寄稿・インタビュー

2014年1月15日付

平成26年2月6日

 日本と中国はお互いかけがえのないパートナーである。勿論,相手の考えや政策が自国のそれと相容れない場合もある。だからといって外国メディアを通じて相手の考え方や政策を批判しあうことは,果たして建設的な態度であろうか。日中間で,このようなメディアを通じた論争を行うことは,日本大使としての私の望むところではない。
 しかし,今回の在豪中国大使の論文のように,平和国家としての日本の歩みや国のあり方を否定し,豪州を始め国際社会の人々に誤った対日認識を植え付けようとするキャンペーンに対しては,日本の代表としてこれを黙認できない。
特に,自由,民主主義,人権等の基本的価値観を日本と共有する豪州の人々には,日本で起こっていることをできるだけ正しく理解して頂きたいと思う。そのために敢えて投稿することとした。

 まず,第一に指摘しておきたいことは,安倍総理の靖国参拝はA級戦犯を崇拝でも,軍国主義を美化するためでもないということである。
 靖国神社には,第二次世界大戦のみならず,1853年以降の明治維新,明治期の動乱や,日清・日露戦争,第一次世界大戦などで国のために戦い命を落とした約250万名が,身分や男女の別なく祀られている。安倍総理の参拝は,こうした戦没者全体に対して哀悼の意を捧げ,尊崇の念を表しつつ,恒久平和を誓うことが目的であった。だからこそ今回総理は,戦争で亡くなられ靖国神社に合祀されない国内及び諸外国の人々を慰霊する「鎮霊社」にも参拝したのである。

 参拝がA級戦犯を崇拝する行いであり,軍国主義を正当化するものであると批判する者がいるが,言うまでもなくそのような趣旨で参拝したのではない。A級戦犯については極東軍事裁判でそれぞれ判決を受けており,日本政府はサンフランシスコ平和条約により同裁判所の裁判を受諾している。安倍総理自身も,この立場を明確に確認しており,日本政府としてこれまで一度たりともA級戦犯や軍国主義を正当化したことはない。

 第二に,中国の対日批判は理性を欠いていると言わざるを得ない。
 中国は,「靖国参拝は日本が軍国主義の道を歩み,地域の緊張を高めようとしていることを示している」,更に,「日本は歴史の歯車を過去に戻そうとしている」との批判を展開している。これらは戦後の日本のあり方自体を否定しようとする議論であり,客観的事実に全く反する議論である。現在の東アジア地域において,透明性を欠く形で,軍事費を増大させつつ,同時に既存の秩序を力によって一方的に変更しようとすることによって,この地域の緊張を高めているのが一体どの国であるかは論ずるまでもない。

 第二次世界大戦後の世界において,日本は平和憲法の下で,世界の平和と繁栄,自由や人権の促進に一貫して貢献してきた。特に東アジアにおいては,価値観を同じくする豪州と協力しつつ,自由と民主主義を擁護し,地域の安定と発展のために弛まぬ貢献を行ってきた。豪州においてよく知られているとおり,平和主義,戦争放棄は日本の国是であり,更に日本国民のアイデンティティの一部になっている。圧倒的多数の日本国民がこのような戦後日本の平和国家としての歩みを強く支持し,誇りに思っている。この国是は将来にわたっても全く変わりようがない。また,このことは昨年末に閣議決定された日本初の国家安全保障戦略においても改めて強調されている。

 日本の行ってきたこのような貢献は,中国自身が評価していたはずである。2006年,安倍総理と胡錦涛国家主席との間で「戦略的互恵関係」の構築を確認し,その後,2008年の「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」においては,中国は「日本が,戦後60年余り,平和国家としての歩みを堅持し,平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」と記されている。中国のこうしたこれまでの認識と,最近の中国の対日批判との関係をどう説明するのか。日本政府及び日本国民は非常に困惑せざるを得ない。

 そもそも,第二次世界大戦後,日本の総理による靖国参拝は60回以上に及んでいる。1985年の中曽根総理による公式参拝まで中国が靖国参拝を問題視することはなかった。また,中国がこのように態度を硬化させるようになったのは最近のことである。

 我々は体制が異なる国の政策が我が国のそれと相容れないものであるからといってその国のあり方そのものを否定したり,批判することはしない。中国とは個別の問題を関係全体に影響させないよう努力し,戦略的互恵関係の強化に引き続き努めていく考えである。そのための対話の扉はオープンである。安倍総理は敬意を持って中国との友好関係を築きたいとの考えであり,中国指導者との直接対話を歓迎している。これに対し,中国は様々な条件をつけることによって実質的にこれを拒否してきている。それとともに,日本において最早存在しない「軍国主義」を批判する国際キャンペーンを各国の中国大使館を通じて展開している。このような態度は両国間の信頼構築に資するものとはとうてい言えない。

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