日本周辺地域においては、北朝鮮による韓国哨(しょう)戒艦沈没事件や韓国の延坪島(ヨンピョンド)に対する砲撃が発生するなど、朝鮮半島情勢は依然不安定であり、安全保障環境は厳しさを増している。また、中国による透明性を欠いた国防力の強化や海洋活動の活発化は、地域・国際社会の懸念事項である。さらに、今日の国際社会においては、大量破壊兵器やミサイルの拡散、国際テロ、海賊、大規模災害、サイバー攻撃などの新たな脅威や課題も存在している。このような安全保障上の諸課題に対処しつつ、日本がその領土を保全し、国民の生命と財産を保護し、持続的な繁栄と発展、国際社会の安定を確保するためには、他国による侵略といった伝統的脅威のみならず、非国家主体による攻撃などの非伝統的脅威への対応も含めた、多面的な安全保障政策が求められる。
具体的には、日本の外交・安全保障の基軸であり、アジア太平洋地域のみならず、世界の安定と繁栄のための共有財産でもある日米同盟を21世紀にふさわしい形で更に深化・発展させることが重要である。同時に、韓国やオーストラリアとの協力、日米韓・日米豪の枠組みにおける連携、更には、海上安全保障などの利害を共有するパートナー国との関係強化にも努め、また、中国やロシアとの安定した関係の構築や東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)などの地域枠組みにおける連携・協力を重層的に推進していくことが重要である。これらの取組の前提となるのが日本自身の防衛力の整備である。政府は2010年12月、新たな防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画を策定し、今後の日本の安全保障及び防衛力の在り方について、新たな指針を示した。
前述の日米安全保障体制は、戦後、日本の防衛のみならず、日本を含むアジア太平洋地域における安定と発展のための基本的な枠組みとして有効に機能し、世界の平和と繁栄のための共有財産となってきた。アジア太平洋地域の安全保障環境が一層厳しさを増す中、日本及び地域の平和と安全を確保するために、同盟国である米国と日米安保体制を一層深化させていくことは重要な課題である。このような考えの下、二国間関係のみならず、アジア太平洋地域やグローバルな課題における協力を強化し、幅広い分野における具体的な日米安保協力について、日米両国で協議を進めている。
また、日本は、紛争地域において、紛争の再発防止や持続的な平和に向けた開発の基礎を築くことを念頭に置いた、紛争直後の緊急人道支援や和平プロセスの促進から紛争後の治安の確保、復興・開発に至る継ぎ目のない取組である平和構築を重視し、主要な外交課題の一つとして取り組んでいる。日本が国連安全保障理事会(安保理)議長国であった4月には、岡田外務大臣が議長を務め、紛争後の平和構築をテーマとする国連安保理閣僚級会合を開催した。また、9月には、菅総理大臣が出席した安保理首脳会合においても平和構築が取上げられるなど、国際社会において同分野の重要性が認識されつつある。このような中、日本は、国連平和維持活動(PKO)などへの貢献、政府開発援助(ODA)を活用した現場における取組、国連における取組及び人材育成を通じて、平和構築に関する具体的な取組を推進している。
加えて、海洋国家であり貿易立国でもある日本にとって海上の安全を確保することは、国家の存立・繁栄に直結する問題であるだけでなく、地域の経済発展を図る上でも極めて重要な課題である。特に、2010年は、ソマリア東方沖、インド西岸沖やタンザニア沖の海域で海賊事件が増加しており、日本関係船舶が攻撃を受けたり、乗っ取られた事案も発生している。日本は、ソマリア沖・アデン湾への自衛隊の派遣に加え、周辺国の海上取締能力の向上や地域協力、更には不安定なソマリア情勢の安定化といった中長期的な観点をも踏まえた多層的な取組を行っている。
不正薬物取引、人身取引、資金洗浄(マネーロンダリング)、サイバー犯罪などの国際組織犯罪やテロ、腐敗(汚職)などの課題は、情報通信技術や国際交通網が高度に発展した現代社会の特性とあいまって、世界全体に治安上の脅威をもたらしている。国連やG8など様々なフォーラムでこうした課題に対する取組が進展しており、2010年もG8において「安全保障上の脆弱(ぜいじゃく)性」として取上げられるなど、国際社会の関心はより高まったと言える。日本も、国連やG8及びG20などの多国間枠組み、テロ対策に関する二国間協議・協力や、国連薬物犯罪事務所(UNODC)などの国際機関を通じた開発途上国への支援など、様々な手段によりこれらの脅威に対する取組を行っている。
また、日本を取り巻く安全保障環境の改善を図るため、日本は軍縮・不拡散の取組を積極的に進めている。特に、日本は唯一の被爆国としての道義的責任に基づき、「核兵器のない世界」の実現に向け、関係国と連携した取組を推進している。2010年5月に開催された核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議では、議論の基礎を提供する作業文書を提出し、また、会議の最終段階では緊急閣僚声明の発信を主導するなど、10年ぶりの最終文書の採択に重要な貢献を果たした。さらに、日本は同会議での決定を着実に実施するため、9月に核軍縮・不拡散に関する外相会合をオーストラリアと共催し、地域横断的なグループを新たに立ち上げるなど、国際的な軍縮・不拡散体制の強化に向け、主導的な役割を果たしている。
国際社会が貧困、飢餓、感染症、大量破壊兵器やミサイルの拡散、地域紛争、地球環境問題など、依然として多様な課題に直面している現在、国連が果たす役割は以前にも増して重要になってきている。国連は、唯一の普遍的かつ包括的な国際機関として、総会や安保理を始めとする諸機関の活動を通じ、国際社会の平和と安全の維持を図るとともに、諸国間の友好関係を発展させ、経済的、社会的、文化的、人道的な課題に対する取組や人権の促進に関する国際協力を推進している。
前述した課題の解決に向け、国際社会が一致して対処するためには、国連が有効に機能することが重要である。このような考えの下、日本は安保理改革を始めとする国連改革の早期実現を目指すとともに、国連を始めとする国際機関における指導力を発揮し、人的・財政的貢献を行っている。
国際社会における「法の支配」の確立は、国家間の関係を安定的なものとし、紛争の平和的解決を図り、各国内の「良い統治」を促進する上で重要な要素である。日本は国際社会における「法の支配」の確立を外交政策の柱の1つとして位置付け、様々な取組を積極的に行っている。「法の支配」の確立は、自国領土の保全、海洋権益及び経済的利益の確保、自国民の保護などの観点からも重要である。
普遍的な価値である人権及び基本的自由が各国において十分に保障されることは、平和で繁栄した社会の各国における確立、ひいては、国際社会の平和と安定に資する。国連では、2005年からの国連の全ての活動で人権の視点を重視するという「人権の主流化」の流れの中で、2006年に従来の人権委員会に代わり、人権理事会が総会の下部機関として設置された。日本は創設当初から人権理事会の理事国を務めており、人権理事会の活動に積極的に貢献してきた。日本は、個々の国・地域の特殊性や様々な歴史的・文化的背景も考慮に入れつつ、国連を始めとする多国間の取組と、人権対話や開発援助などを通じた二国間の取組を相互に連携させ、包括的に人権外交の強化を図っていく考えである。
こうした地球規模の課題に対処するに当たり、日本は人間一人ひとりの生存・生活に焦点を当てる人間の安全保障の概念を重視しており、同概念に基づき、その解決に取り組むべく、国際社会を主導していく。