<1>最近の政治・経済・社会情勢
(1)政治情勢
1978年に就任したモイ大統領は、ケニア・アフリカ人国民同盟(KANU)による単一政党制の下で大統領権限の強化を図ってきたが、90年代に入り民主化に着手し、91年に複数政党制を導入、翌年新制度の下で大統領及び国民議会総選挙を実施した。97年末には再度複数政党制による選挙が自由かつ公正に実施されるなど、この間モイ大統領の下で、一定の民主化の進展が見られた。同大統領はまた、憲法見直し作業や汚職問題、部族問題への対応などの民主化に資する改革を慎重に進めてきており、時に改革の進捗につき援助国等と見解を異にする場面もあるが、今後の努力次第では民主化のあり方に関し他のアフリカ諸国への良き先例となりうる。今後2002年に大統領選挙を迎えることや、ソマリア・スーダン等隣国が近年政治的に不安定化していることなどケニアが内外において政治的な変革ないし過渡期を迎えている状況に鑑み、その推移を注視していく必要がある。
ケニアは独立以来、非同盟路線を基本に、親西欧路線を保ちつつ、旧ソ連、中国及び中東諸国とも関係を維持してきており、東アフリカにおける政治的・外交的安定勢力として重要な役割を果たしている。また、再発足のための枠組みが合意された東アフリカ共同体(EAC:East African Community)の下に、タンザニア・ウガンダとの地域協力強化を進めている。
(2)経済情勢
政治面と同様に、経済面においてもケニアは東アフリカ地域における拠点的地位を占めている。例えば、交通・通信分野ではナイロビを中心とした航空、道路・鉄道網が構築されているほか、モンバサ港はケニアのみならずウガンダ、ルワンダ等を後背地として東アフリカ地域の物流の玄関口となっている。
産業構造は、農業を中心とする一次産業に依存したものであり、生産者の多くが天水栽培による零細農家である為天候の影響を受けやすく、また主要輸出品である紅茶及びコーヒーも、国際価格の変動に左右される等、国内経済に占める比重が大きい割には安定的外貨獲得源とは言い難い。他方、近年、園芸作物の輸出などが増大する傾向が見られ、外貨獲得にも貢献している。また、観光産業も大きな外貨収入源である。またケニアは東アフリカで最も工業化が進んでいるが、それでも製造業のGDPに占める割合は約14%程度に留まっている。
近年のマクロ経済については、財政構造改革や金融引き締めなどの政策の実施により、政府の国内借入の大幅な減少や、インフレ率の大幅な低下などの成果が出始めている。しかし、97年後半の干ばつによる天候不順と近年の治安悪化の影響により、主要産業である農業及び観光業が不振であったこと等により、経済成長率は落ち込み、97年の成長率は2.3%、98年も1.8%に留まっている。国際収支についても全般的に悪化傾向にあり、輸出の不調により貿易赤字が拡大し、また、政府の政治・経済改革に対する懸念から各種ドナーの援助が減少傾向にあること等が主因となり、98年は資本収支の黒字幅も大幅に減少した。主な貿易相手国はEUと東アフリカ諸国であり、近年EAC加盟国であるウガンダ、タンザニアとの貿易が拡大しつつあり、また、これ以外でも特に南ア向けの貿易が急増しており、地域的な貿易関係が強化されつつある。
(3)社会情勢
社会的には、農村部及び都市部双方における人口増加と貧困層の増大、それを背景とした近隣諸国からの武器の流入が犯罪率の増加と社会不安を惹起していること、さらにはエイズの延などが大きな問題となっている。
<2>開発上の課題
(1)ケニアの開発計画
ケニア政府は、現在第8次国家開発計画(1997年ー2001年)の下で、諸々の改革に取り組んでいる。そこでは、失業(300万人)と貧困(1,100万人)問題を克服し、「国民の生活水準の向上及び持続的な開発のための急速な工業化」を主題として、農業と輸出競争力を有する軽工業の振興策を重点としている。対象期間の平均経済成長率、一人当たりGDP平均成長率をそれぞれ5.9%、3.2%に設定し、2001年までの雇用創出目標を261万人、失業率を12.8%とし、2020年に新興工業国(NICS)入りすることを目標としている。
同計画は、その開発目標として、「小学校修了率の向上」、「全ての教育レベルでの男女就学率の格差解消」、「労働者と扶養家族に対する基礎医療サービスの提供」、「環境に関する意志決定を改善するための環境教育及び環境情報システムの構築」等を設定しており、我が国が経済協力の基本的考え方として重視しているDAC新開発戦略
*1の考え方に合致する部分が大きい。
また、ケニア政府は、現在、次のような開発計画案を策定中である。
(イ)全国貧困根絶計画(NPEP:National Poverty Eradicatiuon Plan)
DAC新開発戦略で掲げられた各種貧困根絶目標を2015年までに達成す るための計画。
(ロ)貧困削減戦略ペーパー(PRSP:Poverty Reduction Strategy Paper)
現在暫定的なPRSP策定が進行中。
(ハ)中期支出枠組み書(MTEF:Medium Term Expenditure Framework)
政策の優先課題分野に援助国・機関からの資源を含めた予算配分を行うこと により、政策の効率的な実施及び公的支出の質の向上を目指す。
(2)開発上の主要課題
(イ)貧困層に裨益する経済・社会開発
上記の如く、ケニア政府の最優先開発課題として経済開発を通じた失業改善等の貧困削減が挙げられている。ケニアは、1990年から1995年の間に1人当たりGDP成長率の平均が-0.3%であるなど、失業の増加傾向と併せてケニア国民の生活水準は実質的に悪化している。世銀によれば、ケニア政府は、1997年の時点で、約1,200万人(人口の約43%)が貧困ライン以下の生活をしていると言われており、所得上位20%の家計の所得が全所得の62%を占めるなど、所得格差も非常に深刻な状況である。
ケニア政府は、93年以降国際通貨基金(IMF)及び世銀の助言を得ながら構造調整を実施しており、公的機関の民営化等の公的セクター改革や農業自由化、金融セクター改革等において着実に成果を上げてきている。こうした構造調整は、持続的な経済開発を通じた貧困削減を実現するためにも不可欠な政策である一方、最もその影響を受けやすいのは都市部の貧困層及び地方農民である。このため、ケニアにおいては引き続き構造調整を進め、その成果としての経済効率化・市場経済化をてことした経済成長を図るとともに、社会開発を通じた持続的貧困削減のために、構造調整の影響を受けやすい社会的弱者の雇用機会の増大、生活水準の向上に配慮し、教育、農業開発、保健医療、特に深刻な状況にあるエイズ問題、環境保全等に向けた諸改革を実行することが必要である。
(ロ)政府の効率改善
ケニア政府の行政サービスは、徴税体制の不備による歳入不足等に起因する不十分な予算配分による財政面での脆弱性や、運営・管理能力の不足による組織面の脆弱性を抱えており、この結果実施プロジェクトの優先付けが十分に行われていないため、ドナーの援助を含めた公共事業の進捗には困難が伴う(我が国の援助対象案件は比較的スムーズに進捗している)。こうした状況の改善のためには、財政面との整合性の取れた公共投資計画の実施及び事業実施体制としての組織の強化が必要である。また、政府内において国家開発計画に示された方針に基づき、具体的プロジェクトの優先付けを確実に行うことが重要である。
(ハ)汚職の追放
開発の基盤となるガバナンス改善の観点から最優先して取り組まれるべき問題は汚職問題であり、内外よりケニア政府の断固たる措置が求められている。この点については、歳入庁の権限強化、汚職摘発機関の設立、準政府機関の整理・統廃合の実施等に対して一定の評価がされている。IMFとケニア政府の間ではガバナンス問題につき真剣な協議がされており、ケニア側の一層の努力が期待される。特に、独立後最大規模といわれているケニア政府要人を巻き込んだ「ゴールデンバーグ疑獄事件」
*2に関するケニア政府の対応についてはガバナンス問題への姿勢を示すものとして、引き続き多くの援助国及び国際機関が注目している。
(ニ)民間投資家の信頼回復
近年減少傾向にある民間投資の回復・拡大を図ることが重要であり、内外投資家の信頼回復をはかるためには、上述の汚職追放に加え、公的部門の縮小(公務員改革、財政改革を含む)、行政面における透明性確保、手続の効率化・簡素化、司法制度の強化といったガバナンスの改善、インフラ整備(交通、電力、通信など)などの諸政策を着実に実施していく必要がある。また、貧困削減成長ファシリティ(PRGF)
*3再開に向けてのIMFとの交渉の成否についても、民間投資の拡大の重要な要件であるため、適切に対応していく必要がある。
(3)主要国際機関との関係、他の援助国、NGOの取組み
ケニアに対して多くの援助国・国際機関は、東アフリカにおけるケニアの重要性に鑑み、これまで多額の援助を継続して実施している。しかしながら、各プロジェクトが必ずしも効率的に実施されていないこと、現在実施中の政治・経済改革において期待通りの進捗が見られないこと等を理由に、各援助国・国際機関のケニアへの姿勢は概して厳しい。
セクター別援助においては、多くのドナーは援助対象機関に対し機材の供与等のハード面のみでなく、組織改革によるマネジメントの改善等ソフト面を組み合わせて援助を実施している。特に、保健、教育、水供給及び農業分野は多くの援助国の対ケニア援助重点分野であり、セクター・プログラム
*4などの手法による援助や、担当省の組織改革を前提とした援助を各ドナーが協調した上で実施しており、また、セクター毎の開発の方策や進捗状況につき、頻繁に援助国会合を現地レベルで実施している。他方、財政支援型援助については、1997年7月に国際通貨基金(IMF)が拡大構造調整融資制度(ESAF)の支出停止を決定し、それと連動する形で世銀及び英等他の援助国もプログラム援助を停止した。これら機関・援助国は、現在もなお、ケニア政府の改革の進捗を見極めたいとしている。
諸援助国は、停止中の財政支援型援助の再開も含めた今後の援助について、ケニア側にて進行中の政治・経済改革の進捗を確認しつつ検討していくものと見られる。
<3>我が国の対ケニア援助政策
(1)対ケニア援助の意義
(イ)ケニアは東アフリカにおいて地理的な要衝を占め、かつ政治経済面で指導的役割を果たしている。最近でも、エチオピア・エリトリア国境紛争、大湖地域問題やスーダン問題などのアフリカにおける種々の紛争に対し、自ら調停工作に乗り出したほか、アフリカ統一機構(OAU)、国連などの国際機関を通じて、和平促進に貢献するなど、東アフリカにおける政治的・外交的安定勢力としての役割を担い、アフリカにおける有力国を多く抱える同地域内に大きな影響力を有している。
現在のところ、我が国による継続的な外交・援助努力の成果もあり、親日的感情も強く良好な関係を維持しており、我が国への期待感も極めて高い。引き続き安定的な関係を維持・発展していく意義は大きい。
(ロ)ケニアは、少ない資源、砂漠化の進行、高い人口増加率、複雑な部族問題、公共部門の運営・管理改善の必要性など他のアフリカ諸国と共通の課題を抱えてはいるが、地理的・歴史的条件、比較的高い教育水準などに着目すれば、サハラ以南アフリカ地域の中で発展への高い潜在力を有している国の一つである。民主化、経済改革に向けて努力していることや債務救済を受けることなく自助努力による債務返済を通じて経済・社会発展を続けていく意思を明確に示していること等をも勘案すれば、今後の努力次第では他のアフリカ諸国のよき先例となりうる地位にある。
このようにアフリカ諸国の中では比較的好条件に恵まれ、開発の推進に向けた主体的意思(オーナーシップ)を発揮しているケニアの政治的安定・経済的繁栄に向けた援助は、我が国の対アフリカ政策上、大きな意義を有しているのみならず、我が国の対東アフリカ援助の拠点として重要な役割を担っており、我が国の重点国の一つと位置付けられる。また、域内の交易拠点であるケニアへの援助は、域内全域への波及効果があり、アフリカにおける広域開発の効果的な推進との観点からも有益と考えられる。
(2)ODA大綱原則との関係
我が国ODA大綱原則
*5との関係におけるケニアの主な課題は、民主化の促進である。91年に我が国を含む援助国側は、民主化の遅れ等を理由に一時援助を見合わせたことがあった。しかし、その後複数政党制の導入、大統領・国会議員選挙が実施されるなど、望ましい動きが出てきたことから我が国も93年に援助を再開している。97年には大規模な部族衝突が発生するなど、民主化の歩みを懸念させる事態が生じているが、現在、ケニア政府は、自国の文化、社会、歴史等を踏まえ、ケニアにおける民主主義のあり方を模索しているところである。汚職についても依然問題があるものの、汚職摘発機関を設置し、その機能強化に努める等の進展が見られている。従って、改革の動向に注意を払いつつ必要な働きかけを行うとの姿勢が重要である。
(3)我が国援助の目指すべき方向
(イ)我が国のこれまでの援助
98年度までの我が国の援助累計実績は、有償資金協力は1,736.25億円でサブサハラ以南アフリカ域内第1位、無償資金協力は706.69億円で域内第3位(以上交換公文ベース)、技術協力は621.07億円で域内第1位(JICA経費実績ベース)と、積極的に協力を行っている。98年の我が国の支出純額は5.259万ドルで、域内第3位である。
有償資金協力については、運輸・通信分野等の経済インフラ整備をはじめ、農業分野等を含む幅広い分野に対し協力を行っている。
無償資金協力については、農業分野、水供給、教育、保健・医療等の基礎生活分野、経済インフラ分野等で協力を行っている。
技術協力については、幅広い分野において、各形態を活用して実施しており、研修員受入、専門家派遣、調査団派遣の各形態における98年度までの累計人数・件数はアフリカ域内第1位である。「ジョモ・ケニヤッタ農工大学」「ムエア灌漑農業開発」等のプロジェクト方式技術協力は、無償資金協力とも連携してその効果を挙げている。開発調査についても、農業、運輸等のインフラ整備、観光、鉱工業分野等幅広い分野において実施している。
(ロ)対ケニア援助全体に占める我が国のプレゼンスの割合
我が国は、アフリカ開発について、欧州と比較してその歴史は浅い。しかし対アフリカの開発努力に対する国際社会による支援を促進するため、93年に引き続き、98年10月に東京に於いて第2回アフリカ開発会議(TICAD II)を国連及びアフリカのためのグローバル連合(GCA)と共催するなど、積極的に関与していく姿勢を表明している。TICAD IIのフォローアップは、アフリカ諸国との協調の下、我が国としても真剣に取り組んで行く必要がある。ケニアはその拠点的役割を担う場合が多い。
一方で我が国の対ケニア援助は、我が国の厳しい財政状況から、またケニア側の自助努力を促す意味でも費用対効果の面で精緻な検討が不可欠であり、今後は質の向上についても重視していく必要がある。日本の対ケニア外交・援助の歴史の長さと良好な両国関係、また東アフリカ地域における政治・経済的安定勢力としてのケニアへの援助の重要性を十分考慮し、重点分野に的を絞り、また周辺諸国にも効果の及ぶような地域的アプローチも考慮しつつ、個々の案件で目に見える成果を示すよう努める必要がある
*6。
(ハ)今後5年間の援助の方向性
上述のように、ケニアの開発計画においても国民の生活水準向上が最優先の課題として記述されており、また同計画がDAC新開発戦略のコンセプトに沿った種々の目標を設定していることから、我が国としても同計画を支持し、協力を行っていく方針である。そのための具体的なアプローチとして、我が国は、94年1月に派遣した経済協力総合調査団をはじめ、これまで行ってきた種々の政策協議を通じケニアへの援助方針として(A)人材育成、(B)農業開発、(C)経済インフラ、(D)保健・医療、(E)環境保全の5つの分野を重点分野とすることで、ケニア政府との間で合意しており、今後の対ケニア援助を検討するうえでも引き続き有効と考えられる。
他方、構造調整をはじめとする経済改革の影響を最も受けているのは、都市部貧困層及び地方農民であり、またケニア政府の現在の国家目標が貧困問題の解決であることを勘案し、今後上記5つの重点分野の中でも、社会的弱者が直接裨益しうる分野として、特に全ての分野において貧困問題解決の鍵となる「人材育成」や、食糧自給及び経済成長に資する「農業開発」、また基礎的な医療施設やサービスの改善や水質改善、エイズ対策などの「保健・医療」を従来以上に重点的に取り上げていくべきである。
また、現在実施中の各事業についても所期の効果の達成度合いの観点から、必要に応じ協力の内容と範囲を見直していく必要がある。
なお、ケニアは重債務貧困国であることから、債務負担能力を考慮し、今後は無償資金協力・技術協力をより一層活用した支援を検討していく。また、有償資金協力については、ケニア政府が自助努力による債務返済への意思を国際的に明確に表明し、新規資金による経済・社会開発を引き続き希望していることを勘案し、個別案件毎にケニアの財政・債務状況、実施体制などを慎重に見極めた上、検討していく。
(4)重点分野・課題別援助方針
(イ)人材育成
人材育成は各分野共通に重要であり、将来の自立的な経済・社会発展のために、基礎教育の拡充に加え、経済・社会運営に携わる行政官の能力向上、中小企業の経営者・技術者の育成などが課題である。
(a)基礎教育
人材育成の基礎として基礎教育の重要性は言うまでもないが、1993~95年の小学校への就学率は85%で、サハラ以南アフリカ地域平均の75%より高いものの、年々低下しており、また、中退者・落後者の多さ、教科書、教育関連施設・機材等の絶対的な不足、教員の質の低さ、理数科教育の遅れが問題となっている。我が国としては、専門家派遣、青年海外協力隊の派遣を実施するとともに、教育施設・機材の充実等の可能性を検討していく。
(b)高等教育・技術教育
今後の経済成長実現のためには特に輸出振興・外貨獲得に資する農業・中小工業分野等を中心に、生産性向上及び品質管理能力の向上が不可欠であり、そのための要となる中堅技術者層、中間管理者層の育成等が重要である。また民間セクター主導による経済的自立を達成するために中小企業の技術者、経営者の育成も重要である。
我が国としては、これまでジョモ・ケニヤッタ農工大学等における協力により、高等教育、職業訓練の分野で貢献してきているところであるが、今後は、TICAD II「東京行動計画」
*7の目的も踏まえ、ケニア国内にとどまらず域内、域外へも裨益効果が波及するようなアフリカの人造り拠点としてこれらの機関の機能の充実等を検討していく。
(c)行政能力の向上
ケニア政府の行政能力の向上は極めて重要である。政府の政策策定能力や実施能力の向上は、より長期的観点から自立的な産業構造のあり方を検討し、産業振興や輸出振興について、包括的な政策の立案及び実施を行う上で不可欠である。かかる観点から、行政能力向上を目的とした、政策提言型の専門家派遣や研修員の受入による人材育成の実施を検討していく。
(d)民主化支援
ケニアの開発の鍵となるのが民主化であり、政府のガバナンス改善の観点からも、行政・司法・立法を始めとする、民間企業も含めた組織内部及び組織間でのチェック・アンド・バランス機能を整備し、国民の幅広い参加を可能とするシステムを構築することが重要である。我が国としては、組織能力の向上(institutional building)に資する専門家派遣や、民主化セミナーへの招聘などの研修員受入を通じた支援を検討していく。
(ロ)農業開発
GDPの25%、総就労人口の75%、総輸出額の60%及び国家収入の45%を担う農業の発展は、貧困層の大半を占める農民層の生活レベルの向上という観点から特に重要である。農業分野の課題は、生産拡大、商品作物の多様化・高付加価値化、及び効率的かつ公平な流通システムの確立である。農業生産の拡大のためには、農業生産基盤の改善、適正技術・経営の普及、肥料・農薬等の農業投入財の活用、環境に配慮した効率的な灌漑農業の導入・拡充を行っていく必要がある。
商品作物に関しては、伝統的輸出作物であるコーヒー、紅茶などは国際価格の影響を受けやすいため、輸出作物の多様化・高付加価値化が必要である。また、野菜、果物、ナッツ類、花卉等の更なる振興も必要である。
全農業生産に占める小規模農家の比率が高く、その流通合理化のためには農協などの農民組織育成による小規模農民の組織化も重要である。
我が国としては、特に、農家の80%以上を占める小規模経営農家を対象とした小規模農業の振興を中心に、生産性向上、灌漑技術の確立と施設のリハビリ・拡充、農民の組織化、流通システムの改善さらには他のアフリカ地域への裨益効果も勘案した農業分野における農業生産基盤の改善、研究協力及び技術普及に重点を置き、協力の可能性を検討していく。
(ハ)経済インフラ整備
貧困緩和や社会開発を進めるためには、持続的な経済成長を確保することが不可欠であり、その下支えとなる経済インフラの整備の重要性は引き続き高い。現在ケニアにおいては、未だに経済・社会開発の基盤となる交通・電力・通信等のインフラ整備が不十分であり、かつ劣化が進行している状況である。我が国としては民間投資促進も考慮に入れつつ、ケニア政府の経済財政状況等を慎重に見極めた上で、投資効果の期待できる経済インフラ整備を支援していくことを検討する。特に東アフリカ地域の交通網の拠点として、周辺諸国への波及効果も期待できる運輸・交通インフラ整備やリハビリ、産業活動に欠かせない電力供給の不足を緩和すべく、環境との両立や住民との関係に配慮した上でのエネルギー資源の開発、また、都市や遠隔地等地方レベルにおいては、新しい情報通信技術の利用可能性にも配慮しつつ、情報通信網を重点的に整備していくことが重要である。また、地方の小規模橋梁等、住民の生活に密接に関連した緊急性の高いものも重要である。民間投資促進との関連では、必要に応じて民間セクターと連携して相乗効果を発揮させることも考慮しつつ、また経済成長実現のための潜在的な主体となりうる中小企業の育成や生産性向上、観光振興等についても重視していく。
(ニ)保健・医療
ケニアにおいて持続的な経済開発の障害となっている高い人口増加率を抑制するため、家族計画・母子保健サービスの拡充や人口教育の必要性は高い。また、近年ケニアにおいてエイズ問題が極めて深刻な社会問題になっている。WHOの報告では、1996年末時点におけるHIV感染者数は約130万人と推定され、エイズ患者への医療費の増大、開発の担い手となる労働力の損失や、親が死亡した孤児やストリート・チルドレンの増大につながるものであるため、早急な対応が必要である。エイズ問題については、治療法が確立されていない現在、治療法開発のための研究支援とともに、予防対策としての教育・普及活動や避妊具の供給並びに早期発見のための検査手法の確立が重要である。
我が国としては、他の援助国・国際機関やNGOとの連携に十分に留意しつつ、また周辺諸国への裨益という視点も含め、人口・エイズ問題を中心に、地方レベルへの裨益効果に焦点を充てた医療・保健サービスとの効率的・有機的連携を十分に図りつつ、協力することを検討していく。また保健・医療改善の一環として、安全な水へのアクセス率の向上に資する水質改善についても重要であり、支援を検討していく。
(ホ)環境保全
地球規模の環境保全は、持続可能な開発のために長期的な視点に立って取り組む必要がある。また、この分野への投資は、時間の経過とともに多額の経費が必要になるため、迅速な対応が効果的であることから、特に援助国と途上国が協力し、共同作業によって推進されるべきものである。
具体的には、近年急激に減少が危惧されている野生生物保護を始めとする生態系の保護、人口増加及び都市化を背景として国土の約8割を占める乾燥地及び半乾燥地が拡大している状況を防ぐための森林の保全・造成及び農地の保全、都市・産業排水や廃棄物の増加に伴う湖沼や河川の汚染に対して、都市衛生環境の整備及び水質保全に資するための上下水道整備等の支援を検討していく。
(5)援助実施上の留意点
(イ)援助受入体制強化
ケニア政府の援助受入能力に関しては、政府の政策策定能力及び実施能力の不足や人材不足等から、必ずしも十分とは言えないため、個々の案件については、事前の調査を通じて先方実施機関の援助吸収能力(人員・予算手当等)を十分検討した上で案件を採択することとする。また実施中案件についてもケニア側の内貨予算手当、管理・運営体制の確立等につき不断に注意を喚起する必要がある。また併せて、構造調整支援、政策提言等に関する個別専門家派遣、円借款セミナーの開催等により、先方の援助受入能力自体を強化する支援も引き続き継続して行うこととする。
(ロ)NGO、他援助国、国際機関との連携
政府の非効率性や運営・管理の不透明性等のガバナンスの欠如から、各援助国が援助の実施に躊躇している。我が国としても政府の政治・経済改革の進捗や、IMFの貧困削減成長ファシリティ(PRGF)再開に向けた動きを注視する必要がある。また、援助効率の観点より、世銀及びEU等の他ドナ-との協調を積極的に図っていくことを検討する。ケニアにおいては特に、前述のように、セクタープログラムによる援助協調が推進される中、我が国としても現地レベルでのドナー会合における援助協調のあり方に関する議論に対して積極的に関与していく。
他方、草の根レベルでの活動については、ケニア住民に高く評価されている青年海外協力隊員を、今後とも多岐に亘る分野において派遣するとともに、協力隊派遣機関への草の根無償資金協力の活用等、我が方の各種援助手段の効果的な連携について検討していく。また、特に基礎生活分野において、多くのNGOが活動しており、草の根レベルにおけるその活動の役割は大きなものであるため、今後我が国の技術協力においてもNGO等との連携を図り、草の根レベルで住民に裨益するプロジェクトの実施も検討していく。
(ハ)南南協力推進
発展段階が似ている国や近隣の国々の間での技術移転や人的交流の促進を通じ、地域の安定と発展に資するよう南南協力
*8を推進していくことが必要である。TICAD IIにおいても域内協力の重要性については取り上げられており、我が国としては、ジョモ・ケニヤッタ農工大学を人造りの拠点として、またケニア中央医学研究所(KEMRI)を国際寄生虫対策
*9の拠点として南南協力を積極的に進めていくことを表明しており、今後こうした南南協力・域内協力を着実にフォローアップしていく。また、同時に、アジア地域の開発の経験の移転を促進すべく、アジア・アフリカの地域間協力を促進していく。
(ニ)債務管理能力の向上
我が国は債務問題に関し、債務国側における自助努力を通じた債務返済意思及びそのためのキャパシティ・ビルディングを重視している。ケニア政府は自助努力による債務返済への意思を明確にしていることから、我が国としても同国の自助努力を側面的に支援すべく、TICAD IIにおいても重要課題として取り上げられた重債務を抱えるアフリカ諸国の債務管理能力向上に資する協力を、各種技術協力や、UNDP、アフリカ開発銀行等との連携を通じ積極的に検討していく。なお、99年8月、ケニアにおいて、我が国とケニア政府、IMF、UNDPの共催により、「TICAD IIハイレベル債務管理セミナー」が実施されており、債務問題解決のための様々な議論が行われた。