7 国際社会における「法の支配」
ア 「法の支配」とは
「法の支配」とは、全ての権力に対する法の優越を認める考え方であり、国内において公正で公平な社会の不可欠の基礎であると同時に、友好的で公平な国家間関係の基盤となっている。日本は、国際社会における法の支配の強化を外交政策の柱の1つとしており、5月のシャングリラ・ダイアローグを始めとして様々な機会に、力や威圧ではなく法に基づき紛争を平和的に解決することの重要性を訴えている。このような観点から2015年2月には外務省主催で「海洋法に関する国際シンポジウム~アジアの海における法の支配:平和と安定への航海図~」を開催し、海洋法の分野での国内外の有識者による活発な議論が期待される。また、日本は、新たな国際法規範の形成や法整備などを通じた各国国内における法の支配の強化にも貢献をしてきている。
日本は、国際司法機関を通じた紛争の平和的解決を促進するべく、国際司法裁判所(ICJ)の強制管轄権を受諾(1)し、国際法の誠実な遵守に努めつつ、国際裁判所に対して人材面、財政面を含め様々な貢献を行っている。具体的には、ICJの小和田恆(ひさし)裁判官、国際海洋法裁判所(ITLOS)の柳井俊二裁判官(2011年10月から2014年9月まで同裁判所所長)、国際刑事裁判所(ICC)の尾﨑久仁子裁判官などを輩出している。また、日本はITLOSやICCへの最大の財政貢献国でもある。これらの貢献を通じて、日本は国際裁判所の実効性と普遍性の向上に努めている。
また、2010年5月にオーストラリアが日本をICJに提訴した「南極における捕鯨」訴訟では、書面手続(2012年3月まで)や口頭手続(2013年6月から7月)を経て、3月に判決が言い渡された。同判決は、日本が発給している第2期南極海鯨類捕獲調査(JARPAII)に関する特別許可書は国際捕鯨取締条約第8条1の規定の範囲には収まらないと判断し、日本に対し、JARPAIIに関する現行の許可証を撤回し、今後、当該活動のための許可の発給を差し控えるよう命じた。これを受けて、日本は、残念であり深く失望しているが、国際社会の基礎である国際法秩序や法の支配を重視する国として判決に従うと対外的に表明し、JARPAIIを中止した。

日本は、国際社会における法の支配強化の一環である国際ルールの形成に際し、自らの理念や主張を反映し、適切な法の発展を実現するために、そうしたルール形成の構想段階から積極的に参画している。具体的には、国連国際法委員会(ILC)や国連総会第6委員会における国際法の法典化作業、ハーグ国際私法会議や国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)などにおける国際私法分野の条約とモデル法などの作成作業など、各種の国際的枠組みにおけるルール形成プロセスに積極的に関与してきている。ILCにおいては、村瀬信也委員(上智大学名誉教授)が「大気の保護」議題の特別報告者を務め、ILCが作成する条文草案の審議を通じて国際法の発展に寄与している。また、私法統一国際協会(UNIDROIT)においては神田秀樹理事(東京大学教授)が私法分野における統一法条約やモデル法の作成に貢献している。加えて、アジア・アフリカ法律諮問委員会(AALCO)といった地域的な国際法フォーラムにも人材面・財政面で貢献している。

日本は、国際法遵守のために自らの国内法を適切に整備するだけでなく、各国内における法の支配を更に発展させるために、特にアジア諸国の法制度整備支援や法の支配に関する国際協力にも積極的に取り組んでいる。また、外務省においては、地域における国際法に対する理解を深めるため、国際法模擬裁判の主催・後援や国際法に関する各種シンポジウムの開催などの取組を行っている。例えば、8月に外務省と国際法学会共催の下、アジア各国の大学生の参加を得て国際法模擬裁判「アジア・カップ」を開催した。
イ 政治・安全保障分野における取組
日本の外交・安全保障の基盤を強化するためには、日米安全保障条約の円滑かつ効果的な運用が引き続き重要である。在日米軍の再編については、日米同盟の抑止力を維持しつつ、沖縄の負担を早期に軽減するため、5月にグアム協定改正議定書を締結した(詳細については第3章第1節2.「日米安全保障(安保)体制」参照)。
また、4月に策定された防衛装備移転三原則の下、防衛装備等の管理の分野において一層積極的に取り組むべく、7月にはオーストラリアとの間で移転される防衛装備品や技術の取扱いに関する法的枠組みを設定するための防衛装備品・技術移転協定に署名し、同協定は、12月に発効した。
さらに、重要課題である日露間の平和条約の締結などに向けた交渉に引き続き取り組んでいる。
このほか、軍縮及び不拡散の観点から、5月には通常兵器の国際貿易を規制する初の普遍的な条約である武器貿易条約を、6月には防護措置の対象や犯罪とすべき行為を拡大する核物質防護条約の改正を締結した(武器貿易条約は12月に発効)。また、トルコやアラブ首長国連邦(UAE)との間では、それぞれ5月、6月に、原子力の平和的利用分野における協力を実現する上で必要となる法的枠組みを定める原子力協定を締結した。さらに、11月には原子力事故の被害者の迅速かつ公平な救済・賠償の充実や法的予見性の向上が可能となる原子力損害補完的補償条約について、2015年1月に締結した(詳細については第3章第1節4.「軍縮・不拡散・原子力の平和的利用」参照)。
ウ 経済・社会分野における取組(詳細については第3章第3節「経済外交」参照)
貿易・投資の自由化や人的交流の促進、日本国民・企業の海外における活動の基盤整備などの観点から、諸外国との間で経済面での協力関係を法的に規律する国際約束の締結・実施がますます重要となっている。2014年には、各国・地域との間で租税条約、投資協定、社会保障協定、航空協定などの署名・締結を行った。また、アジア太平洋地域、東アジア地域、欧州などを対象とする経済連携協定(EPA)交渉に取り組み、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、日中韓自由貿易協定(FTA)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日EU・EPAなどの広域経済連携の交渉を積極的に進めた。二国間のEPA分野では、7月に、長年交渉を行ってきた日本とオーストラリアとの間のEPAに署名した。世界貿易機関(WTO)の下では、3月に政府調達協定を改正する議定書を締結し、日本の企業などが参入できる他国の政府調達の範囲が拡大した。さらに知的財産保護分野においては、6月に意匠の国際登録に関するハーグ協定のジュネーブ改正協定を締結した。また、日本国民・企業の生活・活動を守り、促進するため、WTOの紛争処理制度の活用を図るとともに、既存の国際約束の適切な実施に取り組んでいる。
国民生活に大きな影響を及ぼす人権、漁業、海事、航空、労働などのいわゆる社会分野でも、国際約束に日本の立場が反映されるよう交渉に積極的に参画している。1月には、人権の分野で、障害者の権利に関する条約を、また、国際私法の分野で、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)をそれぞれ締結した。加えて、漁業分野で、6月に南インド漁業協定、海事分野では、国際海事機関(IMO)で作成された「二千四年の船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」を10月に締結した。
エ 刑事分野における取組
ICCは、国際社会の関心事である最も重大な犯罪を行った個人を国際法に基づいて訴追・処罰する世界初の常設国際刑事法廷である。日本は、ICCに対し、2007年10月の加盟以来その活動を一貫して支持し、様々な貢献を行っている。日本はICCへの最大の分担金拠出国である。また、人材面では、加盟以来複数の裁判官を輩出しており(現職は尾﨑久仁子裁判官)、裁判官指名諮問委員として福田博元最高裁判所判事、また、被害者信託基金理事長として野口元郎元クメール・ルージュ法廷最高審判事がICCの活動に貢献している。
ICCは設立条約であるローマ規程発効から10年を超え、国際刑事司法機関としての活動を本格化させている。これに伴い、ICCに対する協力の確保や補完性の原則の確立に向けたより一層の努力が求められるとともに、証人の保護や被害者の訴訟参加手続の早期確立が課題となっている。これらについては2014年12月の締約国会議における議題となり、日本を含む各国からその重要性が強調され、関連の決議が採択された。
こうしたICCに関する取組に加え、日本は、近年の国境を越えた犯罪の増加を受け、他国との間で必要な証拠の提供などを一層確実に行えるようにしている。また、刑事司法分野における国際協力を推進する法的枠組みの整備に積極的に取り組んでいる。具体的には、刑事共助条約(協定)(2)、犯罪人引渡条約(3)及び受刑者移送条約(4)の締結を進めている。最近では、日・ブラジル受刑者移送条約及び日・米重大犯罪防止対処協定の締結について、6月に国会の承認を得た。
1 国際司法裁判所(ICJ)規程第36条2に基づき、同一の義務を受諾する他の国に対する関係において、ICJの管轄を当然にかつ特別の合意なしに義務的であると認めることを宣言すること。現在日本を含めて71か国が宣言しているにとどまる。
2 刑事事件の捜査と手続の面で他国と行う協力の効率化や迅速化を可能とする法的枠組み
3 犯罪人の引渡しに関して包括的かつ詳細な規定を有し、犯罪の抑圧のための協力を一層実効あるものとする法的枠組み
4 相手国で服役している受刑者に本国において服役する機会を与え、社会復帰の促進に寄与する法的枠組み