<1>最近の政治・経済・社会情勢
(1)政治情勢
1932年の立憲革命以来、70年代の短命な文民政権時代を除きクーデターによる軍人政権が長く続いた。1988年に12年ぶりに文民内閣が成立しながら、91年2月の軍部クーデターにより崩壊したが、軍人が再び政権の座につくことに反対した民衆との間で92年5月に流血事件が生じ、当時の軍人出身の首相は退陣した。
これを分岐点に今日まで軍部の政治的影響力が急速に低下し、これにかわる民主主義の着実な発展が見られる。すなわち92年9月の総選挙で第一党となった民主党の党首を首班とするチュアン内閣が成立し、その後、議会制民主主義のルールに則り文民政権の交代が行われている。経済危機のさなかに5党1グループの連立政権にて成立したチュアン政権は、有能な経済閣僚を配置し、国際通貨基金(IMF)との協調を軸に経済回復に努力している。
(2)経済情勢
タイは、我が国を始めとする海外からの直接投資を梃子に輸出産業を牽引役とした開発戦略により87年から95年まで毎年8%を超える経済成長を遂げた。これにより伝統的な農業国から離陸し東アジアの経済成長センターの一翼を担うようになったが、同時に急速な経済発展は、都市部の肥大化、都市部と地方の所得格差の拡大、環境破壊等の経済成長に伴う歪みの問題をもたらした。
また、96年に入り、ドルに連動したバーツ高や産業高度化の遅れによる国際競争力の低下等により輸出が鈍化し、加えてバブルが崩壊し不動産部門を中心に不良債権問題が顕在化するなど経済の安定に陰りが見え始めた。大幅な経常収支赤字や金融システムに対する不安も相俟って、97年7月の為替制度の変更を契機に大量の国際資本が流出したためバーツが大幅に下落し経済危機を招いた。タイ政府は97年8月以降IMFと合意した改革プログラムの下、経済調整プログラムに基づく財政金融政策を実施する等マクロ経済の安定化に取り組んだ結果、経常収支の改善、為替相場の安定等、マクロ経済指標において一定の改善が見られた。しかしながら、緊縮政策に伴う内需の冷え込み、輸出の伸び悩みに流動性不足が加わり、97年に-1.8%とマイナス成長を経験した実体経済は、98年に入ってさらに悪化し、10%近くのマイナス成長となった。財政刺激措置を講じたこともあって98年末より景気は底打ちの兆しが表れ、99年に入って製造業を中心に回復の動きが見られる。政府は当初1%と見込んでいた99年の経済成長率を4.1%に上方修正した。しかし、不良債権の問題は依然深刻であり、銀行の貸出残高は増加に転じていないなど、景気の下振れリスクは払拭されていない。タイ政府は力強い金融システム再生のため、銀行・民間企業のかかえる不良債権問題の早期解決に向け、引き続き努力することが重要である。また、タイ経済の景気回復の動きを支えてきた輸出については、日本、ASEAN各国の景気回復動向、米国経済の好景気の持続等が鍵となる。
(3)社会情勢
経済の悪化に伴い失業率は、97年2月の2.2%から98年2月には4.6%、99年2月は5.2%と上昇しているものの、農業部門や商業・サービス業で雇用が吸収されていること、製造業で生産増に伴い雇用の下げ止まりの可能性があることから、その増加のテンポは緩やかになってきているものと考えられる。他方、高度成長期に徐々に縮小した所得格差は98年に再度拡大するなど、貧困層等の社会的弱者への影響については留意していく必要がある。社会的弱者対策としてタイ政府は、98年予算においてソーシャル・セーフティ・ネット
*1充実のためにGDP比0.5%分を追加的に割り当て、また、99年3月には雇用創出・社会的弱者対策を念頭に530億バーツ(約1600億円、GDPの約1%)の財政支出を決定した。今後も引き続き経済危機の社会的弱者への影響等に配慮していくことが望ましい。
<2>開発上の課題
(1)タイの開発計画
タイ政府は、第8次国家経済社会開発5か年計画(1996年10月から2001年9月までの5年間)において、8%の経済成長率を目標とし、国民生活の質の向上に重点を置く「人間中心の開発」を基本理念として打ち出すとともに、メコン河流域6ヶ国(タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国)との地域協力及び東部・南部・西部の各臨海地域開発に関する基本構想を明らかにした。
その後97年の経済危機発生に伴い、第8次計画については、「人間中心の開発」という基本理念は維持しつつも、マクロ経済の安定化、産業構造改革の推進、経済危機の国民生活への影響の緩和、行政改革の推進といった分野に重点をおくとの修正がなされた。また、経済成長率を始めとする経済指標については、IMFとの協議を通じ大幅な下方修正を行い、当面の経済危機乗り切りを最重要課題とした。
なお、第8次計画は、「貧困者比率を10%以下(95年は11.5%)」「義務教育を6年から9年に拡大し、更に12年への拡大を準備」等成果重視の開発目標を示しており、DACの「新開発戦略」
*2が示す方向性とも合致している。
(2)開発上の主要課題
第一に、経済の回復過程で、失業問題、社会的弱者への影響に対処するため、雇用対策や所得格差及び地域格差の是正を含む社会的弱者対策に留意する必要がある。特に、北部・東北部などにおいては都市部で職を失った者が農村に戻りつつも就労できない場合もあることから、これら労働力を吸収するための農業の振興と農村地域の開発が課題となる。
第二に、今回の危機が発生した背景の一つに産業構造の転換の遅れが指摘されることから、経済基盤整備の一環として、産業構造の高度化や新規産業の創出に対応しうる技術者及び熟練労働者、政策立案を担う行政官等の育成が切迫した課題となっている。また、産業構造の裾野を拡げる観点から、裾野産業を含む中小企業の育成や熟練労働者等の人材養成も課題である。さらに、不良債権処理を含む金融セクター改革、民営化の推進、労働市場の整備等雇用対策への支援が必要である。
第三に、IMFとの合意に基づく当初の財政支出の大幅削減により大型公共事業の見直しが行われ、経済社会インフラ整備に大きな影響を与えているが、依然として大量輸送交通手段、都市排水等基礎的な経済社会インフラの不足は否めず、引き続き整備が必要である。
第四に、経済危機からの回復過程においては、環境問題に対する配慮がおろそかになりがちであるが、環境問題は既に喫緊の課題となっており、大気汚染防止及び水質保全を始めとする公害対策や交通渋滞をはじめとする都市環境の改善並びに自然環境保全について配慮していく必要がある。
(3)主要国際機関との関係、他の援助国、NGOの取組み
(イ)国際機関との関係
IMFは97年の通貨危機の際にスタンドバイ融資による約40億ドルの支援を表明した。IMFは融資の条件としてIMFと合意した経済調整プログラムに基づく財政金融政策や構造改革の実施をタイ側に求めている。
世銀は、80年代後半以降、タイ側の意向も踏まえ供与額を大幅に削減してきたが、通貨危機に際しIMFを中心とした緊急支援の枠組みの中で15億ドルの支援を表明した。重点分野としては、1)貧困削減と経済運営、2)人材育成、3)環境及び社会の持続的な開発、4)金融と経済インフラ等としている。
アジア開発銀行(ADB)は、上述のIMF緊急パッケージの一環として12億ドルの支援を表明した。支援の重点分野は金融などの資本市場育成、社会セクター改革、農業構造改革等である。
国連開発計画(UNDP)は、援助国会合を主催しており、社会分野や地方コミュニティー等への支援を重視している。
(ロ)他の援助国の取組
我が国以外の援助国の供与規模は小さく、無償(技協を含む)援助が中心である。93~97年ODA支出純額で第2位の援助国であるドイツ(対タイODA全体の4.2%)は、教育・職業訓練、環境、エイズ・麻薬対策等を重点分野としている。
(ハ)NGOの動向
タイにおけるNGOの活躍は、ベトナム戦争やカンボジア紛争を背景として70年代以降、主に国際NGOが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と協力して難民支援等を中心にして活動を拡大してきた経緯がある。現在タイで活動中のNGOの数は1万を越えると言われているがNGOの活動領域は、人権、環境、文化、地域開発、途上国の女性支援(WID)、児童、保健、貧困など多岐に亘っている。
<3>我が国の対タイ援助政策
(1)対タイ援助の意義
(イ)日本・タイ両国は、皇室・王室間の交流をはじめとする600年以上の歴史をもつ伝統的な友好国であり、1887年9月26日、日タイ修好宣言を調印し外交関係を開設して以来、政治、経済、文化等の各分野において緊密な協力関係を増進させてきた。また、99年現在の在タイ邦人数は約2万2千人、98年現在の在日タイ人数は約2万3千人にのぼっており、我が国からタイへの年間観光客は100万人を越えている。
(ロ)タイは政治的・経済的変動の激しい東南アジア全域において政治的・経済的な安定勢力として地域全体の安定に寄与している。また、タイは、東南アジア諸国連合(ASEAN)域内協力の一層の強化を目指し、92年にASEAN自由貿易地域(AFTA)の創設を提唱したほか、第1回ASEAN地域フォーラム(ARF)を開催し、2000年に主催した第10回UNCTAD総会においては日ASEAN首脳会談を実現する等、域内における政治的イニシアチブを発揮している。このようにASEANの中核的役割を担っているタイは、域内において最も民主化の進展している国の一つでもあり、カンボジア和平の達成における我が国との協力にも見られるように、我が国の対東南アジア外交上の重要なパートナーとなっている。
(ハ)日・タイ両国は、貿易・投資等の面で密接な相互依存関係を有しており、タイから見た対日貿易は1999年の輸出では米国の21.6%につぐ14.1%のシェアを占め、輸入では24.3%と最大の相手国である。また、投資についても、我が国は、97年までの海外投資総額(承認ベース)でタイへの投資全体の約34%と第1位を占めている。98年の実績においても541億バーツ(承認ベース)の直接投資を実施しており、タイ経済成長の牽引役を果たすとともに、日本経済にとってもタイ経済の安定は重要である。バンコクのみでも1000社を越える日系企業が様々な活動を行っており、我が国の企業の進出先としても大きな地位を占めている。経済危機後も既進出企業の大規模な撤退の動きはなく、むしろ1997年後半からの外国人出資規制の緩和もあり、既進出企業による追加出資の動きが増加する傾向が見られる。
今次経済危機によりタイ政府は非常に厳しい経済・社会運営を求められているが、経済の基礎要因(ファンダメンタルズ)に大きな問題がある訳ではなく、今後、タイは中進国に向けての道を再び歩むものと考えられる。中長期的には我が国のタイに対する援助は中進国化しつつある途上国に対する支援のモデルケ-スになることが期待される。こうした観点から、我が国として経済回復・成長促進の阻害要因の解消や成長に伴う歪みの是正のための支援を行ってゆくことにより、健全な社会発展を促進し、さらには同国の援助国化を促すよう支援していくことが今後望まれる。
92年の流血事件収束後、第一次チュアン内閣が成立して以来、民主政治が定着の方向にあり、これはODA大綱原則の観点から望ましい方向にある。国防予算も軍部の政治的影響力の低下、経済危機による国家予算の削減等を反映して97年度以降大幅に削減される傾向にある。
(3)我が国援助の目指すべき方向
(イ)我が国のこれまでの援助
我が国は、これまでに、経済インフラや教育・医療施設整備・拡充等の支援を中心に、累計(98年度まで)で有償資金協力1兆6654億円、無償資金協力1614億円、技術協力1618億円を実施しており、タイの経済発展に貢献してきた。電力、運輸、水道等の経済インフラの整備は円借款を通じて行われてきた
*4。無償資金協力についても主要大学・病院の建設・施設拡充、環境分野への協力等の様々な分野において貢献してきた。なお、タイは、93年までには一人当りGDPが安定して2000ドルを越えるに到ったこともあり、94年度以降は文化無償、草の根無償、緊急無償援助等を除く無償資金協力の対象国から「卒業」することとなった。また、技術協力についても98年までに80以上のプロジェクト方式技術協力や180にのぼる開発調査を実施するなど積極的な支援を実施してきており、人材育成、技術移転の面からタイの経済成長を支援してきた。
また、経済危機への支援としては、雇用創出、農村開発等を含む社会的弱者対策、中小企業支援、留学生支援等の資金協力を実施してきた(総額:約1856億円(98年度末)の資金協力を実施。)。また、技術協力については、「日ASEAN総合人材育成プログラム」の推進により経済危機からの脱却を目的としたタイの人材育成への支援も実施している。
(ロ)対タイ援助全体に占める我が国援助の割合
タイに対するODA(93~97年の支出総額ベース)実績のうちDAC諸国による二国間援助が全体の95.1%を占め、そのうち日本の割合は72.1%となっている。対タイ援助全体に占める我が国の存在は他の国と比較して際だって大きいが、これは、これまでの緊密な二国間関係を反映したものであると共に、我が国の援助において資金規模の大きい円借款の占める比率が高いことが理由である(技術協力を含めた無償の協力における日本の実績割合は93年~97年DACベースで43.9%となっている)。今後は我が国の財政状況等を勘案し、限られた財源の中でタイの実情に応じたより効果的効率的な援助の実施が求められる。
(ハ)今後5年間の援助計画の方向性
(a)自立的な発展を支援
経済危機から回復軌道にある現時点においては、経済の中・長期的回復の為の支援に重点を置く。しかし、97年の危機発生以前にはタイは既に自立的な発展段階に入っていたと考えられ、タイが再び安定的な発展の軌道に復帰することを前提に、今後の我が国の対タイ援助に際しては、タイの自立的な発展を支援するとの観点に留意する。具体的には、成長に伴う歪みや成長の阻害要因の解消のためのタイ側の自助努力を支援することを重視するとともに、実施については共同でプロジェクトの発掘・形成に努める。また、自立的な発展段階における民間セクターの果たす役割の重要性に鑑み、現地において大使館、国際協力事業団(JICA)、国際協力銀行(JBIC)及び民間との意見交換をより緊密化すること等により、民間投資(PF:97年承認ベースで約5000億円)やODA以外の政府資金(OOF:例えば96年の輸銀融資は約250億円)とODAの役割分担や連携を強化する。
(b)アジア経済危機からの中・長期的な回復のための支援の検討
タイ経済の持続的な成長を可能にするための支援を検討する。具体的には、金融分野等における人材育成のための支援の実施を検討する。また、IMF・世銀等との協調や、新宮澤構想
*5及び特別円借款
*6等の活用も念頭に置いて、雇用創出、社会的弱者支援の観点を考慮に入れつつ援助の必要性を検討する。
(c)5つの重点分野を今後も支援
中長期的には、96年の経済協力総合調査団派遣の際に合意された1)社会セクター、2)環境保全、3)地方・農村開発、4)経済基盤整備、5)地域協力支援が重点協力分野として引き続き妥当しており、具体的な援助スキームとしては、無償資金協力対象国から卒業していることから、円借款と技術協力が中心となる。
(d)人材育成の強化
人材育成は上述の各分野共通に重要であり、特に、経済・社会運営に関わる行政官の行政能力の向上と、産業構造の高度化に対応しうる裾野産業を含めた中小企業の実務者・技術者及び熟練労働者の育成が課題である。また、我が国の資金協力をより効果的・効率的に進める為に今後も資金協力と連携した専門家派遣・研修員の受入れを実施する。また、留学生の受入は、人材育成の観点だけでなく、我が国との相互理解の増進や知的国際貢献の進展に資することから、留学生の受入を推進する。さらに、人材育成への遠隔教育の手法の導入も検討する。
(4)重点分野・課題別援助方針
(イ)社会セクター支援(教育、エイズ対策を中心として)
(a)社会的弱者支援
経済危機から回復軌道にあるが、安定的な経済成長のために貧困層など社会的弱者救済のための支援に引き続き留意していく。都市内貧困対策についてもNGOとの連携等による支援を検討する。また、タイのみならず今後の域内の障害者対策の重要性も考慮に入れた支援を推進する。社会福祉対策などの支援は中・長期的課題として木目細かく、継続的に取り組んでいく。
(b)保健・衛生面への支援
我が国はこれまでも資金協力による保健、衛生サービスの向上を目的とした資金協力による病院整備・拡充や医療機器調達、技術協力による人材育成やプロジェクト方式技術協力
*7によるエイズ予防等を実施してきた。しかし、地方における保健衛生サービスの体制整備は依然として遅れており、国際機関との連携も視野に入れつつ、引き続き支援が必要である。特に、タイは「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ(GII)
*8」の重点国(エイズ)であり、エイズ予防等への支援を継続していく。
(c)教育分野(特に高等教育)への支援
初等教育の就学率は9割を越えていることから、教育分野への支援は、技術協力による職業訓練や留学生借款
*9等による高等教育、特に理工系技術者の養成に重点をおいてきた。理工系を中心とする人材の不足が今次経済危機の一因であったと見られることから今後も理工系を中心とする高等教育の強化及び産業構造の高度化に対応した職業訓練の高度化・研究活動への協力が必要である。
(d)薬物対策支援
タイにおいては、従来のヘロインに加え覚せい剤の乱用が急増している。我が国はこれまでも薬物鑑定等の専門家派遣、セミナー開催等を実施したところであるが、今後も薬物鑑定・取締り能力向上の為の支援が重要である。また、山岳地帯におけるケシ等の栽培を解消するために麻薬代替作物の導入を進めるなど薬物対策支援を進めるに当たっては、その背景となる貧困問題への対処を併せ進めることも重要であり、タイを中心としたラオス、ミャンマー等の周辺地域への継続的な支援が必要である。
なお、社会セクタ-を支援する際には、タイには多数の我が国のNGOが活動していることから、現地NGOとの連携を図ることが重要である。
(ロ)環境保全
80年代後半からの急激な経済成長に伴い、バンコク市内のみならず第二の都市チェンマイ、東部臨海地域等全国的に環境問題が深刻化しており、水質汚濁、大気汚染、廃棄物の不適切な処理による環境汚染等の公害、森林の減少等の問題が顕在化している。
我が国はこれまで「環境研究研修センタ-」を通ずる技術協力を始めとして環境分野での幅広い研究者、実務者の能力向上、人材育成等を実施している。また、円借款により、生活環境の改善や産業公害の防止という観点を中心に支援を実施してきている
*10。バンコクの都市環境悪化に対応するために、地下鉄整備等の資金・技術面での協力を実施してきており、今後も、都市環境整備等のため、都市交通問題等への支援を検討していく。
持続成長可能な開発を可能とするためには、開発に伴う環境への影響の軽減及び環境保全の推進が引き続き不可欠である。他方、現下の緊縮財政により十分な配慮がなされない虞があることから、タイ政府の環境問題の積極的な取り組みを働きかけるとともに、我が国としても環境対策を担う人材育成を含む各種の支援を継続していく必要がある。基礎経済インフラ整備等の開発を実施するにあたっては、計画段階からの環境配慮が重要である。また、実施の際は、タイ側の環境担当機関と緊密に連携して環境配慮を行う必要がある。
(ハ)地方・農村開発
農業従事者が就業人口の50%以上を占めるという農業国の側面も有していることから、農業振興、農村開発を推進することは、均衡ある発展を実現する上で極めて重要である。我が国はこれまで、地域総合開発計画及び農村地域の農業基盤整備計画の策定に関する数多くの開発調査や農業・農村開発に必要な人材養成・技術移転のための技術協力を実施してきている。また、円借款では、地方の運輸・電力インフラ整備を通じて地方開発への配慮を払うと共に、農業・農業協同組合銀行(BAAC)を通じた開発金融借款(TSL)
*11等により農業振興支援をほぼ毎年継続的に実施してきており、小規模灌漑建設事業の例に見られるように相当の成果を収めてきた。
しかしながら、経済活動はバンコク首都圏に過度に集中しており、地域間格差は引き続き顕著である。(1996年のバンコク首都圏の一人当たりGDPは東北部の約8.5倍)。かかる不均衡を伴う経済成長は、タイの中長期的な経済・社会の安定に大きなマイナスとなりかねず、特に現下の厳しい経済情勢の中では所得不均衡問題が社会の不安定化に繋がることが懸念される。従って、開発が遅れている地域(北部・東北部)を中心に農業振興・農村開発への支援に重点を置くことが必要である。特に貧困対策という観点から、所得の低い小農の所得向上に繋がる支援にも重点を置き、協同組合振興、農村金融などの制度面への援助にも留意する必要がある。
さらに、地域間格差を是正する上で、情報通信網の構築や都市間高速道路網や水上交通網の構築など全国的なネットワーク型経済・社会基盤の整備や、首都圏に集中する人口を吸収する役割が期待される地方都市の地方行政能力の向上のための人材の育成や地場の産業育成を通じた雇用の創出などを支援することも重要である。
(二)経済基盤整備
(a)経済インフラ整備への支援
90年代半ばまでのタイの急速な経済成長を可能としたのは、産業構造の高度化を支える基盤の整備であり、我が国の援助がこの面で大いに貢献した。しかし、急速な経済発展に比べ、経済インフラの整備は追いついておらず、タイが持続的な経済成長を達成する上で阻害要因となっている。特に人口のおよそ15%が集中するバンコク首都圏は道路・鉄道・航空などの運輸整備や排水整備等基礎的インフラが立ち後れ、これが経済活動を非効率化させている一因となっている。また、メコン河流域の総合的な開発を視野に入れた全国的なネットワ-クの整備や地方都市の経済基盤整備が重要である。これらの面では引き続き我が国の経済協力への期待が強く、民間セクター、他の公的資金との役割、連携を重視しつつ対応していく必要がある。
(b)経済・産業の高度化への支援
現下の経済危機に鑑み、産業基盤の整備において喫緊の課題のひとつは産業構造調整である。今後、特に、タイ国内産業の競争力を強化するため、品質向上(工業製品の国際標準化等)・生産性向上、資本財、中間財輸入に依存したタイの産業構造を改革するための中小企業・裾野産業育成支援、新規産業展開への支援及びこれらを支える人材育成支援を行う必要がある。また、従来型産業構造の転換に向けた制度・法律等の改善に関する政策面での支援も重要である。さらに、これらの取り組みの基盤となる労働市場の整備等雇用対策や金融分野の機能強化への支援も必要であるほか、科学技術振興にも留意していく。
(c)中小企業支援
タイにおいても、中小企業は経済活動の重要な位置を占めている。我が国は中小企業関連の企画・立案等に関するハイレベルの政策アドバイザーの派遣等、種々の中小企業支援を実施している。中小企業の再生・振興については、労働・雇用面におけるソーシャル・セーフティ・ネットの観点から、また、労働集約的産業及び裾野産業の育成・国際競争力強化の必要性から、我が国に対する期待は高く、投資をはじめとして資金面、人材面、制度面からの支援を検討する。
(ホ)地域協力支援
日・タイ両国が協力して周辺国の人材育成に当たる日・タイパ-トナ-シッププログラムの目標
*12である2000年までに日本とタイが応分の費用負担のもと15コ-スの第3国研修
*13を実施することについては実現に向けて引き続き努力するとともに、今後とも右プログラムによる事業を維持、発展させることが重要である。特に、近隣諸国の人材育成においてタイ国内の資源を有効活用することは、我が国がこれまでに援助してきた施設や右施設で育成された人材、被援助国としてのタイの経験を有効に活用できる観点から極めて効果的と考えられる。
今後のメコン河流域の開発を考えるとき、地域の中核国家としてタイが中心的役割を担うプロジェクトが増加する可能性がある。現在、既に、円借款による第二メコン国際橋架橋計画が進むとともに、タイ・ラオス国境地域周辺における総合開発計画策定のための開発調査の実施が予定されており、今後も国境を越えて関係国に裨益する案件の発掘・形成に努めるとともに、そうした広域開発協力の具体的成果を早期に実現していくことが重要である。
また、ASEAN高等教育ネットワ-ク構想
*14、国際寄生虫対策
*15、東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC)、ASEAN情報インフラ
*16(AII)等ASEAN域内のネットワ-ク強化が打ち出されている中、タイはその中心としてのの役割を担って行くことが強く期待されており、そのための体制づくりに向けた支援も重要である。
(5)援助実施上の留意点
(イ)援助受入窓口機関である首相府の技術協力局(DTEC、技術協力担当)、大蔵省財政政策局(FPO、円借款担当)をはじめ関係実施機関が、プロジェクトを実施するにあたり国内経費の準備及びカウンタ-パ-トの配置を行うために最大限の努力を行ってきたことは評価される。そうした経験を踏まえ、引き続きタイ側の努力を求めていく。
(ロ)技術協力については、DTECは我が国からの技術協力をより効果的に受け入れるため、関係機関と調整し援助受入重点項目の洗い出し並びに要請案件のとりまとめを進めているところである。この様な取り組みは被援助国の主体性(オ-ナ-シップ)確立の観点から高く評価することができる。
円借款については、大蔵大臣が議長となりFPO、NESDB(国家経済社会開発庁)、首相府予算局、タイ中央銀行などが構成員となる対外債務政策委員会が、対外借入枠の設定等、公的部門対外債務の一元管理を行っており、効果を上げている。円借款要請の候補案件は、同委員会の承認に先立ち、NESDB、FPOのスクリーニングを受けることとなっている。
今後は具体的な要請案件の内容を審査する能力や実施後のモニタリングの能力を一層向上させていくとともに、国家開発計画を主幹するNESDBや財政政策を所掌する大蔵省、技術協力を取りまとめるDTEC、さらに予算編成を所掌する予算局等がさらなる連携を図りODAの効果的効率的な実施を推進することが期待される。