ODAとは? 援助政策

エジプト国別援助計画

<1>最近の政治・経済・社会情勢

(1)政治情勢

 エジプトは、1952年の共和制移行後、ナセル大統領時代に大企業の国有化等アラブ社会主義統制経済を採用し、親ソ・非同盟・反イスラエル路線をとった。しかし、70年のナセル死後大統領に就任したサダトは、親欧米路線に外交方針を大幅に転換させるとともに、第4次中東戦争後、イスラエルとの軍事対決路線から訣別し、和平路線に転換した。また、経済開放政策を採用し、積極的な外資導入に乗り出した。この結果サダトの政策により利益を得た新興富裕層と農民やナセル時代に水増しした公共部門の就業者との所得格差が拡大したため、これを軽減するための基礎生活物資等への補助金支出が増大し国家財政の大きな負担となった。
 81年に就任したムバラク大統領にとってテロ問題を含めて内政上の課題は経済成長の達成によりいかに貧富の格差を軽減するかであり、政権の安定はこの成否にかかっている。そのため、サダトの開放政策を継承し、市場指向・民間主導型の経済政策を推進し、また、社会的弱者支援への取組も強化しつつある。
 外交面では、湾岸危機後、中近東域内におけるエジプトの役割は高まっている。91年に開始された中東和平プロセスにおいて、エジプトはイスラエル・パレスチナ間の合意に向けて仲介・調整役としての役割を果たしてきている。包括和平達成には今後とも紆余曲折が予想されるが、エジプトの積極的関与が引き続き求められる。また、エジプトは、OAU(アフリカ統一機構)、OIC(イスラム諸国会議機構)、G15(開発途上国経済首脳会議)の主要メンバーとしても活躍しており、国際社会において少なからぬ発言力を有している。

(2)経済情勢

 80年代後半の世界的な石油価格の低迷を受け、アラブ産油国からエジプトへの援助が減少し、また、出稼ぎ労働者や移民からの送金も減少した。このため、生産の停滞、失業、インフレ等の問題が深刻化し、対外債務状況が悪化した。この結果、90年代初頭には厳しい経済・通貨危機に直面した。ムバラク政権は公共部門主導の社会主義統制経済体制の抜本的見直しを迫られ、IMF・世銀による経済構造調整のためのコンディショナリティ*1を受け入れ、為替の自由化、補助金の削減、市場経済への移行を主眼とした一連の経済構造改革に取り組んだ。この結果、エジプトのマクロ経済指標は次第に好転し、過去4年間は平均5%以上の経済成長率を達成し、財政赤字、インフレ率や失業率も低下している*2。しかし、エジプト経済には依然懸念材料が多い。すなわち外貨収入源*3が限られているため国際収支の構造が脆弱であること、国際競争力の低下、失業率が低下したとはいえ依然高水準であること、低い国内貯蓄率*4、外国からの投資低迷、人口の増加*5などである。また、民間部門の資金を有効活用するには、資本・株式市場の一層の整備が必要である。99年10月に発足したオベイド内閣は、経済政策上の最優先目標の一つに「輸出振興」を掲げており、経済の基本構造を輸出産業振興に切り替えようとしている。

(3)社会情勢

 市場経済化に向けた一連の改革は、結果として基本物資への補助金削減や地域格差・所得格差の拡大を引き起こし、国民生活へ少なからぬ影響を及ぼしている。エジプト経済が更に悪化した場合、しわ寄せを最も被りやすい貧困・中間層の不満が高まり、これがイスラム主義過激派の活動の温床になりかねない。90年代に入って政府関係者や観光産業への打撃を狙ったテロ事件が散発したが、現段階ではこれらテロ活動に一般国民が同調する動きは見られない。このような状況の中、政府は、安定したマクロ経済運営に加えて、雇用対策や若年層対策を初めとする国民生活の安定確保のための政策を促進する必要に迫られている。

<2>開発上の課題

(1)エジプトの開発計画

 エジプト政府は97年3月に「エジプトと21世紀」(1997~2017)と題する長期経済社会開発計画を策定した。同計画においては、21世紀に向けた長期的開発計画の方向性として、民間セクターの役割重視、自由競争原理の適用、教育・医療の改革、女性の役割向上、環境保全、水資源の確保等が打ち出されている。主要目標としては、(A)国土開発を促進し、国土利用率(現在5.5%)を2017年には25%まで拡大すること、(B)経済成長率を段階的に引き上げ、第4次5カ年計画(1997年~2002年)においては年平均6.9%、2003年から2017年の間には年平均7.6%の経済成長率を達成すること、(C)GNPを10年ごとに倍増し2017年には3,240億ドルまで増加すること、(D)一人当たりGNPを2017年には4,100ドルに増加すること、等が掲げられている。輸出産業振興や大規模開発計画が成功するか否かは外国からの直接投資、技術移転が効果的に行われるか否かに大きく左右されると考えられるので、エジプト政府は投資環境の整備を重視している。
 エジプト政府は現在実施中の第4次経済社会開発五ヶ年計画(1997年~2002年)を上述の長期計画の第一段階と位置づけ、市場経済への移行、民間活力の導入に主眼を置いている。主要目標は上述の通り年平均GDP成長率6.8%の達成に加え、(A)この間の総目標投資額のうち65~75%以上を民間投資額によって充てること(B)就業機会・労働者所得を増大すること等であり、社会開発サービス(住宅、公共事業、教育、保健等)の重視も謳われている。
 なお、上述の長期経済社会開発計画及び第4次経済社会開発5カ年計画は教育・医療分野の改革、女性の役割向上、環境保全等を重要な開発目標として掲げており、DACの新開発戦略*6が示す方向と合致している。

(2)開発上の主要課題

(イ)持続的な経済成長

 エジプトは近年2%台の人口増加率に対し5%前後の実質経済成長率を達成しており、また、財政赤字も改善しつつある。しかしながら、エジプト経済が停滞した場合には貧困層の拡大、地域所得格差の拡大、若年層を中心とした失業率の悪化を招き、経済的な側面のみならず、エジプト社会の安定をも左右しかねない。上述の長期経済社会開発計画の達成及び貧困弱者対策の観点からも持続的経済成長が重要。そのために効果的な外国からの直接投資、技術移転が必要であり、民間投資環境の整備が必要である。

(ロ)貧困・弱者対策

 エジプトにおいては、医療、教育、公衆衛生等基礎生活(BHN*7)分野において、富裕層と貧困層とで、享受できるサービスの水準に著しい格差が存在する。同時に、男女間、農村と都市との間、地域間(特に上エジプトとナイルデルタ)にも大きな格差が存在する。根強く残るテロの脅威を根絶し、安定した社会を維持していくためには、これら格差の是正等の貧困・社会的弱者対策が急務である。社会開発を通じた持続的貧困削減策として教育、保健医療等社会サービスの向上を図ること及び人口の5割以上を擁する農村地域の開発により増加する人口に食料を供給し、また、雇用機会を拡大することは貧富の格差解消の点からも重要となる。

(ハ)人材の育成、制度面での強化

 エジプトは、市場経済への移行を主眼とした一連の経済改革に取り組んでおり、民間セクターの役割を重視している。また、地方の開発や環境問題への取り組み等において、州・地方レベルの役割が重視されつつある。こうした状況を踏まえて、中央政府のみならず、州・地方レベル、民間部門において適切な人材を育成し、制度面を強化していくことが、持続的な成長を支える礎となる。

(ニ)環境

 エジプトにおいても様々な環境問題が顕在化しつつある。都市部における急激な人口増加は住宅問題、交通問題、公衆衛生問題、大気汚染、防災上の問題といった様々な都市問題を誘発しつつある。環境保全に対する国民的な意識を高め、これを通じ、経済成長と環境保全の調和を図ることが重要である。

(ホ)政府の効率性の改善

 エジプト政府は、肥大した政府機構を抱えており、同時にこれに付随した行政の非効率が指摘されている。そのため、組織のスリム化・効率化、公務員の質の向上等抜本的な政府組織の構造改革、行政改革が必要であり、また、エジプト側のガバナンス(統治)問題への一層の取組が期待される。

(3)主要国際機関との関係、他の援助国、NGOの取組み

(イ)国際機関との関係

 73年の第4次中東戦争直後から国際通貨基金(IMF)は国際収支の安定等の視点からエジプトに対し種々の政策改革の必要性を指摘していたが、エジプトは積極的に応じていたわけではなかった。80年代末には石油価格の低迷等からインフレが悪化し、エジプトは債務危機に陥った。しかし、90年に勃発した湾岸危機においてエジプトが多国籍軍に参戦したことは、エジプト支援の国際的気運を高め、先進諸国は債務削減に応ずることになった。ただし、これには経済改革実施の条件がつけられ、エジプト政府は積極的な経済改革に着手した。これを受けて、91年5月にはIMFとスタンドバイ取極め*8が締結され、世銀の構造調整融資*9も開始された。更にIMFとの合意を受け、パリクラブ*10で50%の債務削減が認められた。96年10月には、再びIMFとの間で経済改革プログラムが合意された。マクロ経済の安定化及び経済構造改革への取組みは功を奏し、98年5月IMFはエジプトのマクロ経済政策は成功であったと評価している。

(ロ)他の援助国の取組み

 主要援助国としては、米国が群を抜いており、次いで独、仏、日、伊といったDAC主要国が上位を占めている*11。同胞アラブ産油国からの援助は低水準にとどまっている。援助の重点分野は、社会インフラ整備(教育、保健、上下水道)、経済インフラ整備(電力、運輸、通信、エネルギー)、生産セクター(農業、鉱工業・建設)などであるが、最近経済・社会インフラ整備分野の援助の減少が目立っている。なお、米国は対エジプト援助を徐々に削減する決定を下しており(ヨルダン支援に一部振り替え)、米国の対エジプト援助は今後毎年5%程度削減されることになる。

(ハ)NGOの動向

 小規模なものも含め、多数のNGOが多岐にわたる分野で活動しており、いずれも地域社会で大きな役割を果たしている。特に、福祉(孤児、障害者ケア等)、保健・医療、教育(識字、職業訓練等)、環境(ゴミ収集等)、人権などの分野で活動が活発である。ローカルNGOには、宗教的な背景から相互扶助の色彩が濃いもの、地方村落の住民コミュニティを基盤とするもの、比較的裕福な階層が主催する慈善団体等が多く見られる。これらNGOは慈善を尊ぶ宗教、社会慣習を背景に、個人及び企業から寄付を受け運営されている。一方、国際NGOは、欧米諸国から多額の資金提供を受けており、特に、地方のローカルNGOの能力強化での貢献が目立つ。エジプト政府は、99年5月に新NGO法を制定し、NGOを開発のパートナーとして位置づける一方で、団体の登録、寄付の届け出などを義務づけることにより、NGOの活動が政府の方針から逸脱することのないよう監視している。

<3>我が国の対エジプト援助政策

(1)対エジプト援助の意義

 以下の通り、中近東・アフリカ地域において、大きな影響力を有するエジプトの安定は、地域の安定及び中近東諸国全体と我が国との友好関係の維持に密接に関わる。そのため、援助を通じて、エジプトの貧困削減を含む開発課題への取組みを支援し、日本・エジプト両国の友好関係を維持・強化していくことは、我が国として中近東・アフリカ地域の安定に貢献する外交の幅を広げることになる。更に地域の安定の結果として中近東諸国からの安定した石油確保にも資することになる。

(イ)我が国とエジプトとの関係は全体として伝統的に良好であり、とりわけ経済・技術協力の分野においては緊密な関係にある。

(ロ)エジプトは、アラブ世界最大の約6千万の人口を擁し、地理的にもアジア・アフリカ・欧州の接点にあり、また、パナマ運河とならぶ世界の海上輸送の要衝であるスエズ運河(年間通行船舶数(98年)13,471隻。貨物トン数ベースで、南向け貨物量の46%が極東・東南アジア向け)を抱え、エジプトの安定は地域の安定全般に係わりうる。エジプトは、また、アラブ世界の代表者として、更に、アフリカ諸国、非同盟運動、イスラム世界の主要なメンバーとして少なからざる発言力を有している。地域のリーダーとして域内の安定を求め西側社会の利益にも合致した穏健な外交政策は中近東諸国から我が国への安定した石油供給を間接的に支える要因ともなっている。

(ハ)我が国がその進展を積極的に支持している中東和平プロセスについても、和平の口火を切ったエジプトは多彩な外交チャネルを駆使し、和平交渉の推進に欠かすことのできない調整役として節目節目で重要な役割を果たしている。エジプトとの対話・友好関係の維持は、我が国の対中近東外交の要となっている。米国もエジプトの地政上の重要性を踏まえ、中近東における戦略的パートナーと位置づけた上、巨額の軍事・経済援助(年間20億ドル強)を過去20年にわたってエジプトに供与してきた。また、独、仏も域内において最大の援助をエジプトに対しそれぞれ行っており、中近東におけるエジプトの役割を重視している。

(2)ODA大綱原則*12との関係

 国政に影響を及ぼす野党は実質的に存在しないものの、複数政党制の下で国政が運営されており、また、市場指向型経済に向けた努力は顕著である。民主化、人権、報道の自由の分野で改善されるべき点があるものの、我が国ODA大綱原則の観点からは総じて望ましい方向に向かっているといえる。

(3)我が国援助の目指すべき方向

(イ)我が国のこれまでの援助

 我が国は、エジプトを中近東・アフリカ地域の重点援助国と位置づけ、有償資金協力、無償資金協力、技術協力の各分野で積極的に支援を行ってきた。これらの援助は、70年代のスエズ運河拡張工事や80年代のデキーラ一貫製鉄所建設といった大型事業のみならず、90年代にはギザ市における上下水道整備計画、カイロ大学小児病院計画等無償資金協力や技術協力による基礎生活(BHN)分野を中心とした支援によりエジプトの国造り、人造りに大いに貢献してきた。エジプトは南南協力(三角協力)*13の成功例として高い評価を受けている「第三国研修*14」の実施にも積極的であり、中近東・アフリカ全体に裨益し、地域の平和と安定に貢献しうる援助の実施拠点としても、エジプトとの協力関係を維持・強化していく意義がある。
 なお、有償資金協力については91年7月より債務削減措置を実施したため、新規円借款を停止していたが、96年10月にIMFとの合意が成立したことや債務削減措置が最終段階に移行したことを踏まえて、我が国は96年11月に新規円借款の供与再開を検討するとの意図表明を行った。99年4月、ムバラク大統領訪日の際に、円借款再開の方向が両国政府間で確認されたことを踏まえ、円借款残高の推移に留意しつつ、エジプト側と協議を重ねていく必要がある。

(ロ)対エジプト援助全体に占める我が国援助の割合

 エジプトに対するODA(93~97年の支出純額ベース)実績のうち、DAC諸国による二国間援助が全体の87.1%を占め、そのうち、日本の割合は11.2%であり、米、独、仏に次いで4番目となっている。なお、我が国の中近東地域に対するODA実績のうち、エジプトに対する援助は最大であり、97年の支出純額ベースで24.4%を占めている。累計(98年度まで)で有償資金協力6,551億円(債務繰延分2,225.11億円を含む)、無償資金協力1,095億円、技術協力403億円を実施しており、いずれも域内第一位の実績である。

(ハ)今後5年間の援助の方向性

 前述の開発上の課題を踏まえ、民間投資環境の整備の一環として、必要な経済・社会インフラ整備の支援を検討する。その際、マクロ経済状況、過去の実績及び債務削減後の再開という点を考慮し、円借款残高の推移に留意しつつ円借款による支援を検討していく。また、貧困がテロなど治安情勢を悪化させる悪循環を断ち切るため、富裕層と貧困層との格差を含む各種格差の是正に資するような貧困層・弱者のための支援を重視する。その際、保健医療、教育、生活環境の向上といった生活基礎分野等について支援を検討する。これら分野については具体的には無償資金協力や技術協力を主として活用し対応していくこととする。
 エジプト自身による持続的開発に向けた能力向上を図るためには、人材の育成が不可欠であり、技術協力(プロジェクト技協*15、専門家派遣、研修員の受入、開発調査)を中心に、技術者の養成、行政官等の政策立案・遂行能力の向上、基礎教育の充実等に向けて支援を検討していく必要がある。また、無償資金協力案件や有償資金協力案件の実施に際し、我が国の技術協力との有機的な連携を図り、効果的な我が国の技術移転が行われるよう努める。
 また、99年4月のムバラク大統領訪日時に合意された「日本・エジプト・パートナーシップ・プログラム」*16では、平和と協力、経済及び貿易投資、環境、教育等の分野に対して協力の重点を置くことに合意したことを踏まえ、これら分野において引き続き優良案件を発掘するようエジプト側と調整を図っていく。

(4)重点分野・課題別援助方針

(イ)経済・社会基盤の整備、産業の振興

 運輸、通信、電力、エネルギー、上下水道等の経済・社会基盤の整備が開発計画の重点課題となっている。一方、自由経済、市場開放経済への移行に当たっては、民間セクターに期待される役割が極めて大きく、これまで政府が担ってきた経済・社会インフラの領域においても、BOT方式*17等により電力や通信分野で民間セクターの参画が開始されている。ただし、民間セクタ一では果たし得ない経済・社会インフラの整備や民間セクターによる経済・社会インフラ整備を側面から支援するような事業等については、政府の果たす役割は依然大きい。
 持続的な成長のために必要な国内貯蓄が不足し国内資金のみでは十分な経済・社会インフラ整備を進めることは困難と見られること、また、環境対策を含めて先進的な技術が備わっていないことから、我が国としては経済・社会インフラ整備に向けての政府の努力を今後支援することを検討する必要がある。また、民間資金及びODA以外の公的資金(OOF)との役割分担と連携を重視しつつ、これらインフラ整備への民活導入についても支援を検討する。さらに、中小企業を含む各種産業の育成、輸出振興を通じ、貿易・投資の拡大のための支援を検討する。更に、国内貯蓄を増大させる観点から、エジプトの四大外貨収入源の一つである観光収入の伸びを図るため、観光立国(年間450万人以上の外国人観光客)であるエジプトの観光振興の支援を検討する。また、これらインフラ整備に当たっては遠隔地等地方への対応も念頭におきつつ新しい情報通信技術の利用の可能性についても検討を進めていく。

(ロ)貧困対策
 (a)農業生産の拡大
 農業は国民に安定的に食料を供給する役割を有している。特にエジプトにおいては、近年の人口増加により食料の国内需要が増大していることや貧困緩和のためにも農業生産を拡大する必要性は高い。エジプトの農業は、GDP構成比でみると約17%と工業に次ぐ位置にある。また、雇用では全体の約31%を占めており(政府統計1997/98年)、特に就労機会の少ない地域における主産業として、エジプト経済を支える重要な役割を担っている。
 このため、エジプト政府は、長期開発計画において、年平均4%前後の実質成長率で農業生産を拡大することを目標とし、サラーム運河(デルタ東部~シナイ半島北部)及びトシュカ(ニュー・バレー)の2大プロジェクトに代表される農業開発事業を推進している。また、水利用の効率化、優良作物の開発・普及、畜産・水産分野の振興及び市場・流通サービスの改善等を図ることとしている。
 エジプトにおける農業が上述の通り重要であることから、我が国としてはこれまでシナイ半島北部開発には開発調査を中心に協力を実施し、また、農業生産性向上のための農業基盤整備や食糧増産援助に関する支援を実施してきたが、今後ともこうした援助の継続を検討する。また、農業・農村開発、農業生産技術の向上、農産物加工・流通の改善及び水産業の振興等の分野においても我が国の技術を活用し、十分な成果の期待できる支援を検討する。
 (b)保健・医療の充実、社会福祉の向上
 長期開発計画によれば、全ての国民が均しく健康な暮らしを営めるよう、予防や一次医療を中心とする基礎医療(PHC*18)分野から専門的医療分野に至るまで、総合的な保健・医療体系を整備するとしている。また、深刻な人口問題への対応として家族計画を更に普及させるとともに、貧困層、社会的弱者の救済としての社会福祉を充実していくこととしている。
 このような状況において、我が国としては、保健・医療の質、特に基礎医療分野(PHC)における保健・医療サービスの質の向上を図り、死亡率(特に乳幼児、妊産婦)*19の低下や治癒率の向上を可能とするような支援を検討する。また、これまで長期にわたり協力を行ってきた小児医療、看護婦育成の分野について成果を継続的に発揮できるよう追加的な協力を行うとともに、新たな課題として、環境保健等への対応、保健・医療システムの改善、社会福祉の向上のための支援を検討していく。

(ハ)人材育成、教育の充実

 開発計画においては、基礎教育(初等・中等教育)に関し、地域格差や都市と農村の格差、男女格差など教育機会に対する様々な格差を是正するとともに、教育方法や教材等の改善、教員の再訓練等教育の質を向上させることを目指すとしている。また、高等教育及び成人教育に関し、産業の基礎となる質の高い技術者、熟練労働者を養成するとともに、教育・訓練プログラムの近代化、成人識字率の向上を図ることとしている。
 人材育成・教育の充実は、あらゆる分野における基礎となり、また、エジプト自身による持続的開発を支えていく礎となるとともに、教育機会における格差の是正は貧困対策にも直接つながるものである。そのため、我が国としては、基礎教育や人材育成における日本の経験を活かして、教員の再訓練などの支援を行うことを検討し、長期的視点に立って基礎教育・人材育成分野の底上げを目指す。また、政府の効率性改善の観点からこれまでも組織のスリム化、公務員の質の向上を目指した研修員受入を行ってきており、今後もこの分野における支援を検討していく。

(ニ)環境の保全、生活環境の向上

 長期開発計画では、環境の保全を経済・社会開発の重要な課題としており、ナイル川の水質保全、安全な飲料水の確保、大都市における大気汚染防止、下水の普及等に本格的に取り組んでいくこととしている。しかしながら、環境保全分野での取り組みは新しく、対応に苦慮しているのが実態である。廃棄物処理(ゴミ)問題や都市交通問題も首都圏を中心に深刻化している。上下水道については我が国を含めた外国からの支援が多数行われているが、依然として都市、農村部ともに外国からの支援に対する必要性は高い。
 また、99年4月のムバラク大統領訪日の際合意された「日本・エジプト・パートナーシップ・プログラム」の中で、環境モニタリングや産業汚染対策、風力や太陽光のようなクリーン・エネルギーの分野において緊密に協力していくことが謳われている。既に環境モニタリングや上水道分野については協力を実施しているが、我が国としては、エジプトの持続的な成長を可能とするため、安全な飲料水の安定供給などを含む生活環境の向上及び環境の保全を目指した包括的な支援を検討していく。

(ホ)三角協力(南南協力)の推進

 エジプトが中近東・アフリカ地域における平和と安定の構築に大きな政治・経済的役割を果たしていることから、中東和平におけるエジプトの役割を補強するような地域的広がりを持つ事業やTICADⅡ「東京行動計画」*20のフォローアップなど我が国の対アフリカ外交を促進するような事業について支援を検討する。
 具体的には、エジプトを中近東・アフリカ地域における南南協力推進の拠点の一つとして、第三国研修や第三国専門家*21等の三角協力を積極的に推進していく。第三国研修については、エジプト側のみならず参加各国からも高い評価を得ている。そのうち、サブ・サハラ・アフリカ諸国に対する第三国研修については、日・エジプト三角協力計画の枠組みの中で、エジプト側による応分のコスト・シェア(財政負担)を求めつつ、農業、医療、インフラ整備に係る分野を中心に拡充に努める。また、パレスチナに対する第三国研修については、パレスチナの国造り、人造りに貢献し得る通信、金属加工等基礎的な産業分野における技術移転を中心に研修コース数の増大を図る等拡充に努める。

(5)援助実施上の留意点

(イ)エジプトの援助受入能力はこれまで海外からの援助実績が比較的豊富な分野については相対的に高い。しかしながら、援助実績の乏しい分野、とりわけ地方展開型の協力案件については、実施機関の案件実施及び施設維持管理能力等に課題があり、援助実施に当たってはこの点を考慮に入れる必要がある。

(ロ)エジプトでは数多くの援助国がそれぞれ多額の援助を実施していることから、これら他の援助国の援助動向も踏まえ、重複を避け、また有機的に連携するように案件を選択・実施していく。

(ハ)各種援助スキームの有効な活用方法についてエジプト政府関係者の理解を深めるよう引き続き働きかけていくことが重要である。また、我が国の援助についてマス・メディア等を通じ国民に広く認識されるようエジプト側の努力を求めるとともに、我が方としても広報に更に努める必要がある。

(ニ)エジプト政府の援助受入窓口は、資金協力は国際協力省、技術協力は外務省と分かれているため、資金協力と技術協力との連携を推進しようとする場合、必ずしも両者間の意志疎通が円滑には行われていない。この点について、エジプト側の一体的な取組を引き続き働きかけていく必要がある。

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