国際協力の現場から 03
25羽のヒナから始める貧困脱却
〜アヒル銀行でベトナムの貧困層を支援〜

貯水タンクの支援を受けた世帯を訪れた、伊能さん(左端)とチョウフン村の村づくり委員会のメンバー(写真:伊能まゆ)

牛を大事に世話するタインフック村のグエンさん親子(写真:伊能まゆ)
ベトナムでは、「計画経済」から「市場経済」への転換を目的とするドイモイ政策を1986年から実施してきました。農業分野でも、個々の農家が生産意欲を高めたことで生産高が飛躍的に向上しましたが、農家の間では貧富の格差も広がりました。
1993年に土地法が施行されてからは、土地(使用権)の売買ができるようになった一方で、「土地なし層」と呼ばれる人々が増えてきました。病気や災害、農業経営の失敗などで土地を手放してしまった人々です。日雇い労働などで生計を立てていますが、数多くの世帯がベトナム政府の定める貧困層(月の世帯収入20ドル未満)となっています。
貧困層の身の丈に合った支援を
このような「土地なし層」の現金収入を増やし、貧困からの脱却を進めるために、2012年11月、日本のNGOであるSeed to Tableは日本政府と協力してベトナムで取り組みを始めました。日本NGO連携無償資金協力※1を活用した、「持続的農業の実践による貧困世帯の生計改善事業」という名前のプロジェクトです。対象地域は、メコン川の下流域に位置するベンチェ省ビンダイ郡です。この地域は「土地なし層」の比率が高く、ベトナム戦争のときに撒(ま)かれた枯れ葉剤による障害を持ちながら貧しい暮らしをしている人々もいます。
Seed to Table代表の伊能(いのう)まゆさんは、この地域の土地を持たない貧困家庭でもできる“持続的農業”にはどのようなものがあるかを探るべく、ビンダイ郡の貧困家庭を訪れて調査しました。
「ベトナム政府では大きな予算をかけて、貧困問題の解決に取り組んできました。しかし、実際に土地を持てない貧しい世帯を訪れてみると、多額のお金を融資してもらっても、借金の返済や医療費に充ててしまい、現金収入を増やす手段には活かせていませんでした。それゆえに、貧しい人々の身の丈に合った支援が必要だと考えたのです。」
そこで伊能さんたちが取り組んだのは、「アヒル銀行」でした。1世帯当たり25羽ほどのヒナを借りて、成鳥に育てて市場などで売り、ヒナ代を返済する仕組みです。すべてのヒナを育てて売れば、10,500円ほどの売上げになりますので、ヒナ代の約1,600円とエサ代を差し引いた分が参加世帯の収入になります。アヒルであれば庭先でも飼えますので、土地を持たない人々でも取り組めます。
アヒルの飼育が軌道に乗った世帯には、アヒル銀行と同じ仕組みで子牛を貸し出す「ウシ銀行」を利用する機会も提供しています。さらに、そうした世帯には、雨の降らない乾季の間も必要な真水を確保するための簡易貯水タンク設置を支援します。
アヒル銀行を運営するのは村づくり委員会です。村の副村長や集落の代表者、農業普及員などで構成します。委員会では、対象となる貧困世帯をリストアップし、その中からアヒルを育てることのできる世帯を選びました。
参加する世帯は、宣誓書にサインをします。アヒルの肥育方法や帳簿の管理などを学ぶ3つの研修を受け、月に1回行われる意見交換会に出席してヒナの生育状況を報告しながら参加者同士で学び合い、4か月後にはヒナの代金を返す、という約束をするのです。農業普及センターから各世帯にヒナが送られ、アヒルの肥育がスタートします。村づくり委員会では定期的に参加世帯を訪問し、肥育の状況を管理していきます。伊能さんも月に1回のペースで村を訪れました。
優遇措置の導入で意識の変わった参加者たち
初年度は5つの村で約120世帯が参加しましたが、利益を上げられたのは3割ほどにとどまりました。伊能さんは結果の出せなかった世帯を訪問し、原因を探りました。
「もうかっていない世帯は、事前の研修にも出ていないし、エサ代の帳簿もつけていない場合がほとんどでした。帳簿をつけるように指導しても『字が書けないから無理だ』の一点張りです。挙げ句の果てには『アヒルが死んだのは、貸してもらったヒナが悪いからだ。ヒナ代は返さない!』と主張する人もいました。」
では、利益を出せた世帯は何が違ったのでしょうか? 研修では、ヒナの育て方を学びます。ポイントはエサの工夫です。市販されている飼料だけで育てるとエサ代がかさみ、利益が出ません。バナナの木の皮や水草、カニやエビなどを飼料に混ぜて、エサ代を節約しながらアヒルを上手に育てるノウハウを研修では学べるのです。
また、帳簿管理も重要です。夫婦ともに文字の読み書きができなくても利益を上げた家庭もありました。数字だけは書けたのでヒナ代とエサ代、そして成鳥の売上げの収支をきちんと管理していたのです。
伊能さんは、成果を上げている家庭を優遇する方針を決めました。村で数名しか借りられないウシ銀行から子牛を優先的に借りられたり、アヒルの肥育の規模を拡大するためのヒナも優先的に借りられることにしました。
こういった優遇措置が始まると、それまで不平ばかり言っていた世帯に変化が現れ始めました。研修や意見交換会にも参加して上手にアヒルを育てている世帯のノウハウを学び、帳簿もきちんとつけ始めたのです。貧困から脱したいという思いは共通のものであり、まじめに取り組まなければ貯水タンクや牛が手に入らないと実感したことが行動の変化を起こしたのです。
伊能さんは、「素晴らしい変化だと思います。政府やNGOから何かをもらうのではなく、自分の頭と手足を使って、貧困から脱却しようとする変化が起きたのです。自主的な行動につなげることの大切さを改めて実感しました」と語ります。こういった対策が実を結び、プロジェクトの2年目は、当初は成果を出せていなかった世帯も含め、約7割の世帯が利益をあげられるようになりました。
現場で得た確信が事業を進める

アヒルの肥育によって貧困から脱却したダイホアロック村のディエップさん(写真:伊能まゆ)
プロジェクトが始まった当初、伊能さんはベンチェ省農業普及センターの担当者から、「たった25羽のアヒルで貧困が解消するはずはない」といわれていたそうです。しかし、貧困世帯の生計が改善され始めると、プロジェクトへの評価が変わり始めました。
2014年2月には、日本の県知事に相当するベンチェ省人民委員長のヴォー・タイン・ハオ氏がアヒル銀行に取り組む村を訪れました。省の行政機関の最高責任者であるハオ氏も現地を訪れるまでは「ヒナ25羽で貧困から脱却できたなんて信じられない」といっていました。しかし、アヒルづくりで得た利益で5,000平方メートルもの土地を買った世帯を、実際に見学し話を聞いて、考えが大きく変わりました。
視察を終えたハオ氏は伊能さんに、「貧困削減は、大きな予算をかければよいわけではないのだと身にしみました。貧困家庭が主体的に日常生活で取り組める小さなことから始めて、徐々に大きくしていくほうが、貧困からの脱却には有効だということが理解できました」と語ったといいます。
ベンチェ省ではその後、アヒル銀行を運営する村づくり委員会の必要経費を補助し、省内の他の地域にもこの活動を広げていくことを検討し始めました。
プロジェクトの最終年となる2015年、対象の5村で参加する約9割の世帯がアヒル銀行によって利益を上げ、参加する2割から3割の世帯が貧困層(世帯収入月20ドル以下)から脱却できる見込みです。また新たに二つの村で同様の取り組みがスタートしました。伊能さんは成果を上げられた理由をこう語ります。
「貧困層の家庭に実際に行ってみないと分からないことがあります。現場に接し、現実の状況を自分の目で確かめ、確信を得ることが大切です。その確信があるからこそ、自信を持ってプロジェクトを進めることができます。」
今後もベトナムでの活動を続けていくSeed to Table。伊能さんはプロジェクト終了後も、それぞれの村を訪れ、現場でしか得られない確信を大切にしながら、NGOとしての支援を続けていきます。
※1 日本NGO連携無償資金協力は、日本のNGOが開発途上国・地域で行う経済社会開発事業および緊急人道支援事業に対して外務省が資金協力を行う制度。これを受けたNGOが活動実績を積むことで、国際的活動を広げるという意味でNGOの能力強化も目的としている。