経済上の国益の確保・増進

IEA発行「デジタリゼーションとエネルギー」レポートの概要

平成30年3月2日

 国際エネルギー機関(IEA)が,「Digitalization & Energy別ウィンドウで開く」と題する報告書を2017年11月5日に発表しました。情報通信技術の進展に伴うデジタリゼーションがエネルギーに与える影響に関し,エネルギー供給・需要部門の全般にわたって分析されており,デジタリゼーションに関する最近の国際的動向を把握する上で参考になりますので,この概要について解説します。

デジタリゼーション:エネルギーの新しい時代?

 デジタリゼーションとは,エネルギーシステムを含む経済全体にわたるICT(情報通信技術)の利用拡大を指します。センサーとデータストレージのコスト低下に伴うデータ量増加,機械学習などの分析技術の進歩,人とデバイス間の接続性の向上が,デジタリゼーションの大きな流れを実現しています。デジタリゼーションは,人工知能,IoT(モノのインターネット),第4次産業革命のような様々なデジタル技術,概念及び潮流を包含します。

 デジタリゼーションの流れは驚くべきものであり,今日存在するデータの90%は過去2年間に創られ,携帯電話加入件数は世界人口よりも多い状況です。デジタル技術によるエネルギーシステム改善の動きも加速しており,デジタル電力インフラとソフトウェアに対する世界の投資は,近年,年率20%で増加しています。

システム全体への影響:エネルギー貯蔵からデジタルで相互接続されたシステムまで

(画像1)図1 デジタリゼーションによる電力システムの変革 図1 デジタリゼーションによる電力システムの変革

 エネルギーにおいてデジタリゼーションがもたらしうる最大の変革は,エネルギー部門間の境界を超え,柔軟性を高め,システム全体の統合を可能にすることです。電力部門はこの変革の中心にあり,図1に示すように,エネルギーシステムの電化の進展と分散型電源の成長とともに,デジタリゼーションは供給と需要の区別を曖昧にし,電力消費者が需要と供給をリアルタイムで均衡させるため直接やりとりする機会を創り出します。このプロセス全体を通じて,引き続き集中型送電網はこの変革を支えるバックボーンであり続け,システム全体のバランスをとります。

 デジタリゼーションは,エネルギーシステム運用におけるすべての需要分野において電力消費者の積極的な参入を可能にします。2040年までに10億世帯と110億のスマート家電品が相互接続された電力システムに乗り入れ,電力消費行動を変えられるようになります。このスマートなデマンドレスポンスは,185ギガワットのシステム柔軟性を提供すると見られ,これはイタリアとオーストラリアの現在の電源規模の合計に匹敵します。これにより,電力供給を確保するために必要とされる電力インフラへの追加投資2700億米ドルを節約できます。

 デジタリゼーションは,出力変動する再エネ(太陽光発電(PV),風力)を送電網に統合させるのに有益です。図2に示すように,EUにおいては,2040年には,電力貯蔵の増大とデマンドレスポンスにより,出力変動する再エネの出力抑制量が7%から1.6%に減少し,約3,000万トンのCO2排出量の削減につながると予測されています。図3に示す電気自動車(EV)における「スマート充電」の普及は,避けられない新規投資ですが,従来型の充電インフラ投資を,1,000億~2,800億米ドル(EVの数に応じて)削減できます。

 デジタリゼーションは分散電源の伸長を促し,図4に示すように電力消費者を「プロシューマー(自家発電する消費者)」に変えることができます。ブロックチェーンのような新ツールは,地域のエネルギー取引システムを促進する可能性があります。

(画像2)図2 電力システムに柔軟性を付与した場合の2040年時点の影響(EUの例) 図2 電力システムに柔軟性を付与した場合の2040年時点の影響(EUの例)
(画像3)図3 スマート充電システムが電力消費に与える影響(2040年には少なくとも65ギガワット(1000億米ドル相当)の追加電源設備の削減が可能) 図3 スマート充電システムが電力消費に与える影響
(2040年には少なくとも65ギガワット(1000億米ドル相当)の追加電源設備の削減が可能)
(画像4)図4 電力システムにデジタルに接続された分散電源の導入規模見通し(日本の2016年の電力消費量は1043テラワット時) 図4 電力システムにデジタルに接続された分散電源の導入規模見通し
(日本の2016年の電力消費量は1043テラワット時)

情報通信技術によるエネルギー使用

 データセンター,データネットワーク及びインターネット接続されたデバイスを含むICTは,エネルギー需要の重要な源泉として台頭してきました。今後数年のうちに,数十億台のデバイスと機械が追加的に接続されると,これら施設・機器による電力消費が電力需要の伸びを加速させます。しかし,エネルギー効率の持続的向上により,今後5年間,データセンターやネットワークによるエネルギー需要の伸びは概ね抑制されます。

 データセンターは,2014年に約194テラワット時の電力(世界の電力総需要の約1%)を消費しました。2020年までにデータセンターの処理量は3倍になると予測されていますが,電力使用量は効率改善の効果で3%増加するのみと予測されています。データネットワークは,2015年に約185テラワット時の電力を消費しました。このうちモバイルネットワークは全体の約3分の2を占めます。エネルギー効率改善の進展次第で,データネットワークの電力消費量は2021年までに70%増加します。

 インターネット接続デバイスの急速な普及はIoTを生み出しており,より効率的なエネルギー利用の機会を創出しています。しかし,同時にこれらの機器は電力を消費します。2020年までに200億台以上のIoT機器と60億台のスマートフォンがネット接続される予定であり,デバイス効率の改善及び待機電力の削減は,エネルギー需要抑制のために不可欠です。

部門横断的なリスク:サイバーセキュリティ,プライバシー,経済的混乱

 エネルギー分野に限らず,一般にデジタリゼーションには,サイバーセキュリティ,プライバシー,経済的混乱の3つの主要な部門横断的なリスクがあり,適切に対処する必要があります。デジタリゼーションは,磁気嵐やサイバー攻撃などのデジタルリスクに対して,エネルギーシステムを脆弱にする可能性があります。政府と企業は,サイバーセキュリティ上の脅威の複雑性の高まりに対処するために協調する必要があります。サイバー攻撃を完全に防止することは不可能ですが,国や企業が十分に準備していれば,その影響を限定的なものに留めることができます。

 多くの詳細データ,特に家庭でのエネルギー使用に関するスマートメーター情報が収集されるにつれ,プライバシーとデータの所有権は大きな問題となります。政策立案者は,市場の変革,電力会社の運用ニーズ,電力のデジタル化転換などとプライバシー問題とのバランスをとる必要があります。

 デジタリゼーションは雇用や技能の要件に影響を与えるなど,エネルギー部門のみならず,より広い経済全般に大きな混乱をもたらします。それは仕事の形態を変え,一部の分野で失業が発生し,別の分野で新たな雇用が創出されます。デジタリゼーションの影響は,エネルギー部門の中でも部分毎に異なり,エネルギー分野の政策立案者は,デジタル問題に関する政府全体の意思決定にも関与すべきです。

石油・ガス・石炭・電力供給部門へのデジタリゼーションの影響

(画像5)図5 石油・ガス・石炭・電力供給部門の各要素に与えるデジタリゼーションの影響の度合い 図5 石油・ガス・石炭・電力供給部門の各要素に与えるデジタリゼーションの影響の度合い

 石油・ガス部門は,既存のデジタル技術の活用を拡大することで,製造コストを10~20%削減できます。また,既存及び新規のデジタル技術を活用することで,技術的に採掘可能な石油・ガス資源は,世界全体で約5%増加する可能性があります。石炭部門では,デジタリゼーションは地質モデリング,採掘最適化などのプロセス,自動化,予知保全(連続した計測,監視などにより設備の状態を把握し,適切なタイミングで交換・修理を行う保全),労働者の安全衛生をさらに向上させることができますが,全体的な影響は,他の部門よりも軽微です。

 電力部門におけるデジタリゼーションは,既存のシステム設計に基づき,すべての発電所及び送電インフラにデジタル技術をグローバルに展開することにより,年間約800億ドル(年間発電コストの約5%)を削減できる可能性があります。この削減は,運用・保守コストの削減,発電所と送電網の効率改善,計画外停電や稼働停止時間の削減,設備運用の寿命延伸により実現できます。

輸送・民生・産業部門などへのデジタリゼーションの影響

(画像6)図6 輸送・民生・産業部門の各要素に与えるデジタリゼーションの影響の度合い 図6 輸送・民生・産業部門の各要素に与えるデジタリゼーションの影響の度合い

 輸送部門はよりスマートかつ一層ネット接続されており,安全性と効率性が向上しています。道路輸送では,ネットへの接続により新しい移動手段サービスをもたらします。車両の自動運転化及び電化と相まって,デジタリゼーションは,エネルギー及びCO2排出量に相当程度の影響を及ぼしますが,どのような影響であるかは不確実です。道路輸送のエネルギー使用量は,長期的には,技術,政策,運転者行動の相互作用次第で,半減も倍増もありうるとのシナリオが報告されています。

 デジタリゼーションは,民生部門(家庭,業務)の総エネルギー使用量を2040年までに約10%削減する可能性があります。これらの効率向上は,特にスマート温度自動調節器の活用により最も大きくなります。スマート照明は,照明の電力需要を大幅に削減する可能性がありますが,デジタリゼーションによってもたらされる機器の待機電力が増加するので,潜在的な削減量を相殺してしまうおそれもあります。

 産業部門は,安全性,生産性を向上させるべくデジタル技術を長年使用してきましたが,デジタリゼーションは,産業プラント内外のプロセス制御の改善により,短い投資回収期間でさらに大きなエネルギー消費削減につながる可能性があります。3D印刷,機械学習及びネットへの接続性の向上は,さらに大きな影響を与える可能性があります。

参考文献

  • 1 IEA(2017), "Digitalization & Energy", OECD/IEA, Paris.

用語の解説

  • デマンドレスポンス:電力の需給調整は,通常,消費量のピークに合わせて,電力の供給側(発電所など)が発電量を調整しています。デマンドレスポンスとは,この需給調整コストを供給側が担うのでなく需要側の電力使用の抑制を通じて,安価な需給調整を実現しようとするメカニズムです。経済産業省の資料(PDF)別ウィンドウで開くでは,「卸市場価格の高騰時または系統信頼性の低下時において,電気料金価格の設定またはインセンティブの支払に応じて,需要家側が電力の使用を抑制するよう電力消費パターンを変化させること」,と記載しています。
  • スマート充電:EVへの充電において,グリッドの負荷増大を回避するべくICTを活用して充電需要のピークをシフトするようなインテリジェントな充電システムで,EV数の増加に伴う充電用の電源設備の抑制が可能と期待されています。充電池の充電状態,充電池や充電器の温度上昇などを自動的に診断し最適な条件で充電することで,充電時間を短縮して効率よく充電することもスマート充電の技術のひとつです。
  • ブロックチェーン:複数の取引データ(ブロック)を連携させることにより,分散してデータ管理できる技術です。仮想通貨や金融サービスなどで活用されていますが,自由化の進むエネルギー市場への導入も注目されています。例えば,スマートメーター同士がブロックチェーンを介して直接電力のやりとりを行うことで,電力会社を介さず発電した電力を直接融通することが期待されています。また,プロシューマー間の電力取引や,省エネを達成したユーザーへの報酬など電力分野の小規模な取引への適用も検討されています。

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