2019年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)安定・安全のための支援

グローバル化やハイテク機器の進歩と普及、人々の移動の拡大などに伴い、国際的な組織犯罪やテロ行為は、国際社会全体の脅威となっています。薬物や銃器の不正な取引、人身取引注17、サイバー犯罪、資金洗浄(マネーロンダリング)注18などの国際的な組織犯罪は、近年、その手口が一層多様化・巧妙化しています。また、イラクとレバントのイスラム国(ISIL)の影響を受けた各地の関連組織などが、中東やアフリカのみならず、アジア地域においてもその活動を活発化しています。また、暴力的過激主義の思想に感化された個人によるホームグロウン・テロ注19の問題も深刻な脅威をもたらしています。さらに、アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾や西部のギニア湾および東南アジアにおける海賊・海上武装強盗問題も依然として懸念されます。

国境を越える国際組織犯罪、テロ行為や海賊行為に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限界があるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における能力向上支援などを通じて、国際社会全体で法の抜け穴をなくす努力が必要です。

●日本の取組

ア.治安維持能力強化

日本は、国内治安維持の要となる警察機関の能力向上について、制度づくりや行政能力向上への支援など、人材の育成に重点を置きながら、日本の警察による国際協力の実績と経験を踏まえた知識・技術の移転を中心とした支援を行っています。

一例として、警察庁では、インドネシアなどのアジア諸国を中心に専門家の派遣や研修員の受入れを行い、民主的に管理された警察として国民に信頼されている日本の警察のあり方を伝授しています。

イ.テロ対策

イラクおよびシリアにおける掃討作戦の結果、ISILの支配領域は解放されましたが、ISILの影響下にあった外国人テロ戦闘員(FTF)の母国への帰還や第三国への移転により、テロおよび暴力的過激主義の脅威は、引き続き、アジアも含め世界中に拡散しています。

2019年3月には、ニュージーランドのクライストチャーチにおいて、テロ実行犯が銃撃の様子をSNS上でライブ配信し、その映像が瞬時に拡散されるというこれまでにない事案が発生しました。また、4月にはスリランカにおいて、邦人を含む250人以上が死亡した、アジアにおける近年最大の連続爆破テロが発生しました。

こうした中、2019年4月にフランスのディナールおよびパリでそれぞれ開催されたG7外務大臣会合および内務大臣会合の成果文書では、テロ対策の必要性が具体的に示されました。また、同年6月のG20大阪サミットにおいて、日本は議長国として、テロなどへのインターネットの悪用防止のため、関係国政府、国際機関、企業および市民社会との協力の重要性を示した、「テロ及びテロに通じる暴力的過激主義(VECT)によるインターネットの悪用の防止に関するG20大阪首脳声明」を取りまとめました。

テロ対策においては、世界各国の連携が必要であり、アジアが抜け穴となることのないよう、日本は主にアジア諸国のテロ対策能力向上のための支援を行っています。2019年度は、国境管理や各国警察のテロ対処能力向上支援といった水際対策に約1,700万米ドルを拠出したほか、女性や若者のエンパワーメントを通じて、テロの根本的な原因となる暴力的過激主義対策に約820万米ドル、合計約2,500万米ドルを拠出しています。特に、テロの根本的な原因である暴力的過激主義への対策については、国際機関のプロジェクトへの拠出などを通じて重点的に実施しています。たとえば、日本は2019年度、UNDPと国連女性機関(UN Women)が実施する、女性や若者のエンパワーメントといったコミュニティ支援のプロジェクトに計240万ドル、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)が実施する、刑務所内での過激化防止のための職員の能力向上や収容者のリスク分析に基づく分類手法の導入等を実施するプロジェクトに約140万ドルを拠出するなどしています。

日本の拠出による国連女性機関(UN Women)の事業の一環で、バングラデシュの大学のキャンパスにおいて暴力的過激主義を防ぐための対話を目的とした「女性ピース・カフェ」という場を作り、活動を実施した際の参加者たち(写真:BRAC大学)

日本の拠出による国連女性機関(UN Women)の事業の一環で、バングラデシュの大学のキャンパスにおいて暴力的過激主義を防ぐための対話を目的とした「女性ピース・カフェ」という場を作り、活動を実施した際の参加者たち(写真:BRAC大学)

フィリピンでの刑務所改革支援セミナーの様子(写真:UNODC)

フィリピンでの刑務所改革支援セミナーの様子(写真:UNODC)

ウ.国際組織犯罪対策

グローバル化の進展に伴い、国境を越えて大規模かつ組織的に行われる国際組織犯罪の脅威が深刻化しています。国際組織犯罪は、社会の繁栄と安寧(あんねい)の基盤である市民社会の安全、法の支配および市場経済を破壊するものであり、国際社会が一致して対処すべき問題です。このような国際組織犯罪に対処するために日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助などによる国際協力を推進しているほか、主に次のような国際協力を行っています。

…薬物取引対策

日本は国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、UNODCに拠出し、薬物対策を支援しています。具体的には、薬物問題がとりわけ深刻であるアフガニスタンおよび周辺地域での取締能力強化支援や、アジア地域を中心とした国境管理支援を行い、薬物の不正取引の防止に取り組んでいます。

そのほか、警察庁では、アジア・太平洋地域を中心とする諸国から薬物捜査担当幹部を招聘(しょうへい)して、各国の薬物情勢、薬物事犯の捜査手法および国際協力に関する討議を行い、関係諸国の薬物取締りに関する国際的なネットワークの構築・強化を図っています。

…人身取引対策
「メコン地域人身取引被害者支援能力向上プロジェクト」において、日本のNPO法人の協力を得て、タイの多分野協同チーム(MDT)メンバーのための国別研修を実施し、被害者に対する接し方などを指導している様子(写真:JICA)

「メコン地域人身取引被害者支援能力向上プロジェクト」において、日本のNPO法人の協力を得て、タイの多分野協同チーム(MDT)メンバーのための国別研修を実施し、被害者に対する接し方などを指導している様子(写真:JICA)

日本は、人身取引に関する包括的な国際約束である人身取引議定書の締約国であり、2014年に策定された「人身取引対策行動計画2014」に基づき、重大な人権侵害であり、極めて悪質な犯罪である人身取引の根絶のため、様々な支援を行っています。また、同行動計画を踏まえて、2014年以降の日本政府による人身取引対策に関する取組の年次報告を公表し、各省庁・関係機関およびNGOなどとの連携を強化しています。

日本で保護された外国人人身取引被害者に対して、日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、母国への安全な帰国支援、および帰国後再度被害に遭うことを防ぐための自立支援として、教育支援、職業訓練等の社会復帰のための援助を実施しています。また、日本は、JICAの技術協力やUNODCやUN Womenなどの国連機関のプロジェクトへの拠出等を通じて、主に東南アジアの人身取引対策および被害者保護に向けた取組に貢献しているほか、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア・太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加なども行っています。

…資金洗浄対策など

国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、1989年のアルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された金融活動作業部会(FATF)などの政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネーロンダリング)対策、およびテロ資金供与対策に係る議論に積極的に参加しています。また、日本はUNODCと連携し、イランや東南アジア地域等におけるテロ資金供与対策として、法整備支援をはじめとする能力構築支援などに取り組んでいます。

エ.海洋、宇宙空間、サイバー空間などの課題に関する能力強化
…海洋
フィリピンで日本政府が円借款で建造を支援した巡視船「マラブリゴ」に乗船し、視察した茂木外務大臣(2020年1月)

フィリピンで日本政府が円借款で建造を支援した巡視船「マラブリゴ」に乗船し、視察した茂木外務大臣(2020年1月)

日本は、海洋国家としてエネルギー資源や食料の多くを海上輸送に依存しており、海上の安全確保は日本にとって国家の存立・繁栄に直接結びつく課題として、さらには地域の経済発展のためにも極めて重要です。しかし、日本が大量の原油を輸入している中東から日本までのシーレーンや、ソマリア沖・アデン湾、スールー・セレベス海などの国際的にも重要なシーレーンにおいて海賊の脅威が存在しており、そうした地域の海賊対策の強化が急務となっています。

たとえば、アジアにおいて日本は、地域の海賊・海上武装強盗対策における地域協力促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導しました。各締約国は、同協定に基づいてシンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じ、海賊・海上武装強盗に関する情報共有および協力を進めており、日本は、事務局長および事務局長補の派遣や財政支援により、ReCAAP-ISCの活動を支援しています。また、2017 年から日本が主導し、ReCAAP-ISCと共催で、ASEAN諸国などの海上法執行機関の海賊対策に係る能力構築を目的とした研修を実施しています。

さらに、海洋における「法の支配」の確立・促進のため、日本はODAなどのツールを活用して、巡視船の供与、技術協力、人材育成などを通じ、インド太平洋地域の海上保安機関等の法執行能力の向上を途切れなく支援し、被援助国の海洋状況把握(MDA)能力向上のための国際協力も推進しています。具体的には、ベトナム、フィリピンなどに対し、船舶や海上保安関連機材の供与を実施しているほか、インドネシア、マレーシアなども含めたシーレーン沿岸国への研修・専門家派遣等を通じた人材育成も進めています。

アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾における海賊による脅威に対しては、日本は2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本はソマリアとその周辺国の地域協力枠組みであるジブチ行動指針の実施のために国際海事機関(IMO)が設立した信託基金に1,510万ドルを拠出し、この基金により、海賊対策のための情報共有センター、ジブチの地域訓練センターが設立され、同地域訓練センターではソマリア周辺国の海上保安能力向上のための訓練プログラムが実施されています。このほか、日本はソマリアおよびその周辺国における海賊容疑者の訴追とその取締り能力向上支援のための国際信託基金注20に対して累計450万ドルを拠出し、海賊の訴追・取締強化・再発防止に努める国際社会を支援しています。ほかにも、海上保安庁の協力のもとで、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しています。さらに、日本はソマリア海賊問題の根本的解決にソマリアの復興と安定が不可欠との認識のもと、2007年以降、ソマリア国内の基礎的社会サービスの回復、治安維持能力の向上、国内産業の活性化のために約4億8,000万米ドルの支援も実施しています。

また、シーレーン上で発生する船舶からの油の流出事故は、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力強化も重要です。このため、日本は、アジアと中東・アフリカを結ぶシーレーン上に位置するスリランカに対し、海上に排出された油の防除能力強化を支援する専門家(油防除対応能力向上アドバイザー)を派遣しています。

そのほかにも、国際水路機関(IHO)では、日本の海上保安庁海洋情報部が運営に参画し、日本財団の助成のもと、途上国の海図専門家を育成する研修を2009年から毎年英国で実施し、これまで41か国から72名の修了生を輩出しています。このIHOとユネスコ政府間海洋学委員会では、世界海底地形図を作成する大洋水深総図(GEBCO)プロジェクトを共同で実施し、日本の海上保安庁海洋情報部を含む各国専門家の協力により、世界海底地形図の改訂が進められています。また、日本財団の助成のもと、GEBCOに貢献できる人材育成研修を2004年から毎年米国ニューハンプシャー大学で実施し、これまで40か国から90名の修了生を輩出しています。

…宇宙空間
BIRDS-3ミッションで開発された超小型衛星を前に記念撮影を行う日本、スリランカ、ネパールからの参加者たち(写真:JAXA)

BIRDS-3ミッションで開発された超小型衛星を前に記念撮影を行う日本、スリランカ、ネパールからの参加者たち(写真:JAXA)

日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。また、宇宙開発利用に取り組む新興国や開発途上国に対する人材育成も積極的に支援してきました。特に、日本による国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は高く評価されており、2019年度は、「きぼう」からの超小型衛星放出の機会を提供する国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と九州工業大学のBIRDSプロジェクト第3弾(BIRDS-3)を通じて、6月にネパール、スリランカなどと共同開発した超小型衛星が放出されました。また、2018年4月に東京大学とJAXAが締結した国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」の利用拡大に向けた連携協力に関する協定に基づき、2019年9月にルワンダの超小型衛星ルワサット(RWASAT-1)が放出されました。「きぼう」からの小型衛星放出を通じた国際協力は、第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の成果文書である「横浜行動計画2019」でも言及されており、日本は今後も、アフリカ諸国をはじめとする宇宙新興国の能力構築に積極的に貢献していきます。

このほか日本は、2016年に宇宙分野における途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うための基本方針を策定し、宇宙開発戦略本部に報告しました。日本はこうした方針に沿って積極的に支援を行っており、たとえば、モザンビークやコンゴ民主共和国などにおいて、「だいち2号」による熱帯林のモニタリング(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングシステムの実施に向け、協力を開始しています。

…サイバー空間
日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターでの研修風景

日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターでの研修風景

自由、公正かつ安全なサイバー空間は、地球規模でのコミュニケーションを可能とするグローバルな共通空間であり、国際社会の平和と安定の基礎となっています。そのため、近年、サイバー空間に対する脅威への対策が急務となっています。そこで、世界各国の多様な主体が連携して問題に対処していく必要がありますが、開発途上国をはじめとする一部の国や地域におけるセキュリティ意識や対処能力が不十分であることは、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。また、日本国民の海外渡航や日本企業の海外進出は、渡航・進出先国が管理・運営する社会インフラおよびサイバー空間に依存しています。このため、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、途上国に対する能力構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本と世界全体にとっても利益となります。

日本は、2013年12月の日ASEAN特別首脳会議における合意に基づき開催されている日ASEANサイバー犯罪対策対話に出席しており、2019年1月にブルネイで開催された第3回対話では、日本におけるサイバー犯罪対策の取組の紹介などを行いました。このほか、国際機関がアジア諸国を対象に行うサイバーセキュリティに係る能力構築のためのプロジェクトへの拠出などを通じた支援も行っています。

また、2009年より日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議を開催しており、日・ASEANにおけるサイバーセキュリティ政策の相互理解と連携を強化するとともに共通課題の解決に向けた協力活動を実施しています。この枠組みのもと、2013年度よりASEAN加盟国とサイバー演習および机上演習を継続的に実施しています。

このほか、日本政府が拠出する日ASEAN統合基金(JAIF)を活用し、タイのバンコクに日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターを設立し、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者などを対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)等を提供することで、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力を推進しています。2019年には、日ASEAN技術協力協定に基づく第一号案件として、ASEAN諸国およびASEAN事務局関係者を対象としたサイバーセキュリティに関する研修を2020年1月に実施することが決定されました。

また、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処などに係る知識・技能の習得および日ベトナム治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。

さらに、同年から、日米の政府および民間企業の専門家と協力し、インド太平洋地域向けに、電力やガスなどの重要インフラ分野に用いられる産業制御システムのサイバーセキュリティに関する演習を東京で実施しています。


  1. 注17 : 人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取(さくしゅ)の目的で、獲得、輸送、引き渡し、蔵匿(ぞうとく)、または収受(しゅうじゅ)する行為(人身取引議定書第3条参照)。
  2. 注18 : 犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為がその一例。
  3. 注19 : 自国で成長した人が起こすテロのこと。
  4. 注20 : 2012年12月より国連薬物・犯罪事務所(UNODC)から引き継いで、マルチパートナー信託基金事務所(MPTF)が資金管理を行っている。
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