<2>開発上の課題
(1)ケニアの開発計画
*1:OECD/DAC「新開発戦略」
1996年5月、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)において、21世紀の援助の目標を定めるものとして「新開発戦略(21世紀に向けて:開発協力を通じた貢献)」と題する文書が採択された。この開発戦略は、地球上のすべての人々の生活向上を目指し、具体的な目標と達成すべき期限を設定している。具体的には、(A)2015年までの貧困人口割合の半減、(B)2015年までの初等教育の普及、(C)2005年までの初等・中等教育における男女格差の解消、2015年までの(D)乳幼児死亡率の1/3までの削減、(E)妊産婦死亡率の1/4までの削減、(F)性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)に係る保健・医療サービスの普及、(G)2005年までの環境保全のための国家戦略の策定、(H)2015年までの環境資源の減少傾向の増加傾向への逆転という目標を掲げている。この目標達成に向け、先進国及び開発途上国が共同の取組みを進めていくことが不可欠として、グローバル・パートナーシップの重要性を強調している。
(2)開発上の主要課題
*2:ゴールデンバーグ疑獄事件
ゴールデンバーグ社による金属及び貴金属取引に対し、1990年10月から92年12月の間に政府から支払われた180億シリングに上る輸出補助金に関する疑獄事件。サイトティ前副大統領の他元大蔵次官などが関与されたと言われている。現在同事件に対する裁判が進行中。
*3:貧困削減成長ファシリティ(Poverty Reduction and Growth Facility; PRGF)
従来IMFが実施してきた拡大構造調整融資制度(ESAF)が、昨年9月の世銀・IMF総会を契機に名称変更したもの。従来以上に、貧困削減に資する被融資国の取り組みを重視するものとなりつつある。
(3)主要国際開発援助機関との関係、他の援助国、NGOの取組み
*4:セクタープログラム(Sector Program)
1993年に、サブサハラ・アフリカの調整政策支援に取り組んでいる「サブサハラ・アフリカ特別援助プログラム」(SPA:Special Program of Assistance for Low-Income Debt-Distressed Countries in Sub-Saharan Africa)において、従来の構造調整支援中心の協力から、生産セクターへも資金を振り向けるべきとの観点から、我が国が提唱したアプローチ。援助国間の援助の重複や援助国の人材・財源の非有効利用、被援助国の開発計画との整合性の不足等の問題を解決すべく、被援助国が中心となって各セクターの開発計画を作成し、被援助国・ドナー間で同計画を吟味し、ドナーが右計画に従って調整を行った上で援助を行うという開発アプローチである。当初セクター・インベストメント・プログラム(SIP:Sector Investment Program)と呼ばれたが、現在はセクター・プログラムと呼ばれている。上記DAC新開発戦略との関連でも、被援助国のセクター開発計画の策定や援助国間協調におけるオーナーシップ、それを踏まえた援助国間協調や援助手続の共通化等のパートナーシップというコンセプトとも合致している。
<3>我が国の対ケニア援助政策
(2)ODA大綱との関係
*5:政府開発援助大綱(ODA大綱)
我が国のODAの理念と原則を明確にするために、援助の実績、経験、教訓を踏まえ、日本の援助方針を集大成したODAの最重要の基本文書であり、平成4年6月30日に閣議決定された。内容は、基本理念、原則、重点事項、政府開発援助の効果的実施のための方策、内外の理解と支持を得る方策及び実施体制の6部から構成される。「基本理念」において、(A)人道的見地、(B)相互依存関係の認識、(C)自助努力、(D)環境保全の4点を掲げている。また「原則」において、「相手国の要請、経済社会状況、二国間関係等を総合的に判断」しつつ、4項目への配慮、すなわち(A)環境と開発の両立、(B)軍事的用途及び国際紛争助長への使用回避、(C)軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払うこと、(D)民主化の促進、市場指向型経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払うこと、を定めている。
(3)我が国援助の目指すべき方向性
*6:我が方のアプローチの代表例
我が国は、従来よりケニア政府に対して明示的にコンディショナリティを課すことはしておらず、ケニア政府が自助努力への意志を持ち、政治経済改革に取り組んでいく基本的姿勢が見られる限り、それまでの援助成果を無にするような短絡的かつ硬直的な対応をとることはせず、援助の継続性を重視した支援を実施している。
このような我が国の長期間に亘る継続的な援助が効果的であったことを示す事例として、ジョモ・ケニヤッタ農工大学とケニア中央医学研究所(KEMRI)におけるプロジェクトの成功や、ケニア東岸部での運輸セクター整備が挙げられる。
ジョモ・ケニヤッタ農工大学は、84年から99年までに2,279人(ディプロマ課程:1,512人、学士課程:767人)の卒業生を輩出しており、これまでケニア社会に大きな貢献を行ってきている。同大学は「開かれた大学」としてケニア国内のみならず周辺国からも認知されており、平成10年度は3分野における第三国研修(応用食品分析、社会林業推進訓練、水質汚濁とその分析技術)を実施している。周辺国からの参加者は帰国後、職場の同僚および職員に対して研修で得た技術を再移転しているなどの研修効果が調査により確認されている。
また、KEMRIは、過去20年間行われた協力により今やサハラ以南アフリカ地域における中核的な医学研究機関となっており、世界保健機関(WHO)のポリオと肝炎のアフリカ地域における指定研究機関にもなっているほか、先進国を含む他国の研究機関や、国際機関の研究者の共同研究の場となっていること等、案件の裨益効果及び協力の成果の波及については著しいものがある。各研究分野における成果は、セミナーや国内外での会議、学術誌を通じて発表されており、研究成果の継続的な普及が図られている。また、協力活動の成果であるB型肝炎診断試薬のテストキットがケニア各州の病院で利用されているのは特記に値する。これらの普及活動は今後もケニア国内のみならず周辺国にも拡大するものと思われる。
ケニア東岸部での運輸セクター整備については、タナ河流域地域における約330kmに及ぶ幹線道路整備(ガリッサ~マリンディ間)及び4橋梁建設(サバキ橋、新ニヤリ橋、新ムトワパ橋、キリフィ橋)を有償及び無償資金協力にて行っている。これはケニア国内においてこれまで開発の遅延してきた同地域(コースト地域、北東地域)の交通インフラ整備を通じて、同地域の経済開発ひいては地域格差是正を目指すものである。特にモンバサ近郊の新ニヤリ橋、新ムトワパ橋については、交通量が各々1日平均17,916台、2,684台(1992年値)を超え、具体的な裨益効果が実現されている。
*7:TICAD II「東京行動計画」
正式名称「21世紀に向けたアフリカ開発:東京行動計画」。1998年10月のTICAD IIの場において採択された行動指向的指針である。21世紀に向けたアフリカ開発のため、アフリカ諸国とそのパートナーの具体的な政策に指針を与えることを目的としている。アフリカにおける貧困を削減するため、また急激にグローバル化している世界経済にアフリカ経済が一層参画できるようになるため、短期的な緊急課題について、アフリカの指導者とその開発パートナーの長期に亘る議論に基づき作成された。次の分野で具体的目標を定め、優先的政策行動につき合意した。
(1)社会開発:教育、保健と人口、貧困層を支援する施策、(2)経済開発:民間セクター開発、工業開発、農業開発、対外債務、及び(3)開発の前提:良い統治、紛争予防と紛争後の開発。
(5)援助実施上の留意点
*8:南南協力
経済開発のより進んだ途上国(南)が、他の途上国(南)に対して支援を行うもの。
我が国は、様々な機会に南南協力の推進を促しており、98年5月には、「新興援助国(経済開発が順調に進んだ開発途上国で、援助を受けながら、他方で他の開発途上国の開発の支援も一部行う国)」が一堂に会し、今後の対応策について協議するための、南南協力支援会合を沖縄で主催した。98年10月に我が国が主催した第2回アフリカ開発会議(TICADII)においても、南南協力の一つの具体化として「アジア・アフリカ協力」を推進することとされた。また、国連開発計画(UNDP)を通じて南南協力を支援するため、97年度には400万ドルをUNDPに拠出した。
*9:国際寄生虫対策
我が国は、97年のデンバー・サミットにおいて、寄生虫対策の重要性を指摘し、国際的な協力の必要性を協調した。98年のバーミンガム・サミットにおいて、橋本総理(当時)は、国際寄生虫対策を効果的に推進するために、アジアとアフリカにおいて「人造り」と「研究活動」のためのセンター(拠点)を作り、国際的ネットワークを構築し、人材育成と情報交換を促進していくべき事を提案。こうした動きを踏まえ、日本は現在、タイ、ケニア、ガーナにおいて、人材研修などの南南協力の推進拠点を作るべく政府(外務省、厚生省、文部省)、JICA、日本寄生虫学会、NGOなどの関係者が集まり、WHOなど国際機関との連携についても視野に入れつつ準備を進めている。