(5)万人のための質の高い教育
世界には小学校に通うことのできないこどもが約5,800万人もいます。中等教育も含めると、推定約2億4,400万人注74が学校に通うことができていません。特に、2000年以降、サブサハラ・アフリカでは、学校に通うことのできないこどもの割合が増加しています。とりわけ、障害のあるこども、少数民族や不利な環境に置かれたコミュニティのこども、難民や避難民のこども、遠隔地に住むこどもが取り残されるリスクが最も高くなっています。ロシアのウクライナ侵略により、こどもや学生の教育を受ける権利が奪われるとともに、国際的な交流も停滞しています。また新型コロナウイルス感染症の拡大は、教育システムが抱える脆(ぜい)弱性も顕在化させました。学校閉鎖による学習機会の損失に加え、学校が再開した後も学校に戻らないこどもたちがいることも指摘されており、これらに伴うこどもの栄養不足、早婚、ジェンダー平等などへの影響も懸念されています。
教育は、「人間の安全保障」を推進するために不可欠な「人への投資」として極めて重要です。SDGsの目標4として、「全ての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」ことが掲げられており、国際社会は、「教育2030行動枠組」解説の目標の達成を目指しています。2022年9月に国連本部にて開催された教育変革サミットにおいても、脆弱な状況にある人々に対する教育を守るべく、危機に対応できる教育システムの構築のための国際協力の必要性が示されました。日本は、万人のための質の高い教育、女性・こども・若者のエンパワーメントや紛争・災害下の教育機会の確保の観点も踏まえて、引き続き教育への取組を推進しています。
●日本の取組

ラオスにおける初等教育算数学習改善プロジェクトで、算数学習アプリを使用する小学校3年生のこどもたち(写真:JICA)

ジブチ市で初等教育の質向上に取り組むJICA海外協力隊員(写真:JICA)
日本は、開発途上国の基礎教育注75や高等教育の充実などの幅広い分野で支援を行っています。
とりわけ、就学・学習機会から取り残された女子、障害のあるこども、紛争の影響をうける地域や難民・避難民やそのホストコミュニティのこどもなど、脆弱な立場に置かれやすいこどもたちへの支援を進めています。例えば、紛争の影響を受ける地域のこどもたちへの支援として、ウクライナでは遠隔教育機材整備やメンタルヘルスケア支援を実施しています。また、障害のあるこどもにも配慮した包摂的な教育や、気候変動対応、防災の視点を持った教育の推進にも取り組んでおり、例えばモンゴルではバリアフリーでかつ地域の防災拠点としても活用できるよう防火扉や備蓄庫を備えた初等・中等教育施設の整備等を行っています(インドにおける高等教育支援については「国際協力の現場から3」を参照。ケニアにおける障害のあるこどもに対する取組については「案件紹介」を参照)。
また、日本は、「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」解説に対して、2008年から2023年までに総額約5,141万ドルを拠出しています。2022年の1年間で、1億600万人以上のこどもがGPEによる支援活動の対象となり、67万人以上の教員が研修を受けました。日本は、2021年7月に開催された世界教育サミットにおいて、GPEへの支援継続も含め2021年から2025年までの5年間で15億ドルを超える教育分野に対する支援と、750万人の開発途上国の女子の教育および人材育成のための支援を表明しました。2021年度および2022年度の2年間で125万人以上の女子を支援しており、今後も支援を継続していきます。また、日本は「教育を後回しにはできない基金(ECW)」解説に対して、ウクライナのこどもたちがより安全な環境で学ぶことができるよう、新たに拠出を行うことを表明しました。
2022年8月のTICAD 8では、アフリカに対する教育分野(若者や女性を含む人材育成)の取組として、就学促進、包摂性の向上、給食の提供などの取組を通じてこどもの学びを改善し、900万人にSTEM注76教育を含む質の高い教育を提供すること、400万人の女子の質の高い教育へのアクセスを改善することを表明しました。また、日・アフリカ間の大学ネットワークの下での人材育成や留学生の受入れなどを通じた高度人材の育成のほか、科学技術分野の研究協力を進めることを表明しました。
具体的な取組として日本は、2004年から、西アフリカ諸国を中心として、学校や保護者、地域住民間の信頼関係を築き、こどもの教育環境を改善するため、「みんなの学校プロジェクト」注77を実施しています。世界銀行やGPEなどとも連携して、同プロジェクトの対象各国全土への普及に努めており、2022年10月までに、9か国の約7万校の小中学校で導入されています。また、日本の20以上の大学とも連携し、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)(エジプト)およびジョモ・ケニヤッタ農工大学(JKUAT)/汎アフリカ大学科学技術院(PAUSTI)(ケニア)を拠点とした大学ネットワークを構築し、教育・研究・産学連携等の連携強化を図ることで、研究協力を通じたアフリカ地域全体の社会課題の解決を目指しています。
その他にもアフリカに関しては、「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」を通じ、アフリカの青年に日本での専門教育やインターンの機会等を提供し、これまでに6,700人を超える若者に対し、将来のアフリカの屋台骨を担う人材を育てる取組を行っています。(ABEイニシアティブについては、第Ⅴ部1(6)および第Ⅴ部2(2)アを参照)。
アジア太平洋地域においては、国連教育科学文化機関(UNESCO)に拠出している信託基金を通じて、「アジア太平洋地域教育2030会合(APMED2030)」の開催や、教育の質の向上、幼児教育の充実、ノンフォーマル教育の普及および教員の指導力向上など、SDGsの目標4達成に向けた取組を支援しています。また、日本は、日ASEAN間の高等教育機関のネットワーク強化や、産業界との連携、周辺地域各国との共同研究、および日本の高等教育機関などへの留学生受入れなどの多様な方策を通じて、開発途上国の人材育成を支援しています。
■持続可能な開発のための教育(ESD)の推進
「持続可能な開発のための教育解説:SDGs達成に向けて(ESD for 2030)」が、UNESCOを主導機関として、2020年1月から開始されました。ESDは、持続可能な社会の創り手の育成を通じ、SDGsの全ての目標の実現に寄与するものであり、日本は、ESD提唱国として、その推進に引き続き取り組むとともに、UNESCOへの信託基金を通じて、世界でのESDの普及・深化へ貢献しています。また日本は、同信託基金を通じて、ESD実践のための優れた取組を行う機関または団体を表彰する「ユネスコ/日本ESD賞」をUNESCOと共に実施しており、これまでに21団体に授与するなど、積極的にESDの推進に取り組んでいます。
用語解説
- 教育2030行動枠組(Education 2030 Framework for Action)
- 万人のための教育を目指して、2000年にセネガルのダカールで開かれた「世界教育フォーラム」で採択された「万人のための教育(EFA)ダカール行動枠組」の後継となる行動枠組み。2015年のUNESCO総会と併せて開催された「教育2030ハイレベル会合」で採択された。
- 教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE:Global Partnership for Education)
- 開発途上国、ドナー国・機関、市民社会、民間企業・財団が参加し、2002年に世界銀行主導で設立された開発途上国の教育セクターを支援する国際的なパートナーシップ。2011年にファスト・トラック・イニシアティブ(FTI:Fast Track Initiative)から改称された。
- 教育を後回しにはできない基金(ECW:Education Cannot Wait)
- 紛争や自然災害など緊急事態下のこどもや若年層が教育を受けられるよう支援することを目的として、2016年5月にイスタンブールで開催された国連主催の「世界人道サミット」で設立された基金。
- 持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)
- 持続可能な社会の創り手を育む教育。2017年の第72回国連総会決議において、ESDがSDGsの全ての目標達成に向けた鍵となることが確認され、2019年の第74回国連総会決議で採択された「ESD for 2030」においても、そのことが再確認された。「ESD for 2030」は、「国連ESDの10年(UNDESD)」(2005年から2014年)、および「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」(2015年から2019年)の後継プログラムであり、2020年から2030年までの新しい国際的な実施枠組み。
- 注74 : 「Global Education Monitoring Report 2023」211ページおよび214ページ https://www.unesco.org/gem-report/en/technology
- 注75 : 生きていくために必要となる知識、価値そして技能を身に付けるための教育活動。主に初等教育、前期中等教育(日本の中学校に相当)、就学前教育、成人識字教育などを指す。
- 注76 : Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)のそれぞれの単語の頭文字をとったもので、その4つの分野の総称。
- 注77 : 保護者・教員・地域住民の「みんな」が学校運営委員会を構成し、行政と連携しながら、学校を運営するコミュニティ協働型学校運営という取組。保護者や教員のみならず、地域住民たちが教育の重要性を理解し、地域全体でこどもの学びを支えるもので、2004年にニジェールの小学校23校で開始し、現在ではアフリカ地域内の複数国に広がっている。