3 地球規模課題への取組と人間の安全保障の推進
グローバル化の進展に伴い、国際社会は格差・貧困、テロ、難民・避難民、感染症、防災、気候変動、海洋プラスチックごみ問題など、様々な課題に直面しています。これらの社会・経済・環境問題は相互に絡み合い、かつ国境を越えてつながっています。このような国境を越えた地球規模の課題の解決に際しては、旧来の先進国と開発途上国という概念を越えて国際社会が連携して取り組む必要があります。
持続可能な開発目標(SDGs)は、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継として2015年9月の国連サミットで全国連加盟国によって合意された、2030年を期限とする17の国際目標です。MDGsが途上国のための目標であったのに対し、先進国を含む国際社会全体がコミットしたSDGsは、途上国と先進国の双方が取り組む必要がある地球規模の課題を、根本的に解決するための「羅針盤」となりえます。
SDGsの採択以降、日本政府は安倍総理大臣を本部長とし、全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を立ち上げ、SDGs推進の方向性を定めた「SDGs実施指針」や具体的な施策をとりまとめた「SDGsアクションプラン」の策定などを通じ、SDGs達成のための取組を国内外で精力的に行っています。ここでは、そうした日本のSDGs達成に向けた取組について、保健、水・衛生、教育、ジェンダー、環境、気候変動など、各分野の切り口から広く紹介します(2019年の取組について、「◆SDGサミット2019」も参照)。
人間の安全保障
SDGsが描くのは、日本が長年にわたって推進してきた「人間の安全保障」の理念が反映された、豊かで活力ある「誰一人取り残さない」社会です。これは、人間一人ひとりに着目し、人々が恐怖や欠乏から免れ、尊厳を持って生きることができるよう、個人の保護と能力強化を通じて国・社会づくりを進めるという考え方であり、開発協力大綱でも、日本の開発協力の根本にある指導理念として位置付けられています。日本政府は、人間の安全保障の推進のため、①概念の普及と②現場での実践の両面で、様々な取組を実施しています。
①概念の普及
2012年に日本主導により人間の安全保障の共通理解に関する国連総会決議が全会一致で採択された後も、日本は、国連人間の安全保障ユニットを中心とした概念普及の取組を継続しています。2019年2月、日本は、人間の安全保障の概念の誕生から25周年という機会を捉え、ニューヨークの国連本部において、UNDP、国連人間の安全保障ユニットおよび関係国と共に、人間の安全保障25周年シンポジウムを開催しました。
②現場での実践
日本は、国連における「人間の安全保障基金」の設立(1999年)を主導したほか、これまで同基金に累計で約468億円を拠出し、96か国・地域で、国連機関が実施する人間の安全保障の確保に資するプロジェクト248件を支援してきました。
緒方貞子JICA元理事長が2019年10月22日に逝去されました。
緒方元理事長は、国連難民高等弁務官(UN High Commissioner for Refugees)やJICA理事長を歴任され、難民問題や貧困、紛争の解決といった世界の課題に立ち向かう第一線において、卓越したリーダーシップを発揮されました。また、「人間の安全保障」の理念を早くから提唱され、積極的に現場に足を運ぶ「現場主義」を徹底されました。2002年には東京で開催されたアフガニスタン復興支援国際会議の共同議長を務められるなど、世界の平和や安定、発展に対し、長年にわたり多大な貢献をされました。そのご功績を讃えるとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

(写真:UNHCR)

(写真:JICA)

(写真:PMS)
中村哲医師(ペシャワール会現地代表兼平和医療団・日本(PMS:Peace Medical Services)総院長(当時))が2019年12月4日にアフガニスタン東部における銃撃事件で逝去されました。
中村医師は、長年にわたり、アフガニスタン国民や難民のために医療活動や灌漑事業を通じた農村復興活動に取り組まれ、多くのアフガニスタンの方々の生活を改善しました。また、日本とアフガニスタンとの友好親善に多大な貢献をされました。中村医師がいかに敬愛されていたかは、アフガニスタン政府主催の追悼式典においてガーニ大統領自ら棺を担いだことや、中村医師の追悼集会が世界各地で開かれたことにも表れています。そのご功績を讃えるともに、謹んで追悼の意を表します。
(1)保健・医療
開発途上国に住む人々の多くは、先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを未だ受けることができません。国連児童基金(UNICEF)や世界保健機関(WHO)などによると、感染症、栄養不足、下痢などにより命を落とす5歳未満の子どもの数は、年間530万人以上注21いるとされています。また、産婦人科医や助産師など、専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間約29.5万人以上注22の妊産婦が命を落としています。さらに、貧しい国は、高い人口増加率により、一層の貧困や失業、飢餓、教育へのアクセス・質の悪さ、環境悪化などに苦しめられています。このため、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標3において、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」ことが設定されています。また、世界の国や地域によって多様化する健康課題に対応するため、すべての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成が国際的に重要な目標の一つに位置付けられています。
●日本の取組
…UHCの推進(国際会議での日本のイニシアティブ)

グアテマラのキチェ県サン・バルトロメ・ホコテナンゴ市において、青年海外協力隊員(助産師)が同僚に技術指導をしている様子(写真:JICA)
日本は従前から、人間の安全保障に直結する保健医療分野での取組を重視しています。2015年2月の「開発協力大綱」の策定を受け、同年9月、日本政府は、保健分野の課題別政策として「平和と健康のための基本方針」を定めました。この方針は、日本の知見、技術、医療機器、サービスなどを活用しつつ、①すべての人への生涯を通じた基礎的保健サービスの提供(UHC)を目指していくこと、②エボラ出血熱などの公衆衛生危機に対応する体制を構築することを示しており、これらの取組は、SDGsに掲げられた保健分野の課題解決を追求し、被援助国が自ら保健課題を検討・解決していく上でも重要なものです。日本政府は、G7、アフリカ開発会議(TICAD)、国連総会などの国際的な議論の場においても、「日本ブランド」としてのUHC推進を積極的に主導してきました。
2019年は、日本においてG20大阪サミットおよび第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が開催され、UHC推進の機運が一層高まりました。大阪サミットに先立ち、日本政府は、国際保健分野(感染症、健康危機、母子保健、UHC、薬剤耐性(AMR:anti-microbial resistance)注23、水・衛生など諸課題への対策)に貢献することにより、2019年以降、約100万人のエイズ・結核・マラリア患者の命を救い、約130万人の子どもたちへの予防接種の実施を目指すなどの貢献を行うことを表明しました。
2019年6月のG20大阪サミットにおいて、日本は、議長国として、UHCの達成、健康で活力ある高齢化、AMRを含む健康危機について、課題解決に向けた具体的な施策を議論しました。また、UHCの推進に向けた保健財政の重要性、およびその構築に当たり財務当局が考慮すべき事項を提起し、2019年6月に福岡で開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議において、「途上国におけるUHCファイナンス強化の重要性に関するG20共通理解」へのコミットメントが確認されました。また日本は、大阪サミット開催に合わせて、G20で初めてとなるG20財務大臣・保健大臣合同セッションを開催し、財務当局と保健当局の連携のあり方や、途上国におけるUHCの推進に向けたWHOと世界銀行の連携について議論しました。
2019年8月のTICAD7では、第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)やG20大阪サミットの成果も踏まえ、成果文書として「横浜宣言2019」および「横浜行動計画2019」が採択され、その中で、アフリカにおいてUHCをさらに推進させることが確認されました。また、保健・財政当局の連携強化を通じた持続可能な保健財政等の保健システム強化、能力開発の強化、感染症・非感染性疾患対策、母子保健、栄養改善および水・衛生、民間セクターとの連携促進など、効果的な施策が議論され、アフリカにおけるUHCを一層推進することが明記されました。さらに日本は、「TICAD7における日本の取組」において、UHC拡大推進、アフリカ健康構想の立ち上げ、東京栄養サミット2020の開催などを打ち出しました。ほかにも日本は、TICAD7において、多くの保健関連公式サイドイベントに加え、Gaviワクチンアライアンス*第3次増資準備会合を開催しました。また、アフリカの保健医療分野に貢献した医療従事者や研究者を表彰する野口英世アフリカ賞の授賞式も行われました。
国連においては、2019年9月、初めてのUHCハイレベル会合が開催されました。同会合では、安倍総理大臣が、2019年のG20大阪サミットおよびTICAD7において、UHCに対する各国の取組を促進したことを紹介し、保健に加え、改めて、栄養、水・衛生分野の横断的取組の促進、保健財政の強化の重要性を強調しました。本会合では政治宣言が承認され、2030年までにすべての人々に基礎的医療を提供すること、医療費支払いによる貧困を根絶することなどの目標が再確認されました。また、具体的な対策として、保健財政の強化、プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)*の推進、感染症・非感染性疾患対策、水・衛生や栄養の改善、保健教育の推進、保健人材の育成などが掲げられ、UHC達成に向けた政治レベルでの強いコミットメントが示されました。
…UHCの推進(日本の具体的取組)
日本政府は、2015年に定めた「平和と健康のための基本方針」のもと、病院建設や医薬品・医療機器の供与などのハード面での協力や、人づくり、制度などのソフト面での協力など、日本の経験・技術・知見を活用した協力を促進し、貧困層、子ども、女性、障がい者、高齢者、難民・避難民、少数民族・先住民などに向けて、「誰一人取り残さない」UHCを実現するための支援を行っています。

パレスチナのガザ地区における病院での採血の様子。草の根・人間の安全保障無償資金協力により、血液検査機材が供与された。
UHCにおける基礎的な保健サービスには、栄養改善(「(8)食料安全保障および栄養」を参照)、予防接種、母子保健、性と生殖の健康、感染症対策、非感染性疾患対策、高齢者の地域包括ケアや介護など、あらゆるサービスが含まれます。中でも予防接種は、最も費用対効果の高い投資の一つであり、毎年200~300万人の命を予防接種によって救うことができると見積もられています。
日本は、途上国の予防接種率を向上させることを目的として2000年に設立されたGaviワクチンアライアンス*に対して、2011年に拠出を開始して以来2019年度当初予算に至るまで、累計約1億2,970万ドルの支援を行いました。Gaviは2000年の設立以来、7億人の子どもたちに予防接種を行い、1,000万人以上の命を救ってきました。この取組を推進すべく、日本政府は2019年8月のTICAD7の機会に、Gaviワクチンアライアンスの第3次増資期間(2021年から2025年)の資金需要を議論する増資準備会合を横浜で開催しました。また、二国間援助において日本は、ワクチンの製造、管理およびコールドチェーン注24の維持管理などの支援を実施し、予防接種率の向上に貢献しています。
途上国の母子保健については、5歳未満児の死亡率や妊産婦死亡率の削減、助産専門技能者の立会いによる出産の割合の増加などで改善が見られたものの、未だ大きな課題が残されています。日本は、包括的な母子継続ケアを提供する体制強化と、途上国のオーナーシップ(主体的な取組)や能力の向上を基本として、持続的な保健システムを強化することを中心とした支援を目指し、ガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において効率的に支援を実施しています。こうした支援を通じて日本は、妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期に必要なサービスへのアクセス向上に貢献しています。
また、日本は、日本の経験と知見を活かし、母子保健改善の手段として、母子健康手帳(母子手帳)を活用した活動を展開しています。母子手帳は、妊娠期・出産期・産褥(さんじょく)期注25、および新生児期、乳児期、幼児期と時間的に継続したケア(CoC:Continuum of Care)に貢献できるとともに、母親が健康に関する知識を得て、意識向上や行動変容を促すことができるという特徴があります。具体的な支援の例として、インドネシアでは、日本の協力により全国的に母子手帳が定着しています。また、インドネシアを含め、母子手帳の活用を推進しているタイ、フィリピン、ラオス、カンボジア、ケニアの間では、各国での経験を共有して学び合う場が持たれています。さらに、現在母子手帳の試行運用を実施しているアフガニスタンおよびタジキスタンと意見交換も行っています。ほかにも、ガーナをはじめとするアフリカ各国において、母子手帳を活用した取組が行われています。
さらに日本は、支援の実施国において、国連人口基金(UNFPA)や国際家族計画連盟(IPPF)など、ほかの開発パートナーとともに、性と生殖に関する健康サービスを含む母子保健を推進することによって、より多くの女性と子どもの健康改善を目指しています(「国際協力の現場から」も参照)。
グアテマラ一般公募
コミュニティ母子保健向上プロジェクト(第1期および第2期)
日本NGO連携無償資金協力(2018年3月~(実施中))

伝統的産婆(左端)による妊婦への戸別訪問。AMDA社会開発機構のスタッフ(右2名)も同行し、妊娠中の過ごし方や危険兆候などを伝えている。(写真:AMDA社会開発機構)
グアテマラの全22県中、医療従事者による出産介助率が最も低いキチェ県では、伝統的産婆による出産介助率が60.7%*と全国でもっとも高くなっています。しかし、自宅での出産は大量出血やリスクを伴う分娩(ぶんべん)などへの対応が困難であり、妊産婦や新生児の高い死亡率の原因にもなっています。そこで、日本の国際協力NGOの一つである特定非営利活動法人AMDA社会開発機構は、キチェ県の中でもニーズの高いサン・バルトロメ・ホコテナンゴ市において、2018年3月に母子保健事業を開始しました。妊婦健診でリスクを早い段階で把握し、緊急事態に陥る前に適切な対応ができるようになることを目指しています。
まず取り組んだのは、伝統的産婆70人への研修です。伝統文化が根付く地域社会で絶大な信頼を得ている産婆が、研修を通じて妊娠中および出産時の危険兆候、妊婦健診の重要性などを理解し、それを妊産婦へ伝えています。また、男性も含む保健ボランティア262人に対しても研修を行い、地域全体で妊産婦を守れるようにしています。これまでは健診を受けるのでさえ夫の許可が必要でしたが、研修等を通じて妊婦健診や緊急搬送の重要性に対する男性の理解を促したことで、早い段階で搬送される事例も出てきました。さらに、若年層の妊娠・出産を予防するため、小中学生に対するリプロダクティブヘルス研修も実施しています。身体の仕組みや妊娠などについて学ぶとともに、自分自身の人生設計についても考えることで、健康的な家族計画や将来の安全な妊娠・出産の推進につなげています。
*出典:Encuesta Nacional de Salud Materno Infantil, ENSMI 2014-2015
…公衆衛生危機対応能力および予防・備えの強化

コンゴ民主共和国において、国際緊急援助隊の感染症対策専門家が、エボラ出血熱の感染を予防する防護服の着脱方法を医療従事者に指導する様子(写真:JICA)
グローバル化が進展する今日、感染症の流行は容易に国境を越えて国際社会全体に深刻な影響を与えるため、新興・再興感染症注26への対策が重要です。2014~2015年の西部アフリカ諸国でのエボラ出血熱の流行は、多数の命を奪い、周辺国への感染拡大や医療従事者への二次感染の発生といった問題を引き起こし、国際社会における主要な人道的、経済的、政治的な課題となりました。また2018年8月以降、コンゴ民主共和国ではエボラ出血熱が再び流行しています。こうした流行国や国際機関に対し、日本は、資金援助に加え、専門家派遣や物資供与といった様々な支援を切れ目なく実施しました。さらに、日本民間企業の技術を活かした治療薬や迅速検査キット等の供与を行うなど、官民を挙げてエボラ危機の克服を後押ししています。
従来から日本は、感染症対策には持続可能かつ強靱(きょうじん)な保健システムの構築が基本になるとの観点に立ち、とりわけアフリカ各国の公衆衛生危機への対応能力および予防・備えを強化するとともに、すべての人が保健サービスを受けることができるアフリカを目指し、医療従事者の能力強化や保健施設の整備をはじめとした保健分野への支援、インフラ整備、食料安全保障強化など、社会的・経済的復興に役立つ支援を迅速に進めています。
また、日本は、国際社会の平和と繁栄に積極的に貢献する国家として、こうした健康危機に対応する国際社会の枠組みである「グローバル・ヘルス・アーキテクチャー」の構築においても、G7やTICADなどの国際会議の場において議論を主導してきました。特に、WHOの公衆衛生危機への対応強化支援のため、安倍総理大臣が、2016年のG7伊勢志摩サミットの際に5,000万ドルの拠出を表明し、同年内に、WHOの健康危機プログラム*に対して、そのうちの2,500万ドルを拠出し、緊急対応基金(CFE:Contingency Fund for Emergencies)*に対して、約1,080万ドルを拠出しました。さらに、2018年には、同プログラムに対し、約300万ドル、2019年には、同基金に対し、約2,200万ドルを拠出しました。こうしたWHOの健康危機プログラムやCFEへの拠出は、2018年から続くコンゴ民主共和国でのエボラ出血熱アウトブレイクへの対応などに活用されています。
加えて日本は、日本政府の後押しを受けて世界銀行がG7伊勢志摩サミットの機会に創設したパンデミック緊急ファシリティ(PEF)*に対しても、他国に先駆けて5,000万ドルの拠出を表明しました。これまでに発生したコンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱の流行に対しては、PEFから6,000万ドルが拠出され、危機対応に貢献しています。さらに日本は、WHOが国連人道問題調整事務所(OCHA)と連携して危機に対応するための標準業務手順書の策定を主導しました。このほか、日本は2015年に国際緊急援助隊・感染症対策チームを新設し、2018年および2019年にはコンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱の流行に対して同チームを派遣するなど、感染症流行国での迅速かつ効果的な支援に向けた取組を行っています。
…感染症の薬剤耐性(AMR)への対応
感染症の薬剤耐性(AMR)注27は、公衆衛生上の重大な脅威であり、近年、対策の機運が増しています。日本は、AMRへの対策を進めるために、人、動物、環境の衛生分野に携わる者が連携して取り組む「ワン・ヘルス・アプローチ」を推進しています。2016年9月の国連総会AMRハイレベル会合では、「国連総会AMRに関する政治宣言」が採択され、各国や関係国連機関が対策を推進していくことや、国連事務総長が分野横断的な作業部会を設置することが求められ、2017年11月にはAMRワンヘルス東京会議が開催されました。また、2019年のG20大阪サミットの首脳宣言において、「ワン・ヘルス・アプローチ」に基づく努力を加速することが合意されました。2019年10月に岡山で開催されたG20保健大臣会合では、同アプローチに基づくAMR対策の継続等の重要性を記載した大臣宣言が採択されました。また、日本は、同月に新規抗菌薬の研究開発と診断開発を推進するGARDP(Global Antibiotic Research & Development Partnership)への10億円の拠出を発表し、AMR対策においてリーダーシップを発揮していくことを表明しました。
モザンビーク
サイクロン・イダイ緊急支援(コレラ迅速対応チームによるコレラ流行対策)
緊急無償資金協力(2019年4月末~10月末)

流行地域の住民にコレラ対策方法を伝授している様子(写真:UNICEF Mozambique)
2019年3月14日、モザンビーク中部に歴史上最大規模のサイクロンが上陸し、600人以上の尊い命が失われました。災害直後は河川氾濫や落雷による被害が注目されましたが、その後、避難所でコレラが爆発的に流行し、二次災害として人々を苦しめることになりました。
コレラは、コレラ菌に汚染された水などを媒介に流行する病気で、流行エリアの水・衛生環境を改善することで拡大を防ぐことが可能です。
日本は、サイクロン被害を受けたモザンビークに対して、緊急無償資金協力として985万ドルを供与し、そのうち170万ドルがUNICEFに割り当てられました。
UNICEFモザンビークは4月にコレラ迅速対応チームを組織し、コレラ患者がコレラ治療センターに搬送されてから48時間以内に、患者の自宅および半径50メートル以内の近隣住民に水衛生対策(浄水剤等の配布や衛生啓発活動)を施すという作戦を実施しました。これは、コレラ患者宅から50メートル以内において感染リスクが36倍にまで高まるというデータに基づいたものであり、ハイチやジンバブエでの成功例があります。この時、コレラ迅速対応チームにはUNICEFモザンビークで働く日本人の森田智彦(もりたともひこ)氏も所属しており、同国州政府や現地で活動していた米疾病管理予防センターとも協力して被災地のコレラ抑制に貢献しました。
…三大感染症(HIV/エイズ、結核、マラリア)
SDGsのターゲット3.3として、2030年までの三大感染症の終息が掲げられています。日本は、2000年G8九州・沖縄サミットで設立が合意された機関である「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」を通じた支援に力を入れており、2002年の設立時から2019年7月末までに約34億ドルを拠出しました。さらに、日本は、グローバルファンドの支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、グローバルファンドの取組を二国間支援でも補完できるようにしています。また、保健システムの強化、コミュニティ能力強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強められるよう努力しています。
二国間支援を通じたHIV/エイズ対策として、日本は、新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングの普及を行っています。特にアフリカを中心に、「感染症・エイズ対策隊員」として派遣されているJICA海外協力隊員が、より多くの人に予防についての知識や理解を広める活動や、感染者や患者のケアとサポートなどに精力的に取り組んでいます。
結核に関しては、2008年、外務省と厚生労働省が、JICA、財団法人結核予防会、ストップ結核パートナーシップ日本とともに、「ストップ結核ジャパンアクションプラン」を発表し、日本が自国の結核対策で培(つちか)った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、開発途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んできました。2014年、同アクションプランは、同年にWHOが採択した、2035年を達成目標年とする新たな世界戦略である「Global strategy and targets for tuberculosis prevention, care and control after 2015」を踏まえて改訂され、日本が引き続き、国際的な結核対策に取り組んでいくことが確認されました。
このほか、乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについて、日本は、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組の支援や、WHOとの協力による支援を行っています。

フランス政府主催のグローバルファンド第6次増資会合に出席した鈴木馨祐(けいすけ)外務副大臣(2019年10月)

ザンビアでの技術協力プロジェクト「UHC達成のための基礎的保健サービスマネジメント強化プロジェクト」において、JICA専門家による指導のもと、現地の職員が、結核の検体が搬送された日付や数、検査結果等が正確に記録されているかを確認している様子(写真:JICA)
…ポリオ
ポリオは根絶目前の状況にありますが、日本は、未だ感染が見られる国(ポリオ野生株常在国)であるナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国を中心に、主にUNICEFと連携し、撲滅に向けて支援してきました。具体的には、2019年4月、ナイジェリアに対して15億8,000万円の支援を実施しました。これにより、感染症対応およびサーベイランス機能体制の強化を図ることで、同国の都市部を中心とした社会開発の推進および周辺国における感染症の予防や拡大防止に貢献することが期待されます。また、2019年12月には、パキスタンに対して5歳未満児約2,000万人分のポリオワクチンを調達するため、4.85億円の支援を実施しました。ほかにも、日本は、アフガニスタンにおいて、2002年以降、UNICEFと連携して支援を行ってきており、直近では、2019年度に7億5,500万円の支援を実施しています。また、パキスタンにおいて、1996年以降、UNICEFと連携した累計110億円を超える無償資金協力を行っているほか、2016年には、約63億円の円借款を供与しました。この円借款では、一定の目標が達成された場合に、パキスタン政府の返済すべき債務を民間のゲイツ財団が肩代わりするという新たな方法(ローン・コンバージョン)が採用されました。これらの事業により、アフガニスタンおよびパキスタン両国におけるポリオの新規発症件数の減少、ひいてはポリオ撲滅につながることが期待されています。
…顧みられない熱帯病(NTDs)
シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの寄生虫・細菌感染症は「顧みられない熱帯病(NTDs:Neglected Tropical Diseases)」と呼ばれ、世界全体で10億人以上が感染しており、途上国に多大な社会的・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えうることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と密接に連携して対策に取り組んでいます。
日本は、1991年から、世界に先駆けて、「貧困の病」ともいわれる中米諸国のシャーガス病対策に本格的に取り組み、媒介虫対策の体制を確立する支援を行い、感染リスクの減少に貢献しました。また、1998年には、「橋本イニシアティブ」を提唱し、国際的な寄生虫対策に寄与してきました。フィラリア症についても、日本は寄生虫を駆除する薬のほか、多くの人に知識・理解を持ってもらうための啓発教材を供与しています。また日本は、JICA海外協力隊員による啓発予防活動などを行い、新規患者数の減少や病気の流行の拡大防止を目指しています。今後も日本は、こうした取組を通じて、アフリカなどで顧みられない熱帯病に苦しむ人々の治療に貢献していきます。
- *Gaviワクチンアライアンス(Gavi, the Vaccine Alliance)
- 開発途上国の予防接種率を向上させることにより、子どもたちの命と人々の健康を守ることを目的として設立された官民パートナーシップ。ドナー国および途上国政府、関連国際機関に加え、製薬業界、民間財団、市民社会が参画している。
- *プライマリー・ヘルス・ケア(PHC:Primary Health Care)
- 健康を基本的な人権と認識し、すべての人の健康を実現するため、地域住民を主体とし、人々が最も必要とするニーズに応え、問題を住民自らの力で総合的にかつ平等に解決していくアプローチのこと。①人々の健康に対する要求に応じた包括的で平等な保健医療サービス、②健康の決定要因に対する体系的な取組、③個人や家族、コミュニティに対して、自身の健康に対する決定権を与えること、の3つを構成要素とする。
- *健康危機プログラム
- WHOの健康危機対応のための部局であり、各国の健康危機対応能力の評価と計画立案の支援や、新規および進行中の健康危機の事案のモニタリングのほか、健康危機発生国における人命救助のための保健サービスの提供を実施している。
- *緊急対応基金(CFE:Contingency Fund for Emergencies)
- 2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱の大流行の反省を踏まえ、2015年にWHOがアウトブレイクや緊急事態に対応するために設立した感染症対策の緊急対応基金のこと。拠出の判断がWHO事務局長に一任されており、拠出することを決定してから24時間以内に資金を提供することが可能となっている。
- *パンデミック緊急ファシリティ(PEF:Pandemic Emergency Financing Facility)
- パンデミック(感染症の大流行)発生時に迅速かつ効率的な資金動員を行うための枠組み。パンデミックが発生し、あらかじめ合意された条件が満たされた場合、即座に資金が途上国や国際機関、NGOなどにPEFを通じて支出され、緊急対応の経費に充てられる。
- 注21 : 2018年時点。前回データ集計時は540万人以上。
- 注22 : 2017年時点。前回データ集計時は30.3万人以上。
- 注23 : 病原性を持つ細菌やウイルス等の微生物が抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤に耐性を持ち、それらの薬剤が十分に効かなくなること。
- 注24 : 低温を保ったまま、製品を目的地まで配送する仕組み。これにより、ワクチンなどの医薬品の品質を保つことが出来る。
- 注25 : 出産後、妊娠前と同じような状態に回復する期間で、産後約1~2か月間のこと。
- 注26 : 新興感染症とは、SARS(サーズ)(重症急性呼吸器症候群)・鳥インフルエンザ・エボラ出血熱など、かつては知られていなかったが、近年新しく認識された感染症のこと。再興感染症とは、コレラ、結核など、かつて猛威をふるったが、患者数が減少し、収束したと見られていた感染症で、近年再び増加してきたもの。
- 注27 : 注21を参照。