかわらず,モラトリアムを誠実に実施しています。豪州は科学的な捕鯨が違法であるとは主張できないため,特別許可に基づく日本の捕鯨は商業的であると主張しています。商業捕鯨モラトリアムを受け入れた後の日本の捕鯨が極端に変化したことについての詳細は,これから補佐人によって説明され,そのような捕鯨は商業的ではなく科学的であることを十分に証明します。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

17.裁判所に提起されている根本的な論点について説明します。日本と豪州の違いは,海洋資源の持続可能な利用が法及び科学の観点において認められるか否かです。

18.なぜ日本は調査捕鯨に従事しているのでしょうか。それは,商業捕鯨モラトリアムがあって,日本は豪州が主張するように偽装された商業捕鯨を継続する必要があるからでしょうか。そのようなことは全くありません。日本は,持続可能な方法で科学に基づく商業捕鯨を再開することを望んでいるため,包括的な科学調査計画を実施しているのです。

19.ICRWの第5条は,規制は「科学的認定に基づくもの」「でなければならない」と要請しており,また,モラトリアム上の表現は,「この規定は,最良の科学助言に基づいて検討されるもの」となっているため,IWCは科学的助言を必要としているのです。このことは,モラトリアムの解除のためには,持続可能な商業捕鯨の再開のために安全な捕獲限界量を勧告し得ることを示すために,説得力ある科学的データをIWCの科学委員会に提示する必要があることを意味しています。この立場は独自のものではありません。例えば,ノルウェーは最近「継続的な科学的データの収集は,商業捕鯨モラトリアムの文脈においても関連すると判明するかもしれない。(中略)というのも,このようなモラトリアムは,本質的には,将来的な管理についての更なる決定までの一時的な停止である。」と述べています。

20.なぜ,JARPAは,日本がモラトリアムを受け入れたときに開始されたのでしょうか。それは,鯨族に関するデータが商業捕鯨を適切に管理するために不十分だったことをもってモラトリアムが正当化されたからです。このような状況では,早急に調査計画を開始することが最善だったのです。

21.なぜ,JARPAIIは商業捕鯨が行われていた水域と同じような場所で行われているのでしょうか。それは,我々は,過去の経験と鯨の資源量に関する現在の科学的データから,これが,商業的に成り立つ方法で捕鯨を行える場所であることを知っているからであり,日本がこれらの水域での捕鯨が持続可能であることを立証しなければ,日本はこれらの水域で商業捕鯨を再開することはできないからです。

22.商業捕鯨を再開しようとしていることを,日本は恥じるべきでしょうか。商業捕鯨が,持続可能な方法で,また,苦痛を与えない殺害に関する合意に従って行われる限り,それは,海洋生物資源の正当な利用です。これは,まさにICRWは何たるかということです。

裁判所長,裁判所の裁判官の皆様

23.我々は原理原則の観点から捕鯨に反対している国々があることは百も承知です。このことは,我々が,条約により求められているとおり委員会の決定が科学に基づくものとなるように,科学委員会に対し商業捕鯨の再開が可能であるという証拠を示すことの重要性をより高くしています。もし日本の科学的調査捕鯨が終了すれば,科学委員会には,持続可能な商業捕鯨の再開が可能であることを示すデータがなくなり,データの欠如は商業捕鯨モラトリアムを無期限に延長することになります。それが,我々が厳正にICRWのルールを遵守している理由です。我々のICRWの遵守に関して疑いがあったなら,我々は持続可能な商業捕鯨の再開という我々の最も重要な目標を危険にさらすということになっていたでしょう。

24.しかしながら,豪州は,鯨は一切殺害しないという政策を根拠に主張を行っています。このことは,「豪州の見解は,我々は鯨を殺害することを含むいかなる調査にも反対するというものである。」という豪州のコミッショナーの発言に示されています。対照的に,日本は科学にコミットしています。我々は,一人の科学者の意見ではなく,IWCの科学委員会によって合意されたICRW及び附属書Pの要件に主張の基礎を置いています。我々の特別許可に基づく捕鯨の科学的成果は,150名以上の鯨の研究の専門家から構成されるIWCの科学委員会に認知され,評価され,そして利用されています。

25.「この条約の規定にかかわらず…」という条約第8条の文字通りの解釈にもかかわらず,我々は「完全な自由裁量」を提唱しているわけではありません。我々の立場は最も高度な予防的アプローチを尊重する努力に明確に基づいています。我々は完全に手続き上の要件を遵守しています。JARPA及びJARPAIIの下で対象となる種の資源への害はないことが科学的に証明されています。日本は常にIWCを通じた交渉に出席し,合意されたことは受け入れ,それを誠実に遵守してきました。日本が,ICRWに明記されているように,最良の科学的助言に基づき持続可能な捕鯨を再開することを望んでいるのは,専らこれらの強固な基礎の上にあることなのです。

26.私のスピーチに続く我々の弁論では,我々は管轄権に関する疑問と本案の双方を取り扱います。我々の補佐人は,科学的調査の目的のための特別許可に基づく捕鯨が法を根拠としており,IWCの科学委員会によって認知されているように,科学に基づいていることを説明します。そうする中で,我々は,先週の豪州の主張が意味のないものであり,国際条約の違反という深刻な申立てを実証するものではないことを説明します。

裁判所長,裁判官の皆様,

27.法は発展します。ただし,国家間の合意がある場合においてのみです。合意の対象範囲,もしくは合意の対象外となる範囲については,条約解釈上の確立したルールに依らなければ判断することができません。日本は,合意されたものを完全に尊重し,パクタ・スント・セルヴァンダ(「合意は拘束する」)の基本原則を尊重してきました。そして我々は,裁判所の判決が国際関係の安定の強化に資するという期待の下に,本日,貴裁判所長,貴裁判官の前におります。仮に,裁判所が条約法に大変革を導入しなければならないとすれば,国際法にとって長期的に重大な結果をもたらすことでしょう。しかし,国際連合の主要な司法機関である裁判所は,発せられた言葉の意味通りにその用語を尊重するという基本原則を尊重させるものと我々は確信しております。

28.裁判所は,国家の行動の合法性について判断をします。国家の道徳や,倫理について判断するのではありません。ヒンズー教信徒にとって牛が神聖な動物であるように,ある国家にとって鯨は神聖な動物であります。我々は,5大陸にまたがって70億人が居住する世界に生きております。そして,それらの人々が平和に共存するための唯一の方法は,我々の違いを尊重し,ある人々の特定の観念を他者に押しつけないことです。

29. 豪州の議論を注意深く読み聞きしましたが,日本で許可されている科学的捕鯨に関する司法的な論証に基づくというよりも,むしろ豪州に固有の価値に基づき,あらゆる捕鯨の禁止を課すための一方的な試みであると私は確信しております。確かに,この文脈においては,日本は鯨を捕獲し,殺しています。それでは,我々は恥じなければならないのでしょうか。たとえ,ある特定の人々の意見によればそうであるとしても,それは,国際法に違反していることには当たりません。文化の観点から言うなれば,日本は非常に長い歴史に誇りを持ち,また自然に近接しながら将来世代のために環境を保全し生きるという伝統に誇りを持っております。我々は,我々以外の国民の文化を批判することはしません。裁判所長,異なる文化の間に優劣を決めなければならないとすれば,世界は平和ではいられないであろうことを,私ははっきりと申し上げたいと思います。

30.前述しましたパクタ・スント・セルヴァンダ原則,それは,数世紀にわたり国家間の共存を可能ならしめた法の基本原則です。従って,ある国家の行為がその他の国家にとって道徳的に非難されるべきであるという,誤った理由でこの賢明な原則を排除するとすれば,それは非常に残念なことです。

31.裁判所長,裁判官の皆様,ご静聴いただきありがとうございました。それでは裁判所長,ペレ教授をお呼びください。

ありがとうございました。

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