(2)社会の安全・安定の確保

コンゴ民主共和国キンシャサ市での警察研修における警察分署視察の様子(写真:JICA)
国際的な組織犯罪やテロ行為は、引き続き国際社会全体の脅威となっています。こうした脅威に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限界があるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における能力向上支援などを通じて、国際社会全体で対応する必要があります。
日本は、国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助などの国際協力を推進しているほか、違法薬物対策などの国際組織犯罪対策に関する国際協力を行っています(サイバー空間に対する脅威への対策については、第Ⅲ部1(2)を参照)。
エネルギー資源や食料の多くを輸入に依存する日本にとって、海上輸送における脅威への対処を始めとする海上交通の安全確保は、国家の存立・繁栄に直結する課題です。法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序は、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現のためだけでなく、日本を含む地域全体の発展のためにも極めて重要であり、日本は、各国や国際機関と協力して、海上交通の安全確保や海洋安全保障協力の取組を推進しています(「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」実現のための取組については「開発協力トピックス」を参照)。
●日本の取組
■治安維持能力強化
日本の警察は、その国際協力の実績と経験も踏まえ、治安維持の要となる開発途上国の警察機関に対し知識・技術の移転を行いながら、制度作り、行政能力向上、人材育成などを支援しています。
その一例として、2023年、警察庁は、インドネシアへ2001年から継続して専門家派遣、研修、技術協力プロジェクトを実施したほか、アジアやアフリカ、大洋州などの各国から研修員を受け入れ、日本の警察の在り方を伝えています。
■テロ対策
新型コロナウイルス感染症の感染拡大によりテロを取り巻く環境も大きく変化しました。新型コロナ対策のための行動制限は、都市部でのテロを減少させましたが、人々の情報通信技術(ICT)への依存が高まり、インターネットやSNSを使った過激派組織による過激思想の拡散が容易になりました。もともと国家の統治能力が脆(ぜい)弱だった一部の地域では、新型コロナの感染拡大によってガバナンスが一層低下したことにより、テロ組織の活動範囲が拡大しています。新型コロナ対策のための行動制限の緩和に伴い、テロ攻撃が多発する可能性を指摘する声もあります。
2023年、日本は、テロを取り巻く環境の変化に迅速に対応するため、パートナー国とのテロ対策協議の実施や、G7議長国としてG7ローマ・リヨン・グループ会合の国内開催等を通じて、各国との連携強化や情報交換を進めてきました。
■違法薬物対策

バングラデシュ「警備能力向上プロジェクト」における課題分析のためのワークショップの様子(写真:JICA)
日本は、国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、2023年は国連薬物・犯罪事務所(UNODC)への拠出を通じて、東南アジア等の国々の関係機関との連携を図り、新規化合物注42を含む違法薬物の流通状況の監視や国境での取締能力の強化を行うほか、薬物製造原料となるけしの違法栽培状況の調査等を継続的に実施し、グローバルに取り組むべき課題として違法薬物対策に積極的に取り組んでいます。
また、警察庁では、アジア太平洋地域を中心とする関係諸国を招き、薬物情勢、捜査手法および国際協力に関する情報共有や協力体制の強化を図っています。
■人身取引対策
日本は、人身取引注43に関する包括的な国際約束である人身取引議定書や、「人身取引対策行動計画2022」に基づき、人身取引の根絶のため、様々な取組を行っています。
日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、日本で保護された外国人人身取引被害者に対して母国への安全な帰国支援や、被害者に対する精神保健・医療的支援、職業訓練などの自立・社会復帰支援を実施しています。日本は、二国間での技術協力、UNODCなどの国連機関のプロジェクトへの拠出を通じて、東南アジア等の人身取引対策・法執行能力強化に向けた取組に貢献しているほか、ロシアの侵略を受けて難民・避難民が多数発生しているウクライナおよびモルドバへの支援として国境管理強化と人身取引対策に協力しています。また、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加などを行っています。
■国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)やテロ資金供与対策
国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、金融活動作業部会(FATF)注44などの政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)注45やテロ資金供与の対策に係る議論に積極的に参加しています。世界的に有効な資金洗浄やテロ資金供与対策を講じるためには、FATFが定める同分野の国際基準を各国が適切に履行することにより、対策の抜け穴を生じさせない、といった取組が必要です。そのため、資金洗浄やテロ資金供与対策のキャパシティやリソースの不足等を抱える国・地域を支援することは、国際的な資金洗浄やテロ資金供与対策の向上に資することから、日本は、非FATF加盟国のFATF基準の履行確保を担うFATF型地域体の支援等を行っており、特にアジア太平洋地域のFATF型地域体(APG:Asia / Pacific Group on Money Laundering)が行う技術支援等の活動を支援しています。
■海洋

ジブチ「沿岸警備隊能力拡充プロジェクト・フェーズ3」における制圧訓練の様子(写真:海上保安庁)
日本は、海洋における法の支配の確立・促進のため、巡視船の供与や技術協力などを通じ、インド太平洋地域の海上保安機関などの法執行能力の向上を途切れることなく支援しているほか、被援助国の海洋状況把握(MDA)能力向上のための協力も推進しています。具体的には、フィリピン、ベトナムなどに対し、船舶や海上保安関連機材を供与しているほか、インドネシアやマレーシアなどを含む日本にとって重要なシーレーンの沿岸国に対して、研修・専門家派遣を通じた人材育成も進めています。さらには、サモア、ミクロネシア連邦等の太平洋島嶼(しょ)国に対しても警備艇などの海上保安関連機材の供与や、無償資金協力により「太平洋島嶼国における効果的な海上犯罪対策のための海上法執行機関能力強化計画(UN連携/UNODC実施)」を支援しています。
日本は、アジア地域の海賊・海上武装強盗対策における地域協力促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導し、その活動を支援しています。2017年からは締約国などの海上法執行機関の能力構築を目的とした包括的な研修を実施しています。2023年はReCAAP締約国やインドネシアおよびマレーシア等12か国が参加し、各国からベストプラクティスが共有され、参加国の海賊対処関連の知識向上や沿岸国同士の協力促進に資するものとなりました。
アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾における海賊の脅威に対し、日本は2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本は、国際海事機関(IMO)がジブチ行動指針注46の実施のために設立した信託基金に2009年度から2019年度の間1,553万ドルを拠出しました。この基金により、海賊対策のための情報共有センターや、ジブチ地域訓練センターが設立されています。同地域訓練センターではソマリア周辺国の海上保安能力向上のための訓練プログラムが実施されています。
海上保安庁の協力の下で、アジアおよびソマリア沖での海賊対策のための「海上犯罪取締り研修」を実施しており、2023年は累計で13か国から17人の海上保安機関職員が参加しました。日本は、ソマリア海賊問題の根本的な解決にはソマリアの復興と安定が不可欠との認識の下、2007年以降、同国内の基礎的社会サービスの回復、治安維持能力の向上、国内産業の活性化のために累計で5.79億ドルの支援も実施しています。
シーレーン上で発生する船舶からの油の流出事故は、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力の強化も重要です。2023年3月には、フィリピン中部のミンドロ島沖で転覆・沈没した小型タンカーからの油流出被害に際し、国際緊急援助隊・専門家チームを派遣しました(国際緊急援助隊については、第Ⅲ部2(4)を参照)。
国際水路機関(IHO)では、2009年以降毎年、日本財団の助成の下、開発途上国の海図専門家を育成する研修を英国で実施しており、2022年12月までに49か国から92人の修了生を輩出しています。また、IHOとユネスコ政府間海洋学委員会は、世界海底地形図を作成する大洋水深総図(GEBCO)プロジェクトを共同で実施しており、日本の海上保安庁海洋情報部を含む各国専門家の協力により、世界海底地形図の改訂が進められています。
■宇宙空間

ブラジル「先進的レーダー衛星およびAI技術を用いたブラジルアマゾンにおける違法森林伐採管理改善プロジェクト」における衛星およびAI技術を用いた現地調査でドローン映像を確認している様子(写真:JICA)
日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、農業、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。宇宙開発利用に取り組む新興国の人材育成も積極的に支援しています。特に、日本による国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」を活用した宇宙環境利用の機会提供や超小型衛星の放出は国際的に高く評価されています。2023年6月から12月にかけては、「KiboCUBE」プログラム注47の新たな公募(第8回公募)を実施しました。2023年現在、同プログラムにおいては、過去の公募で選定された中米統合機構(SICA)、メキシコおよびチュニジアが超小型衛星の開発を行っています。
日本は、宇宙新興国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うための基本方針を2016年に策定し、宇宙新興国を積極的に支援しています。例えば、アジアやアフリカ、中南米地域の78か国において、人工衛星「だいち2号」による熱帯林のモニタリングシステム(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングを実施しています。
宇宙空間における法の支配の実現に貢献すべく、宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備・運用に係る能力構築支援を行っています。日本は2021年度から国連宇宙部(UNOOSA)の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を開始して以降、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備および運用面での支援を行い、民間活動を含む自国の宇宙活動を適切に管理・監督するために必要となる法的能力の構築に貢献しています。2023年には、宇宙活動の監督および許認可に焦点を当て、アジア・太平洋地域諸国を対象とする法的能力構築支援を実施しました。
- 注42 : 新しく合成される精神活性物質(NPS:New Psychoactive Substances)、あるいは「危険ドラッグ」とも呼ばれ、規制対象となる薬物(麻薬等)と類似した効果を得るために合成された物質で、合法な医薬品とは認められていないもの、まだ規制されていない向精神性作用を呈する化合物をいう。
- 注43 : 人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取目的で、獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、または収受する行為(人身取引議定書第3条(a)参照)。
- 注44 : 1989年のG7アルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された。
- 注45 : 犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為がその一例。
- 注46 : ソマリアとその周辺国の地域協力枠組み。
- 注47 : 「きぼう」から超小型衛星を放出する機会を開発途上国に提供するための、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国連宇宙部(UNOOSA)の協力枠組み。