2014年版 政府開発援助(ODA)白書 日本の国際協力

(2)保健医療、人口

開発途上国に住む人々の多くは、先進国であれば日常的に受けられる基礎的な保健医療サービスを受けることができません。現在、衛生環境などが整備されていないため、感染症や栄養不足、下痢などにより、年間660万人以上の5歳未満の子どもが命を落としています。(注2)また、産婦人科医や助産師など専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間28万人以上の妊産婦が命を落としています。(注3)さらに、貧しい国では、高い人口増加率により一層の貧困や失業、飢餓、教育の遅れ、環境悪化などに苦しめられています。

このような問題を解決する観点から2000年以降、国際社会は、ミレニアム開発目標(MDGs)の保健関連の目標(目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康の改善、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延(まんえん)の防止)の達成に一丸となって取り組んできました。MDGs達成期限が2015年に迫る中、低所得国を中心に進捗(しんちょく)が遅れ、達成は難しい状況にあります。また、指標が改善している国であっても、貧しい世帯は依然として医療費を支払えないため医療サービスを受けることができない状況にあり、国内の健康格差も課題として浮かび上がってきています。加えて近年では、栄養過多を含む栄養不良、糖尿病やがんなどの非感染性疾患、人口の高齢化などへの対処が新たな保健課題となっています。このように、世界の国や地域によって多様化する健康課題に応じて、すべての人が基礎的な保健医療サービスを、必要なときに経済的な不安なく受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成が重要となっています。

< 日本の取組 >

保健医療
ガーナで黄熱病の研究をした野口英世の業績を記念し、日本の支援により建設された野口記念医学研究所。実験室で、ガーナ原産の薬用植物から HIV感染症に有用な物質の抽出実験を繰り返す魚田慎専門家。信頼関係が実験成功の鍵になる(写真:飯塚明夫/ JICA)

ガーナで黄熱病の研究をした野口英世の業績を記念し、日本の支援により建設された野口記念医学研究所。実験室で、ガーナ原産の薬用植物から HIV感染症に有用な物質の抽出実験を繰り返す魚田慎専門家。信頼関係が実験成功の鍵になる(写真:飯塚明夫/ JICA)

ギニア西部のコヤ県保健センターで子どもをおんぶしながら働く女性(写真:上村薫/在ギニア日本大使館)

ギニア西部のコヤ県保健センターで子どもをおんぶしながら働く女性(写真:上村薫/在ギニア日本大使館)

日本は2013年5月に「国際保健外交戦略」を策定し、世界が直面する保健課題の解決を日本の外交の重要課題に位置付け、世界の健康改善に向けて官民が一体となって取り組む方針を策定しました。6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) V)では、安倍総理大臣が開会式のオープニング・スピーチにおいて、この戦略を発表し、人間の安全保障を実現する上ですべての人々の健康の増進が不可欠であるとして、すべての人が基礎的保健医療サービスを受けられること、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の推進に貢献する決意を述べました。また、今後5年間で保健分野において500億円の支援、および12万人の人材育成を実施することを表明しました。

日本は、50年以上にわたり国民皆保険制度等を通じて、世界一の健康長寿社会を実現した実績を有しています。この戦略の下、二国間援助のより効果的な実施、国際機関等が行う取組との戦略的な連携の強化、国内の体制強化と人材育成などに取り組みます。

日本は従来から、人間の安全保障に結び付く保健医療分野での取組を重視し、保健システムの強化などに関する国際社会の議論をリードしてきました。2000年のG8九州・沖縄サミットにてサミット史上初めて、感染症を主要議題の一つとして取り上げ、これがきっかけとなって2002年には「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」が設立されました。

2008年7月のG8北海道洞爺湖サミットでは、保健システムを強化することの重要性を訴え、G8としての合意をまとめた「国際保健に関する洞爺湖行動指針」を発表しました。また、2010年6月のG8ムスコカ・サミット(カナダ)では、母子保健に対する支援を強化するムスコカ・イニシアティブが立ち上げられ、日本は2011年から5年間で最大500億円規模、約5億ドル相当の支援を追加的に行うことを発表しました。

さらに、2010年9月のMDGs国連首脳会合では、日本は「国際保健政策2011-2015」を発表し、保健関連のMDGs達成に貢献するために、2011年から5年間で50億ドル(グローバルファンドへの当面最大8億ドルの拠出を含む)の支援を行うことを表明しました。新たな国際保健政策では、①母子保健、②三大感染症(HIV/エイズ・結核・マラリア)、③新型インフルエンザやポリオを含む公衆衛生上の緊急事態への対応を3本柱としています(「感染症」については、こちらを参照)。特にMDGsの達成が遅れている母子保健分野については、EMBRACEに基づいた支援を目指しガーナ、セネガル、バングラデシュなどの国において、効率的に支援を実施しています。そのアプローチは、包括的な母子継続ケアを提供する体制強化を目指し、開発途上国のオーナーシップ(主体的な取組)と能力向上を基本とし、持続的な保健システムを強化することを中心としたものです。また、支援の実施国において、国際機関などほかの開発パートナーと共に、43万人の妊産婦と、1,130万人の乳幼児の命を救うことを目指します。特に三大感染症対策については、グローバルファンドに対する資金的な貢献と日本の二国間支援とを互いに補う形で強化することで、効果的な支援を行い、ほかの開発パートナーと共に、エイズ死亡者を47万人、結核死亡者を99万人、マラリア死亡者を330万人削減することを目標に取り組んでいます。

用語解説
保健システム
行政・制度の整備、医療施設の改善、医薬品供給の適正化、正確な保健情報の把握と有効活用、財政管理と財源の確保とともに、これらの過程を動かす人材やサービスを提供する人材の育成・管理を含めた仕組みのこと。
三大感染症
HIV/エイズ、結核、マラリアを指す。これらによる世界での死者数は現在も年間約360万人に及ぶ。これらの感染症の蔓延は、社会や経済に与える影響が大きく、国家の開発を阻害する要因ともなるため、人間の安全保障における深刻な脅威であり、国際社会が一致して取り組むべき地球規模課題と位置付けられる。
EMBRACE(Ensure Mothers and Babies Regular Access to Care)
包括的な母子継続ケアを提供する体制強化を支援すること。妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期という流れを一体としてとらえた継続的なケアおよび家庭・コミュニティ・一次保健医療施設・二次、三次保健医療施設が連続性を持ってケアを提供すること。具体的には、妊産婦健診、出産介助、予防接種、栄養改善、保健医療人材育成、施設整備、行政および医療機関のシステム強化、母子健康手帳の活用、産後健診などを含む。

  1. 注2 : (出典)国連「MDGsレポート2014」 UN “The Millennium Development Goals Report 2014”
  2. 注3 : (出典)WHO, UNICEF, UNFPA, and the World Bank “Trends in Maternal Mortality: 1990 to 2010”

●セネガル

「タンバクンダ州及びケドゥグ州保健システムマネジメント強化プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2011年3月~2014年2月)

診療所の年間計画策定のための演習風景。看護師がマネジメント強化研修のグループワークで意見交換している(写真:JICA)

診療所の年間計画策定のための演習風景。看護師がマネジメント強化研修のグループワークで意見交換している(写真:JICA)

セネガルは深刻な貧困問題を抱えており、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成と貧困層への支援が重要視されています。特に、セネガル東南部に位置し、国土の約3分の1を占めるタンバクンダ州およびケドゥグ州は、貧困率が高く、主要な保健指標※1も良くありません。

日本とセネガルの両政府はタンバクンダ州とケドゥグ州を保健分野での協力の重点地域とし、2007年から無償資金協力や専門家派遣などを通じて、支援しています。こうした活動に加え、さらに両州の限られた資金・人材を効率的に活用して保健サービスを持続的に向上させるため、2011年に医療施設の効果的・効率的な運営を目指すこのプロジェクトが開始されました。

プロジェクトでは、両州の州医務局などにおける「年間活動計画(PTA)※2」とその運用ガイドラインを策定するとともに、関連する研修を行いました。2012年8月から10月までの2か月間に両州の州医務局、州公共機関、10か所の保健区のマネジメントチームメンバー全員(81名)がPTA運用ガイドラインを用いた研修を受講しました。全国レベルでも同ガイドラインの普及が進んでいます。

また、州医務局などにおける人材や医療機器などの管理能力の強化のために、整理、整頓、清掃、清潔、躾の頭文字をとった「5S」活動を実践し、人材、医薬品、保健情報に関する「リソース管理ツール活用ガイド」の作成も行いました。これにより必要な物品を探すのにかかる時間が短縮され、業務の効率性が上がっています。

PTA運用ガイドラインやリソース管理に関する研修、5S活動は、新しいスタッフに対しても研修を受講したスタッフが日本人に代わって教えることで継続できるようになっており、今後も両州で自立的に活動が継続され、また、他州への普及に向けて、プロジェクトの成果が両州の内外で広報されることが期待されます。


※1 1歳未満死亡率、5歳未満死亡率,妊産婦死亡率など。
※2 PTA:Plan de Travail Annuel(フランス語)。

●ケニア

「ニャンザ州保健マネージメント強化プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2009年7月~2013年6月)

住民を対象としたコミュニティ保健集会の様子(写真:JICAプロジェクトチーム)

住民を対象としたコミュニティ保健集会の様子(写真:JICAプロジェクトチーム)

アフリカ東部に位置するケニアは、保健分野において、多くの開発パートナーの協力を得ながら様々な努力を行って、健康指標の着実な向上が見られていました。しかし、1990年代半ば以降、HIV/エイズの蔓延や経済格差の拡大等により、ケニアでは乳児死亡率(1歳未満)、5歳未満児死亡率および妊産婦死亡率などの健康指標が悪化していきました。その原因としては、地域住民が保健医療サービスを受けにくい状況が考えられます。事態を重く見たケニア政府は保健行政の地方分権化を促進して、保健医療サービスの「質」と「量」の向上を図ることを決定しました。そして、各地域の保健行政官のマネージメント能力を中心とする組織強化が課題の一つとなりました。

このような状況を受けて、日本は、2005年から2008年にケニアに対する技術協力「西部地域保健医療サービス向上プロジェクト」を実施しました。その実績と経験を踏まえ、2009年から2013年には、保健分野の重要指標が西部地域の中でも、特に劣悪な数値を示していたニャンザ州において、技術協力「ニャンザ州保健マネージメント強化プロジェクト」を実施しました。

このプロジェクトでは、ニャンザ州の保健行政官の能力強化のため、長期専門家を5名、短期専門家を1名派遣しました。そして、現地の大学や研修機関とコンソーシアム(共同事業体)を構築し、保健システムマネージメント研修の開発・実施として、マネージメント研修方法の開発、教材開発、ハンドブックなどのマネージメント用ツールの作成などを行いました。また、保健推進ハンドブックの作成、パイロット県(研修を試験的に実施した県)の保健推進活動への支援、コミュニティ保健人材への研修なども実施し、保健サービスの向上に努めました。たとえば、足の裏に寄生する砂ノミ防止のために子どもが靴を履くように住民啓発活動を行いました。こうして保健サービスを提供する側と受ける側の双方の支援を行った結果、基礎保健サービス提供率※1はニャンザ州全体で平均28%増加するなど(ニャンザ州のモデル県であるシアヤ県とキスム・ウェスト県ではそれぞれ51%、58%の増加)、大幅に改善しました。


※1 地域住民に直接基礎的な保健医療サービスを提供できる割合(産前検診、施設分娩、麻疹予防接種、家族計画利用率等のサービス利用率)。

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