外交青書・白書
第4章 国民と共にある外交

各論

1 海外における危険と日本人の安全

(1)2015年の事件・事故等と対策

近年、海外に渡航する日本人の増加に伴い、海外において日本人がテロを始めとする凶悪な事件や不測の事故に巻き込まれる危険性が高まっている(詳細は3-1-3(3)参照)。2015年については、年初のシリアでの邦人殺害テロ事件、3月のチュニジアでの銃撃テロ事件、8月のバンコクでの爆発事件、10月のバングラデシュでの邦人殺害事件等が発生し、日本人が被害に遭った。

テロや誘拐については、中東・アフリカ地域を中心にISIL、アルカイダ、タリバーンなどのイスラム過激派武装組織による治安当局などの政府施設を狙った襲撃や公共交通機関・宗教施設・市場など人が多く集まる場所における一般市民を狙った無差別テロ、人質拘束・殺害などが相次いで発生するとともに、欧米諸国においても、イスラム過激思想に影響を受けたと見られる個人による一匹狼(ローンウルフ)型等のテロが発生している。例えば、フランスを走行中の国際特急列車における発砲事件(8月)、パリ(フランス)における同時多発テロ事件(11月)、米国カリフォルニア州における銃撃事件(12月)等が発生した。また、世界各地においても、イスラム過激思想に影響を受けたと思われる個人がテロ計画等の容疑で複数逮捕されており、今後、一層の注意が必要である。加えて、外国人を標的とした誘拐事件も世界各地で発生した。

そのほかの犯罪被害としては、日本人が犠牲となる殺害事件が、フィリピン、タイ、インドネシア、ブラジルなどで発生した。

日本人の人的被害があった事故としては、トルコ・シャンルウルファでの交通事故(1月)、オーストラリアのシェリービーチでサーフィンをしていた際にサメに襲われた事故(2月)、フランス南部でジャーマンウィングス航空機が墜落した事故(3月)、米国ワシントン州シアトルでバス同士が衝突する事故(9月)が発生した。

大規模自然災害については、4月にネパールの首都カトマンズの北西約80キロを震源とするマグニチュード7.8の地震が発生し、その後の余震によるものを含め、8,000人以上が死亡、2万人以上が負傷する事態となった。日本人も1人が死亡し、1人が負傷した。

政情不安などに起因した情勢悪化としては、日本人の深刻な被害には至らなかったものの、イエメンでは、3月にサウジアラビア軍等による反政府勢力ホーシー派に対する軍事作戦が開始され、現地治安情勢が著しく変化する中、現地に滞在する邦人に対し安否確認・退避支援などを行った。

欧州では、中東・北アフリカ情勢の不安定化により、これらの地域から海路や陸路を通じて流入する難民が急増し、交通機関等に混乱が生じたほか、難民グループ同士の小競り合いが発生するなど社会不安の一因となったことから、在留邦人に情報提供等を行った。

また、ヨルダン川西岸地区及び東エルサレム(エルサレム旧市街を含む。)では、9月下旬以降、イスラエル人とパレスチナ人との間の緊張が高まり、過激なデモや衝突により観光客を含む多数の負傷者が発生している。

アブドッラー2世ヨルダン国王に対し協力を要請する中山外務副大臣(1月21日、ヨルダン・アンマン 写真提供:ヨルダン政府)
アブドッラー2世ヨルダン国王に対し協力を要請する中山外務副大臣(1月21日、ヨルダン・アンマン 写真提供:ヨルダン政府)

中高齢者が海外で山岳・海難事故に遭遇したり、旅行中に発病したりする事例も引き続き報告されており、特に滞在先のホテルにおいて急病のために亡くなる事例が発生した。また、これら事故や疾病への対応では、日本国内に比べて高額の医療費や搬送費用が発生したり、不十分な医療サービスなどのために家族などがその対応に窮する事例も散見された。

感染症については、2014年以降西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネを中心にエボラ出血熱が流行し、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(PHEIC)」を宣言するなど、世界的な影響が生じたが、2015年にはこれら3か国全てで流行の終息が宣言された。

また、中東地域を中心に中東呼吸器症候群(MERS)の感染例、中国などにおいて鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染例が報告されたほか、デング熱やマラリアに加え、ジカウィルス感染症など蚊が媒介する感染症などが引き続き世界各地で流行した。さらに、中国、インド、東南アジアなどでは、大気汚染による健康被害に対する懸念が高まっている。

外務省は、感染症を始め健康・医療面で注意を要する国・地域について随時関連の感染症危険情報、スポット情報や広域情報を発出し、渡航者及び海外に滞在する日本人に対して、流行状況や感染防止策などの情報提供を行うとともに、渡航や滞在に関する注意喚起を行っている。

邦人援護件数の事件別・地域別内訳(2014年)
邦人援護件数の事件別・地域別内訳(2014年)
〈海外に渡航・滞在する場合の心得〉

このように、日本人の安全を脅かす緊急事態は世界中の様々な地域で絶え間なく発生している。海外に渡航・滞在する場合には、「たびレジ」への登録や、在留届の提出を行うとともに、①現地の治安などに関する情報を海外安全ホームページや報道等を通じて事前に十分確認すること、②滞在中は緊急事態に備え、安全対策を充実させ、危険を回避する行動をとること、③緊急事態が発生した場合には最寄りの大使館・総領事館などの在外公館や留守家族などに連絡をとることなどが重要である。また、海外での病気や事故被害などのため高額な医療費が求められた場合、海外旅行保険に加入していなければ、医療費などの支払のみならず適切な医療機関での受診にも困難を来しかねないことから、それぞれの渡航者が十分な補償内容の海外旅行保険に加入することが非常に重要である。

(2)海外における日本人の安全対策

日本人が国際社会で活躍の幅を広げている中、日本の在外公館及び財団法人交流協会が2014年に支援した海外における日本人の援護人数は、2万724人、援護件数は1万8,123件と引き続き高い水準を維持している1

援護件数の多い在外公館上位20公館(2014年)
順位 在外公館名 件数
1 在タイ日本国大使館 1,157件
2 在上海日本国総領事館(中国) 963件
3 在フィリピン日本国大使館 720件
4 在フランス日本国大使館 710件
5 在ロサンゼルス日本国総領事館(米国) 643件
6 在ニューヨーク日本国総領事館(米国) 639件
7 在英国日本国大使館 634件
8 在ホノルル日本国総領事館(米国) 466件
9 在バルセロナ日本国総領事館(スペイン) 407件
10 在大韓民国日本国大使館 390件
11 在イタリア日本国大使館 317件
12 在香港日本国総領事館 272件
13 在シアトル日本国総領事館(米国) 271件
14 交流協会台北事務所 264件
15 在バンクーバー日本国総領事館(カナダ) 261件
16 在サンフランシスコ日本国総領事館(米国) 258件
17 在ハガッニャ日本国総領事館(米国) 254件
17 在ヒューストン日本国総領事館(米国) 254件
19 在ボストン日本国総領事館(米国) 247件
20 在チェンマイ日本国総領事館(タイ) 235件

このため、外務省は海外における日本人の安全のための情報を提供する海外安全ホームページの内容の充実を図るとともに、より使いやすいホームページとなるよう、機能面やデザイン面で改善を行っている。

海外安全ホームページ(http://www.anzen.mofa.go.jp/)
海外安全ホームページ(http://www.anzen.mofa.go.jp/

外務省の領事サービスセンターは、海外での安全に関する相談に応じている。また、海外での日本人の活動にきめ細かに対応できるよう、総合的な安全対策を取りまとめた「海外安全 虎の巻」や、テロ・誘拐・脅迫など想定される事案ごとに対策を記したパンフレットを配布している。これらのパンフレットは、海外安全ホームページからもダウンロードできる。

「海外安全情報」の体系及び概要
「海外安全情報」の体系及び概要

2015年11月に発生したパリにおける同時多発テロ事件を始め、これまで比較的安全と思われていた観光地を含む世界中のあらゆる地でテロ等の脅威が高まっている中、短期渡航者が緊急事態に巻き込まれるリスクは大幅に拡大している。こうした中、外務省は、2014年7月1日から運用を開始した、外務省海外旅行登録「たびレジ」の認知度向上に向けて、マスメディア等様々な媒体を通じ、広報を行っているほか、旅行業者等との連携を通じた登録促進を行っている。「たびレジ」に登録することにより、緊急事態発生時に、在外公館から個々の登録者に対し、安全に関する情報が日本語で送られるとともに、いざという時の安否確認にも活用することが可能となる。さらに、3月から、在留邦人が多い国・地域の10か国1地域(韓国、タイ、マレーシア、シンガポール、ベトナム、フィリピン、インドネシア、オーストラリア、中国(香港を含む。)、台湾、米国)において、携帯電話のショート・メッセージ・サービス(SMS)2による在留邦人への緊急一斉通報の運用を開始した。

外務省海外旅行登録「たびレジ」(https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/)
外務省海外旅行登録「たびレジ」(https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/
外務省海外安全アプリ海外安全ホームページ「海外安全アプリの配信について」(http://www.anzen.mofa.go.jp/c_info/oshirase_kaian_app.html)よりダウンロード可能
外務省海外安全アプリ
海外安全ホームページ「海外安全アプリの配信について」
http://www.anzen.mofa.go.jp/c_info/oshirase_kaian_app.html)よりダウンロード可能

また、外務省は、海外での日本人の安全のため、官民連携の強化を推進している。国内においては、海外進出企業などを対象に安全対策・危機管理に関する知識や能力の向上を図る目的で、東京(7月)、名古屋(8月)、大阪(9月)において、「国内安全対策セミナー」を開催した。このほか、緊急事態対応時における官民の連携をより一層効果的なものとするため、10月及び11月にテロ・誘拐などへの対応に関する実地訓練に官民合同で参加した。さらに、海外で活躍する民間企業・団体と外務省との間で情報・意見交換を行い、共通に関心を有する課題について協議し、検討を行うため、「海外安全官民協力会議」も定期的に開催した。

海外においては、在外公館が、現地日本人組織や民間代表者などとの間で「安全対策連絡協議会」を定期的に開催するなどして、安全対策に関する意見交換や情報共有を強化している。また、欧州、中東、アフリカ、アジア地域において、海外に滞在する日本人を対象に、安全対策・危機管理に関する知識や能力の向上を図るための「在外安全対策セミナー」を計27か所で開催するなどして、海外における日本人の安全対策の強化に努めている。

1 海外日本人援護統計は、日本の在外公館及び財団法人交流協会が、海外において事件・事故、犯罪加害、犯罪被害、災害など何らかのトラブルに遭遇した日本人に対し行った援護の件数及び人数を年ごとに取りまとめたものであり、1986年に集計を開始した。

2  携帯電話やPHS同士で短いテキストによるメッセージを送受信するサービス

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