(4)職業訓練・産業人材育成・雇用創出
質の高い成長のためには、人々が職業技能を習得し、安定した職業に就き、所得を向上させることが不可欠です。しかし、開発途上国では、教育・訓練を受ける機会が限られており、産業発展の大きな障害となっています。
また、世界の雇用情勢が低迷している状況の中で、安定した雇用を生み出していくためには、それぞれの国が社会的セーフティー・ネット注29を構築してリスクに備えるとともに、一つの国を越えた国際的な取組として、SDGsの目標8で設定された「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」を実現することが急務です。
●日本の取組
■職業訓練・産業人材育成

生計向上活動の一環として縫物を行うインドのトリプラ州内の自助グループのメンバー(写真:トリプラ州森林局)
日本は、開発途上国において、多様な技術や技能を有する産業人材を育成するため、各国で拠点となる技術専門学校および職業訓練校への支援を実施しています。支援の実施にあたり、日本は民間部門とも連携し、日本の知見・ノウハウをいかし、教員・指導員の能力強化、訓練校の運営能力強化、カリキュラム・教材の開発・改訂支援などを行い、教育と雇用との結びつきをより強化する取組を行っています。
2016年から2022年の間に、産業界と連携し、9か国13事業を通じて、19の職業技術教育訓練(TVET:Technical and Vocational Education and Training)機関に対して、施設および機材の整備を含む複合的な支援を行いました。また、2021年、59か国・地域21案件で、女性・障害者・除隊兵士や、難民および紛争の影響下にある人々などの生計向上を目的とした技能開発(skill development)にも貢献しました。
アジア地域では、2023年の日本ASEAN友好協力50周年を見据え、2018年から5年間で8万人規模の産業人材育成を実施する「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」注30において、これまで重視してきた実践的技術力、設計・開発力、イノベーション力、経営・企画・管理力に係る協力に加え、AIなどのデジタル分野における協力を含む産業高度化力を協力分野としており、これら分野での人材育成を着実に実施しています。
また、2017年度から実施している「イノベーティブ・アジア」事業では、アジアの途上国の優秀な理系学生を対象に、日本での留学や企業などでのインターンシップの機会を提供し、日本とアジア各国との間で高度人材の還流を促進しています。
このほか、厚生労働省では、インドネシア、カンボジア、ベトナムを対象に、質の高い労働力の育成・確保を図るため、これまでに政府および民間において培ってきた日本の技能評価システム(日本の国家試験である技能検定試験や技能競技大会)のノウハウを移転する研修注31を日本国内および対象国内で行っています。2021年度にこれらの研修に参加したのは、3か国合計211名で、これにより、対象国の技能評価システムの構築・改善が進み、現地の技能労働者の育成が促進されるとともに、雇用の機会が増大して、技能労働者の社会的地位も向上することが期待されています。
アフリカ地域では一人ひとりの持続的な成長に向けて、産官学連携によるABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ)解説やカイゼン注32・イニシアティブ、国際機関と連携した技術支援などを通じて、産業人材の育成を支援してきており、ABEイニシアティブでは、2022年12月までに約2,000人に研修の機会を提供しました(カイゼンの取組について、「案件紹介 マレーシア」、「案件紹介 チュニジア」を参照)。日本は、8月に開催されたTICAD 8においても、アフリカの未来を支える産業、保健・医療、教育、農業、司法・行政などの分野での人材育成を表明しました。また、途上国におけるスタートアップ・エコシステム支援としてProject NINJA(Next Innovation with Japan)注33を創設し、様々な関係者と連携し、起業家が抱える課題の特定、政策提言、企業経営の能力強化、起業家間の連携促進、途上国の起業家と日本企業とのマッチングや投資促進などを支援しています。
■雇用創出を含む労働分野

バングラデシュでの技術協力「産業人材のニーズに基づく技術教育改善プロジェクト」で、指導者研修に向け研修の準備をする様子(写真:JICA)
日本は、労働分野における支援も進めています。新型コロナの感染拡大、ロシアによるウクライナ侵略により、各国は社会経済的にも大きな影響を受けており、特にその影響は若者、女性を始めとした社会的に脆(ぜい)弱な人々に強く表れています。こうしたことも踏まえ、全ての働く人のディーセント・ワークの実現に向けた支援や対応が国際的にも強く求められています。日本は、国際労働機関(ILO)への拠出などを通じて、アジア地域を中心に、労働安全衛生水準の向上や社会保険制度の整備などに係る開発協力を行っています。また、アフリカ地域注34での若者の雇用支援などにも貢献しており、ディーセント・ワークの実現に向けた取組を行っています。
ドミニカ共和国

地域コミュニティ主体の観光開発
北部地域における持続的なコミュニティを基礎とした観光開発のためのメカニズム強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2016年4月~2022年3月)
カリブ海有数の観光地であるドミニカ共和国では、これまで外資による大型開発が積極的に進められてきました。しかし、このような大型開発では、周辺地域の自然や文化資源が適切に利用されず、地域住民が利益を得る機会も限られていました。
そこで日本は、ドミニカ共和国政府が掲げる、地域コミュニティが主体となって推進するコミュニティベースドツーリズム(CBT)を支援し、地域の発展につながる持続的な観光開発を後押ししています。
本協力では、北部14県を対象に、各土地独自の特産品の振興を通じて雇用創出と地域の活性化を目指し、その土地ならではの文化や自然を楽しむ体験に重きを置く体験型観光など新たな観光商品の開発、地方に観光客を呼び込む観光ルートの立案、マーケティングに関する人材育成などを実施しました。
その結果、カヤック、岩登りなどのアドベンチャー体験や、民芸品作成ワークショップの実施など、地域資源を活用した新たな観光需要の掘り起こしに成功しました。コミュニティが主体となって観光活動を主導することにより、これまで観光開発の外に置かれていた地域の利益につながっています。
また、新型コロナウイルス感染症対策として、感染予防ガイドラインの策定、感染症対策防護具の供与を行い、感染症流行下でのCBTの実践を支援しました。さらに、世界観光機関(UNWTO)と協力し、ポスト・コロナの復興計画策定支援も行い、その結果は、当国政府のCBT推進戦略ビジョン2030に反映されました。
日本は、今後も地域コミュニティが主体的な役割を果たす、持続可能な観光開発を支援していきます。

地域博覧会で地域資源を活用した体験型プログラムや地域産品などの紹介を行う専門家(写真:JICA)

地域博覧会で地元民芸品の作成体験を指導するJICA海外協力隊員(写真:JICA)
用語解説
- 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)
- 日本の優れた科学技術とODAとの連携により、環境・エネルギー、生物資源、防災および感染症といった地球規模課題の解決に向け、(ⅰ)国際科学技術協力の強化、(ⅱ)地球規模課題の解決につながる新たな知見や技術の獲得、これらを通じたイノベーションの創出、(ⅲ)キャパシティ・ディベロップメントを目的とし、日本と開発途上国の研究機関が協力して国際共同研究を実施する取組。外務省とJICAが文部科学省、科学技術振興機構(JST)および日本医療研究開発機構(AMED)と連携し、日本側と途上国側の研究機関・研究者を支援している。
- ABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ:African Business Education Initiative for Youth)
- アフリカの産業人材育成と日本企業のアフリカでのビジネスをサポートする「水先案内人」の育成を目的として、第5回アフリカ開発会議(TICAD V)(2013年)において発足し、以降継続して取組が行われている。同プログラムでは、アフリカの若者に対し、日本の大学での修士号取得の機会や、日本企業などでのインターンシップ、日本語研修、ビジネス・スキル研修などのビジネス・プログラムを提供している。
- 注29 : 人々が安全で安心して暮らせる仕組みのこと。
- 注30 : 2015年の日ASEAN首脳会議で発表された、「産業人材育成協力イニシアティブ」(3年間で4万人の人材育成)が目標を大幅に超える形で達成したことを受けて、2018年の日ASEAN首脳会議において、「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」が発表された。
- 注31 : 「試験基準・試験問題等作成担当者研修」、「試験・採点等担当者研修」などがある。上記本文中の参加者数は、これらの研修の合計値。
- 注32 : どうすれば少しでも生産過程の無駄を省き、品質や生産性を上げることができるか、生産現場で働く一人ひとりが自ら発案し、実行していく手法。戦後の高度成長期の日本において、ものづくりの品質や生産性を高めるために製造業の現場で培われた取組で、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」(5S)などが基本となっている。
- 注33 : JICAが2020年1月に始動させた、途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向けた起業家支援活動。
- 注34 : エチオピア、ガンビア、スーダン、マダガスカル、モザンビーク、モーリタニア。