世界一周「何でもレポート」
チャレンジ!外国語 外務省の外国語専門家インタビュー
スペイン語の専門家 山方さん
スペイン語の簡単なフレーズ

Al mal tiempo, buena cara.(「つらい時こそ、明るい笑顔で」)
外務省入省1年目、慣れない仕事に疲れきっていたある日、省内でのスペイン語の授業で習ったことわざです。思うように物事が進まない時や、なかなか元気が出ない時には、このことわざを思い出して、気持ちを切り替えることがあります。
留学経験と外交官になろうと思った理由

スペインに短期留学をされたそうですが、どのように過ごされましたか?
「大学時代、スペインのバレンシアに6か月留学し、語学学校に通いました。もともと、サッカー関係の仕事(選手の通訳や代理人)に興味があり、サッカーの盛んなスペインを留学先に選びました。
当時のスペインリーグでは、ロナウジーニョ(ブラジル)、ジダン(フランス)、ベッカム(イングランド)など、蒼々たるスター選手が活躍していました。語学学校の授業を終えた後は、プロチームの練習見学、バルやスタジアムでの試合観戦に加え、地元の少年サッカーチームでコーチのアシスタントをしました。
バルでスポーツ紙を片手に時間を忘れてサッカー談義に花を咲かせる人たち、試合中にプレーそっちのけで監督と延々と口論するサッカー少年など、日本では考えられない光景の数々を目の当たりにし、スペインのサッカー文化の奥深さを肌で感じた半年間でした。」
外交官になろうとしたきっかけが、短期留学後に旅行した中南米旅行だとか?
「半年のスペイン留学を終え、メキシコ、グアテマラ、コロンビアをバックパックで旅行しました。3か月滞在したコロンビアでは、首都ボゴタ近郊の山間の村でホームステイをしながら、子供向けのアスレチック施設でスタッフとして働きました。
その村には鉱山労働者が多く、文字どおり、その日暮らしの家庭がたくさんありました。その日の夕食に困った家庭が、夕方に隣近所を訪問し、卵や野菜などの食材を分けてもらっている光景を目の当たりにし、頭を殴られたような衝撃を受けました。それまで自分にとって当たり前だと思っていた世界とはまったく異なる世界がそこにはありました。ただ、経済的に貧しいからといって、そこに悲壮感が漂っているわけではなく、そんな生活の中でも笑顔を絶やさず暮らしている人々の姿に強く勇気づけられました。
このような経験を通じて、自分の知らない世界、価値観にもっと触れてみたいという思いが強くなり、世界とつながる職業として外交官に興味を持ち、後に外務省に入りました。」
スペイン語を選択した理由
スペイン語は世界でよく使われている言語と聞きますが?
「大学でスペイン語を専攻していたため、そのままスペイン語を選択しました。スペイン語は英語と比べて文法が難しく、習得に時間がかかる言語ですが、公用語としている国の数が21と多く、汎用性がある点で非常に学び甲斐があります。
母語話者は4億8千万人を超え、また母語ではないもののスペイン語を話せる人などを足すと5億8千万人(世界人口の7.5%)がスペイン語話者と言われています。地理的な広がりがある言語であるため、国や地域ごとに使われる語彙や言い回しが少し異なり、それがスペイン語の豊かさの一つになっていると思います。
余談ですが、アメリカでもヒスパニック系の多いマイアミやロサンゼルスでは、空港、レストラン、ホテルなどではスペイン語でやりとりできる機会がたくさんありました。
このように話者が多いこと、地理的な広がりがあることがスペイン語の大きな魅力です。」
スペイン語の勉強方法等
山方さんおすすめの勉強方法があったら教えてください!
「語学の勉強で重要なのは『付き合い続けること』だと思います。
大学に入学した18歳の時からスペイン語の勉強を始めましたが、想像以上に文法が難しく、成績は下から数えた方が早く、コンプレックスを感じていた時期もありました。しかし、モチベーションのアップダウンを繰り返しながらも、長くスペイン語と付き合いつづけた甲斐もあり、通訳にも少し対応できるレベルになりました。
外国語の勉強法は人それぞれ、これといった秘策はありません。私自身、今でも自分の勉強のスタイルを確立できていませんが、大切なのは10分でもいいので、日々、外国語に触れることだといつも自分に言い聞かせています。ニュース、ドラマやSNSを見る、新聞や小説を読むなど、素材は何でもいいと思います。短期間で集中的に詰め込むより、少し肩の力を抜いて細く長く外国語と付き合ううちに、徐々に言葉が頭や体になじんでいき、長い目で見て語学が上達するように思います。」
語学研修中のエピソード

苦労されたそうですが、何が大変でしたか?
「語学研修中は、マドリードの大学院に通い、国際関係とラテンアメリカ地域の研究を行いました。クラスメートのほとんどがスペイン人、自分が唯一のアジア人という環境の中、待ったなしでどんどん進んでいくスペイン語での授業についていくのは一苦労でした。
経済の授業の一環で、世界のエネルギー事情について、スペイン語でプレゼンテーションをする機会がありました。スライドは時間をかけて作りこみ、発言内容はほぼ丸暗記するなど、万全の状態で臨みました。しかし、プレゼンが始まるやいなや、担当教授が私のプレゼンを制止し、『スライドのスペイン語に誤りがある。このようなミスは許されない。これでは君のプレゼンに説得力がなくなってしまう。』と厳しいお叱りがあり、その場が一瞬で凍りつきました。
英語で言えば、冠詞の“the”を余計に付けていたという外国人にありがちなミスでした。当時、私は、『自分はネイティブではないから、それくらいのミスは見逃してくれてもいいのに』と思っていましたが、今思い返すと、そんな甘え考えを持っていた私に対して、『世界はそんなに甘くないぞ』という教授からの強いメッセージだったように思います。
これは後日談ですが、この教授が担当していた経済学の学期末テストで、たまたま良い点数をとれたのですが、その際に誰よりも喜んでくれたのもこの教授でした。」
初めての海外勤務

思い出に残った出来事はありますか?
「スペインでの語学研修の後は、中南米のパラグアイとメキシコにある日本大使館で勤務しました。メキシコでは、広報文化班に所属し、SNSを使った広報などを担当していました。
2017年9月、メキシコ中部地震が起こり、首都メキシコ市を中心に崩壊した家屋に住民が取り残される状況が発生しました。その際、日本から72名の隊員と4頭の救助犬から成る国際緊急援助隊が派遣され、メキシコ市内で捜索・救助活動に当たりました。私は現場には行けず、大使館で待機していたのですが、緊急援助隊の写真や動画を現場から送ってもらい、大使館でメキシコ人の同僚と手分けして、大使館のSNSにスペイン語で投稿し続けたところ、これらの投稿を情報源としたニュースが、連日、テレビやネットで取り上げられました。
その結果、大使館に数え切れない数の応援や感謝のメール・手紙が届きました。全てに目をとおすことは到底できませんでしたが、中には小学生と思われる方からの日本語の手書きメッセージなどもあり、メキシコの人たちの日本や日本の緊急援助隊に対する想いに心揺さぶられた瞬間でした。
SNS発信という、いわば裏方の仕事ではありましたが、寝食を忘れて被災者を助けようとする日本の緊急援助隊と、それをテレビやネットを通じて固唾を呑んで見守るメキシコの人たちをつなぐという重要な役割を担えたことは忘れがたい経験です。」
二国間関係


山方さんは語学研修後、在メキシコ日本国大使館で広報文化担当をされましたが、そこでの経験を少し紹介してください。
「二国間関係を考えるとき、まず政治や経済に目が行きがちですが、文化・スポーツ面での交流も忘れてはいけません。メキシコの例を少し紹介したいと思います。
まず、芸術分野です。フリーダ・カーロというメキシコ人の女性画家をご存じの方もいるかもしれませんが、彼女の夫であるディエゴ・リベラ、シケイロスなど、20世紀のメキシコは数多くの著名な画家を輩出しました。メキシコに関心を寄せた日本の芸術家も数多く、北川民次、藤田嗣治、岡本太郎や日系アメリカ人のイサム・ノグチなどは、長期または短期でメキシコに滞在し、メキシコ人の芸術家と交流して相互に影響を与え合ったと言われています。両国の芸術家の作品は、今までもこれからも二国間関係にとっての大きな財産です。中でも、岡本太郎がメキシコで制作した壁画『明日の神話』は渋谷駅の連絡通路に展示されており、気軽に鑑賞することができます。
次にスポーツ分野ですが、ボクシングやプロレスで、メキシコで武者修行する選手、メキシコでプロとして活躍する選手が数多くいます。サッカーでは、2017-2018シーズン、本田圭佑選手がパチューカFCに在籍し、リーグ戦で10ゴール7アシストを記録し、大きなインパクトを残しました。」
日本のアイドルグループがメキシコで活動されているそうですが?
「最近はエンタメの分野でも交流が深まっています。毎年のようにメキシコでコンサートを開催している日本のアイドルグループがあり、ペンライト片手にハチマキを頭に巻いて颯爽とコンサート会場に現れる熱狂的なメキシコ人のファンがいて、毎回驚かされました。
また、2018年~2019年、AKB48の入山杏奈さんがメキシコのテレビドラマに出演するため、メキシコに長期滞在しました。ゼロからスペイン語を始め、メキメキと上達し、日本に帰国した今でも、SNSでスペイン語で発信するなど、日本とメキシコの懸け橋として活躍しています。
これらはほんの一例ですが、二国間関係は、文化やスポーツなどの幅広い分野で活躍する日本人とメキシコ人の長年にわたる心の通った交流、そして真剣勝負の積み重ねに支えられているという側面があります。」
通訳のエピソード
山方さんはスペイン語の通訳もされていますね!大変だと聞きますが?
「通訳の世界には予定調和はないと言われています。どんなに準備して臨んでも現場では思いもよらない会話が繰り広げられ、うまく訳すことができず、苦い思いをすることが日常茶飯事です。
メキシコ勤務時代、メキシコ政府関係者と日本人留学生との会合で通訳を担当しました。会合の内容は、メキシコ政府による日本人留学生へのオリエンテーションで、メキシコ側の説明を日本語に訳すのが私の役目でした。留学に関係しそうな単語を予習して挑んだものの、開始早々、メキシコ政府関係者が突如プロジェクターを取り出して、ちょうど会合中にメキシコで観察されていた『日食』のライブ中継を映写し、今回の『日食』がいかに稀な機会であるかをまくし立てるように話し始めました。完全に意表を突かれた私は、『eclipse solar(日食)』というスペイン語にまったく反応できず、もちろん日本語にうまく訳せず、恥ずかしい思いをしました。それ以来、私生活でも『日食』という言葉を聞くたびにドキッとします。これに限らず、通訳の現場は想定外の連続、毎回、ハラハラドキドキです。」