はじめに-政策ペーパー策定の趣旨
外務大臣政務官の山花郁夫です。海外ボランティア事業に関する政策ペーパーを発表する機会に,大変多くの方に参加いただきありがとうございます。実は3月12日,同じテーマの意見交換をここ札幌で行う予定でしたが,東日本大震災により急遽キャンセルしました。そうした経緯もありペーパーの発表は是非札幌で行うようお願いしていました。皆様の御協力で実現できたことに改めて感謝いたします。
青年海外協力隊事業が昨年の事業仕分けで取り上げられたことは皆様ご存じのとおりです。仕分けにおける指摘は事業の実施の在り方や効率性の観点からのもので,事業の意義が否定されたわけではありません。ただ,開始以来半世紀近く経過した事業でもあります。これを機会に事業の意義や在り方についても見直し,結果を方針としてまとめ,これに基づいて実施レベルで改善すべきは改善することになりました。
このペーパーは当初,政府内のみで検討し公表する方向で考えていました。しかし,せっかくの機会です。多くの皆様に参加いただくべくたたき台をホームページ等で公表し,NGOや企業関係の方々と意見交換する中で修正しながら今回の形でまとめました。
協力隊員こそ「草の根外交官」
協力隊の活動分野は,電気,水道,農業,村落開発,スポーツ等様々です。本日の会合前に皆様にビデオで見ていただいたのは,スリランカでごみのポイ捨てを減らすプロジェクトに取り組んだ環境教育隊員の活動姿です。私自身,協力隊が活動されている姿をこの目で見て,直接意見も伺ってきました。隊員の皆様は,現地に入り込み地域生活に溶け込んでいき,最初から現地語が堪能というわけではなく,人々のために何ができるかとコミュニケーションをとりながら言葉や文化の壁を乗り越えて活動しています。使い古された言葉では顔の見える外交・援助とよく言われますが,私は,協力隊員は草の根の外交官であると考えるに至りました。「草の根外交官 共生と絆のために」というタイトルにはそうした背景があります。
現在の国際社会では新興国が続々と出現し,国際会議等で発言権を増しています。そうした中,新興国の中に親日的な国,日本と良好な関係を持てる国を増やさなければなりません。それが現在の日本の立ち位置です。その実現方法はいくつかありますが,草の根外交官たる青年海外協力隊が有力な手段の一つであることは間違いありません。
東日本大震災に際し,国際社会から大変多くの支援の申出がありました。その多くは途上国で,中には自分たちも食べていくのが大変な国の子供たちが募金をしたこともありましたが,こうした支援の背景にはこれまでの青年海外協力隊の活動があります。協力隊に限られませんが,日本がこれまで途上国を支援してきた経緯があり,日本のために何かできないかということになったのではないかと思います。国家同士の関係,首脳同士の関係ももちろん大事ですが,草の根外交官が人と人との関係を地道に築いてきたことが背景のひとつであったと思います。
世界に誇れる「日本人力」を再認識
大震災を通じ再認識したことがもうひとつあります。日本人のモラルやメンタリティです。震災に直面する日本人の姿を見た多くの国から,感動した,感銘を受けたといった反応がありました。大災害が発生した地域で市場が襲撃され,お金持ちの家が襲われたというニュースを見たことのある方は多いと思います。そうした事件が起きる国が多くある中で日本人は,物資の配給にもきちんと整列して待ち,市場が襲われることはないと。日本人が普通に持っているモラルやメンタリティが外国の方々から非常に感心されているということです。
日本人のモラル等については,協力隊の活動現場を視察した際にも深く考えさせられました。1月にバングラデシュを訪問しました。その際に視察した協力隊の活動現場のひとつに,小学校で環境隊員が行う授業がありました。ゲーム感覚を取り入れたユニークな授業が行われており,その様子は先ほどのビデオで取り上げられていたスリランカの隊員の活動と似ているという印象を持ちました。バングラデシュでは初等教育の就学率は向上していますが,学年が上がるにつれ学校に来なくなってしまうことが多いと言われています。背景は様々ですが,特に理数系の授業が教科書の丸暗記のようになっていることが原因の一つと伺っています。暗記重視ではついて行けず,おもしろくもないということで学校に来なくなるということです。
バングラデシュのゴミ問題は深刻です。そうした中にあって環境隊員は,カードを使って「これは燃えるゴミですか?」と生徒に語りかけ,ゴミの分別を教えていました。現地でもプラスチック等の有料回収の仕組みができつつある中,このゴミはお金になるかという視点も盛り込んでゲーム感覚で授業を進めていました。家に帰ってから子供が実践するということで,このお金になるかという点は御家族も喜ばれているそうです。
ユニークな授業が可能なのは自分が外国人だからかもしれないと,その環境隊員は言っていました。文化の違いだとして許される傾向があるのではないかと。理由はともかく,彼女の授業を受ける子供たちの様子は普通の授業とは全く異なるようです。何が行われているのかと,他のクラスの先生などが廊下からのぞき込んでいました。初等教育の完全普及の達成はミレニアム開発目標のひとつです。入学するだけでなく,いかに学校に定着させるかということも大切な課題です。「学校が楽しい。通いたい」と子供たちに感じてもらうことも重要だと思います。
約束は守る,時間を守る,物事を計画的に進める,目上の人の言うことを聞く,ゴミはポイ捨てしないなどは,日本人であれば通常身につけているものでしょう。しかしそれが途上国では「すごい」と評価されています。計画的に物事を進めるといったことを途上国の人々に伝えることは,厳密な意味での技術移転ではないかもしれません。しかし,様々な職種の隊員が活動を通じ日本人が普通に身についている力,いわば「日本人力」を伝えることは,途上国の発展において非常に重要ではないでしょうか。
協力隊経験者が被災地で実力を発揮
途上国で活躍した協力隊のOB・OGは,その後内外で活躍しています。特に東日本大震災に際しては,多くのOB・OGが復旧・復興活動にボランティアとして参加しています。6月に福岡で,OB・OGの震災ボランティアの体験談を伺う機会がありました。非常に印象に残ったのが,協力隊OB・OGが身につけている現場への突破力です。
東北の人は我慢強く忍耐力があると言われますが,一方で地域外の人は,よほど親しくならないと中に入っていきにくいと感じるかもしれません。大阪のNGOが被災地で活動しているけれども,東北の方々は関西弁がややなじみにくいと感じていると側聞したこともあります。そうした中にあって協力隊OGの理学療法士は,理学療法士のニーズはないと活動開始時に言われていたものの,抜群の突破力で避難所に溶け込み,持ち前のコミュニケーション能力で被災者と片っ端から話をしていったそうです。その結果,津波に流されそうな人の手をずっと支えていたある男性の腕が,その後上がらなくなっていることを突き止めました。そのOGが活動を終える頃には腕がかなり上がるようになったそうです。
隊員の活動現場は途上国であり,言葉も文化も違います。言葉も初めから流暢に話せるわけではないですが,隊員は,村落のことを考え,何とかやってあげようと真剣に取り組む中で,抜群の突破力,コミュニケーション能力等を磨いて帰国します。福岡の報告会では,帰国後も国内で発揮されているOB・OGの能力・資質を改めて実感しました。
ミスマッチ-事業仕分けの議論を踏まえて
話を事業仕分けで指摘されたミスマッチの問題に移したいと思います。ミスマッチとは要するに,要望書の記載事項と現場で求められることの不一致です。例えば,途上国から理科の先生を派遣してほしいと要望があり,理科を教えるつもりで現地に行ったところ,理科の先生は別にいて,算数を教えるよう求められたというケースや,あるいは学校自体なくなっていたケースもあるそうです。農業指導をしてほしいと要望があり,栽培技術を伝えようと現地に行ったが,実際には農産物の販売の指導を求められたというケースもあるそうです。
途上国から要望があり,隊員が選抜され,訓練期間を経て派遣に至るタイムラグゆえに先方に事情変更が生じるという,ある程度やむを得ない場合もあります。一方,要望聴取段階での日本側の調査にやや十分でない点があると思われる場合もないわけではありません。ミスマッチにどのように対応するかという観点からは,前任の隊員がいる場合には「要望書は要望書。現場ではいろいろあるから」とあらかじめ教えてもらい,覚悟しておくこともできます。
ミスマッチには,不可避的なものもあれば,努力すれば発生を防げるものもあります。特に後者については可能な限り発生を防止する必要がありますので,そのためにJICAが行うべきことを政策ペーパーに明記してあります。
ただ,隊員はミスマッチを別の視点からも見ています。「途上国での活動である以上ミスマッチは確かにある。ただ,あらかじめ言われたことだけを実施してもおもしろくない。ミスマッチに直面しながら,自分に何ができるか考え,乗り越えて課題を解決していくのが協力隊の醍醐味だ」と。隊員と意見交換する中で,こうしたたくましい発言が,全員とは言いませんが,何人もの隊員からありました。
キャリアパス形成に向けて
活躍中のこのような有為な人材も,話を伺ってみれば,帰国後の就職が心配だと口にします。協力隊は外交政策として派遣している側面もありますので,有能な青年が帰国後の就職を心配して参加をあきらめるというのは事業を所管する省として残念です。そうした問題意識から外務省は協力隊OB・OGのキャリアパス形成に取り組んでいきますが,話は外交政策の観点に限られません。有為なOB・OGの能力や知見を十分に活かしきれていない現状は日本社会全体にとっての損失です。OB・OGのキャリアパス形成には経済界,自治体等との協力が不可欠であり,そうした趣旨からこれまでも企業関係者等とも意見交換をしてきました。今後も引き続き経済界等に働きかけを行っていきます。
途上国の要望に一層的確に応える協力隊事業とするには企業,自治体,NGO等との連携が必要ですが,連携のひとつの在り方として,個人参加が原則の協力隊に企業に籍を置いたまま参加する現職参加制度があります。企業にもメリットがありますが,ご存じでない人事担当者もいるようです。企業関係者には現職参加制度などについても引き続き説明をしていきます。
そして何よりも,国民の皆様に協力隊の活動ぶりをもっと知っていただくことが不可欠です。今後,現地での活動,苦労話などを外務省のホームページ上でデータベース化し,派遣地域や職種という形でも検索できるような形にしていきたいと考えております。
結びにかえて
外務省としては,青年海外協力隊事業の所管官庁として,今回政策ペーパーに記したことはしっかりと実施していきます。実施部門を担うJICAにはこの政策に沿った形で事業を実施していただきたいと思います。実施の具体策についてはJICAが8月にも発表すると伺っています。国力以上のことはできませんが,事業実施の効率性を確保した上で,青年海外協力隊事業を今後一層良い事業にしていきます。
注) 7月25日に札幌で「これからの青年海外協力隊を考える」をテーマに行った講演の要旨をまとめたものです。