国際協力の現場から 12
島国・日本の経験を学ぶ意欲的な技術者たち
~キューバの地下水管理能力強化プロジェクト~

ハバナ水利調査・プロジェクト公社の技術者と日本人専門家(右から3番目が木原さん)(写真:ハバナ水利調査・プロジェクト公社)
カリブ海に浮かぶ島国、キューバでは水資源の多くを地下水に頼っています。首都のハバナも、周辺にあるマヤベケ県とアルテミサ県にまたがる地下水帯のクエンカ・スルが主要な給水源です。しかし、ハバナでは大幅な水不足が生じており、需要量の約6割しか供給できていません。実は、クエンカ・スルの取水量は2000年からの10年間で半減しているのです。
このような取水量の減少はなぜ起きているのでしょうか?沿岸部では塩水が陸地部分の地下にも入り込みます。塩水の層は密度が高く、淡水である地下水層の下にありますが、海面が上昇すると内陸部の塩水の層も同時に上昇します。また、地下水を多量に汲み上げて地下水位が1cm低下すると、圧力のバランスが崩れ、海側からの圧力で塩水の層は約40cm上昇します。海面上昇と過剰な揚水(汲み上げ)が原因で、地下水に塩水が侵入して塩分濃度が高くなり、飲料水はもちろんのこと、農業用水としても使えなくなってしまうのです。これが劇的な取水量の減少につながりました。この状況を改善するには、都市給水や農業への影響に配慮しながら揚水量を適切に管理する必要があります。
キューバ政府はこの深刻な課題の解決のため日本に技術協力を求めました。これを受けて、2013年2月からは、ハバナ市に水を供給するマヤベケ県とアルテミサ県を対象とした「地下帯水層への塩水侵入対策・地下水管理能力強化プロジェクト」がスタートしました。プロジェクトリーダーはJICA専門家の木原茂樹(きはらしげき)さんです。木原さんは、アジアやアフリカなどで数多くの水資源開発の国際協力に携わってきたプロフェッショナルです。

多項目水質計を使用した観測井戸深度別水質測定方法の研修を受ける水利公社の技術者(写真:宇田川 弘勝)
プロジェクトではまず、クエンカ・スルの地下水において、水質、水位、水流がどのような状況であるかを明らかにする「地下水モデル」を構築します。試験井戸に水位や水質を調べる機器を設置して継続的にデータを収集し、その情報をデータベース化します。このデータベースの情報を、専用のシミュレーションソフトで解析することで、地下水の水位の変化と塩水の侵入が予測できるようになるのです。キューバ人の技術者たちは、JICAの専門家による研修を受けながら、情報収集と解析作業を正しく行うための技術を学んでいます。
「社会主義国のキューバはかつてソ連からの支援を受けて地下水を管理していました。当時からの技術者は高い技能を持っています。しかし、ソ連崩壊後は地下水の計測機器を維持できなくなりました。経済封鎖もあり、輸入できる機器も限られています。そのような状況でも、キューバ人技術者は新しい情報には貪欲です。また、足りない部分を創意工夫で補おうという意欲に満ちています。その姿勢には感心します。」
プロジェクトでは日本での研修も行いました。日本も島国であり、戦後は地下水の過剰な揚水による地盤沈下も経験してきました。特に離島ではキューバと同じように地下水帯への塩水の侵入を乗り越えながら得た知見があります。沖縄本島や宮古島での研修では「地下ダム」の見学をしました。地下ダムとは地中に壁を作り、塩水の侵入を防ぐとともに、雨水を地中に浸透させることで地下水の水量を増やすための構造物です。
「今回のプロジェクトの対象地域では、地質学的に地下ダムは建設できないと分かっており、技術者たちにもそれは伝えてありました。ただ、日本での研修で実際の施設を見たことで納得したようです。彼らには『今すぐにできなくても、必ずできる日が来る。そのために準備を怠らず、学び続けることが大切だ』という姿勢があります。地下ダムにしても、地質学的に適した別の地域での建設を検討し始めたようです。学んだことを生かそうという意欲は素晴らしいですね。」
ともに島国であるキューバと日本。地下水管理に関する日本の経験と知見は、意欲的な技術者たちによってキューバで活用され始めているのです。プロジェクトは2017年2月まで。現在は地下水モデルの構築を進めていますが、今後はこのモデルを基にシミュレーションを重ねながら、雨水を地中へ浸透させて地下水位を上げるための施設を立案するとともに、地下水資源を最も効率的に利用するための管理計画を策定していく予定です。