2015年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 11

被災者の心に寄り添いながら災害と闘ってきた日本の経験を共有
~ミャンマーで移動式防災教室~

ミャンマーのネピドーにて開催された2014年国際防災式典で防災学習ツールキットを紹介する鹿田さん(写真:SEEDS Asia)

ミャンマーのネピドーにて開催された2014年国際防災式典で防災学習ツールキットを紹介する鹿田さん(写真:SEEDS Asia)

2008年5月、東南アジアのミャンマーを襲ったサイクロン・ナルギスは、最大風速毎時215キロメートルの暴風と3.6メートルの高潮によって、死者・行方不明者約14万人に及ぶ甚大な被害をもたらしました。開発途上諸国で災害救援や防災の事業を展開する特定非営利活動法人SEEDS Asiaは、同年からミャンマーでの活動を開始。2013年からは、JICAの支援を受けて草の根技術協力事業※1の枠組みも活用して、災害危険地域における防災能力向上に取り組んでいます。

現地で継続的に活動しているのは鹿田光子(しかだみつこ)さん。鹿田さんは、大学時代に神戸で阪神大震災遺児との交流活動にボランティアとして参加していました。その後、インドに研究留学し、デリーの日系商社に勤めていた際、ナルギスによる被災を知り「遺(のこ)された子どもたちはどんな状況にあるのだろう」という想いで、SEEDS Asiaへ転職。翌年、ヤンゴンに赴任しました。

ナルギスで甚大な被害を受け、津波や気候変動による風水害のリスクを抱える、低デルタ地帯のヤンゴンとエヤワディが活動の対象地域です。まず鹿田さんが驚いたのは、学校の先生ですら災害の仕組みや対処について理解していないこと。そして住民はただ恐怖を抱えるか、諦めるしかない状況だったことでした。そこで、SEEDS Asiaでは、自然現象は止められなくともその被害を最小限に抑えることはできる、という防災の基本を分かりやすく理解するための教材を開発し、トラックに積み込んで学校を訪問する「移動式防災教室」を開始。2015年9月時点で、訪問校は350校を超え、3万人を超える教員や子どもたちが受講してきました。教員は防災教育を実施できるようになり、子どもたちの防災知識や意識の著しい向上を防災テストで確認し、その実践をモニタリングで確認してきました。

鹿田さんは活動の意義をこう語ります。「『移動式防災教室』は“広げる支援”という位置付けでした。防災知識や意識が普及していなかったためです。今は各地域に『防災活動センター』を設立して浸透・発展させていく“根づかせる支援”へ移行しつつあります。ナルギスの襲来後、政府では国家防災行動計画が策定されましたが、住民レベルでの取組への支援、特に学校と地域の連携がほとんどなかったのです。そこで、地域住民の防災拠点となるセンターを設立し、地域と学校をつなぎ継続的な防災活動をしていくための能力向上とネットワークの構築に向けて活動しています。」

活動地域は見渡す限りの水田が広がる低デルタ地帯。津波や高潮、暴風雨から身を守る高台はほとんどありません。ナルギスの襲来後に避難用シェルターが建設された場所もありますが、建物があれば十分というわけではありません。情報を収集し、状況に基づき避難の判断をすること、避難所の運営のほか、応急処置や捜索活動をするには、日ごろから防災に関する能力向上に努め、避難時の体制と防災設備を整えておく必要があります。

防災移動教室で、津波・洪水・サイクロン・地震のリスクから地域を守る10のポイントについて、真剣に聴き入る子どもたち(写真:SEEDS Asia)

防災移動教室で、津波・洪水・サイクロン・地震のリスクから地域を守る10のポイントについて、真剣に聴き入る子どもたち(写真:SEEDS Asia)

プロジェクトではまず、移動式防災教室を活用して防災の基礎知識を広く共有し、防災活動センターの中心的な運営を担っていく教員や地域住民の中心人物を「防災リーダー」として選抜します。災害に弱い地域や要素を調べて防災マップを作成し、特定されたリスクに備えるために必要な機材や能力を明らかにした上でトレーニングを計画・実施し、地域で普及を図っていくというものです。

ナルギスによって大切な人を失い、サイクロンのことなど思い出したくもないという住民もたくさんいます。「自然には立ち向かえない」と悲観的に考える住民が数多くいるのも現実です。だからこそ、鹿田さんは、日本の災害の経験と戦ってきた歴史を共有すること、そして住民の心に寄り添うことが大切だと語ります。

「住民の声に耳を傾け、そして想像力を最大限にして想いを馳(は)せます。『救えた命があったかもしれない』『大切な人を失いたくない』『生き残りたい』。そういった気持ちに共感し、そして災害に備えることの大切さを住民の心に訴えていきました。」

プロジェクトの成果はすでに現れています。モデルケースとして他の地域に先行して防災活動センターの整備を進めてきたクンジャゴン区では、地域と学校が連携して自発的な活動を始めており、防災訓練を実施するとともに、他の地区の住民を招いて、防災啓発活動を行っています。

来るべき災害に日ごろから備える地域ぐるみの防災活動が根づき始めたミャンマーの低デルタ地帯。その背景には、被災地の人々の心に寄り添う日本の繊細な支援がありました。


※1 草の根技術協力事業は、国際協力の意思を持つ日本のNGO、大学、地方自治体および公益法人等の団体による、開発途上国の地域住民を対象とした協力活動を、JICAが政府開発援助(ODA)の一環として、促進し助長することを目的に実施する事業。

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