2019年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 07

国際機関で活躍する日本人職員の声
~女性と若者の健康増進と人権保護のために~

マニラの外務省にて、テオドロ・ロクシン外相を表敬訪問し、人口問題などについて討議する筆者(写真:フィリピン外務省)

マニラの外務省にて、テオドロ・ロクシン外相を表敬訪問し、人口問題などについて討議する筆者(写真:フィリピン外務省)

2017年9月24日、ロヒンギャ難民流入の危機発生から間もないコックスバザールの難民キャンプで、UNFPAが立ち上げた女性支援施設で女性難民らから聞き取りをする筆者(写真中央)(写真:UNFPA Bangladesh)

2017年9月24日、ロヒンギャ難民流入の危機発生から間もないコックスバザールの難民キャンプで、UNFPAが立ち上げた女性支援施設で女性難民らから聞き取りをする筆者(写真中央)(写真:UNFPA Bangladesh)

私が勤める国連人口基金(UNFPA)は、2019年に設立50周年を迎え、(1)リプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の充足、(2)ジェンダー平等の確立、特に性暴力の防止・対応、(3)思春期の若者と若年成人への支援、そして(4)人口動態の分析と政策提言、という4分野をカバーしています。2030年までに、世界から妊産婦の死亡や女性に対する暴力・児童婚を根絶しようと謳(うた)うUNFPAの使命が大好きです。国連憲章と、日本国憲法の前文に謳われた平和主義や国際協調主義は重なり合うので、私の中では、国連で働くことと愛国心とは深く結びついています。持続可能な開発目標(SDGs)を中心に、全国連加盟国が合意したアジェンダ2030のスローガンは「誰一人取り残さない」。その実現に国連職員の立場で貢献し続けるのが、今の目標です。

国際基督教大学を卒業した1995年、最初に就いた職業は新聞記者でした。しかしやがて、伝える側ではなく、紛争の被害者や貧しい人を支える当事者になりたいという思いに抗(あらが)えなくなり、国連職員を志して、記者を辞めました。コロンビア大学院に留学中の2002年にUNDPカンボジア事務所でインターンとして小型武器削減に携わったのが、最初の国連勤務でした。そして外務省のJPO制度(「(2)開発協力人材・知的基盤の強化」を参照)に合格し、修了後の2003年に国連開発計画(UNDP)本部に就職。複数の国連事務所を経て、2014年、UNFPAに移り、世界で4番目に大きなムスリム国家で後発開発途上国(LDC)(用語解説を参照)のバングラデシュに赴任しました。4年余りの勤務で特に記憶に残るのは、「世界最大の人道危機」と言われたいわゆるロヒンギャ難民流入危機への対応を、UNFPA代表代行として牽引(けんいん)したことです。

2017年8月、もともと貧しいコックスバザール県の東京都品川区ほどの広さの地域に、ミャンマー・ラカイン州からの避難民が一気に押し寄せました。品川区の人口の約2.4倍の92万人もの避難民がひしめきあう「世界最大の避難民キャンプ」が生まれ、人々が生活する上で最低限必要なシェルターや食糧、水・衛生が十分に確保できない状況となりました。避難民の8割は女性と子どもだったため、UNFPAは特に妊産婦死亡の防止と女性・女児に対する性暴力への対応及びその予防を支援しました。女性の、女性による、女性のためのいわば“駆け込み寺”としてWomen Friendly Space(WFS、女性のための安全スペース)を開所する目玉事業も立ち上げました。WFSとは、女性難民を、女性の心理社会カウンセラーや助産師らが支援し、また、女性の権利についての情報共有や、生活を立て直せるよう技能訓練の橋渡しもする多目的な施設です。避難当初は目もうつろだった女性たちが、UNFPAのWFSに来るようになって笑顔と活力を取り戻すのを見たときの充実感はひとしおでした。

2018年末からフィリピンでUNFPA代表として働いています。貧富の格差、ひっきりなしの自然災害、ミンダナオの暫定自治政府の歴史的な誕生など、対応すべき事案は数え切れないほどあります。同国はすでに中所得国で、国連機関に求められている役割もLDCとは違うため、まだ毎日が勉強の状態ですが、大きなやりがいを感じています。

「生産年齢人口比率の増加が国の経済成長に結びつく『人口ボーナス』を享受(きょうじゅ)するにはまず、国民が充分な健康、教育、就業機会を得て、さらに老後のために貯蓄できる能力が肝要(かんよう)です。日本はそれに成功したので高齢化社会になる前に先進国入りしました。フィリピンはこのままでは、先進国になる前に高齢化するかもしれません。課題は特に若者と女性への投資です。」

フィリピンの外務省の執務室で、私がテオドロ・ロクシン外務大臣に申すと、彼はすぐに好意的にツイートしてくれたので、よっぽど印象に残ったのかもしれません。1億800万人に達し、さらに増え続ける人口の半分以上は25歳未満という「若い」フィリピンが、2023年からの次期五カ年国家開発計画などでこうした問題をさらに掘り下げて取り組めるかどうか、UNFPAの技術協力の質や効果も試されます。

国民一人当たりのGNIで、日本はフィリピンの4倍以上。そんな豊かな日本の若者の間には、周りの弱者に対して想像力を働かせ、その思いを自分なりに何らかの行動に移す人たちも増えてきた感があります。その道は民間企業、NGO、学者・研究者、外交官、ジャーナリスト、ボランティアなど様々ですが、国連職員という生き方もあります。国連という舞台の主役は各国の政府であり市民一人ひとりであり、我々事務方はその補佐役に過ぎませんが、私はまさにそこに醍醐味(だいごみ)を感じています。

国連人口基金(UNFPA)フィリピン事務所代表

加藤伊織

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