第Ⅱ部 課題別の取組

マラウイの市場志向型小規模園芸農業推進プロジェクトの一環で、作物の生育状況についてカウンターパートと確認を行うJICA専門家(写真:JICA)
ここからは、日本が世界で行っている開発協力注1に関し、「1 『質の高い成長』の実現に向けた協力、「2 普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現」、そして、「3 地球規模課題への取組と人間の安全保障の推進」の3つの主要な課題に関する最近の日本の取組を紹介します。
1 「質の高い成長」の実現に向けた協力
開発途上国が自立的発展に向けた経済成長を実現するには、単なる量的な経済成長ではなく、成長の果実が社会全体に行き渡り、誰ひとり取り残されない「包摂(ほうせつ)的」なものであり、社会や環境と調和しながら継続していくことができる「持続可能」なものであり、経済危機や自然災害などの様々なショックに対して「強靱(きょうじん)性」を兼ね備えた「質の高い成長」である必要があります。これらは、日本が戦後の歩みの中で実現に努めてきた課題でもあります。日本は、自らの経験や知見、教訓および技術を活かし、途上国が「質の高い成長」を実現できるよう支援を行っています。
(1)産業基盤整備・産業育成、経済政策
「質の高い成長」のためには、開発途上国の発展の基盤となるインフラ(経済社会基盤)の整備が重要となります。また、民間部門が中心になって役割を担うことが鍵となり、産業の発展や貿易・投資の増大などの民間活動の活性化が重要となりますが、数々の課題を抱える開発途上国では、貿易を促進し民間投資を呼び込むための能力構築や環境整備を行うことが困難な場合があり、国際社会からの支援が求められています。
●日本の取組
…質の高いインフラ

日本が開発を支援している、スリランカのコロンボ港を視察した茂木外務大臣(2019年12月)

第14回アジア欧州会合(ASEM)外相会合に出席した茂木外務大臣(2019年12月)
インフラ投資を行う上では、インフラ自体が使いやすく、安全で、災害にも強い、「質」の高いものであるだけでなく、インフラ計画が相手国のニーズを踏まえたものであることが重要です。日本は、開発途上国の経済・開発戦略に沿った形で、その国や地域の質の高い成長につながるような質の高いインフラを整備し、これを管理、運営するための人材を育成しています。技術移転や雇用創出を含め、開発途上国の「質の高い成長」に真に役立つインフラ整備を進めることは、日本の強みです。
こうした「質の高い成長」に役立つインフラ整備への投資、すなわち「質の高いインフラ投資」の基本的な要素について認識を共有する第一歩となったのが、2016年のG7伊勢志摩サミットで合意された「質の高いインフラ投資の推進のためのG7伊勢志摩原則」です。さらに、質の高いインフラ投資の重要性及びその諸要素については、中国議長下のG20杭州サミットにおいても合意されました。日本議長下のG20においては、これまでのG7・G20での合意を踏まえつつ、新たに国レベルの債務持続可能性等を含むインフラ・ガバナンスの強化等の要素を盛り込みながら、インフラ投資がもたらす経済、環境、社会及び開発面における正のインパクトの最大化を掲げる原則の策定に向け、議論を重ねました。その結果、2019年6月に開催されたG20大阪サミットでは、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が、今後の質の高いインフラ投資に関する共通の戦略的方向性と志を示すものとして、新興ドナーを含むG20首脳間で承認されました(詳細は特集「世界を結んだ2019年」を参照)。
日本政府は今後も、世界の成長や貧困、格差などの開発課題の解決のため、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」を国際社会全体に普及させ、アジアを含む世界の国々やOECD等の国際機関と連携し、「質の高いインフラ投資」の国際スタンダード化の推進や、個別のプロジェクトへの質の高いインフラ投資の反映・実践に向けた取組を進めていく考えです。
キリバス
ニッポンコーズウェイ改修計画
無償資金協力(2017年1月~2019年4月)

キリバス国民から日本への感謝を込めて命名された「ニッポンコーズウェイ」は、1985年の無償資金協力(漁船水路・島嶼連絡路建設計画)により、大日本土木(だいにっぽんどぼく)株式会社が建設した長さ3.4キロメートルの幹線道路です。
同道路は、キリバスの首都タラワ環礁(かんしょう)において、国際港を擁する南西端のベシオ島と、その先の北タラワへと連なる小さな島々からなる細長い地域を結ぶ唯一の陸路であり、人々のライフラインとして重要な役割を果たしてきました。しかし、老朽化と高潮による波の影響により部分的に損壊するなどの問題が深刻化したため、2017年1月より約2年半をかけて本改修計画が実施され、再び大日本土木株式会社の手によってよみがえりました。
改修後は、路面が以前より高くなり、また、波の影響の大きい外洋に面した側面に十分な高さの壁を設けたことで、大波により道路が寸断されるリスクが低減されました。また、歩行者の安全に配慮して道幅を広げ、街路灯や標識を設置したことにより、交通安全の面も改善されました。さらに、従来は地中に埋設していた電気・水道・電話線を、道路に沿って走るコンクリートボックスの中に通したことで、こうしたインフラの持続・耐久性が向上するとともに、同インフラの維持管理作業が道路本体の構造に及ぼすリスクが軽減されました。
このように、本改修計画によりよみがえった「ニッポンコーズウェイ」は、2019年に採択された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」に含まれる「自然災害に対する強靭(きょうじん)性の構築」、また気候変動への適応や防災枠組みにおいて提唱される「Build Back Better(より良い復興)」の理念を体現した経済社会インフラとして、キリバスの社会経済の発展に末永く貢献していくことが期待されています。

改修前のコーズウェイが高潮による波の影響を受ける様子(写真:JICA)

改修後のコーズウェイ(写真:大日本土木)
…貿易・投資環境整備

マラウイの一村一品キャンペーンによって作られた商品をインターナショナル・トレードフェアで展示販売した時の様子(写真:JICA)
日本は、ODAやその他の公的資金(OOF)*を活用して、開発途上国内の中小企業の振興や日本の産業技術の移転、経済政策のための支援を行っています。また、日本は途上国の輸出能力や競争力を向上させるため、貿易・投資の環境や経済基盤の整備も支援しています。
2019年8月に横浜で開催された「第7回アフリカ開発会議」(TICAD7)では、アフリカの民間セクターの育成支援や日・アフリカ間の貿易投資拡大について議論を行いました。安倍総理大臣からは、過去3年間で200億ドル規模だった対アフリカ民間投資が今後更に大きくなるよう、政府として全力を尽くす旨表明しました。その具体化に向けて、産業人材育成やイノベーション・投資の促進を後押しすべく、支援を行っていく考えです。
また、世界貿易機関(WTO)では、途上国が多角的な自由貿易体制に参加することを通じて開発を促進することが重視されています。日本は、WTOに設けられた信託基金に拠出し、途上国が貿易交渉を進め、国際市場に参入するための能力を強化すること、およびWTO協定を履行する能力をつけることを目指しています。
日本市場への参入に関しては、日本は途上国産品の輸入を促進するため、一般の関税率よりも低い税率を適用するという一般特恵関税制度(GSP)を導入しており、特に後発開発途上国(LDCs)*に対しては特別特恵関税制度を導入し、無税無枠措置*をとっています。また日本は、経済連携協定(EPA)*を積極的に推進しており、貿易・投資の自由化は、途上国の経済成長にも資することが期待されます。
こうした日本を含む先進国による支援をさらに推進するものとして、WTOやOECDをはじめとする様々な国際機関等において「貿易のための援助(AfT)」*に関する議論が活発になっています。日本は、途上国が貿易を行うために重要な港湾、道路、橋などの輸送網の整備や、発電所・送電網などの建設事業への資金の供与、および税関職員、知的財産権の専門家の教育などの貿易関連分野における技術協力を実施しています。
さらに日本は、途上国の小規模生産グループや小規模企業に対して、「一村一品キャンペーン」*への支援も行っています。また、途上国へ民間からの投資を呼び込むため、途上国特有の課題を調査し、投資を促進するための対策を現地政府に提案・助言するなど、民間投資を促進するための支援も進めています。このほか、2017年2月に発効した「貿易の円滑化に関する協定(TFA)」*の実施により、日本の企業が輸出先で直面することの多い貿易手続の不透明性、恣意的な運用等の課題が改善し、完成品の輸出のみならず、サプライ・チェーンを国際的に展開している日本の企業の貿易をはじめとする経済活動を後押しすること、また、開発途上国においては、貿易取引コストの低減による貿易および投資の拡大、不正輸出の防止、関税徴収の改善等が期待されます。
…国内資金動員支援
開発途上国が、自らのオーナーシップ(主体的な取組)で様々な開発課題を解決し、質の高い成長を達成するためには、途上国が必要な開発資金を税収等のかたちで、自らの力で確保していくことが重要です。これを、「国内資金動員」といいます。国内資金動員については、国連、OECD、G7、G20、国際通貨基金(IMF)、および国際開発金融機関(MDBs)等の議論の場において重要性が指摘されている分野であり、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」においても取り上げられている分野です。
日本は、国際機関等とも協働しながら、この分野の議論に貢献するとともに、関連の支援を途上国に対して提供しています。たとえば、日本は、途上国の税務行政の改善等を目的とした技術協力に積極的に取り組んでおり、2019年には、不服審査制度注2、審理事務注3、租税教育注4等の分野について、インドネシア、ベトナム、ラオスへ国税庁の職員を講師として派遣しました。このほか、日本は、租税条約注5や多国籍企業に対する税務調査のあり方など、税制・税務執行に関する途上国の理解を深めるために、それらの分野における専門家を途上国に派遣してセミナーや講義を行う、「OECDグローバル・リレーションズ・プログラム」の展開を20年以上支援してきています。また、IMFやアジア開発銀行(ADB)が実施する国内資金動員を含む税分野の技術支援についても、人材面・知識面・資金面における協力を行っており、アジア地域を含む途上国における税分野の能力強化に貢献しています。

国税庁が実施する実務研修に参加した途上国の税務職員等が、租税条約の集中講義を受ける様子(写真:国税庁)
また、近年、富裕層や多国籍企業が国際的な課税逃れに関与することに対する世論の視線は厳しいものになっています。この点、たとえば世界銀行やADBにおいても、民間投資案件を形成する際に、実効的な税務情報交換の欠如など、税の透明性が欠如していると認められる地域を投資経由地として利用する案件について、案件形成の中止も含めて検討する制度も導入されています。MDBsを通じた投資は途上国の発展にとって重要な手段の一つであり、開発資金の提供の観点からも、途上国の税の透明性を高める支援の重要性は増しています。
さらに、OECD/G20 BEPSプロジェクト*の成果も、途上国の持続的な発展にとって重要です。このプロジェクトの成果を各国が協調して実施することで、企業活動や行政の透明性は高まり、経済活動が行われている場所での適切な課税が可能になります。途上国は、多国籍企業の課税逃れに適切に対処し、自国において適正な税の賦課・徴収ができるようになるとともに、税制・税務執行が国際基準に沿ったものとなり、企業や投資家にとって、安定的で予見可能性の高い、魅力的な投資環境が整備されることとなります。現在、BEPSプロジェクトで勧告された措置を実施する枠組みには、途上国を含む130以上の国・地域が参加しています。
…金融
開発途上国の持続的な経済発展にとって、健全かつ安定的な金融システムや円滑な金融・資本市場は必要不可欠な基盤です。金融のグローバル化が進展する中で、新興市場国における金融システムを適切に整備し、健全な金融市場の発展を支援することが大切です。
こうした考えのもと、金融庁は、2019年10月に、アジア等の途上国の保険監督当局の職員を招聘(しょうへい)し、日本の保険分野の規制・監督制度や取組等について、金融庁職員等による研修事業を実施しました。
- *その他の公的資金(OOF:Other Official Flows)
- 政府による途上国への資金の流れのうち、開発を主たる目的とはしない、条件の緩やかさが基準に達していないなどの理由でODAには当てはまらないもの。輸出信用、政府系金融機関による直接投資、国際機関に対する融資など。
- *後発開発途上国(LDCs:Least Developed Countries)
- 国連による開発途上国の所得別分類で、途上国の中でも特に開発の遅れており、2014~2016年の1人当たり国民総所得(GNI)平均1,025ドル以下などの基準を満たした国々。2018年現在、アジア7か国、中東・北アフリカ2か国、アフリカ33か国、中南米1か国、大洋州4か国の47か国が該当する。
- *無税無枠措置
- 後発開発途上国(LDCs)からの輸入産品に対し、原則無税とし、数量制限も行わないとする措置。日本はこれまで、同措置の対象品目を拡大してきており、全品目の約98%を無税無枠で輸入可能としている。
- *経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)
- 特定の国、または地域との間で関税の撤廃等を定める自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)に対し、人の移動、投資、政府調達、二国間協力など幅広いルール分野の規律を含む協定を経済連携協定という。このような協定によって、国と国との貿易・投資がより活発になり、さらなる経済成長につながることが期待される。
- *貿易のための援助(AfT:Aid for Trade)
- 途上国がWTOの多角的貿易体制のもとで、貿易を通じて経済成長と貧困の削減を達成することを目的として、途上国に対し、貿易関連の能力向上のための支援やインフラ整備の支援を行うもの。
- *一村一品キャンペーン
- 1979年に大分県で始まった取組で、地域の資源や伝統的な技術を活かし、その土地独自の特産品の振興を通じて、雇用創出と地域の活性化を目指すものであり、海外でも活用している。一村一品キャンペーンでは、アジア、アフリカなど、途上国の民族色豊かな手工芸品、織物、玩具をはじめとする魅力的な商品を掘り起こし、より多くの人々に広めることで、途上国の商品の輸出向上を支援している。
- *貿易の円滑化に関する協定(TFA:Trade Facilitation Agreement)
- 貿易の促進を目的として通関手続の簡素化、透明性向上等について定める協定で、2017年2月に発効した。WTO設立(1995年)以降、初めて全加盟国が参加して新たに作成した多国間協定。WTOによれば、TFAの完全な実施により、加盟国の貿易コストが平均14.3%減少し、世界の物品の輸出が1兆ドル以上に増大する可能性があるとされている。
- *OECD/G20 BEPSプロジェクト
- BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)とは、多国籍企業等が租税条約を含む国際的な税制の隙間・抜け穴を利用した過度な節税対策により、本来課税されるべき経済活動を行っているにもかかわらず、意図的に税負担を軽減している問題を指す。BEPSプロジェクトは、こうした問題に対処するため、2012年6月にOECD租税委員会(2016年末まで日本が議長)が立ち上げたもので、公正な競争条件を確保し、国際課税ルールを世界経済および企業行動の実態に即したものとするとともに、各国政府・グローバル企業の透明性を高めるために国際課税ルール全体を見直すことを目指している。2019年11月現在、「包摂的枠組」には、130以上の国・地域が参加しており、2019年12月31日現在、「税源浸食および利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(BEPS防止措置実施条約)」を91か国・地域が署名、日本を含む37か国・地域が批准書等を寄託している。
- 注1 : ここでいう「開発協力」とは、政府開発援助(ODA)や、それ以外の官民の資金・活動との連携も含む「開発途上地域の開発を主たる目的とする政府および政府関係機関による国際協力活動」を指す。
- 注2 : 納税者が、税務署長などが行った課税処分や滞納処分に不服があるときに処分の取り消しなどを求めて不服を申し立てる制度。
- 注3 : 事案の課税内容についての事実認定の当否や法令、通達に適合しているかどうかを適切に判断する事務。
- 注4 : 次代を担う児童・生徒が、民主主義の根幹である租税の意義や役割を正しく理解し、社会の構成員として税金を納め、その使い道に関心を持ち、さらには納税者として社会や国のあり方を主体的に考えるという自覚を育てることを目的に、租税教室などの支援を行う制度。
- 注5 : 所得に対する租税に関する、二重課税の除去、脱税及び租税回避の防止のための二国間の条約。