国際協力の現場から 10
ウイルス性人獣共通感染症の制圧を目指して
~30年にわたる北海道大学とザンビア大学獣医学部の協力~

防護服に身をまとい調査に出かけるスタッフと梶原さん(前列右2番目)・森さん(前列左2番目)(写真:梶原将大)
2014年に西アフリカで流行し、1万人を超える犠牲者を出したエボラ出血熱(エボラウイルス病)は、現在もその感染経路の特定や治療法が確立されていません。このエボラ出血熱をはじめSARSや鳥インフルエンザは動物および人間の両方に感染するウイルスにより引き起こされます。加えて、これまで知られていなかった新たな「ウイルス性人獣共通感染症」が世界各地で発生しており、その対策が重要な課題となっています。
南部アフリカのザンビアでもこうしたウイルス性人獣共通感染症の発生が確認されています。しかし、まだ、その対策のための感染症の疫学情報や検査診断能力は乏しく、教育や研究の基盤も整っていません。
2013年6月、日本は「アフリカにおけるウイルス性人獣共通感染症の調査研究」プロジェクトをザンビアで開始しました。ウイルスに関する診断法を確立・改良するための支援と、ウイルス性人獣共通感染症の研究および検査診断能力の向上への寄与がその目的です。
このプロジェクトの下で、首都ルサカのザンビア大学獣医学部を拠点に活動を展開しているのは、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの研究者でJICA専門家でもある梶原将大(かじはらまさひろ)さんと森亜紀奈(もりあきな)さんのご夫妻です。北海道大学とザンビア大学獣医学部は古くからの縁があります。ザンビア大学獣医学部は日本の無償資金協力によって1985年に設立され、技術協力には北海道大学の教師陣が尽力しました。以来、両大学は約30年にわたり留学や研究などの交流を続けています。

ザンビア国内の洞窟でコウモリを捕獲している様子(写真:梶原将大)
ウイルス性人獣共通感染症の研究では、ウイルスの生息状況を把握し、人間社会に入ってくる経路を突き止めることが重要です。プロジェクトでは、渡り鳥の糞(ふん)やコウモリの血液、そしてダニなどを採取し、ザンビア大学の研究者と共に解析をしています。梶原さんはその意義をこう語ります。
「たとえば、ザンビアで仮に高病原性鳥インフルエンザが発生したときに、自国の研究者だけでいち早く発見し、対応できるようになるためにもウイルス学研究の能力強化が必要です。」
地道な調査によって、これまでに新しいウイルスを3株、インフルエンザウイルスを9株検出することに成功しました。
2014年8月、ザンビアでもエボラ出血熱が疑われる患者が現れ、ザンビア大学獣医学部に診断依頼が持ち込まれました。エボラ出血熱の診断には重大な責任が伴います。自身が感染するリスクはもちろん、ひとたびエボラ出血熱であると診断が下れば、ザンビアが感染の危険性がある国だという情報が世界中を駆けめぐります。幸いなことに、これまでに検査した16例の疑わしい患者はすべて陰性でした。
このような重圧のかかる診断をザンビア人研究者だけで確実にできるよう支援することもプロジェクトの目標です。高い診断技術を習得するためには、検査の重要性を理解し、自主的に検査に参加する必要があります。しかし、診断開始当初は、ザンビア人研究者たちの多くが及び腰でした。そこで森さんは、「研究者には『あなたにしかできない』といって自信を持たせました」と当時の様子を語ります。「人間は頼りにされると実力を発揮するものです。そして、プロジェクト終了後は自分たちだけで診断しなければならないという自覚が芽生えたと思います。」
一時は深刻であったエボラ出血熱の流行も、世界各国の様々な努力により終息しつつありますが、その他の感染症も含め、いつ再び発生するか誰にも分かりません。梶原さんは「感染症の被害を最小に抑えるには正確かつ迅速な診断が重要です。自分の技術を過信せず、失敗のリスクを最小限に減らす努力を惜しまないでほしいのです」と語ります。
診断の技術を高めるためにも、研究を盛んに行う必要があると、梶原さんは指摘します。海外で博士号を取得し、研究のアイデアを持つ優秀なザンビア人研究者も少なくありません。ただ、ザンビア大学獣医学部の予算は乏しく、アイデアを実現できないのが現実でした。プロジェクト開始当初は遠慮からか、ザンビア人研究者たちの多くは自分の研究アイデアを口にすることはありませんでした。そこで、梶原さんは「これは君たちが主役のプロジェクトだから、自分が意義があると思う研究をすればいい」と伝えるようにしました。その言葉に後押しされ、プロジェクトを活用して、自らの研究テーマに打ち込む研究者が増えました。
ウイルス性人獣共通感染症の制圧のためにザンビア人研究者の情熱を支援したい。梶原さんと森さんは、その思いでザンビア大の研究者たちとのプロジェクトに取り組んでいます。