2015年版開発協力白書 日本の国際協力

匠の技術、世界へ 2

攻めの農業技術で貧困削減
〜ケニアで安心・安全なトマト作りの事業案件化調査〜

地元農家との試験栽培でできあがったトマト(写真:IMG)

地元農家との試験栽培でできあがったトマト(写真:IMG)

ケニアの農業セクターは、国内総生産(GDP)の約30%を生み出す国家経済の根幹をなす産業です。「革新的、商業志向を持った競争力のある近代的農業の実現」はケニアの国家的な目標でもあります。しかし、ケニアでは農業生産量の70%を小規模農家が担っており、その多くがいまだ貧困状態にあります。日本は、これまでケニアの農業省などと協力し小規模園芸農家の組織強化と収入向上のための技術協力を行ってきました。その狙いは、「作ってから売る」ではなく「売るために作る」という発想の転換です。しかしそのためには、まずは個々の農家が自らしっかりした「品質管理」を行いながら、商品の「付加価値」を高め、販路を開拓していく、自発的な取組が必要です。

そのような課題に対応したのが、千葉県を拠点に活動する農事組合法人和郷園と和郷社(以下、和郷)です。和郷は、農業生産者の自立を基本にとらえつつ、生産者の技術の向上や、加工事業、販売事業、リサイクル事業など、農業を軸に幅広く事業展開している企業グループです。生産、加工、流通の各段階で、個々の事業者の自発的な取組を通じて、新たな付加価値を生み出す工夫をしながら、産地直送や地産地消※1、無農薬バナナの輸入販売などに積極的に取り組んでいることで注目を集めています。そのような和郷のノウハウが、海外でも応用できるとの手応えを感じ始めたころ、ケニアにおける農業の現状を聞かされ、「私たちのこれまでの経験によって、ケニアの農業が抱える課題を解決できるのではないかと考えました」と、和郷でケニア事業・業務主任者を務める柘植大育(つげともやす)さんは語ります。

そこで2014年、和郷はODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業※2としてケニアの地で、日本で培ってきたノウハウが活かせるか否かの案件化調査※3を開始しました。

和郷はまず、現地のマーケットや消費者のニーズを調査しました。そこで浮かび上がったのが、ケニアの人々の食卓に欠かせないトマトです。安心・安全なトマトの需要に応えることができれば、農家の収入が大いに改善される見通しがあることが明らかになりました。そこで和郷は、現地の小規模農家を対象にワークショップを実施し、実際に現地の農家とビニールハウスでの栽培実証を行いました。和郷のノウハウを活かして、トマトの試験栽培を行ってみたところ、平均収穫量がそれまでの1.3倍に向上し、ケニアの大手スーパーマーケットチェーンのバイヤーらからは品質についても高い評価を得ました。特に、適切な害虫予防や栽培管理のノウハウ導入によって、ビニールハウスの基本的な使い方や化学肥料使用の抑制などの対策により、大きな収穫量増加と品質向上の効果が得られることが分かりました。この結果を踏まえて、試験栽培に参加した農家は、その後も和郷のノウハウを取り入れてトマトの収量・品質の向上を進めています。

現地のビニールハウスで、トマトの栽培方法を教える日本人農業者(写真:IMG)

現地のビニールハウスで、トマトの栽培方法を教える日本人農業者(写真:IMG)

さらに、マーケットやニーズの調査では、ケニアの富裕・中間所得層の間で、安心・安全で新鮮な青果物や新たな食材へのニーズが高まっていることも分かりました。特に若い中間所得層の間では、付加価値のある新たな食材を積極的に取り入れる傾向にあり、たとえば、生産者の特定が可能なオーガニック野菜などに高いニーズがあり、和郷が栽培ノウハウを持つ、味が濃く甘いトマトやイチゴなども受け入れられる可能性が高いことが判明しました。そこで和郷は、「売るために作る」小規模農家がどんどん増えるためのモデルの一つとなるように、現地の大学と共同して、高付加価値な青果物の商品開発と栽培管理ノウハウの整備・普及のための実証事業に着手する計画です。

また、ケニアの貧困農家が商品作物の栽培によってさらに収入を増やしていくにはケニア国内だけでなく、将来的には国外でも販売できるようにならなくてはなりません。そこで和郷は、ヨーロッパや中東への流通網についても研究を行っています。

東アフリカの中でもその安定した気候と良質な土壌が農作物の生産に最適であるとされるケニア。そのケニアの農業の大部分を占める小規模農家が自発的な取組を通じて、市場ニーズも開拓し、付加価値をつける農業も展開するようになれば、貧困農家の数が減っていくことが期待されます。「日本で培った『農家のための農業技術』が、ケニアでもその“品質管理”、“付加価値の創造”、“供給・販売体制の強化”に役立つ手応えを強く感じています」と、和郷の柘植さんは語ります。ケニアの大地に、日本で育まれた「攻めの農業」の種が撒(ま)かれ、少しずつ芽吹き始めています。


※1 地産地消は、地元で生産されたものを地元で消費すること。また、地域で生産された農産物を地域で消費しようとする活動を通じて、農業者と消費者を結び付ける取組であり、これにより、消費者が、生産者と「顔が見え、話ができる」関係で地域の農産物・食品を購入する機会を提供するとともに、地域の農業と関連産業の活性化を図ることとしても位置付けられている。

※2 ODAを活用した中小企業等の海外展開支援事業は、中小企業等の優れた製品・技術等を途上国の開発に活用することで、途上国の開発と、日本経済の活性化の両立を図る事業。

※3 案件化調査は、中小企業等からの提案に基づき、製品/技術等を途上国の開発へ活用する可能性を検討するための調査。

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