世界貿易機関(WTO)

ジュネーブの主役は舞台をダボスへ

令和2年1月28日

 連載の第1回に,WTO改革は3本の柱だと紹介した。(1)紛争解決制度の見直し,(2)現在の世界経済に即したルール作り,(3)協定の履行監視の徹底である。今は受験シーズン。3本はルールの(1)適用,(2)作成,(3)順守をめぐる改革だとすれば覚えやすい。
 前回は最初の柱の中で,特に昨年末に機能停止した上級委員会を取り上げた。今回は2本目に進む前に,先週(1月21~24日)行われたダボス会議でのWTO改革をめぐる動きを速報する。
ダボス会議と聞いて皆さんはどんな光景を想像されるだろう。ダボスはスイス東部の山間部のリゾート地。世界中の政界・財界の要人たちの未来を見据えた真摯な意見交換だろうか。それとも著名人が グラスを交わす優雅な社交会だろうか。一見,ダボス会議はWTOの世界と無関係に見えるが,各国の首脳,閣僚が集うこの機会はWTOにとっても,議論を深める絶好のチャンスである。
WTOの最高意思決定機関は閣僚会議である。全加盟国の閣僚級が参加し,2年に1度行われる。ところが, 国際貿易をめぐる情勢は日々一刻一刻と変わっており,この頻度が十分ではないのは明らかだ。そこで,これまでもWTO加盟国は折にふれて集まってきた。毎年初夏のOECD閣僚理事会(パリ)でWTOが非公式に会合を開くのはその一例だ。今年も,ダボス会議の舞台の「袖」で非公式閣僚会合を行った。日本の若宮健嗣外務副大臣を始め,30以上の主要加盟国の閣僚級が出席した。WTO改革の緊急性が叫ばれる中,6月にカザフスタンで開かれる第12回閣僚会議(MC12)の成果で何を目指すのか,白雪を 溶かすほどの白熱した議論が交わされた。
 今回最も注目されたのは閣僚会合よりもトランプ米国大統領とアゼベドWTO事務局長との会談だったかもしれない。トランプ大統領は,ダボスの記者会見で,「劇的(dramatic)」なことを起こすと述べた。近日中のアゼベド事務局長の訪米も発表され,米国のWTO改革へのさらなる関与への期待が高まる。両者の会談がWTO改革にどう影響を与えるか要注視である。すべての加盟国が接点を見出すための努力を倍加していくことが重要だ。
 さて,ダボスでの閣僚会合に話を戻そう。
 まずWTO改革の最初の柱である紛争解決制度について動きがあった。上級委員会の機能停止に対応するため,EUや中国を始めとする17か国の有志国が暫定的な上訴仲裁制度を創設する意思を閣僚声明で発表した。我が国は,紛争解決制度の改革が,暫定的なものにとどまらず,早期に恒久的な形で達成されることを最重要視しているため,今次閣僚声明への参加は見送ることとした。恒久的な紛争解決制度の立て直しに向け,引き続き積極的に取り組んでいく。
 WTO改革の第二の柱である,ルール作りについても動きは活発だ。
投資円滑化に関する会合では若宮外務副大臣から,これまで多くの国と質の高い投資協定を締結してきた日本の強みを活かし,先進的なルール作りに貢献していきたいと訴え,参加国は,交渉を加速化させていくことで一致した。
 電子商取引に関するルール作りは日本が引っ張っている。昨年のG20大阪サミットの機会に立ち上げられた「大阪トラック」の下でのWTO電子商取引交渉に可能な限り多くの国の参加を得て高い水準の成果を得るとの“commitment”を改めて確認した。今会合は,新たにフィリピンの交渉参加や6つの交渉テーマ(「自由化」,「信頼性」,「円滑化」,「市場アクセス」,「電気通信」,「横断的事項」)において議論が深まるなどの交渉の進捗状況を確認した。
 デジタル経済に関する国際的ルール作りについては,ダボス会議でも「大阪トラック」セッションが開催され,若宮副大臣がリードスピーチを行った。このセッションには,マイクロソフトからブラッドフォード・スミス会長,グーグルからルース・ポラット最高財務責任者(CFO),マスターカードからアジャイ・バンガ会長らが出席するなど豪華な顔ぶれとなった。出席者からは,新たな国際ルールは,自由なデータ流通が信頼性に裏打ちされたものとなるようにしなければならない,ルール作りはスピードが重要だなどの活発な提言を受けた。ビジネス界と連携を重視する「大阪トラック」だからこそなし得た,実りあるやりとりであった。
 次回連載では,ダボス会議でも話題となり,WTO電子商取引交渉に大きな政治的後押しを与えている「大阪トラック」を取り上げる(2月7日掲載予定)。


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