日本にとって、欧州は、伝統的に民主主義、人権、法の支配等の基本的価値を共有し、国際社会の平和と繁栄に向けて主導的な役割を共に果たすパートナーである。また、欧州は世界のGDPの約25%を占める巨大な経済力とともに、国連等様々な多国間の協議の場における国際的なルールや基準の策定、国際世論の形成といった分野で強力な役割及び発信力を有している。特に国連安保理常任理事国であり、G8のメンバーでもある英国及びフランス、またG8のメンバーである、ドイツ、イタリア及びEUは、国際社会においても引き続き大きな影響力を有している。同時に、その他の欧州各国や北大西洋条約機構(NATO)等の国際機関もそれぞれが独自の強みをいかした分野で行動力・存在感を増しており、このような欧州との関係強化は、安全保障一般、世界経済・金融、環境、テロとの闘い、大量破壊兵器の不拡散等の地球規模の諸課題に日本が効果的に対応していく上で極めて重要である。
また、日本と欧州諸国が、要人往来を含む重層的な対話を通じて、世界の各地域における連携の在り方について意見交換を行い、相互の理解を深めることは、日本がアジア太平洋地域で展開する外交に対する支持を得て、中東、アフリカ等の地域でも効果的に外交を推進するための環境を醸成するために大きな意味を持っている。
2009年の政権交代を機に危機的状況が明るみに出たギリシャの債務問題に端を発した欧州債務危機は、アイルランドやポルトガルを始め欧州各国に波及しており、世界経済への影響が懸念されている。2010年5月にEUは、欧州金融安定化ファシリティー(EFSF)を創設するなど、金融市場の安定化に向けた取組を講じているものの、欧州債務危機は経済・金融面のみならず、今後の欧州統合の行方や、政治・外交面にも影響を及ぼす可能性もある。日本としては、この問題が世界経済や欧州が果たす政治的役割に影響し得ることを踏まえ、可能な限りの協力をすることが必要である。
日本と欧州は、古くから政府レベルのみならず市民交流等を通じて緊密な関係を維持しており、2011年3月の東日本大震災に際しては欧州各国政府及び市民から多くの支援が行われた。
また、EUとの関係では、2011年5月の日EU定期首脳協議での合意に基づき、日EU経済連携協定(日EU・EPA)と政治分野等を対象とする拘束力を有する協定の交渉開始に向けた作業が実施された。
2009年10月のギリシャにおける政権交代の結果、財務状況の悪化が表面化したことを受け発生したギリシャ国債の暴落等をきっかけに、欧州の金融市場が不安定化しました。これに対処するため、2010年には、国際通貨基金(IMF)及びユーロ加盟国による債務危機国に対する資金供給やEFSFの創設が決定されました。また、2011年3月の欧州理事会においては、EFSFを引き継ぐ恒久的な措置としての欧州安定メカニズム(ESM)の設置のほか、構造的な問題に対処するため、EUが各加盟国の予算を監視し、経済政策や構造改革を調整するための枠組み(欧州セメスター)の創設や、経済の統治能力向上のための六つの法案整備が合意されました。これらの対策により、金融市場は一旦落ち着きを取り戻していました。
ところが、2011年夏に入り、景気後退による税収減等により、ギリシャの財政再建目標が達成できず、EU、IMF及びECB(欧州中央銀行)からの追加支援が得られない可能性が出てきたことから、債務問題が再燃しました。また、スペインやイタリア等、より大きな経済規模の国々の債務持続性への懸念も高まり、これらの国債を多く保有する金融機関が経営破綻を申請する(10月、ベルギー大手金融機関のデクシアの破綻)等、財政懸念と金融市場の不安定化が連鎖し、問題はより深刻になっていきました。
このような新たな事態に対処するため、債務危機への対応策は、2011年夏以降の累次の決定により強化されました。まず、7月にはギリシャへの追加支援やEFSFの機能強化が合意され、市場の安定が図られました。次いで、10月末には、ユーロ圏首脳会合において、「包括的戦略」として債務危機対応策パッケージ(ギリシャへの支援枠組み、EFSFの機能拡充、銀行部門の安定策)が合意され、11月のG20カンヌ・サミット(於:フランス)においては、その履行が求められました。しかし発表直後に、ギリシャが「包括的戦略」の一部である支援の受入れについて国民投票を実施する旨を発表したことにより(その後撤回)、「包括的戦略」の実効性に疑問が呈され、金融市場の緊張は一層高まる結果となりました。さらに、11月以降、重債務国であるギリシャ、イタリア、スペインにおいて政権交代が起こり、ユーロ未加盟国のハンガリーがIMF及びEUに支援を要請するなど、危機の各国国内政治への影響やユーロ圏域外への伝播(ぱ)が表面化してきました。こうした中、12月の欧州理事会では、10月の「包括的戦略」を補強する形で更なる対応策が議論され、ESMの設置前倒しや新たな財政協定を締結する方針が合意されました。
これらの一連の対策の内容は、当面の金融市場の安定化に向けた取組(短期的課題)と、経済統合の強化に向けた取組(中長期的課題)に大別できます(図参照)。
これらにより危機対応の一応の骨組みが示されたものの、その後も各国国債利回りは高い水準にとどまり、フランスやイタリア等の国債格付けが引き下げられる等、市場では厳しい見方が継続しています。合意された政策の着実な実行はもとより、EFSFの救済資金規模が十分なのか、各国で財政再建が確実に実行されるのか、緊縮財政と景気回復が両立するかなど、課題は多くあります。
さらに、今回の危機により、通貨統合の構造的問題が露呈し、対応策に係る政治的意思決定のスピードと市場の反応に乖離が生じるなど、欧州統合の深化に向けて今後克服すべき問題が明らかになったとの見方もあります。今後、欧州がこれらの問題にいかに対応し、その過程でEU加盟国間の関係にいかなる影響を与えるかなど、金融・経済面以外の動向も注視する必要があります。
短期的課題……金融市場の安定化への取組 | |
ギリシャへの支援枠組み | 民間投資家のギリシャ国債50%自発的割引 |
IMF、EU及びECBの監視メカニズムの強化 | |
最大1,000億ユーロの追加支援 | |
資金支援のメカニズムの強化 | EFSFの資金規模を4,400億ユーロから1兆ユーロに拡大 |
国債への保証付与や特別目的会社の利用を検討 | |
ESMを2012年に前倒しして設立 | |
銀行セクターの安定策 | 自己資本基準(コアTierⅠ(1))を5%から9%に引上げ |
中長期的課題……経済統合の強化への取組 | |
財政規律の強化 | 新たな財政協定を締結する方針で合意 |
・均衡・黒字財政を目指す | |
・財政ルールを国内憲法レベルで規定 | |
・財政赤字が3%を超えた場合,自動的に制裁発動 | |
政策調整と経済ガバナンス強化 | 予算の監視と政策調整の枠組(「欧州セメスター」)の制定 |
税・雇用等の協調を目指す「ユーロ・プラス協定」に合意 |
欧州経済は世界のGDPの約26%を占めており、欧州債務危機が貿易・投資や金融市場を通じ、域外国経済に与える影響は極めて重大です。世界経済は、既に減速する兆候を見せつつあり、景気回復を支えてきた新興国の景気拡大の速度を鈍化させる一因にもなっています。日本経済においても、輸出の伸び悩みや、市場のリスク回避による円高の更なる進行等の影響が懸念されています。
日本は、欧州の問題はまず欧州で対応すべきとの立場を基本としつつも、世界経済の安定を目的として、EFSF債を購入し直接的支援を行うほか、IMFなど国際的枠組みを通じても協力を行っています。また、アジア地域への危機の伝播を阻止するため、チェンマイ・イニシアティブ(2)における危機予防機能の導入等、地域間協力を強化するとともに、韓国やインドとの間で二国間のドル資金交換協定を締結するなどの取組も行っています。
1 狭義の中核的自己資本(銀行の自己資本として認められる項目の中で、資本としての質が高いとされるもの(Tier1)のうち、更に質の高い部分。
2 1997年から98年のアジア通貨危機を受けて、1999年11月の第3回ASEAN+3首脳会議において、「東アジアにおける自助支援メカニズムの強化」の必要性に言及。これを踏まえ、2000年5月の第2回ASEAN+3財務大臣会談(於:タイ・チェンマイ)で、東アジア域内における通貨危機の再発防止を目的として、「チェンマイ・イニシアティブ」に合意。