グローカル外交ネット

令和8年4月2日

在ペルー日本国大使館一等書記官 髙橋 祐亮

1 はじめに

 日本人移住者が繋ぐ大玉村とマチュピチュ村の交流について、2023年3月17日付グローカル通信にて、片山和之駐ペルー日本国大使(当時)がコラムを掲載してから早3年。1895(明治28)年に大玉村(当時の玉井村)で出生した野内与吉という人物が繋いだ縁により、両村の交流は不定期ながらも継続しており、2025年10月26日、友好都市協定10周年を迎え、翌27日にクスコ州ウルバンバ郡マチュピチュ村にて「野内与吉マチュピチュ村長顕彰プレート除幕式典」が行われました。

2 友好都市協定10周年、顕彰プレート除幕式典

 マチュピチュ遺跡は、今やペルー国内のみならず、世界的にもよく知られている遺跡の一つであり、人生で一度は訪問したい遺跡としても常に上位にランキングしております。日本でもその関心は高く、多くの日本人が長旅を経て、遙々この「空中都市」「インカの失われた都市」を訪問しております。
 「マチュピチュ」とは、「老いた峰」を意味するケチュア語「machu pikchu」に起源を有し、その風光明媚で多くの謎に包まれた歴史ある遺跡は、1983年にクスコと共にペルー初の世界遺産として登録されました。
 本題に話を戻しますと、野内与吉氏のこれまでの功績は、前回のコラムでも紹介したとおりですが、マチュピチュ村長として、同村の発展に寄与した野内与吉氏の名は、今でも住民の記憶に深く刻まれております。
 2025年10月27日、友好都市協定10周年を記念した、顕彰プレート除幕式典挙行のため、押山利一大玉村長、押山義則村議会議長、野内家親族を代表して大玉村在住の野内文孝氏をはじめとする22名の訪問団が来訪。現地から、野内与吉氏の親族を含む総勢約50名が式典に参加しました。同式典は小雨が降り続く中、粛々と行われました。
 押山村長からは、野内与吉氏のこれまでの功績を紹介すると共に、様々な分野で振興・発展に向け連携が深まり、交流が進むことを祈念する旨述べました。ラ・トーレ村長からは、与吉氏の先見の明のあるリーダーシップこそが、マチュピチュ村における観光分野での成長を促進させ、今でも多くの住民の記憶の中に生き続けている、そして、このレガシーが新しい世代に刺激を与え、更なる交流促進を期待する旨述べました。
 式典の最中には、感極まり涙ぐむ出席者も見られ、10周年を記念した除幕式典の開催により、2つの自治体の絆はより深まったものと思料されます。

野内与吉顕彰プレート
式典の様子

3 山元大使による大玉村訪問、そして次なる未来へ

 2026年2月、山元毅駐ペルー日本国大使は、日本に一時帰国する機会を捉え、大玉村を訪問しました。今般訪問では、押山大玉村長への表敬、大玉村の観光資源である、あだたらふるさとホール(大玉村歴史民俗資料館)を視察しました。押山村長との意見交換では、青少年交流や農業分野を中心とした今後の交流のあり方につき議論が行われました。また、あだたらふるさとホール視察においては、これまでの両村の交流の歴史につき、館長から説明を受けると共に、ペルーに移住した人々の歴史的な背景につき、造詣を深めることができました。
 ペルーは2026年に大統領選挙が実施され、7月には新大統領の就任式も予定されております。今年はペルーにとっても新たな時代の幕開けとなることが期待されておりますが、自治体交流は今後も末永く継続し、その絆がより一層深まることを期待しております。

あだたらふるさとホール視察
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