1 情勢認識
日本を取り巻く安全保障環境は引き続き大変厳しい状況にある。そして、国際社会におけるパワーバランスのかつてないほどの変化や技術革新の急速な進展等により、グローバル及び地域における安全保障環境に、大きく複雑な影響が出ている。また、グローバル化の進展への反動が広がり、米国や欧州など、これまで自由貿易の恩恵を受けていた国々の中でも保護主義・内向き志向が顕著となっている。
さらに、力を背景とした一方的な現状変更の試みやテロ及び暴力的過激主義の拡大等により、日本を含む世界の安定と繁栄を支えていた自由、民主主義、人権、法の支配、国際法の尊重といった基本的価値に基づく国際秩序が挑戦を受けている。また、これまで国際秩序の維持・促進を支えてきた欧州は、フランス、ドイツにおける政権の求心力の低下や英国の欧州連合(EU)離脱(BREXIT)により大きく揺れている。
(1)中長期的な国際情勢の変化
ア パワーバランスの変化
今世紀に入り、国際社会において、かつてないほどパワーバランスが変化しており、国際政治の力学にも大きな影響を与えている。
そして、国際社会においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国等の更なる国力の伸張等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。
こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。
イ 脅威の多様化と複雑化
特にアジア地域では領域主権や権益をめぐって、純然たる有事でも平時でもないグレーゾーン事態の増加が懸念されており、安全保障環境が複雑化している。
また、いわゆる「ハイブリッド戦」のような、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法が用いられる事例や、情報操作等を通じた外国からの民主主義への介入などの事例も指摘されている。
大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・性能向上に関する問題は、テロ組織等による大量破壊兵器の取得・使用の可能性を含め、日本を含む国際社会全体にとって引き続き大きな脅威となっている。
テロについては、「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)の退潮は見られるものの、国際テロ組織を含めた非国家主体による国際社会への影響力には引き続き注意を有する。また、いわゆるソフト・ターゲットを狙ったテロが近年大きな脅威となっている。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を含むコミュニケーション・ツールの進歩は、テロの根本原因の一つである暴力的過激主義の拡散とテロ組織の活動範囲の拡大にも利用されている。
近年の科学技術の進歩により、サイバー空間や宇宙空間といった新たな領域における活動が活発化しているが、これは大きな機会と共に新たなリスクや脅威も生み出しており、適用されるべき規範の確立も発展途上にある。
さらに、IoT・ロボット・人工知能(AI)・量子技術等、今後の社会や国民生活の在り方に本質的な変化をもたらし得る新たな技術革新が進んでおり、技術優位の獲得をめぐって国際的競争が高まっているのみならず、これを安全保障分野に活用する動きも活発化している。
ウ 世界経済の動向(保護主義・内向き傾向の顕在化)
世界経済は、グローバル化やデジタル技術を始めとするイノベーションの進展と共に、世界的なサプライチェーンと金融システムの発達により、相互依存がこれまで以上に強まっている。これらは更なる成長の機会を生み出す一方、一地域の経済ショックや商品相場の変動等の要素が同時に他の地域又は世界経済全体に対して影響を及ぼしやすくしている。加えて、AI、ロボティクス、ビッグデータなどに代表される、第4次産業革命による情報通信技術の革新的な進歩は、人々の生活のあらゆる側面において劇的な変化をもたらし、国際経済秩序に一層の変容を迫っている。また、国境を越えた経済活動を更に円滑なものとするため、ルールに基づいた経済秩序の維持・構築の必要性が一層高まっている。
一方、グローバル化に逆行する動きとして、欧米の主要国内で高まった保護主義や内向きの傾向があり、この動きは引き続き顕著である。その背景は、国内所得格差の拡大、雇用喪失、輸入品の増加、移民の増加、地球環境問題など一様ではないと考えられる。欧州では、移民・難民流入数が減少する一方、南北の経済格差は引き続き課題となっている。米国では、トランプ大統領が、引き続き「米国第一主義」を強調して米中間の貿易摩擦問題も表面化した。
エ 地球規模の課題の深刻化
国際社会は、2000年に採択されたミレニアム開発目標(MDGs)に基づく取組を通じて、地球上から極度の貧困と飢餓を撲滅するため、様々な取組を進めてきた。貧困は、一人ひとりの生存・生活・尊厳を脅かし社会的不公正・政情不安や暴力的過激主義の根源となっており、その撲滅は「人間の安全保障」の観点からも極めて重要である。
また、難民・国内避難民・庇護(ひご)申請者の数は、新たな危機の頻発や紛争・迫害の長期化等により増加を続けており、2018年末には第二次世界大戦後最大の約7,000万人に達している1。難民等の問題は、深刻な人道問題であるとともに、その対応をめぐって国際社会に軋轢(あつれき)をもたらしており、問題の更なる長期化・深刻化が懸念されている。
さらに、2018年には気候変動の影響を受け、世界各地で大型台風や集中豪雨による大規模な災害が相次いだ。今後も、気候変動の影響で台風や集中豪雨などの自然災害は激甚化することが予想されており、特に脆弱(ぜいじゃく)な環境にある人々に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。また、グローバル化により国境を越える人の移動が飛躍的に増加し、感染症の流行・伝染の脅威も深刻さを増している。今後、世界人口の増加や工業化・都市化が水・食料問題や保健問題を深刻化させる可能性も指摘されている。
これら地球規模の課題を解決するためには、国際社会全体の開発目標である持続可能な開発目標(SDGs)を着実に実施し、社会・経済・環境分野の課題に統合的に取り組むことが重要である。SDGsの推進によって、世界全体で12兆米ドルの価値と3億8,000万人の雇用が創出されると言われており、SDGsの達成は大きな成長と利益をもたらすチャンスでもある。特に2019年は日本でG20及び第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が、ニューヨーク(米国)で初のSDGs首脳級会合が開催されるSDGs達成に向けた重要な一年であり、これらの機会に向けてあらゆるステークホルダーの叡智(えいち)を結集させながら具体的な取組を進めていくことが期待されている。
オ 不安定化の課題を抱える中東情勢/深刻化するテロ及び暴力的過激主義
中東地域は、地政学上の要衝に位置し、エネルギー資源を日本含め世界に供給する重要な地域であり、その安定は日本を含む国際社会の平和と安定にとって不可欠である。一方、中東地域は、「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)などの暴力的過激主義、大量の難民の発生と周辺地域への流入、シリア危機の長期化、中東和平問題、域内国間の緊張関係、アフガニスタン、イエメン及びリビアの国内情勢など、同地域を不安定化させる様々な課題を抱えている。
イラク及びシリアにおけるISIL掃討作戦の結果、ISILの支配領域は縮小したものの、その影響下にあった外国人テロ戦闘員(FTF)の母国への帰還や第三国への移動により、テロ及び暴力的過激主義の脅威はアジアも含め世界中に拡散している。
(2)大変厳しい状況にある東アジアの安全保障環境
ア 北朝鮮による核・ミサイル開発
北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従って、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法での廃棄は行っておらず、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は見られない。
イ 中国の透明性を欠いた軍事力の強化と一方的な現状変更の試み
中国の平和的な発展は、日本としても、国際社会全体としても歓迎すべきことである。しかし、中国は国防費を継続的に増大させ、透明性を欠いたまま軍事力を広範かつ急速に強化しており、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における優勢の確保も重視している。また、東シナ海、南シナ海などの海空域で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に基づく行動や力を背景とした一方的な現状変更の試みを続けている。
東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国公船による領海侵入事案が2018年も続いており、中国海軍艦艇・航空機による活発な活動も確認されている。また、中国は、排他的経済水域や大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域で、一方的な資源開発を継続している。さらに、近年、東シナ海を始めとする日本周辺海域で、日本の同意を得ない調査活動や同意内容と異なる調査活動も多数確認されている。
南シナ海では、中国は係争中の地形上に大規模かつ急速な拠点構築及びその軍事目的での利用を行ってきた。2016年から2017年にかけて、中国民間航空機の南沙諸島への試験飛行、西沙諸島ウッディー島への地対空ミサイルの配備、スカーボロ礁上空での爆撃機等のパトロール実施、中国海軍空母による南シナ海航行等の動きが見られた。2018年に入ると、南沙諸島へのミサイル・システム及び電波妨害装置の配備、西沙諸島における爆撃機の発着訓練など中国による活動は活発化している。米国シンクタンクの発表によれば、2017年の段階で中国が完成又は着工した恒久的な施設の総面積は約29万平方メートルに及ぶ。
また、南シナ海をめぐるフィリピンと中国との間の紛争に関して、2016年7月、中国の埋立て等の活動の違法性を認定した、仲裁裁判所による最終判断の法的拘束力を否定するなど、南シナ海における領有権等について中国は独自の主張を続けている。
1 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ホームページ