第2章 日本の政府開発援助の具体的取組

メキシコ・モンテレイ市で、ドアロックなどの自動車部品の製造ラインを視察する自動車産業基盤強化プロジェクトの池畑博実チーフ・アドバイザー(写真:今村健志朗/JICA)
本章では、日本が世界で行っている政府開発援助(ODA)の具体的な取組について紹介していきます。
第1節は、課題別の取組として「貧困削減への取組」、「持続的成長への取組」、「地球規模課題への取組」、そして「平和構築」について、個々の課題をさらに細かい分野に分けながら、日本がそれぞれの分野においてどのような取組を行っているかを紹介します。
一方、世界は地域や国によって経済・社会環境や文化が大きく異なるため、抱えている問題も様々です。第2節では、地域ごとに日本が取り組んでいる開発協力についての具体的な事例を挙げます。地域区分は、東アジア、南アジア、中央アジア・コーカサス、中東・北アフリカ、サブサハラ・アフリカ、中南米、大洋州、欧州の8地域です。
日本政府は、国連憲章の諸原則や、環境と開発の両立、軍事的使用の回避、テロ・大量破壊兵器の拡散防止、民主化促進と基本的人権、自由の保障などの点を踏まえた上で、開発途上国の援助の需要、経済社会の状況、二国間関係などを総合的に判断し、開発協力を行ってきています。第3節では、日本のODAがどのような点に配慮しながら実施されているかを具体的に説明します。
そして、最後の第4節は、ODAがどのような体制で行われているのか、そしてODAをより効率的・効果的なものにするために進めるべき一連の改革措置を、「開発協力政策の立案および実施体制」、「国民参加の拡大」、「戦略的・効果的な援助の実施のために必要な事項」の3つに分けて紹介します。
第1節 課題別の取組
本節では、貧困削減、持続的成長、地球規模課題への取組、および平和構築の4つの重点課題について最近の日本の取組を紹介します。
1. 貧困削減
(1)教育
教育は、貧困削減のために必要な経済社会開発において重要な役割を果たします。また個人個人が持つ才能と能力を伸ばし、尊厳を持って生活することを可能にし、他者や異文化に対する理解を育み、平和の礎となります。ところが、世界には学校に通うことのできない子どもが約5,800万人もいます。最低限の識字能力(簡単で短い文章の読み書きができること)を持たない成人も約9億人に上り、その約6割は女性です。(注1)このような状況を改善するために、国際社会は「万人のための教育(EFA)」*を実現しようとしており、2012年9月には国連事務総長が教育に関するイニシアティブ「Education First」*を発表し、国際社会に教育普及のための努力を呼びかけています。
< 日本の取組 >

エクアドルの中心部に位置するコトパクシ県で、算数の指導をする青年海外協力隊(小学校教諭)の金子晃代さん(写真:林香子)

貧困削減戦略支援無償(教育)で作られたMobile Science Laboratoryで初めて実験器具を使用するザンビアの生徒たち(写真:樺島純子)
日本は従来から、「国づくり」と「人づくり」を重視して、開発途上国の基礎教育*や高等教育、職業訓練の充実などの幅広い分野において教育支援を行っています。2002年に「成長のための基礎教育イニシアティブ(BEGIN)」を発表し、日本は、①教育を受ける機会の確保、②教育の質の向上、③教育行政・学校運営方法の改善を重点項目に、学校建設などのハードや教員の養成などソフトの両面を組み合わせた支援を行ってきています。
2010年に日本は、2011年からEFAおよびミレニアム開発目標(MDGs)(目標2:初等教育の完全普及の達成、目標3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上)の達成期限である2015年までの間の新教育協力政策として「日本の教育協力政策 2011-2015」を発表しました。新政策では、①基礎教育の支援、②基礎教育後の支援(初等教育終了後の中等教育、職業訓練、高等教育等)、③紛争や災害の影響を受けた脆弱(ぜいじゃく)国への支援の3つに力を注ぎ、2011年からの5年間で35億ドルの資金的支援を約束しています。日本は、質の高い教育環境を整えることを目指し、疎外された子どもや脆弱国など支援が届きにくいところにも配慮し、初等教育の修了者が継続して教育を受けられるような支援を行っています。この支援によって少なくとも700万人の子どもに質の高い教育環境を提供します。また、この新政策において日本は、基礎教育支援モデルとして、すべての子どもたちに質の高い教育の機会を提供することを目指す「スクール・フォー・オール」を提案し、学校・地域コミュニティ・行政が一体となって、①質の高い教育(教師の質等)、②安全な学習環境(学校施設整備や栄養・衛生面)、③学校運営の改善、④地域に開かれた学校、⑤貧困層、女子や障害児など就学が困難な状況の子どもたちへの取組など様々な面での学習環境の改善に取り組んでいます。2014年5月にオマーンで開催されたグローバルEFA(万人のための教育)会合に参加し、2015年より後の教育分野の目標である「ポスト2015年教育アジェンダ*」策定に向けた議論にも積極的に貢献しています。
また、2015年までに初等教育を完全普及することを目指す国際的な枠組みである「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」*に関しては、2014年は理事を務めるなどGPEの議論および改革への取組に積極的に参加してきています。そして、GPEの関連基金に対して、2007年度から2013年度までに総額約1,600万ドルを拠出しました。
アフリカに対しては、2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) V)において、理数科教育の支援拡充や学校運営改善プロジェクトの拡充などを通じて、2013年からの5年間で新たに2,000万人の子どもに対して質の高い教育環境を提供することを表明し、その着実な実施に努めています。

バングラデシュの学校で教科書を抱えて授業を待つ少女(写真:楠山詠子)

ウガンダの首都カンパラから西へバスで2時間半のチッジャブウェミ・セカンダリースクール(中高等学校)で、青年海外協力隊(理数科教師)の水谷元彦さんが数学の授業で机間指導を行っている様子(写真:丸井和子/JICAウガンダ事務所)

セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの「勉強のために灯りを!」プロジェクト。アフガニスタンで太陽光により充電するソーラーランタンを利用して行っている(写真:セーブ・ザ・チルドレン(バーミヤン事務所))
さらに、アジア太平洋地域の教育の充実と質の向上に貢献するため、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))に信託基金を拠出し、識字教育等のためのコミュニティ・ラーニングセンターの運営能力の向上等の事業を実施しています。
アフガニスタンでは、約30年間にわたる内戦の影響を受け、非識字人口が約1,100万人(人口の4割程度)と推定されており、アフガニスタン政府は、これに対して2014年までに約360万人へ識字教育を提供することを目標としています。日本は、2008年からUNESCOを通じた総額約53億円の無償資金協力により、国内18県100郡で計約100万人のための識字教育を支援し、アフガニスタンの識字教育の推進に貢献しています。
近年では、国境を越えた高等教育機関のネットワーク化の推進や、周辺地域各国との共同研究などを行っています。また、「留学生30万人計画」に基づく日本の高等教育機関への留学生受入れも含め、これらの多様な方策を通じて、開発途上国の人材育成を支援していきます
ほかにも、文部科学省との協力により、「青年海外協力隊現職教員特別参加制度」*を通じて、日本の現職教員が青年海外協力隊に参加しやすくなるよう努めています。開発途上国へ派遣された現職教員は、現地において教育や社会の発展に尽くし、帰国後は国内の教育現場で現地での経験を活かしています。
- *万人(ばんにん)のための教育(EFA:Education for All)
- 世界中のすべての人々に基礎教育の機会提供を目指す国際的取組。主要関係5機関(国連教育科学文化機関(UNESCO)、世界銀行、国連開発計画(UNDP)、国連児童基金(UNICEF)、国連人口基金(UNFPA))のうち、UNESCOがEFA全体を主導する。
- *Education First
- 2012年9月に国連事務総長が発表した教育に関するイニシアティブ。基本的権利である教育を社会、政治、開発アジェンダに据え、教育普及に向けた国際的努力を促進するもので、すべての子どもの就学、学習の質の向上、地球市民(一人ひとりがグローバルな課題に主体的に取り組むこと)の強化を優先分野として取り組む。
- *基礎教育
- 生きていくために必要となる知識、価値そして技能を身に付けるための教育活動。主に初等教育、前期中等教育(日本の中学校に相当)、就学前教育、ノンフォーマル教育(成人教育、識字教育)などを指す。
- *ポスト2015年教育アジェンダ
- 万人のための教育を目指して、2000年にセネガルのダカールで開かれた「世界教育フォーラム」で採択されたEFAダカール目標の達成期限が2015年までとなっており、その後継となる教育分野の目標をまとめたもの。2015年5月に韓国・仁川で開催される「世界教育フォーラム2015」で採択される(予定)。
- *教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE:Global Partnership for Education)
- EFAダカール目標やMDGsに含まれている「2015年までの初等教育の完全普及」の達成のため、2002年に世界銀行主導で設立された国際的な支援枠組み(旧称はファスト・トラック・イニシアティブ(FTI))。
- *青年海外協力隊現職教員特別参加制度
- 文部科学省がJICAに推薦した教員は、一次選考の技術試験が免除され、派遣前訓練開始から派遣終了までの期間を通常2年3か月のところ、日本の学期に合わせて4月から翌々年の3月までの2年間とするなど、現職教員が参加しやすい仕組みとなっている。
- 注1 : (出典)国連「MDGsレポート2014」 UN “The Millennium Development Goals Report 2014”
●ザンビア
「授業実践能力強化プロジェクト」
技術協力プロジェクト(2011年10月~実施中(2015年12月))

授業研究および教材研究の手法について学ぶ教育行政官および教員(写真:中井一芳)
南部アフリカの内陸に位置するザンビアでは、基礎教育における純就学率※1が91.4%、成人識字率が70.9%と高い水準にあります。しかし、生徒の学力については、東南部アフリカ地域の学力比較調査(2010年)において6年生の計算運用能力が参加14か国中で最下位となるなど、未だ低い水準にとどまっています。この改善に向けた課題として挙げられているのが、生徒たちが受ける授業の「質」です。ザンビアの理数科授業は、通常、生徒たちは課題に対し、先生が教える板書の模範解答を単に書き写したり、一つの解法を機械的に学ぶことで進んでいきます。生徒自らがじっくりと考え、工夫して解答を導き出せるような指導の仕方は一般的ではありません。日本は協力に当たって、理数科能力を向上させるには、こうした授業スタイルを変えていく必要があると考えました。
生徒自ら考え、工夫していく教育を目指し、2005年から、日本で広く普及している教員による授業研究を、ザンビアの学校においても実施する技術協力がスタートしました。実際の授業を教員が互いに参観し合い、授業の後、より良い授業の進め方について教員同士が話し合う取組を支援するのです。この取組の中で、ザンビアの教員たちは、日本の授業で実践されている問題解決型や探求型の授業手法について学ぶことができました。その効果はすぐに現れました。対象地域の生徒の理科および生物の卒業試験の合格率が、それぞれ53.7%から62.6%、46.5%から77.0%に向上したのです。現在は、この取組をザンビア全国の学校に普及させるための技術協力を実施しています。約2,100校で約38,000人の教員が、授業法に関する研究を行っています。
これまでの技術協力の成果と同様に、引き続き、全国の学校教員の指導方法が改善され、理数科だけでなくその他の科目における生徒の学習能力や学習意欲が向上することが期待されています。こうした協力がきっかけとなって、将来のザンビア経済や社会の発展を担う人材が数多く輩出されることが期待されます。(2014年8月時点)
※1 純就学率:一定の教育レベルにおいて、教育を受けるべき年齢の人口総数に対し、実際に教育を受けている(その年齢グループに属する)人の割合。
●カメルーン
「第五次小学校建設計画」
無償資金協力(2011年 7月 ~ 2014年 5月)

授業中、ノートを取る子どもたち(写真:JICA)
カメルーンでは1980年代後半から1990年代前半までの間、国家財政が悪化し、教育施設の整備が行われずに、施設の老朽化と教育環境の悪化が急速に進みました。その後、2000年に初等教育が無償化されたため就学児童数が急増しましたが、今度はそれに見合う施設整備が追いつきませんでした。机や椅子などが不足したり、校舎・仮設教室の安全性に問題があったり、不十分な機材での授業を余儀なくされたりして、学校へ行くことをやめてしまう子どもたちが後を絶ちませんでした。
そこで日本は、カメルーンの政策目標である初等教育の地域間格差の是正と質の向上のため、同国内でも特に学習環境が劣悪な北西州を対象として、31校における計202教室の建設と教育用機材の整備を支援しました。この協力により約12,000人の子どもたちが適切な環境の中で学ぶことができるようになりました。
日本は1997年以降、カメルーンにて5次にわたる小学校建設を行っており、この協力により、同国全10州において281校1,533教室の支援を行いました。加えて、教育分野の青年海外協力隊の派遣や第三国や日本における研修を通じて、カメルーンの教育が質的にも向上するよう支援しています。