海外における日本人の活動は、分野・地域いずれにおいても広範囲に及んでいる。その一方で、日本人が海外において遭遇する危険もまた多様化している。近年では、紛争や暴動による政情や治安の悪化、テロや誘拐のほか、地震や洪水などの大規模な自然災害、山や海での事故、交通機関の事故、麻薬犯罪や国際詐欺、さらには、文化や宗教等の違いから知らぬ間に現地の法令や慣習に反する行動をとり、犯罪や事件に巻き込まれてしまう事案などが多く発生している。
外務本省及び在外公館は、多くの日本人が海外で安心して生活し、活動できるよう、海外の様々な脅威や危険を分析し、平素の心構えや安全対策に役立つ情報を発信するとともに、海外での日本人への支援体制の強化を進めている。また、事前の予防及び発生後の対応をより効果的かつ的確に行うため、諸外国や日本の関係省庁、民間企業・団体との協力の下に、日本人の安全対策及び援護のためのセーフティ・ネットワーク(安全網)の構築に努めてきている。
2012年は、海外において政情不安などに起因した情勢悪化に日本人が巻き込まれる事案が顕著であった。
3月から4月にかけて、ギルギット・バルチスタン(パキスタン)において、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間対立が再燃・顕在化し、ギルギット市に外出禁止令が出されるなどの事態に至り、日本人77人を含む外国人旅行者がギルギット・バルチスタンに留まることを余儀なくされた。これらの日本人旅行者が早期退避を希望した上、日本人への被害の発生や健康上の問題も憂慮されたことから、外務省は、現地大使館を通じてパキスタン政府に対し日本人旅行者の安全な移送支援を要請し、パキスタン空軍などの協力を得てイスラマバードへの移送を行った。
また、8月には、政府と反政府勢力との間の戦闘が続くシリアの北部の都市アレッポにおいて、取材中の日本人女性記者が銃撃を受けて死亡した(その後、御遺体はトルコに搬送された。)。外務省は、隣国トルコの国境付近に大使館員を派遣して支援を行った。
同じく8月から9月にかけて、尖閣諸島をめぐる状況などを受けて中国各地で反日デモが発生するとともに、進出日本企業に対する物的被害や日本人などに対する人的被害が発生した。このほかにも、日本人に被害が発生しなかったものの、3月のマリにおける一部国軍兵士の騒乱や4月のギニアビサウにおけるクーデターの発生では、在留日本人の一部が国外に退避したほか、9月にはイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する映画をきっかけとして中東各国を中心に抗議活動・デモが数多く発生した。
テロについては、中東、アフリカ及び南西アジアを中心に、治安当局などの政府施設を狙った襲撃や公共交通機関、宗教施設、市場など人が多く集まる場所における一般市民を狙った無差別爆弾テロが相次いで発生した。4月には、カブール(アフガニスタン)において、同時多発的なテロが発生し、在アフガニスタン日本大使館の外壁などが損傷を受ける事件(注:人的被害なし)が発生した。
2013年1月16日、アルジェリアの南東部イナメナスにおいて、天然ガスプラントなどがイスラム過激派武装集団に襲撃され、日系企業関係者を含む外国人多数が人質として拘束された。事件発生翌日の17日、城内実外務大臣政務官はアルジェに入り、アルジェリア政府に対し、人命最優先での対応を強く要請するとともに、情報収集を行い、20日には外国政府高官として初めてイナメナスに入り、現場視察、邦人の安否確認及び御遺体の確認を行った。また、23日には、鈴木外務副大臣が総理特使として政府専用機でアルジェに入り、セラル首相ほかと会談を行うとともに、情報収集や被害者及び御遺体の帰国支援などに当たった。
最終的に、現場に所在した日本人17人のうち、7人の無事と10人の死亡が確認されるに至った。生存者7人と犠牲者9人の御遺体は25日に政府専用機で帰国し、最後に死亡が確認された1人の御遺体は26日に商用機で帰国した。また、誘拐については、中南米などで日本人が短時間誘拐(いわゆる電撃誘拐)される事件が発生したほか、外国人を標的とした誘拐事件が世界各国で発生した。
大規模事故については、1月にイタリア沖で、豪華客船コスタ・コンコルディア号の座礁事故が発生した。日本人も44人(乗客43人、乗組員1人)が乗船していたが、外務省は全員の無事を確認し、旅券の再発給などの支援を行った。このほか、日本人の被害はなかったものの、4月の香港におけるホテル火災やパキスタンにおける航空機墜落事故、6月のナイジェリアにおける航空機墜落事故、9月のネパールにおける航空機墜落事故、11月のガーナにおけるショッピング・センター崩壊事故など、世界各地での事故が相次いだ。外務省はその都度日本人の安否確認を行っている。
自然災害については、4月のインドネシアのスマトラ島北西沖や10月のバンクーバー近郊(カナダ)を始めとする世界各地での地震、10月から11月にかけての米国・カリブ地域におけるハリケーン・サンディの被害などが発生した。
中高齢者が海外で山岳・海難事故に遭遇したり、旅行中に発病するなどの事例も多く報告されている。特に11月に発生した万里の長城(中国)における邦人トレッカーの遭難事故は、ツアー会社の安全対策も含めて広く報道され、注目を集めた。また、40歳前後の出張者や企業駐在員などが自宅や宿泊先で急病のため亡くなる事例も目立ってきている。
感染症については、2012年も鳥インフルエンザ(H5N1)の鳥-ヒト感染が一部の国で発生し、デング熱やマラリアなど蚊が媒介する感染症、コレラなど汚染された水・食品などを介する感染症などが引き続き世界各地で流行した。
このように、緊急事態は、世界中の様々な地域で発生している。このため、海外に渡航・滞在する場合には、①現地の治安などに関する情報を事前に十分確認し、緊急事態対応について常に想定し準備すること、②滞在中も、緊急時に備えた安全対策を充実させ、危険を回避する行動をとること、③緊急事態が発生した場合には留守家族や最寄りの大使館・総領事館などに連絡をとることなどが重要である。また、海外での病気や事故被害などのため高額な医療費が求められた場合、海外旅行保険に加入していなければ、適切な医療機関での受診及び医療費などの支払に困難を来す場合も多い。それぞれの渡航者が海外旅行保険に加入することが非常に重要である。
海外に永住・長期滞在する日本人は、2011年に約118万人に上り、また、海外に渡航する日本人は、年間延べ約1,699万人となっている。このように日本人が国際社会での活躍の幅を広げる中、日本の在外公館及び財団法人交流協会が2011年に取り扱った海外における日本人の援護人数は、10年前(2001年)の1万6,745人から約2割増加の1万9,533人に上った(1)。海外における日本人の安全確保のためには、在外公館などにおける日本人援護体制の強化に加え、海外への渡航者一人一人が危機管理意識を持って渡航・滞在先の危険の傾向と対策を把握して行動することが必要である。
このため、外務省は、海外における日本人の安全のための情報を提供する海外安全ホームページの内容の充実を図るとともに、利便性の向上に努めている。また、海外安全ホームページの携帯版サイトへの発信機能を拡充し、日本から携行する携帯電話での国際ローミング(2)によるデータ通信を利用して、海外からでも携帯電話を通じて緊急情報や外務省による「渡航情報」及び渡航先の緊急連絡先をいつでも受信したり、検索できるようにするなど、海外安全ホームページの更なる利便性の向上に努めている。
また、外務省の領事サービスセンターは、海外での安全に関する相談に応じているほか、国民の海外での活動にきめ細かに対応できるよう、総合的な安全対策を取りまとめた「海外安全虎の巻」やテロ・誘拐・脅迫など想定される事案ごとに対策を記したパンフレットを作成している。これらのパンフレットは、海外安全ホームページからもダウンロードして入手可能である。
外務省は、このような安全対策上の取組及び海外安全対策の必要性を国民に知らせる目的で、毎年「海外安全・パスポート管理促進キャンペーン」を展開している。2012年については、12月1日から2013年3月20日までをキャンペーン期間とし、幅広い世代を対象に、シンプルで目を引くポスター、楽しみながら安全対策の知識を得られるキャンペーン特設ウェブサイトなどを通じて、海外安全ホームページを活用した安全対策や海外において唯一の身分証明書となるパスポートの管理の重要性を呼びかけている。
2011年10月に内閣府が実施した「外交に関する世論調査」においては、海外における日本人の安全確保や支援について政府による保護や支援を必要だと感じている回答者は、全体の約90%を占めている。ただし、そのうち約40%の回答者が「自らの責任で対応する」意識を有しており、自らの努力で危険を回避し、問題を解決しようとする意識も一定の割合を占めている。外務省は、国民のこのような要請に応え、的確な支援を行うため、在外公館の支援体制の整備・強化を進めている。
また、日本人への支援をより効果的かつ機動的に行うため、「海外安全官民協力会議」などを定期的に開催するなど、外務省は、民間との連携・協力の下にセーフティ・ネットワークの構築を進めている。その一環の取組として、海外進出に関心を有する企業を主な対象に、「危機管理セミナー」を1月に名古屋、10月に大阪でそれぞれ開催した。在外公館においても、現地日本人組織や民間代表者などとの間で「安全対策連絡協議会」を定期的に開催し、安全対策に関する意見交換や情報共有を強化しているほか、海外に滞在する日本人を対象に安全対策に役立つテーマで講演会などを行っており、10月にはトルコとエジプトで「在外危機管理セミナー」をそれぞれ開催した。
順位 | 在外公館名 | 件数 |
---|---|---|
1 | 在上海日本国総領事館 | 1,367件 |
2 | 在タイ日本国大使館 | 972件 |
3 | 在フランス日本国大使館 | 862件 |
4 | 在フィリピン日本国大使館 | 679件 |
5 | 在ロサンゼルス日本国総領事館 | 669件 |
6 | 在英国日本国大使館 | 622件 |
7 | 在大韓民国日本国大使館 | 516件 |
8 | 在ニューヨーク日本国総領事館 | 476件 |
9 | 在バルセロナ日本国総領事館 | 402件 |
10 | 在香港日本国総領事館 | 389件 |
11 | 在ホノルル日本国総領事館 | 341件 |
12 | 在サンフランシスコ日本国総領事館 | 295件 |
13 | 在中華人民共和国日本国大使館 | 280件 |
14 | 在広州日本国総領事館 | 267件 |
15 | 在ホーチミン日本国総領事館 | 254件 |
16 | 在イタリア日本国大使館 | 245件 |
17 | 在ベルギー日本国大使館 | 230件 |
18 | 交流協会台北事務所 | 212件 |
19 | 在チェンマイ日本国総領事館 | 207件 |
20 | 在ハガッニャ日本国総領事館 | 196件 |
外務省は、海外に滞在する日本人の声を領事サービスの向上・改善に反映させるため、在外公館の領事サービス利用者に対するアンケート調査を毎年実施している。2012年には149在外公館を対象に調査を行い、1万4,363件の回答を得た。その結果、領事窓口や電話での対応ぶりについては、7割以上の肯定的な回答を得られた一方で、比較的少数ながら否定的な回答も見受けられた。
外務省としては、引き続きアンケート調査などを通じて利用者の意見を聴取しながら、利用者本位の領事サービスとなるよう、今後とも改善に努めていく考えである。
2012年の旅券の発行数は減少し、日本国内では1年間に約390万冊の一般旅券が発行された。また、東日本大震災により旅券を紛失した被災者を対象とする特例法を制定し、震災特例旅券を国の手数料を徴収することなく発行する措置を2011年6月に開始した。2012年12月末現在、申請数は約1,800件に達している。
日本では、旅券の偽変造や第三者による不正使用を防止するため、2006年3月から、生体情報である顔画像を電磁的に記録したICチップを搭載した旅券(IC旅券)を発行している。2012年12月末時点での有効なIC旅券は、約2,500万冊であり、全ての有効な日本旅券の約80%を占めている。
IC旅券の発行により発行済み旅券の写真の貼り替えなどによる偽変造旅券の不正使用が困難となる中、他人になりすまして旅券を不正取得する事案(注:2008年・112冊、2009年・87冊、2010年・86冊、2011年・43冊、2012年・28冊を把握)がまだなくなっていない。日本人又は不法滞在外国人が不正に取得した他人名義旅券を使って出入国する例が見られるほか、名義人の知らないところで金融機関からの借金がなされたり、犯罪企図者に売り渡す目的で銀行口座が開設され、又は携帯電話が契約されるなどの事例が報告されている。こうした2次・3次の犯罪を助長するおそれのある旅券の不正取得を未然に防止するため、各都道府県にある旅券窓口において、なりすましによる不正取得防止のための審査強化期間を設けるなどして、旅券の発給時における本人確認審査の強化に一層の力を入れている。
一方、諸外国では、国際民間航空機関(ICAO)の勧告に従い、世界中のほとんどの国で機械読取式旅券(MRP)が発給されるようになっている。顔画像以外に指紋などの生体情報を追加したり、セキュリティを向上させたIC旅券の普及が進む中、ICAO及び国際標準化機構(ISO)において、ICチップ機能のより効果的な利用が検討されている。
都道府県の法定受託事務である旅券事務については、2006年以降、都道府県から市町村への権限移譲が可能となった。権限移譲を受けた市町村数は、毎年増加し、2012年12月末現在、その合計は約650に達している。これにより、全国の約3分の1以上の市町村で旅券事務(申請の受付け及び旅券の交付)を行っている状況にある。
在外選挙制度は、海外に在住する有権者が国政選挙で投票するための制度である。1998年に創設され、当初は対象が衆議院と参議院それぞれの比例代表選挙に限定されていたが、2006年6月の公職選挙法の一部改正により、2007年6月以降の選挙から、衆議院小選挙区選挙及び参議院選挙区選挙(これらの補欠選挙及び再選挙を含む。)も対象となった。2012年9月には、衆議院補欠選挙(鹿児島3区)が、また、12月に第46回衆議院総選挙がそれぞれ実施された。なお、2010年5月には憲法改正国民投票法が施行され、憲法改正に関する国民投票についても在外選挙同様に投票できることになっている。
在外選挙制度により投票するためには、事前に市区町村選挙管理委員会が管理する在外選挙人名簿への登録を申請し、在外選挙人証を入手する必要がある。在外選挙人証を持つ者は、在外公館投票、郵便投票又は日本国内における投票のいずれかを選択して投票することができる。在外公館では、管轄地域に在住する日本人を対象に在外選挙制度の広報や公館所在地以外の地域での登録受付出張サービスを行うなど、制度の普及と登録者数の増加に努めている。
海外で生活する日本人にとって、子供の教育は大きな関心事の1つである。外務省では、海外でも義務教育相当年齢の子供が日本と同程度の教育を受けられるよう、文部科学省と連携して日本人学校への支援(校舎借料、現地採用教員謝金、安全対策費などへの一部援助)を行っている。また、主に日本人学校が存在しない地域に設置されている補習授業校(国語などの学力維持のために設置されている教育施設)に対しても、支援(校舎借料や現地採用講師謝金への一部援助)を行っている。近年、海外在住の日本人の子供の数は増加傾向にあり、今後もこうした支援を継続・強化していく考えである。
外務省は、医療事情の悪い国に滞在する日本人に対する健康相談を実施するため、国内医療機関の協力を得て巡回医師団を派遣しており、2012年度には14か国25都市に派遣した。
また、海外で流行している感染症などの情報を収集し、海外安全ホームページや在外公館ホームページなどを通じ、広く提供している。
原子爆弾被害者に対する援護に関する法律施行令及び厚生労働省令の一部が改正され、2010年4月に施行された。これを受け、日本国外に居住する被爆者も、在外公館を経由して原爆症認定及び健康診断受診者証の交付を申請できるようになった。
海外に在住する日本人の滞在国での各種手続(運転免許証の切替え、滞在・労働許可など)の煩雑さを解消し、より円滑に生活できるようにするための滞在国の当局に対する働きかけを継続しており、例えば、南米諸国や米国・カナダに対しては、運転免許切替えに関する手続の改善等を働きかけている。
日本人の海外移住の歴史は144年を数え、北米・中南米を中心として、全世界に約285万人(推定)以上とも言われる海外移住者及び日系人が居住している。移住者及び日系人は、政治、経済、教育、文化を始めとする各分野において各国の発展に寄与するとともに、日本と各居住国との「架け橋」として各国との関係緊密化に大きく貢献している。外務省としては、今後も両者に対する支援を行うとともに、若い世代の日系人とも協力を図り、これらの人々と日本との間の絆を強めていく考えである。2012年10月、24の国・地域から約150人の移住者や日系人の代表者が東京に集まり、公益財団法人海外日系人協会の主催による第53回海外日系人大会が盛大に開催され、歓迎交流会には、常陸宮同妃両殿下が御臨席になった。
約170万人の移住者及び日系人が居住している中南米諸国では、外務省は、JICAとともに、移住者の高齢化に対応する福祉支援、日系人を対象とした日本国内への研修員受入れ、現地日系人社会へのボランティア派遣などの協力を行っている。2013年1月、ドミニカ共和国において、移住記念碑が建立され、落成式には若林外務大臣政務官が出席した。また、北米においては、米国及びカナダの様々な分野で指導的立場にいる日系人を日本に招へいするプログラムの実施や、そのような日系人指導者と在外公館長との間で二国間関係強化のため相互に関心のある事項について話し合う会合を定期的に開催することを通じて、北米に居住する日系人との関係強化を図っている。
1 海外邦人援護統計は、日本の在外公館及び財団法人交流協会が、海外において事件・事故、犯罪加害、犯罪被害、災害など何らかのトラブルに遭遇した日本人に対し行った援護の件数及び人数を年ごとに取りまとめたものであり、1986年に集計を開始した。
2 海外と日本の携帯電話事業者間の提携により、日本で使用している携帯電話やPHSの端末を外国でも日本国内と同様に利用できるシステム。