平成14年10月
<1>ニカラグアの政治・経済・社会情勢
ニカラグアは中米に位置し、北はホンジュラス、南はコスタリカと国境を接し、西は太平洋に面して320キロメートルにわたり海岸線が続いており、東は南北450キロメートルにわたって大西洋(カリブ海)に面している。その国土の面積は約12万平方キロで日本の約3分の1の大きさで(北海道と九州をあわせた広さ)、人口は約507万人と20分の1以下である。ニカラグアは約10年続いた内戦により国内は極度に疲弊しており、また相次ぐ天災(地震、火山、ハリケーン等)に見舞われ、資源が乏しいことから、持続的な経済成長の達成が極めて困難な状況にあり、一人当たりのGNP(2000年)は460ドルに留まっている。これに対して同国は、「復興と変革」をスローガンに国造りに取り組んでいる。
(1)政治情勢
1979年7月、サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)を中心とした勢力は、革命政権を樹立した。その後、急速に左傾化した同政権と反革命勢力「コントラ」との内戦
*1が勃発、激化したため、経済活動は停滞し、国内は極度に混乱した。そして約10年の内戦を経て、1990年2月に実施された大統領選挙で、サンディニスタ党が敗れ、14の政党からなる野党連合(UNO)が擁立するチャモロ候補が当選し、内戦は終結した。チャモロ政権
*2は、戦争から平和へ、社会主義から民主主義へ、国家管理経済から自由市場経済へという国家体制の根本的な大変革を進めた。内政面では、軍の縮小、国内の和解・民主化の促進等を進め、外交面では、米国をはじめとする西側諸国と関係を修復し、中米統合プロセスへの参加を改めて表明した。1996年10月、民政移管後2度目となる民主的大統領選挙では、元マナグア市長のアレマン立憲自由党党首が、オルテガFSLN書記長を破って当選し、97年1月に大統領に就任した。アレマン政権
*3は、民主主義体制と自由主義経済の強化のための政策を更に推進させる政策を採り、国家の近代化に努力した。2001年11月には、民政移管後3度目となる大統領選挙を含む総選挙が平穏裡に実施され、与党立憲自由党(PLC)のボラーニョス候補(前副大統領)がオルテガFSLN候補を破り当選した。2002年に1月に発足したボラーニョス政権
*4は、雇用創出、行政機構改革、公務員・議員の倫理刷新等を実現するため尽力している。
(2)経済情勢
ニカラグアはサンディニスタ政権時代の内戦、経済運営の失敗、米国の経済制裁等により、経済は壊滅的な打撃を受けた。1990年4月に発足したチャモロ政権は、経済再建に尽くし、92年にはプラス成長に転じて、インフレもある程度抑えられたが、IMFとの関係ではコンディショナリティー
*5不履行のため融資が中断された。アレマン政権時代、IMFの処方箋に従って経済の自由化、構造調整、マクロ経済の安定化を進めつつ、ニカラグアの主要な産業である農牧業を中心とした産業の活性化を図ってきた。さらに税制改革や国立銀行の民営化を断行し、1998年3月にチャモロ政権時代に中断していた経済再建のためのIMFとの構造調整プログラム(ESAF:
Enhanced Structural Adjustment Facility)が再開された。1998年には政治的安定を背景にして、経済が活性化の兆しを見せ始めたが、10月末にニカラグアを襲ったハリケーン・ミッチは、農業部門やインフラを中心に甚大な被害(政府試算では15億ドル)をもたらした。このハリケーン災害による未曾有の経済的打撃にも拘わらず、1999年には、ドナーによる復興支援も相まって7%の経済成長に回復した。
しかし、2000年以降ESAF(現PRGF(
Poverty Reduction and Growth Facility))プログラム
*6策定のためのIMFとの交渉は合意に到らず、2001年後半期に用いられたインテリム・スタッフ・モニタリング・アセスメントも大統領選挙に関連する大幅な財政赤字をもたらす等不履行に終わった。現在ボラーニョス新政権と共に新交渉が開始され、本年8月のIMF執行委員会での承認に向け準備が進んでいる。
またニカラグアは、IMFに対し重債務貧困国(HIPC)に対する債務削減プログラム(拡大HIPCイニシアティブ
*7)の適用を申請中であり、その関連で最貧困層の削減や初等教育就学率の向上などを骨子とする貧困削減戦略書(PRSP)
*8の暫定版PRSP作成を2000年8月に終了し、2000年12月、世銀及びIMFのそれぞれの理事会において拡大HIPCイニシアティブの決定時点(
Decision Point)への到達が承認された。更に2001年9月、最終版PRSPが世銀及びIMFにおいて支持(
endorse)されたことから、今後PRSPの執行状況とPRGFの下でのマクロ経済状況を評価し完了時点(
Completion Point)への到達が承認されることになる。
(3)社会情勢
1972年にニカラグアを襲った直下型のマナグア大地震は、ほとんどの建造物を倒壊させ、首都機能を麻痺させた。そして、その地震からの復興が進まない内に発生した10年にわたる内戦で、主要な国内産業であった農牧業が衰退するとともに、牧牛などの国内資産が消費し尽くされた。更に1998年10月には3千人余りの死者を出したハリケーン・ミッチが国内の道路や橋梁にも大きなダメージを与えた。これらの内戦と天災により、国内経済は極度に疲弊しており、社会情勢にも大きな影を落としている。国家予算の逼迫から多くの公共施設(中央官庁、教育・保健機関、司法機関、市役所等)は民家のような古く狭い場所を利用しており、改築は主として海外援助によって行われている。現在でも様々な理由により親元で育てられていない子供達も多く、各都市に民家を利用した孤児院施設が多く見られる。
このように基本的なインフラや、保健衛生・初等教育といった基礎的社会基盤の整備が他の中南米諸国に比べて著しく立ち後れている。
<2>開発上の課題
(1)開発計画
97年1月に発足したアレマン前政権は、チャモロ元政権に続いてIMFが提唱する構造調整プログラムを受け入れ、経済の自由化を一層進めてきたが、自由化のためのプログラムが政策の中心となっており、包括的な開発計画は策定されなっかった。他方、重債務削減プログラム(拡大HIPCイニシアティブ)の適用条件を満たすため作成された最貧困層の削減や初等教育就学率の向上などを骨子とする貧困削減戦略書(PRSP)
*6の最終版PRSPが、2001年9月、世銀及びIMFにおいて支持(endorse)された。
(貧困削減戦略)
PRSPにおいては、2000年から2005年の5年間で以下の9分野において数値目標が定められている。
(イ)最貧困層を17.5%削減する。(17.3%(1998年)から14.3%に)
(ロ)初等教育就学率を75%から83.4%に引き上げる。
(ハ)妊産婦死亡率を10万件当たり148人から129人に引き下げる。
(ニ)乳児死亡率を1,000人当たり40人から32人に引き下げ、5歳以下の児童の死亡率を1,000人当たり50人から37人に引き下げる。
(ホ)リプロダクティブ・サービス
*9の向上(15~19歳のパートナーを持つ女性のうち、家族 計画
*10への需要が充足されない割合を2003年までに24.8%まで削減等)
(ヘ)持続可能な環境開発のための国家戦略の実施(持続可能な環境開発のための国家戦略を2005年までに実施する)。
(ト)慢性栄養不良の削減(5歳未満の幼児の慢性栄養不良を2004年までに19.9%(1998年)から16%に引き下げる)。
(チ)水及び衛生施設へのアクセス向上(全国の安全な水へのアクセスを66.5%から75.4%に引き上げる等)。
(リ)非識字率を2004年までに19%から16%に引き下げる。
(2)開発上の主要課題
(イ)貧困削減
識字率が低く、教育施設の数が不足しており、地方では民家や孤児院を借りた寺子屋方式のような学校が依然として多い。また、椅子や机の不足から、自宅から椅子を担いで登校する生徒や、地面に座って授業を受けている生徒も少なくない。医療費は無料となっているが、内戦時代に多くの医師や看護婦が国外流出し、国内に4校ある医学部を通じた医師の供給にも限界があり、医療関係者の数が不足している。また、第1次医療の分野でも地方では、保健所はあっても設備が整っていないために、事実上医療サービスを受けられないケースも少なくない。下水道や上水道施設も未整備の地方が多く、デング熱といった蚊を媒体とする熱帯特有の病気に加えて、消化器系疾患の発生率が極めて高い。また、職を得られず、現金収入の道を持たない最貧困層が社会の大きな割合(PRSP暫定版では17.3%)を占めており、都市部では貧困を苦にした自殺者も多い。こうした状況から、ニカラグアでは医療や教育といった基礎的生活分野への対応が急務となっており、また経済を活性化し、貧困層を減らすことが急務となっている。
(ロ)基礎インフラの整備
ニカラグアでは、マナグア大地震やハリケーン・ミッチ等の自然災害及び内戦の後遺症で、港湾、空港、幹線道路、農道といった基礎的インフラが未整備である。ニカラグアは、多くの生活必需品を近隣国から輸入し、また国際貿易港を持たず近隣国の港から輸入しており、陸上輸送に大きく依存している。毎年のように発生する洪水の影響で幹線道路や橋梁が被害を受けるため、地方の幹線道路では、直ちに輸送の大動脈が遮断され、全人口の約20%強を占める首都マナグアをはじめとし、ニカラグア国内における食料品等の必要物資の供給が滞ることが多く、こうした輸送アクセスの脆弱さは、大きな社会不安を招いている。また、農道が未整備であるため、事実上マーケットアクセスに乏しく、収穫物を現金化するのが難しい状況にあり、生産地と消費地を有機的に結ぶための農道整備も急務となっている。
(ハ)農牧業の推進
ニカラグアは国土の面積に比して人口が少なく、中米の中では農牧業分野で比較的優位にある。そのため、60年代までは綿花や牛肉などを輸出する農牧業が国内経済の中心であった。しかし、その後、綿花産業が衰退し、牧牛の数も内戦で激減した。一部の大土地所有者によるコーヒー、たばこなどの嗜好品の生産が進んでいるほか、牧畜業も復活し始め、熱帯果実、観葉植物など非伝統産品の生産の試みも進んでいるが、国を支える経済の基幹産業として農牧業を復興させるには、未だ多くの課題が残されている。主な課題は、(i)インフラの整備、(ii)技術レベルの向上、(iii)土地所有権問題の解決、(iv)農民の組織化である。
インフラについては、内戦が続いたことから、国内の灌漑施設や農道が未整備のまま放置されている。高温で長い乾期を有する厳しい自然環境から灌漑などのインフラ改善が必要であり、マーケットアクセスのための道路整備も望まれる。技術面では、自然環境に耐える農業技術の研究・普及が望まれる。かつて興隆を極めた綿花産業が衰退し、綿花を紡いでいた農民が教育や訓練なしに農耕または牧畜への転換を強いられたことから、未熟な技術レベルの農牧業者が大多数を占めている。土地所有権については、内戦時代の名残りで所有権登記のない土地で耕作を続けている零細農民が多く残っていること、これら農民が土地を担保とした融資を受けられないことも問題である。さらに、農民は組織化されていないため、生産性が低く、農民の技術習得の機会も少ない。また共同の貯蔵倉庫もなく、流通システムの未整備から、マーケットアクセスについても不利な立場にある。
(ニ)生活環境分野の改善
多くの都市部で未だ上水道設備が充分整備されておらず、地方では遠距離にある共同井戸を利用しているのが殆どである。下水道施設に及んでは、さらに未整備であり、マナグア湖をはじめとする国内の多くの湖や地下水の汚染が深刻な問題である。また、首都のゴミはマナグア湖畔の処理場に埋めているが、その施設も飽和状態となっており、地方都市も含めてゴミ処理は重要な課題となっている。内戦時代の名残りで、上下水道やゴミ処理といった公共サービスに対して料金を支払おうとしない住民が多いことも社会問題となっており、公共サービスを広げるための大きなネックになっている。さらに、森林の伐採のみならず、水産資源にとっても重要な海岸線のマングローブ林の伐採も進み、海岸線の自然の防波堤が減少していることも問題として認識され始めた。今後は上下水道、ゴミ処理施設等の分野の基礎的インフラの整備、森林の保全・造成及び薪に代わる代替エネルギーの供給増、並びに住民への社会教育、環境教育の推進が急務となっている。
(ホ)自然災害の克服
ニカラグアは太平洋岸沿いに山脈が連なり、活火山も多く、地震や火山による被害が頻繁に発生している。例えば、マナグア市は1931年と1972年に大きな地震を被っている。また、他の中米諸国に比べて低地であることから、湿潤な太平洋からの風がニカラグアの太平洋岸諸都市に大量に雨を降らせ、毎年洪水による被害が市民生活を脅かしている。大西洋岸ではカリブ海で発生したハリケーンによる被害も毎年のように報告されている。1998年10月のハリケーン・ミッチ災害では、洪水による山崩れで、約3千人もの犠牲者が報告された。こうした災害は、ニカラグアの国土に広がる火山灰土が水による浸食に弱いということに加え、全国的に森林伐採が進んだこと、農村からインフラの未整備な都市周辺に移住してくる住民が増えたことにより増大する傾向にある。さらに、現状では市民の防災意識も低く、政府の防災システムも未だ充分機能していない状況である。従って、災害予知や緊急避難などの防災システム、防災ネットワークの構築を図るとともに、国民への防災教育を進めることが急務となっている。
(ヘ)ガヴァナンス
社会主義体制から市場経済に向けての体制移行の過程で、当初は金融自由化や公営企業の民営化といった経済部門での法律改正が進められた。現在は、司法改革、公務員法の改正、会計検査院の改革、選挙法の改正といった民主主義を定着させるための制度改革が進められている。金融監督庁の機能強化、会計検査院の監査機能強化、或いは選挙法の改正等を巡ってドナーや国内メディアで議論されており、ガヴァナンスの強化は、時間とコストがかかるものの、国際機関並びに主要ドナーも法律面でのアドバイスや機構面での財政的支援を強化している。また内戦時に、各地の土地登記所が放棄され登記簿が消失し、政府によって収用され、当時の役人及び零細農民に分配された多くの土地は依然占拠されているため、未だに国内で土地所有権の争いが残っており、こうした内戦時の負の遺産処理も未だに課題となっている。
(3)主要国際機関との関係、他の援助国、NGOの取り組み
(イ)国際機関との関係
ニカラグア政府は、経済再建のためのIMFの構造調整プログラム(ESAF、その後、同プログラムは貧困削減及び成長のためのファシリティー(PRGF)に移行)を受け入れている。更に、重債務貧困国債務削減プログラム(拡大HIPCイニシアティブ)の適用を申請しており、その関係でIMF、世銀、IDBなどの主要国際機関
*11は、マクロ経済のみならず、貧困削減戦略ペーパー(PRSP)の策定並びにガヴァナンスの進捗についてモニタリングしている。PRSPについては、ニカラグア政府が世銀の助成で雇い上げたコンサルタントなどの支援を得て、策定を終了した。ガヴァナンスについては、IMFがガヴァナンス関連の項目をマトリックスにまとめ、定期的に進捗状況をレビューし、ストックホルム、ワシントン、マドリードでの支援国会合でも当面政府とドナー側との意見交換、目標の設定等が行われてきている。なお支援分野では、これまで世銀はインフラ整備、教育プログラム、植林プロジェクト、金融セクター改革支援等に協力してきたほか、IDBも道路補修や教育プログラムなどに支援している。他にも、UNDP、WFP、FAO
*12、UNICEF
*13などがマナグアに事務所を置いて活発な援助活動を行っている。
デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、オランダ等の北欧諸国の多くはサンディニスタ政権時代からニカラグアへの支援を続けてきている。これら諸国は、国際収支支援、インフラ整備、農業開発、牧畜開発等の経済開発支援プログラムのみならず、会計検査院や地方自治体強化等のプログラムを実施しており、支援額は5ヶ国で年間約130百万ドルにも上っている。米国もハリケーン・ミッチ災害からの復興支援として、医療や防災関連で2年で約110百万ドルの援助を発表した。また、米国はハリケーン・ミッチ災害時に、千人を超す単位の予備役軍人を数回ニカラグアに派遣して、道路や学校の補修に当たらせており、プレゼンス効果の大きい援助を実施した。EU、ドイツやスペイン、カナダなども医療、上下水道、地方自治体強化プログラムなどの分野で積極的な援助を進めている。
(ハ)NGOの動向
ニカラグアで活動するNGOの数は、内務省で登録されているもので13,000以上有り、きわめて活発に活動している。特に、サンディニスタ政権崩壊以降、民主主義支援プログラムを実施するローカルNGOが多く生まれた。また、孤児院や学校、職業訓練のような活動をしているNGOも多い。国際的なNGOとしては、スペイン系(国際連帯)、英国系(フォスター・プラン、OXFAM)、仏系(国境なき医師団)、北欧系、カナダ系(カナダ赤十字)等があり、中には現地に事務所を置いて既に20年近くも活動しているNGO組織も少なくない。ケア、ワールド・ビジョン、セーブ・ザ・チルドレンといった米国系NGOは、主に、米国の医療、教育プログラムのODA実施を請け負っており、また、国際飢餓対策機構、CEPS、ADRA等の宗教団体系NGOも多くの活動をしている。そして、資金のある国際的なNGOの下請けをする形で援助プログラムを実施しているローカルNGOも多い。我が国のNGOはこれまで災害などの緊急時を除いて、同国ではあまり活動していないが、国際NGOのメンバーとして活躍している日本人も少なからずおり、連携や情報交換を密にしている。
<3>我が国の対ニカラグア援助政策
(1)対ニカラグア援助の意義
(イ)友好協力関係
我が国は、1935年にニカラグアとの外交関係を樹立し、第2次世界大戦中、ニカラグアとの外交関係は中断したが、1952年に再開した。両国関係は、これまで友好関係が維持され、90年の民政移管以降は両国の貿易関係も徐々に拡大傾向にあり、また、官民での人的交流(文化、その他)も進み、経済・技術協力を中心に良好な関係を構築している。ニカラグアは我が国からの協力に強い期待を有しており、民政移管以降のチャモロ元大統領、アレマン前大統領の両大統領が訪日し、我が国からの協力に対して謝意を表明する等、我が国と緊密な関係を有している。
また、ニカラグアは、我が国の援助を真摯に受け止めて、事業の実施に努力しており、我が国援助は同国の発展に大きな役割を果たしている。これまでの我が国援助は、ハリケーン・ミッチ災害にも耐えた橋梁等に代表されるように、ニカラグアにおいて高く評価されており、我が国ODAプロジェクト案件を図柄とした友好記念切手を2度も発行するなど、ニカラグア政府自身が我が国ODAの広報に努めており、かかるニカラグアに対する援助は、中米全体における我が国支援のPR効果としても意義が大きい。
(ロ)民主化支援(あかつき援助)
ニカラグアは80年代の約10年間内戦状態にあった。この戦乱は、隣国エル・サルバドルやグアテマラにも影響し、当時中米全体が不安定な状況に陥ったが、我が国は「開発と民主主義(二つのD)
*15への支援」というスローガンを掲げて、ニカラグアを始めとする中米各国に対して、域内の平和と安定の確保のために、和平合意の「暁」には支援を強化する旨表明していた。ハリケーン・ミッチ被災後、ニカラグアは「復興と変革」をスローガンに、社会インフラの整備や、民主主義体制強化のための法律の整備、政府機構の改革を進めているところ、ニカラグアへの支援は、ニカラグアにおける民主主義の確立、更には中米域内の平和と安定のためにも重要な意義を有している。
(ハ)最貧国への支援
ニカラグアは、中南米の最貧国の1つであり、電気も水道もない地域が未だ国内各地に広がっている。また、中南米の中でも自然災害の特に多い国で、特に最近では、ハリケーン・ミッチで3千人余りの死者とインフラ施設や農業、牧畜業に被害を被った。国内には自然災害や内戦の傷跡が依然として各地に広がっており、前述の通りニカラグア政府はハリケーン災害後、「復興と変革」をスローガンに、再建努力を進めているが、こうした努力を支援することが、同国の民主化確立と経済発展にとって不可欠である。
(2)ODA大綱原則との関係
90年の総選挙とチャモロ政権成立以来、民主的手続きによる政権交代が定着するとともに、国内和平努力と市場経済化のための経済構造調整の進展が見られ、我が国ODA大綱原則
*16との関連では総じて望ましい方向に向かっている。
(3)我が国援助の目指す方向
(イ)我が国のこれまでの援助
90年の民主化以降、援助を拡充し、現在同国への援助形態と援助分野は多岐にわたっている。これまでに、経済インフラ(道路交通)、社会セクター(保健・医療、教育、住宅分野)、生産セクター(農牧業、水産)や環境分野(上水道網の整備や生活廃棄物処理等)での支援を中心に、累計(99年度まで)で有償資金協力218.52億円(交換公文ベース額)、無償資金協力437.55億円(交換公文ベース額)、技術協力88.44億円(JICA経費実績ベース)を実施している。
(ロ)対ニカラグア援助全体に占める我が国援助の割合
ニカラグアに対するODA(90~99年の支出総額ベース、ニカラグア外務省の対外協力統計、1999年)実績のうちニ国間援助が全体の62%を占め、二国間援助の内、日本の割合は10.1%(米国に次いで第2位)となっている。99年のODA実績(支出純額ベース)でみた場合、我が国のニカラグアへの支援額は、44.84百万ドルで、中南米地域全体に占める割合は約5.5%、ODA全体では約0.43%となっている。
(ハ)今後5年間の援助計画の方向性
我が国の対中南米支援の基本的政策(『ODA中期政策』
*17のIII. 地域別援助のあり方、1999年8月)を踏まえ、民主主義を一層定着させ、持続可能な経済社会開発を推進させるための援助を推進することが重要である。しかしながら、ニカラグアの経済発展のための道のりは厳しいものがあり、引き続き貧困層に直接裨益する基礎的生活分野における支援とともに、持続可能な経済社会開発と民主主義の確立に資する支援を中心に協力を検討する。
(4)重点分野・課題別援助方針
我が国は、1994年12月のハイレベルでの経済協力総合調査団
*18を派遣したのを皮切りに1997年6月に、対ニカラグア政策協議団を派遣している。そして上記調査団と先方政府との協議により、以下の援助優先分野が合意された。(i)社会開発・貧困対策、(ii)社会インフラ、(iii)経済インフラ、(iv)環境、(v)民主化・経済安定化支援(市場志向型経済導入支援)。ハリケーン・ミッチ被災後の1999年2月の政策協議では、上記の5つの重点分野を基本的に維持しつつ、復旧・復興関連で優先度の高い案件への協力を表明し、防災分野についてもできる限りの支援を行うことで先方政府と合意している。
以上に基づき、今後5年間の援助重点分野については、これまでの協力の実績と成果を踏まえて見直しを行い、今後の協力の方向性を絞り込んだ上で、より具体的かつ明確な分野の設定を行った。今後は、ニカラグアの貧困削減及び経済成長に資するよう、(i)農業・農村開発、(ii)保健・医療、(iii)教育、(iv)道路・交通インフラ、(v)民主化支援、(vi)防災の6つの重点分野を中心に協力を行っていく。
(イ)農業・農村開発
ニカラグアの抜本的な貧困問題の解決のため、農村部の貧困緩和を視野に入れて、雇用促進や成長の潜在力の見込まれる地方農村部の零細農家や中小農に対する生産活動への支援を進める。農村開発のための農業基盤整備、農民組織の育成、維持管理技術移転、関連技術(栽培技術、種子生産管理、病害虫の総合防除、土壌分析・改良及び浸食防止、収穫後処理技術、流通、品種改良など)の研究や普及及び農産物流通・商品化、市場拡大等に関する協力を通じて生産性向上を目指す。また、国立の農業開発銀行が消滅したニカラグアでは、小規模金融(マイクロ・クレジット)を活用した援助は、貧困層等零細・小規模農家の生活改善の鍵を握っており、食糧増産援助等の見返り資金
*19などを利用した小規模金融のプロジェクトを推進することも重要である。また、現地のNGOなどに対する草の根レベルでの協力の実施により、住民の社会開発への参加、住民の組織化を促し、技術支援や普及活動を伴った農村インフラ開発なども積極的に支援していく必要がある。地方農村部において、小規模な水源開発、地下水開発(小井戸の設置など)を草の根レベルで取り組んでいくことも必要である。また、上記の協力をより効果的・効率的に進めるために既存施設のリハビリ或いは個別の技術分野での支援も併せて進めていく。さらにハリケーン・ミッチの被災以後、自然災害に対するニカラグアの脆弱性が度々指摘されたのを受けて、今後は、更に自然環境、特に森林の保全・造成、水資源・土壌管理、アグロフォレストリー
*20分野にも重点を置くべきと考えられる。
(ロ)保健・医療
ニカラグアの厳しい社会福祉事情に鑑み、同国の民政の向上をめざして、保健・医療での社会インフラ及び機材の整備、並びにその維持管理能力の強化に今後も力点を置いて援助を進める。また、貧困削減戦略書(PRSP)の枠組みの中で、他の援助国、機関と連携・調整して、基礎的な衛生・医療事情(生活環境衛生を含む)及びインフラの改善や子供の健康、母子保健、感染症対策、リプロダクティブ・ヘルスなどの分野において、目標達成に向けて支援していく。そして、地方保健システムの制度面での強化と保健・公衆衛生分野(看護管理・看護教育等)における地域人材育成や住民参加推進などに取り組んでいく。
(ハ)教育
教育分野では、初等教育での就学率改善に資する支援、及び教育の質の向上に資する支援を行うことが重要である。また、職業訓練分野、特に女性や社会的弱者を対象にした人材育成と、今後の国内労働市場の需給状況に留意した支援策を模索していく必要がある。また、貧困削減の為には貧困の再生産を防止する為に、孤児、身障者、児童労働者、女性(特にシングルマザー)など社会的脆弱層の社会参加に対するニカラグア政府の取り組みを支援していく必要がある。
(ニ)道路・交通インフラ整備
貧困問題の解決には、格差是正を伴う経済成長が必要であり、その推進役となる投資促進、生産力増強、輸出振興を図るためには経済インフラの整備が不可欠である。これまでの援助の結果、近年、経済の安定化に向けて進展が見られることは評価すべきであるが、生産部門への投資、輸出能力の増強はまだ緒についたばかりであり、基礎的な経済インフラが絶対的に不足していることから、引き続き同分野への支援が重要である。特にニカラグアにとって道路、橋梁等の交通インフラの整備は、地域社会の連結(輸送、流通網の整備)、商工業地区へのアクセス、輸出入の振興、農作物生産、流通へのサポート、国際間輸送の観点などから同国経済への波及効果は極めて大きく、今後とも重要課題となる。具体的には、内外の生産・流通拠点を結んでいる老朽化した主要幹線道路の整備、あるいはハリケーン等での水害などで被災した橋梁の架け替え事業や、道路保守管理等の資機材整備のほか、道路や橋梁の維持管理に係る技術指導、助言も併せて行っていくことが必要である。また、道路防災の観点からもニカラグアの全国道路網の構造上、技術上の欠陥等の把握とその改善策などを提言していくことも望まれる。
(ホ)民主化支援
民主化支援に関しては、現在我が国を含む主要援助国や国際機関がニカラグアのガヴァナンスと透明性の確保を見守っており、ニカラグアが成熟した法治国家として司法改革、公務員法、会計検査院改革、選挙法改正などの国家機能の近代化を進め、より公正な社会・政治の仕組みの中で民主主義を定着させていくことを勧奨している。今後とも我が国は、主要援助国や国際機関との協調を進めながら、上記問題に更に積極的に取り組むべく協力案件の形成に努める。また、実施可能なスキームを活用しながら、土地所有権の問題、刑務所システムの改善等、ニカラグアが今後民主化を促進するにあたって解決すべき諸問題に関して、国連機関(UNDP)等との連携を進める他、制度面における専門家派遣等を検討していく。また、我が国が昨今積極的に取り組んでいる対人地雷対策についても、2001年9月第3回オタワ条約締約国会議がマナグアで開催されており、ニカラグアが既に実施している対人地雷除去計画の枠組を活用し、既存のドナーとの協調体制の下で、引き続き我が国の実施可能なスキームを検討していく。
(ヘ)防災
防災分野において技術と経験の豊富な我が国が、積極的に同分野に支援していくことは裨益効果も高く、意義も大きい。ハリケーン・ミッチに見られるニカラグアの天災に対する社会的な脆弱性に留意し、特に治水・砂防、河川流域管理、森林の保全・造成事業、気象・水文、火山活動・地震観測体制等の整備、情報通信技術の活用による早期警戒システムなどの整備に協力していく。また、防災、被災情報を円滑に流通させるための公共機関(地方政府、病院、学校等)のネットワーク化も重要である。そのためには広域的な観点からの協力の可能性も検討する。また、現在UNDPなど国連機関が中心となって国家防災計画の策定支援を行っており、新防災法の下で新たに全国防災委員会が発足し、事務局の設置も行われた。今後は、この計画の枠組みでの防災セミナーや本邦研修などを通じて防災関連での人材育成と技術移転を広域的な観点から行うことが必要である。また、地域コミュニティーレベルでの防災能力強化も重要であり、地域社会の自然災害に対する脆弱性の軽減に向けて、住民の参加・組織化を図りながら啓蒙プログラムに積極的に取り組み、地域に詳しいローカルNGOなどの活用により草の根レベルでの協力も進めることが肝要である。
(5)援助実施上の留意点
(イ)援助受入能力、プロジェクト実施能力の強化
ニカラグアの援助受入窓口・調整機関、特に対外経済協力庁は、アレマン前政権下で職員が200名から50名程度に減り、度重なる組織改革が進められた結果、制度的・組織的にも脆弱となり、対外援助の企画調整能力も低下した。プロジェクトを実施するカウンターパート機関についても厳しい公務員数や予算の削減による事業規模や機能自体の縮小が断行され、海外の援助プロジェクトによって支えられている機関も少なくない。草の根無償資金協力はもとより、見返り資金においても、プロジェクトを実施する際、他の公的機関、例えば大学研究機関との連携を検討したり、NG0の活用や地方自治体とタイアップした地域コミュニティーへの直接的な協力を進めている。専門家派遣等(開発計画など政策アドバイザー)を通じて、先方の援助窓口機関にあっては上位の国家開発計画と整合性のある援助計画・政策策定調整能力、具体的な要請案件の内容を審査する能力や実施後のモニタリング・評価管理の能力等、人造りと体制作りを支援していくことが必要である。更に、マクロ政策の策定と各機関間との調整を主管する大統領府技術庁(SETEC)、国家復興計画策定に当って官民(政・官界、財界・学界、労働者団体、市民組織など)あげてのコンセンサスの形成の場となる国家社会・経済開発審議会(CONPES)、対外協力を取りまとめる外務省、さらに予算編成や対外援助の内、国際金融機関からの融資・借款を掌握する大蔵省等の各組織の連携・調整促進を、我が国としても勧奨し、対外援助の効果的・効率的な実施を促す必要がある。
(ロ)援助国、国際機関との連携
ニカラグアに支援している援助国・国際機関は40に上る。その中で、情報交換を主眼として既にドナー間の会合が重要セクター別(社会分野、ガヴァナンス分野等)に開催されており、長年の情報交換の積み重ねから、地域別或いは分野別にお互いが重ならないようおおまかな棲み分けができているのが現状である。また、先方政府がドナーを招待して行うセクター会合(特に農牧、保健・医療、地方自治・分権化、環境・持続的開発、地雷除去支援、ガヴァナンス等)も必要に応じて開催されている。ドナー会合で主なものは、ストックホルムでの対ニカラグア支援国会合(CG)の合意事項の進展状況をフォローする主要6ヶ国グループ(通称G6)、ガヴァナンスを議論するGGG会合、その他アドホックに世銀或いは大統領府の主催で絶対的貧困削減問題についての会合が開かれている。今後とも我が国はそうした会合に積極的に参画し、援助協調により相互補完的に協力を実施していくことが重要である。
(ハ)NGOとの連携
ニカラグアで活動するNGOは多いが、ハリケーン・ミッチでは欧州や米国の復旧・復興支援の実施団体として現地及び国際NGOが特にクローズアップされた。99年の同国外務省の統計では、年間379件、総額1億6,100万ドルに上るプロジェクト(全対外援助額の22.5%)がNGOを通じて実施されている。上記NGOの資金源としては、米国がトップであり、続いてスペイン、英国、デンマーク、イタリア、スイスなどである。以上のように、ニカラグアへの援助は、NGOを通じた協力の割合が非常に多いのが特色となっており、我が国も草の根レベルの協力或いはノン・プロジェクト無償資金協力
*21等の見返り資金のプログラムをローカルNGOを通じて協力を展開してきた経緯がある。今後とも、自立に向けた住民の組織化への努力を一層支援していくために、活発な活動を行っているローカルNGO、国際NGOとの連携を図りつつ、我が国NGOに対しても支援・連携を推進することによって、より地元に密着した効率的な援助を進める必要がある。