<1>最近の政治・経済・社会情勢
(1)政治情勢
1986年の「ピープル・パワー」
*1によるマルコス政権崩壊を経て、90年代初めまで政治的・経済的混乱を経験したが、その後比較的安定的な民主政治が実現している。特に、ラモス前政権は、反政府勢力(国軍右派、共産主義勢力、南部ムスリム勢力)との和平交渉による国民和解を強力に推進し、フィリピンにとって最も望まれていた内政の安定を実現した。
現エストラーダ政権は、与党の議会掌握により安定した政権基盤の確立に成功したが、99年央から頼みの政権支持率が急落している。今後、2001年5月の中間選挙(上下両院及び地方選挙)を控えて様々な政治的動きが出てくることも予想され、引き続き政治情勢を注視していく必要がある。
(2)経済情勢
ラモス前政権は規制緩和、民営化、独占の制限、貿易・投資の自由化、税制改革等の改革を積極的に推進し、外資導入による輸出主導型の成長に努めた。これらの施策により、フィリピンは95年には「中期開発計画」(93~98年)にある一人当たりGNP1,000米ドルという目標を達成した。
97年7月以降のアジア経済危機はフィリピンにも波及し、その影響はペソの大幅な下落、財政収支の悪化、直接投資の伸び悩みとして顕在化した。また、フィリピンが積極財政政策に転換したこと等により財政収支の悪化を招いた。加えて、エル・ニーニョ現象に伴う干ばつ被害等により農業生産が大きな打撃を被った(98年の農業部門のGDP成長率はマイナス6.6%)こともあってインフレが進んだ。経済情勢は98年に入ると急速に悪化、98年の実質GDP成長率はマイナス0.5%(97年はプラス5.2%)となり、91年以来のマイナス成長を記録した。
もっとも、経済危機による打撃はインドネシア等の近隣諸国ほど甚大なものではなかった。この背景としては、フィリピンは、(i)他のASEAN諸国に比べて経済開発が遅れ、対外借入の大半は公的部門による長期借入によって占められ、短期的借入の割合が小さかった、(ii)アキノ、ラモス政権下で国際通貨基金(IMF)、世銀の指導の下、金融セクター改革と慎重な金融政策が行われてきた、(iii)欧米諸国への輸出比率が他のASEAN諸国に比べて高かった、(iv)国外就労者からの送金が重要な外貨獲得源となっていた、等の事情が挙げられる。
エストラーダ大統領は、従来からの経済自由化路線を踏襲しつつ、貧困緩和、農業開発、格差の是正に重点的に取り組むことを繰り返し表明している。
フィリピン政府の99年のGDP成長率はプラス3.2%であり、これは農業生産の回復、輸出の着実な伸び等により、もたらされたものである。一方、不良債権に見られるような金融セクターの健全性の問題、貸し渋りによる企業の資金繰り問題等が懸念される。
(3)社会情勢等
フィリピン特有の開発の制約要因として主として次の二点があげられる。
(イ)反政府勢力の存在 共産主義勢力とフィリピン政府との和平交渉は現在中断しているが、政府は今後、地域の武装勢力ごとの交渉を進める方針である。共産主義の世界的退潮傾向及び内部抗争により勢力は弱体化したものの、依然国民和解や治安の阻害要因となっている。
ムスリム反政府勢力のうち、モロ民族解放戦線(MNLF)との間では96年9月に最終和平合意が調印され、我が国をはじめ、他の援助機関もミンダナオ南西部の開発支援を行ってきた。しかし、一部の元MNLF兵士の動向は依然として潜在的な不安定要因となっている。MNLFに次ぐ勢力を擁するモロ・イスラム解放戦線(MILF)とは、正式和平交渉が開始されたが、武力衝突は必ずしも終息していない。また、イスラム原理主義過激派であるアブサヤフ・グループ(ASG)もミンダナオ島西部を中心に活動を続けている。
(ロ)地理的条件と自然災害の多発 フィリピンは、約7,000の島々から成る島嶼国であり、主要な島だけでも11を数える。また、同国は世界有数の火山国であり、地震多発地域である。さらに、ビサヤ諸島及びルソン島は台風の通り道であり、毎年、多くの台風等による集中豪雨、暴風、洪水、土砂崩れ等が甚大な被害をもたらしている。
<2>開発上の課題
(1)フィリピンの開発計画
99年9月には、国家経済開発庁(NEDA)を中心に、「社会的公平を伴った持続可能な発展および成長」を目標とする新中期開発計画(99~2004年)がまとめられ公表された。
同計画においては、貧困世帯比率は1988年の40.2%から97年には32.1%に減少したが、その内訳において、首都圏では21.6%から7.1%へ急激に減少したのに対して、地方部では46.3%から44.4%と低下の度合はわずかであり、また所得分配面でも下位層への分配割合は減少しているとし、市場経済の活用、自由化等の路線は継承しつつも、貧困(特に地方部)の削減と所得の分配の改善により「社会的公平を伴った持続可能な発展及び成長」を図るとしている。そのための手段として、農業近代化等を中心とする地方開発の加速化、教育、保健、福祉、住宅供給等の弱者に対する基本的社会サービスの提供、持続的インフラ開発、国際競争政策の促進、マクロ経済の安定確保及びガバナンスの向上が中心課題として取り上げられている。
また、同計画では99年から2004年のGDP平均成長率を異常気象の可能性も考慮しつつ5.2~5.8%としており、その結果、貧困率を2004年には25~28%までに減少させることが可能としている。また、小学校純就学率を97年の95%から97%に改善することとしているほか、貧困対策等の実施による社会的公平の確保、環境及び生態学的な持続可能性の実現、住民の主体性・能力の発揮(エンパワーメント)及び性別間の公平性(ジェンダー)配慮、政府の責任と透明性の向上も重要な視点としており、DACの「新開発戦略」
*2が示す方向性と合致している。
(2)開発上の主要課題
フィリピンが直面する開発上の主要課題については、支援国会合(CG)等における議論を通じ、援助国側とフィリピンとの間において見解は概ね一致している。これらの課題は相互に密接に関連するものであるが、中でもアジア経済危機によって人間の安全保障の観点からも、持続的な経済成長の確保と社会的弱者対策を含む貧困緩和は、重要であると再認識された。また、ガバナンスの改善は他の重要課題への取り組みを効果的ならしめる上でも大きな意義を有する。
(イ)持続的な経済成長の確保(マクロ経済運営、構造改革、インフラ整備)
(a)70年代から80年代に、不適切な経済政策が経済の停滞・混乱を招いた経験から、フィリピンにおいては適切なマクロ経済運営が大いに求められている。当面の経済困難を克服する上でも、また、中長期的にインフラ整備や人的資源開発への投資を進めるためにも、徴税効率の改善等により歳入を増加させる等財政収支の改善を図るとともに、負担能力を考慮に入れた適切な債務管理(97年末の公的債務残高はGNPの91.5%)を行っていく必要がある。
(b)90年代の自由化・輸出振興政策は一定の成果を挙げたが、輸出の伸びの大部分は単一部門(電子機器、特に半導体)に依存しており、その他の部門においては過去の国内産業保護政策の結果として高コスト体質が残存し、国際競争力が低いと指摘されている。したがって、今後も自由化、規制緩和による競争力強化・効率化を進めるとともに、中小企業を中心とした裾野産業の育成や輸出産業の振興を図っていくことが必要である。
また、経済危機との関連では、貸し渋り、資金繰り困難を克服し、民間投資 主導の回復を実現するには、金融セクターの改革、企業改革のための枠組み (例えば破産制度)の整備が不可欠である。
(c)経済インフラ整備の遅れは経済発展の制約要因となっており、特に都市部と地方部の均衡のとれた開発や産業拠点整備を支援するため、運輸・通信網整備への需要は依然として大きい。
(ロ)貧困緩和(地域間格差の是正を含む)
86年の政変後、アキノ、ラモス両政権は貧困緩和・撲滅及び格差の是正に取り組み、この結果、前述のとおり、貧困率は88年の約40%から 97年には約32%に低下したが、貧困問題の解消には、引き続き経済全体の発展とともに、税制等を通じた貧富の格差是正も重要である。すなわち、都市・農村間の格差のほか、階層間の貧富の差、地域格差はむしろ拡大しており、人口増加率を考慮すると、貧困問題は引き続き大きな課題であると言える。特に「貧者の味方」として有権者の支持を集めたエストラーダ大統領は極めて重要な政策課題として位置付けている。
また、農業・農村開発は、フィリピン経済の持続的成長のための経済体質の強化及び成長制約要因の克服といった課題にとって重要であるとともに、格差の是正に資するものである。特に気候不順に対処し得る生産の基盤強化は急務である。
なお、農村の貧困問題との関連では、農地改革の一層の進展が重要であるが、地主層の抵抗のほか、土地買収のための補償費用の不足、地価評価システムの未整備などのため、土地の配分は目標の半分程度の進捗にとどまっている。また土地を配分された農民に対するその後の支援も十分ではない。
地域格差については、これまでマニラ及び中部ルソン中心の開発が進められたため、北部ルソン、南部ルソン、ビサヤ諸島、ミンダナオ島は一部の例外を除いて開発から取り残されてきた。その背景としては、政治指導層の主流に中部ルソン出身者が多くを占めてきたこと、不安定な治安状況が開発阻害要因であったことなどが挙げられる。
(ハ)環境保全
フィリピンの環境問題は、主に地方の農山村地域での自然環境の破壊と都市における環境汚染、公害問題に大別される。地方では、過去の商業伐採、その後の不法伐採の延に加えて、人口増加と貧困による平地農民の山地への流入により、森林生態系の破壊が進んでおり、森林率は20%程度にまで低下している。希少動植物の減少や沿岸地域でのマングローブ森林の破壊も著しい。また、都市部を中心に、人口増を背景とする急速な都市化と工業開発の結果、大気汚染、水質汚濁、生活廃棄物・産業廃棄物問題が深刻さを増しつつある。フィリピン政府は90年代に入って原木の輸出、さらには伐採そのものを禁止するなど、環境保全のため種々の手段を講ずるようになってはいるが、環境破壊の速度に比べて行政能力の不足、環境衛生施設等のインフラの未整備等、環境対策が不十分であることは否定できない。
またフィリピンにおいても、環境問題は貧困が大きな要因であると同時に、環境の悪化が貧困に一層拍車を駆けるという悪循環の関係にある。したがって、環境問題に対処していく上でも貧困対策は極めて大きな重要性を有している。
(ニ)人的資源開発
貧困と不平等の解消、生産的雇用拡大の観点から、基礎教育の普及と質の向上(教育内容、教員養成等)、より産業の需要に合った職業訓練、高等教育の充実が必要である。また開発計画策定を含む行政能力の強化、関係機関との相互調整能力の強化等、公共セクターのための人材育成の必要性も高い。
(ホ)ガバナンスの改善
フィリピンの公的部門については、かねてより法令、制度等の執行が不十分あるいは不透明であること、汚職・腐敗が根絶されないことなどが問題視されており、経済社会開発を進める上での大きな制約要因となっている。このような問題はフィリピン政府自身によっても明確に認識されており、前述のように、新中期開発計画でもガバナンスの改善が中心的課題の一つと位置付けられている。
(3)主要国際機関、他の援助国、NGOの取組み
(イ)国際機関の取組み
IMFはフィリピンの経済改革の遂行に大きな役割を果たしてきており、98年3月にEFF(拡大信用供与措置)
*3が終了した後、引き続き、財政収支の改善と社会セクター改革、金融セクター改革に重点を置いたスタンドバイ取極め
*4(2年間で総額約14億ドル)を開始している。
世銀は、(i)経済危機の影響への対処と経済回復の促進、(ii)貧困層向け社会サービスと人材育成の拡大、(iii)持続可能な地方開発、(iv)都市の貧困への取り組み、(v)インフラ整備(特に地方)、(vi)民間部門への支援、(vii)ガバナンスの改善、を重点として、融資及び技術支援を行っている。
アジア開発銀行(ADB)は、民間投資を活用しつつ、地方インフラ、教育、都市部の社会サービス、環境管理の分野に支援を行ってきた。しかし、こうした取り組みにも関わらず、未だ多くの貧困層が存在することから、99年11月にADBが発表した貧困削減戦略を踏まえ、今後フィリピンについても国別業務戦略を策定し、支援を実施していくこととなろう。
(ロ)他の援助国の取組み
フィリピンへの二国間ODA(支出純額ベース)はアキノ政権時代に急増し、92年にピーク(1、539百万ドル)を迎えた後は低下傾向にある(97年567百万ドル)。この原因としては、我が国と並ぶ主要援助国であった米国の援助が90年代の基地撤退後、急速に縮小していることなどが考えられる。主要な援助国(97年、支出純額)は、我が国(319百万ドル)を筆頭に、ドイツ(57百万ドル)、オーストラリア(43百万ドル)が続く。
(ハ)NGOの取組み
フィリピンにおいては、12万8千ほどの非営利団体が存在し、その中で社会開発などに取り組むNGOは5千団体ほど存在しているといわれており、カトリック教会や農民組織等を基盤とした多数のNGOが地域社会の隅々に入り込んで様々な活動を行っている「NGO大国」の一つと言える。また日本を始めとする国外のNGOによる支援も活発である。
制度的には、フィリピン憲法において、第2条、第13条にNGOの役割を重視することが規定されており、また地方自治法でも、地方自治体におけるNGOの役割や自治体との関係、地方開発委員会などの構成員としてのNGOの位置づけについて明記されている。
NGOの活動分野は、社会開発、教育、人権、環境、犯罪防止、文化保護など多岐に亘っており、立案・執行能力の低いフィリピンの行政に対して、発展モデルの提示、執行のパートナーとして活動を展開している。
政治面でも、86年のアキノ政権の発足以降、民主化の拡大に伴い、NGO関係者が閣僚や次官などとして任命されることが定例化しており、政治的にも大きな存在となっている。
<3>我が国の対フィリピン援助政策
(1)対フィリピン援助の意義
(イ)フィリピンは自由・民主主義・市場経済等我が国と価値を同じくする友好国として、また、最も近い隣国の一つとして、長年にわたって我が国との緊密な交流の歴史を保ち続けている。
フィリピンはASEAN域内第三の人口(約7,200万人)を擁し、近年、東南アジアにおける政治的・経済的な存在感を増している域内有力国の一つである。80年代以降の民主化の進展やラモス政権下における経済成長を背景に、アジア通貨危機以降政治的・経済的変動の激しい東南アジア地域において、比較的安定した勢力として相対的にその地位を強め、域内の中核的役割を担うに至っており、我が国の東南アジア外交の拠点の一つである。
また、地政学的にも西太平洋上の戦略的に重要な位置を占めており、我が国にとっても南シナ海におけるシーレーンを扼する位置にある。
(ロ)経済面においては、特に近年、フィリピンはアジア・太平洋地域との関係を一層重視し、積極的な経済外交を推進しているが、その中でも我が国は、フィリピンにとって経済面における不可欠のパートナーとなっている。
貿易面では我が国はフィリピンの輸出総額の約15.0%を占める第2位の輸出先国であり、輸入総額の約24.4%を占める最大の輸入先国である(1998年)。そして、我が国がフィリピンから輸入している主な品目は半導体、電気機器・部品等であり、輸出している主な品目は電気機器用部品、乗用車用部品、コンピュータ用部品である。また、直接投資についても我が国はフィリピンにおける主要な役割を果たしており、フィリピンが受け取る直接投資額全体の約3~4割(1998年)を我が国が投資している(第一位。第二位の米国は約2割)。特に経済特別区への投資は、各国からの投資額全体の約5割を占めている。
このように我が国とフィリピンは経済的に深い相互依存関係を有しており、フィリピンにおける経済発展は我が国にとっても好影響を与えるものである。特に、情報産業分野等、経済のグローバル化の今後の進展を考慮すると、英語を公用語とし、かつ、コスト面の優位性(人件費、我が国との距離)を有するフィリピンを、我が国の貿易相手国として、また我が国企業の生産拠点として、友好関係を確保し続け、フィリピンの安定と繁栄を図っていくことが望ましい。
(ハ)現在、我が国とフィリピンとの関係は極めて緊密、良好に推移している。要人往来も極めて頻繁に行われているほか、経済団体や民間企業を中心とした経済分野の交流も大変活発である。また、在日外国人の国籍別でフィリピン人が第4位を占めている。
(ニ)一方で、フィリピンは、依然多くの貧困層を抱え、乳児死亡率(32.0人/1000人:98年)等は未だに比較的高い水準にあるほか、大規模な自然災害にも頻繁に見舞われている。
フィリピンはASEAN諸国の中でも、民主主義が最も定着している国の一つであると言って過言ではなく、総じて近年の動きは望ましい方向にある。また反政府勢力とは長年戦闘状態が続いていたが、近年、最大のイスラム勢力との和平合意が成立する等、好ましい動きも認められる。
(3)我が国援助の目指すべき方向
(イ)これまでの我が国の援助
(a)我が国は80年代から一貫してフィリピンに対する最大の援助国である。特に、86年のアキノ政権成立後は、民主化と経済再建の努力を支援する立場から、対フィリピン多国間援助構想(MAI:
Multilateral Assistance Initiative)
*6 に米国と共に主導的役割を果たし、我が国は同国に対する援助を大幅に拡充した。近年、対フィリピン援助における我が国のシェアは概ね50%前後で推移している。
(b)これまでの我が国の対フィリピン援助は経済インフラ整備、基礎生活分野
(BHN:Basic Human Needs)、人造り、農業・農村開発など、幅広い分野に対して行われ、その累計(98年まで)は約2兆円(有償資金協力1兆7726億円、無償資金協力2116億円、技術協力1296億円)に達する。
(ロ)対フィリピン援助全体に占める我が国援助の割合
フィリピンに対するODA(93~97年の支出純額ベース)実績のうちDAC諸国による二国間援助が全体の86.8%を占め、そのうち日本の割合は57.6%となっている。対フィリピン援助全体に占める我が国の存在は他の国と比較して際だって大きいが(第2位は米国で12.7%)、これは、これまでの緊密な二国間関係を反映したものであるとともに、我が国の援助において円借款の占める比率が高いことが理由である(資金供与(全体的な政府貸付)における日本の実績割合は85.0%)。今後とも我が国の厳しい財政状況等とフィリピンの債務負担能力を勘案し、より効果的・効率的な援助の実施が求められる。
(ハ)今後5年間の援助の方向性
我が国はこれまで、対フィリピン援助の意義を踏まえ、MAIに見られるように、フィリピンの安定と発展のために貢献してきた。今後もこうした基本的考え方に立って、フィリピンの自主的努力を支援していくため、同国への協力を行っていく。
かかる協力を行っていく際には、対フィリピン援助全体における我が国の占める割合、我が国の厳しい財政事情、フィリピンの財政面を含む事業実施能力、債務負担能力及びフィリピンの既往案件の進捗状況等を考慮し、質の向上を図ることを前提とする必要がある。フィリピン政府は、近年の同国における進捗状況の停滞傾向を踏まえ、2000年初めに事業実施促進策を取りまとめたところである。事業実施能力、既往案件の進捗等は、問題の性格上、短期間で解決できるものではなく、今後、短期、中期、長期に渡ってフォローアップが行われると認識しているが、我が国としても今後の援助の質の向上に資するためフィリピンの改善に向けた取り組みに注目していく。
こうした状況の下では、同国への援助資金の有効活用が従来にも増して重要である。このため、今後は同国の事業実施能力の向上を求めるとともに、それらを十分支援する必要があり、さらに99年3月派遣の経済協力総合調査団の結果に基づき、フィリピンの開発上の主要課題に沿う形で、(i)持続的成長のための経済体質の強化及び成長制約要因の克服、(ii)格差の是正(貧困緩和と地域格差の是正)、(iii)環境保全と防災、(iv)人材育成及び制度造り、を重点課題・分野として、協力を進めていく。また、その際、資金の有効活用の観点からは、無償資金協力、技術協力、円借款の有機的連携の一層の促進も検討されるべきである。
また、フィリピンへの民間資金(PF)
*7、ODA以外の公的資金(OOF)
*8の流入はODAをはるかに上回る規模である(93~97年のフィリピンへのPF、OOFの合計は約204億ドル、ODAは約50億ドル)ことから、ODAとPF、OOFとの役割分担や連携に一層配慮していく。
(4)重点分野・課題別援助方針
(イ)持続的成長のための経済体質の強化及び成長制約要因の克服
持続的成長確保のための支援は、これまでも我が国の対フィリピン援助の重点であり、同国の発展に相当の役割を果たしたと考えられる。今後も、アジア経済危機の経験を踏まえつつ、より中長期的観点から産業構造強化のための支援や、成長の制約要因の克服に資する経済インフラの整備のための支援を継続する。
(a)適正なマクロ経済運営
持続的な成長を実現・維持するためには適正なマクロ経済の運営が不可欠となるが、そのための政策対話及び支援を行う。また、ODA以外の公的資金(OOF)との役割分担と連携を重視しつつ、ODAの資金供与を検討し、政府及び民間の資金調達の円滑化を図る。さらに、中長期的な経済運営能力の強化に資する技術協力を実施する。
(b)産業構造の強化(特に裾野産業育成への支援)
資本財・中間財の輸入依存度を軽減し、海外からの直接投資と国内産業との連関を高めるには裾野産業の育成が不可欠であり、中長期の資金不足に直面している裾野産業のために、中小企業に対する資金の流れを円滑にするような金融市場の整備に向けた支援を検討する。また、技術協力を中心に、技術の普及、品質管理や経営・生産効率向上のための人材育成に対する支援も検討する。
(c)経済インフラ整備
(i)エネルギー・電力開発分野においては、民間部門またはODA以外の政府資金(OOF)での対応が難しい送配電網の整備、地方電化、供給源開発への支援を検討する。
*9さらに既存の発電、送配電設備における不十分な維持管理や老朽化が発電効率の低下、電力供給の不安定さを招いていることから、既存電力設備の修復や維持管理要員育成に資する協力も進める。
(ii)多数の島々から成るフィリピンでは、交通・運輸インフラの整備は地域格差の是正の観点からも、依然、大きな重要性を有している。我が国はこれまで幹線国道、港湾、空港、鉄道施設の整備を中心に協力を行ってきた
*10。今後とも経済活動を支える幹線国道を中心とした改良・修復や海上・航空輸送網等、交通・運輸インフラの整備を検討する。その際、災害対策を含めた施設・人材の質的向上、適正な維持管理の能力強化にも配慮する。また、昨今の情報通信技術の飛躍的発展を踏まえ、通信分野についても、民間等との役割分担を十分に図りつつ、検討していく。
(ロ)格差の是正(貧困緩和と地域格差の是正)
(a)農業・農村開発
農業・農村開発はフィリピン経済の体質強化にとって重要であると同時に、貧困緩和にも資することから、今後も、この分野の支援を行っていく。
(i)我が国はこれまで主に、農村の基礎的社会・経済インフラ、農業インフラの整備を支援してきている。生産性の低迷、農村の貧困が、インフラの整備の遅れと密接に関連していることを踏まえて、引続き、関連インフラ整備への支援を行う。また、既存老朽化施設の修復・更新や、計画作成、施設の維持管理への住民参加の促進にも配慮する。
(ii)農業生産性の向上のため、農業技術の試験研究・普及への支援を進める。また、農業・農村開発における農民組織化の重要性を踏まえ、農業協同組合、水利組合等強化のための支援、農民組織や農村で活動するNGOに対する協力を検討していく。さらに、農業の体質強化、農村の貧困緩和のためフィリピン政府が重視する農地改革に対する資金協力、技術協力も検討していく。
(b)基礎的生活条件の改善
我が国はこれまでも基礎的生活条件の向上を重点としてきたが、依然として膨大な貧困層が存在していることから、今後も、貧困層に焦点を当てて、NGOとの連携にも努めつつ、保健医療をはじめとする基礎的サービス改善のための支援を行っていく。
(i)貧困地域(特にムスリム地域)へのプライマリ・ヘルス・ケア
*11を含む協力を重視していく。
(ii)フィリピンの乳児死亡率、妊産婦死亡率は今なお高率であることから、人口対策、HIV/AIDS協力、母子保健対策につき、今後も協力する。その際、これまでのモデル・プロジェクト(例えば家族計画・母子保健プロジェクト)の成果の貧困地域への拡大普及を図る。HIV/AIDSについては、検査能力の向上や住民への啓発活動を含めた協力を進める。また、結核も依然として大きな問題であり、結核対策への協力にも配慮する。
(iii)上下水道整備は貧困層の生活水準向上、公衆衛生、さらには環境保全に資するものであり、特に地方においては、飲料水供給施設整備の意義が大きいことから、資金協力、技術協力を組み合わせた支援を検討する。
(iv)都市部においても、貧困層の生活条件は劣悪であり、また貧困層は労働市場参加に必要な最低限の知識・技能を得るための社会サービスを受けられないことが多い。こうした状況を改善するため、貧困層を主たる対象に、住宅整備、電気、飲料水の供給のための支援を行うとともに、基礎教育や職業訓練、保健医療サービス等を受ける機会を増進するような協力にも留意する。
(v)ストリートチルドレンなど児童の人権や健全な成長に係わる問題に対し、児童福祉支援にも配慮する。
(ハ)環境保全と防災
(a)環境
フィリピンの環境問題の深刻化を踏まえ、今後、より協力を進めていく。その際フィリピン自身による環境対策の進展と同国側の実施体制、実施能力を十分に勘案して、分野・案件ごとに、適切な協力形態を選択し、あるいは組み合わせて協力を検討する。
(i)環境関連の行政能力強化のため、技術協力を中心に、環境モニタリング、環境影響評価や環境改善指導の実施体制の整備、人材育成に対する支援を行う。
(ii)マニラ首都圏をはじめとする都市部とその近郊では廃棄物処理問題が深刻化していることから、関係機関に対する計画策定と処理体制(処分場、運搬システム等)の整備に対する支援を検討する。
(iii)大気・水質汚染や鉱山開発等の産業に伴う環境汚染は、汚染源である民間事業体が対策を講じないと改善されないことから、技術協力と資金協力の双方を活用して、汚染源対策を促進するような支援を検討する。
(iv)森林保全や植林事業、海洋保全事業等、環境の保全・再生に向けて、引き続き技術協力、資金協力を検討する。
(b)防災(災害常襲地帯を中心とした防災対策)
我が国はこれまでも洪水対策や火山災害復旧のための支援に力を入れてきたが、大規模な自然災害の頻発によって開発が制約されるとともに、貧困層がより大きな打撃を受けがちであることから、治水、砂防、地震対策等への支援を引き続き進めるとともに、中長期的な観点から関係政府機関の体制整備・能力向上のための支援を行う。
(ニ)人材育成及び制度造り
教育や人造りは、これまでも我が国が重視してきたところであり、今後も協力を進めるとともにフィリピンの制度造りにも資することを目指す。
(a)慢性的な教室不足のため、初等・中等教育の普及や質の改善が阻害されていることから、校舎・教室、教育機材等施設・機材面の整備への協力(これまでわが国無償資金協力で2、600教室、有償資金協力で約64、000教室を整備)を我が国は行ってきたところである。また、今後は、教員の養成・再教育・研修をはじめとして教育の質の底上げも重視し、大学での教員養成の充実、これまでの協力(例えば「理数科教育パッケージ協力」
*12)の地方への浸透等に配慮する。
(b)貧困層に生計の手段を与える観点から、主に職業訓練を通じた支援を検討する。その際、草の根レベルの需要にも対応するため、地域の大学やNGOとの連携も試みる。
(c)行政機関の能力の向上、制度造りは、我が国を含む外国からの援助の効果的な受入れのためにも重要であり、とりわけ経済の持続的発展に資する分野の 行政官・地方行政官・民間実務者を育成することを目的とした「日・ASEAN総合人材育成プログラム
*13」の下、引き続き支援を行う。更に、地方分権化が推進されている状況の下で、地方自治体の行政能力の向上にも配慮する。
(5)援助実施上の留意点
(イ)法令、制度等の執行の確保
フィリピンにおいては法令、制度が整備されていても、その執行が十分でない場合がある。わが国が協力を行うに当たっては、「良い統治」や透明性の確保を図り、援助の効率性の向上に留意していく必要があることから、その協力が真に効果を発揮できるよう、単に関連の法令、制度の存在をもって十分とするのではなく、これら法令、制度が執行され、実際に機能することを政策対話等を通じて求めていくことが重要である。
(ロ)援助資金の適正使用
国民の税金等を原資とするODAの実施に当たっては、資金の適正かつ効率的な使用をはかるのは当然であり、フィリピン側とも協力の上、その確保に努める。
(ハ)NGOとの連携
貧困対策をはじめとして協力を効果的に進めるに当たっては、案件の形成、実施、モニター等において、当該地域で豊富な経験を有するNGOとの連携を図っていくことが有用かつ必要である。
連携にあたっては、高度の専門性と執行能力を持ち、且つ活動内容が優良なNGOを見極めることが重要である。
(ニ)地域格差是正との関連での留意点
(a)ミンダナオ島開発
ムスリム勢力との和平の進展及び定着の観点から、ミンダナオ島開発が大きな課題となっており、同島の貧困の状況(97年には貧困層が人口の60%、所得水準は全国平均の72%)を考慮すれば、現地情勢の動向にも十分注意を払いつつ、ミンダナオ島を可能な限り我が国支援の検討対象に含めていくことが適当である。
(b)地方分権化
地方分権化は地方開発、地域格差是正の鍵と認識され、地方自治法が91年に制定された以降、地方自治体への権限、職員、予算、業務の移管が進められたが、地方自治体側の経験・能力の不足から、分権化は必ずしも順調に進展していない。従って、我が国としても、当面は、協力を進めるに当たって、地方分権化がむしろ制約要因として働く場合もありうることを十分認識しておくことが必要であり、地方自治体の行政官の能力向上、制度造りに資する協力にも配慮することが適当である。
(ホ)整合性のとれた計画的な事業の実施
フィリピンでは、個々の事業が個別に検討・実施される傾向があるところ、地域や分野全体の開発計画と関連させつつ、計画的に事業を検討・実施していく必要がある。
また、ODAを透明かつ効率的に実施していくとの観点から、本援助計画を踏まえる必要があるとともに、中期的な事業実施についても円借款のロングリスト化等を実施し、政府の開発計画との整合性や調整を図る等総合的な取り組みを進める必要がある。ロングリスト化により、日比双方で案件の成熟化に向けた事前の調査・検討が促進される。
(ヘ)自己資金負担及び税金の負担
我が国の援助は、相手国政府の自助努力に対してこれを支援することを基本としており、援助を行う場合は、持続的に効果を発揮するためにもフィリピン側による維持管理費も含めた自己資金負担(ローカルコスト負担)が不可欠である。近年、フィリピン側の厳しい財政事情の下、実際の資金支出の遅延等により、人員配置、用地取得、免税措置等、実施機関側で履行すべき事項が円滑に実施されない例も多く見られることから、フィリピン側が必要な予算の確保に最大限努力するよう求めていく必要がある。また、援助にあたっては、これら予算が確保されるか否か十分検討することとする。
(ト)住民移転、環境への配慮
事業の実施にあたっては、引き続き地域住民や環境への影響に十分配慮した慎重な対応が必要であり、かかる配慮が公正かつ透明な手続きにより行われるべきである。フィリピン政府において、開発によって生じる住民移転問題への取り組み(移転地の確保・整備、補償や計画段階からの住民意見聴取等)とそれに対処するための地方自治体との協力体制が確保されることが必要である。