アメリカ合衆国

令和3年2月4日

 1月15日(米国時間)、2021年「米国大統領経済報告」が公表されたところ、概要は以下のとおり。なお、大統領経済報告は「大統領経済諮問委員会(CEA)年次報告」と一体として毎年2月頃に公表され、議会に提出されるもので、経済情勢や政権の経済政策に関する記述・分析が行われる。一般教書、予算教書と並び「三大教書」の一つに数えられる。

ポイント

  • 本報告では、トランプ政権4年間の経済政策の評価を総括。COVID-19危機前には、史上最長の景気拡大の下、全ての所得層に大きな利益をもたらした。その後、コロナ危機により大不況以来の甚大な影響を受けたが、迅速な政策対応によって予想を上回る景気回復を実現し、今後も、本報告にある成長促進策を通じて、コロナ前の成長経路への早期回帰が実現できるとの見通しが示された。
米国経済の今後の見通し(主なもの、単位%)
  2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029 2030 2031
実質GDP成長率 2.3 -2.2 5.3 3.9 3.3 3.0 2.9 2.8 2.8 2.8 2.8 2.8 2.8
消費者物価上昇率 2.0 1.1 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3
失業率 3.7 8.1 5.2 4.3 4.1 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0

(注)実質GDP成長率と消費者物価上昇率は第4四半期と前年第4四半期との比較、失業率は水準。

  • 迅速な景気回復(第1章):2020年年初まで米国において強い経済を享受していたことが、コロナ危機後の迅速な政策対応と相まって、ショックからの迅速な回復に寄与したと評価。
  • 家計(第2章):コロナ禍におけるトランプ政権による家計への救済策は、個人給付と失業給付の拡充を通して低所得層に大きな所得増をもたらすとともに、住宅立ち退きや学生ローンのデフォルトのリスクから家計を守り、その結果、失業率の史上最速の改善を含め、大きな成功を収めたと評価。
  • 起業家・働き手(第3章):トランプ政権が実施した返済免除条件付き中小企業向け融資プログラムや事業者の資金流動性の確保等は、倒産、解雇等の影響を緩和し、雇用の維持・再雇用、事業再開など経済活動を後押したと評価。
  • ヘルスケア(第4章):健康・経済危機に際し、医療機関や就労者に対する財政支援と共に、検査能力不足の解決とワクチン・治療薬開発の加速のため医療セクターにおける規制緩和を実施し、多大な社会便益がもたらされると評価。
  • オポチュニティ・ゾーン(第5章):2017年の減税及び雇用法に基づくオポチュニティ・ゾーン制度(貧困コミュニティに対する投資促進のための地域指定制度)は、減税を通じて民間セクターの投資、雇用創造、自己充足を促進し経済活動を活発化させたと評価し、ポスト・コロナへの回復を促進するモデル施策となりうると評価。
  • 規制改革(第6章):トランプ政権下の規制改革が、中小企業や中間層に対する形式的な行政手続を削減し、企業や家計のコストの低減を通じて、中間・低所得層に利益をもたらしたと分析。
  • 教育機会(第7章):1990年以降発展してきた学校選択プログラムについて、居住地域によって学校が割り当てられる伝統的な公立学校制度とは違い、学校間の競争を促し、とりわけ不利な条件下の学生を含むすべての学生の教育機会を拡大したと評価。
  • 宇宙政策(第8章):民間セクターのイノベーションや企業との協働を促す政策、宇宙投資を促進する規制環境を実現したと指摘。特に、知的財産権を保護する政策は投資家の期待値を高め、今後8年間の宇宙投資を倍増させると推計。
  • 貿易(第9章):米国の労働者を保護するため、貿易協定の再交渉を更に進めることが、米国経済の経済的繁栄を取り戻す上で重要な役割を果たすと主張(中国、メキシコ、カナダ、韓国、英国、日本等との貿易協定にも言及)。また、コロナ危機は、企業や政府がグローバル・サプライチェーンのあり方を再考させ、場合によっては生産拠点を自国近傍に戻すことになったと評価。
  • 年間回顧・展望(第10章):コロナ危機への追加経済対策、インフラ計画、2017年減税及び雇用法の恒久化、移民制度改革、二国間貿易協定、長期的な財政再建、労働市場改革などが全て実行されれば、コロナ前の経済成長への早期回帰が実現できるとの見通しを提示。
  • 永続的な繁栄の実現(第11章):コロナ危機によって浮き彫りとなった政策課題を挙げ、それらの制度改革により、米国は危機前に経験した繁栄へと回復し、さらにより偉大で強靭な米国経済の素地が築かれると総括。

第1章 迅速な経済回復の実現(Creating the Fastest Economic Recovery)

  • 2020年年初まで、米国は強い経済を享受し、失業率が50年来の最低水準である3.5%まで低下しただけでなく、所得や資産の格差も縮小。その結果、2017~19年の3年間で660万人が貧困状態から脱却した。
  • 中国を起源とするCOVID-19の蔓延は、需要・供給両面から経済に突然かつ甚大なショックをもたらしたが、危機前の良好な経済環境と危機後の強力かつ決断力のある政策対応は、そのショックを和らげ、政府・民間の経済予測を上回る速さで景気回復することに貢献。シミュレーション分析によると、仮に2017年から2020年年初にかけての経済環境の改善がなければ、パンデミック下での経済はより悪い状態に陥った可能性がある。
  • 連邦政府によるCOVID-19に対する経済対策について、厳しい環境下での経済的困窮の軽減と、より迅速な経済回復を可能とする経済活力の維持の二つの側面を持っていた。

第2章 家計への優先的対応(Prioritizing America’s Households)

  • トランプ政権による家計への救済策は、前例のない事態に対して非常に成功。個人給付や失業給付の拡充は、低所得層に大きな所得増をもたらし、少なくとも2020年8月までは危機前の所得水準を上回った。また、支援策に伴う雇用へのインセンティブ低下の懸念は、危機下に自宅に留まることによる健康上の便益によって相殺された。
  • 個人給付を受け取った家計の59.1%が衣食住の支払いに充て、個人給付を受け取って10日以内にその20%超が支出された。
  • トランプ政権による対応は、住宅立ち退きや学生ローンのデフォルトのリスクから家計を守った。例えば、全米都市部の住宅立ち退き件数はコロナ危機前の水準を下回った。
  • 家計向け支援が成功するか否かは、どれだけ早く経済が回復するかによるが、4月から11月にかけて失業率は8%低下し、過去最速の改善であった。

第3章 ビジネス支援による起業家と働き手への支援(Assisting Entrepreneurs and Workers through Aid to Businesses)

  • トランプ政権の中小企業向けの返済免除条件付き融資プログラムにより、521万の中小事業者等が貸付支援を受け、千万単位で雇用が救われた。加えて、事業者の資金流動性を確保し、金融システムの崩壊を防ぐために、財務省及びFRBによる直接的支援を実施。その他、所得税に対する税額控除や中小企業庁による経済損害災害ローンの拡充も雇用の維持や事業の継続に貢献。
  • これらにより、COVID-19による倒産、解雇等の影響を緩和し、雇用の維持・再雇用、事業再開など経済活動を後押しすることができた。

第4章 ヘルスケアシステムの質と効率の向上(Advancing the Quality and Efficiency of America’s Healthcare System)

  • コロナ禍における健康・経済危機に際し、トランプ政権は、医療機関や就労者に対する財政支援と共に、検査能力不足の解決とワクチン・治療薬開発の加速のため医療セクターにおける規制緩和を実施。
  • 一連のコロナ対策を通じ、医療機関救済基金に1,750億ドル等の支援を実施。中小企業従業員がCOVID-19に関連して有給休暇を取得するのを、企業に対する税還付で支援。COVID-19の治療費負担を様々な方法で軽減。
  • コロナ対応のため看護師の診療可能範囲の拡大や遠隔医療に関する規制緩和等を通じ医療機関・リソースを拡大。食品医薬品局(FDA)の審査期間短縮を含む一連の規制緩和により多大な社会便益の向上が見込まれる。

第5章 オポチュニティ・ゾーンの早期効果の分析(Assessing the Early Impact of Opportunity Zones)

  • 2017年の減税及び雇用法に基づくオポチュニティ・ゾーン(Opportunity Zones、貧困コミュニティに対する投資促進のための地域指定制度。以下「OZs」という。)について、約8,800の指定コミュニティの特徴を分析し、OZsは減税を通じて民間セクターの投資、雇用創造、自己充足を促進し経済活動を活発化。
  • 指定コミュニティは平均的に他の地域に比べて2倍以上の貧困率を有し、アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、高校中退層のシェアが高い地域であったが、OZs関連基金は減税により2019年末までに750億ドルの民間資本を獲得し、指定されなかったコミュニティと比較して投資が29%増加。また、OZsの指定は住宅価格を1.1%上昇させ、住居を所有する約半数のOZ居住者の資産を110億ドル増加させた。
  • OZsは同種の連邦政府のプログラムと比べて、財政に与える効果は小さく財政中立的な施策。COVID-19の影響を受けた貧困コミュニティに対して、ポスト・コロナへの回復を促進するモデル施策となりうる。

第6章 規制負荷軽減による経済的自由の拡大(Empowering Economic Freedom by Reducing Regulatory Burdens)

  • トランプ政権下の規制改革が、中小企業や中間層に対する形式的な行政手続を削減し、企業や家計のコストの低減を通じてとりわけ中間・低所得層に利益をもたらした。
  • 規制緩和は、食料、電気、処方薬、健康保険、通信などの必需財の価格低下を通じて、相対的に必需財をより消費する低所得層に多くの利益をもたらした。5分位層別で最も低い第I階級は3.7%の平均所得の増加があったのに対し、最も高い第V階級は0.8%の増加にとどまった。

第7章 選択と競争を通じた教育機会の拡大(Expanding Educational Opportunity through Choice and Competition)

  • 1990年以降発展してきた学校選択プログラムの効果について分析し、居住地域によって学校が割り当てられる伝統的な公立学校制度とは違い、学校間の競争を促し、とりわけ不利な条件下の学生を含むすべての学生に教育機会を拡大。
  • 実証に基づく根拠によると、学校選択プログラムは学生に選択権を与えることで、当該プログラムに所属する学生だけでなく、居住地区の学校に残った学生に対しても公立学校への競争圧力により教育の質が向上。

第8章 宇宙政策と財産権におけるニューフロンティア追求(Exploring New Frontiers in Space Policy and Property Rights)

  • 21世紀において、宇宙探査は官民協力と宇宙テクノロジーへの民間投資に基づく新たな時代に入っているとして、トランプ政権が講じてきた宇宙政策を整理しつつ、民間セクターのイノベーションや企業との協働を促す政策、宇宙投資を促進する規制環境を実現。
  • 特に、知的財産権を保護する政策は投資家の期待値を高め、宇宙投資の増加に寄与するとし、これまでの様々な根拠をもとに、トランプ政権の政策によって、2028年までに民間投資が2倍になる可能性がある。

第9章 自由、公正かつバランスの取れた貿易の実現(Pursuing Free, Fair, and Balanced Trade)

  • 米中第一段階合意は、米中貿易紛争の解決に向けた第一歩。本合意は、知財、技術移転、農業、金融サービス及び為替の分野における構造改革、米国産品の中国による購入、強力な紛争解決制度等を規定。米国産品の中国による購入は、米国の生産者に即時的な裨益効果をもたらすと期待。構造改革に関する規定は、中国経済に必要な改革実現のための重要な第一歩である。
  • 2020年7月1日に発効したUSMCAは、NAFTAや他の貿易協定の下で学んだ教訓と、経済・技術の発展を反映させることを目的に、NAFTAの規則を更新したもの。具体的には、国境を越えたデータの自由な移転を確保し、貿易円滑化を改善し、米国企業の知的財産保護を強化し、投資紛争における国際仲裁へのアクセスを制限し、自動車に関する原産地規則(域内において生産された部品の調達をより高い割合で要求)を修正した。
  • トランプ政権は、上記以外にも他国との貿易条件の改善を模索。2018年、米国は韓国との貿易協定の一部を再交渉し、米国の自動車産業にとって公正な貿易を確保。
  • 2019年には、米国は日本との間で、多くの米国の食料品や農産物の輸出に対する関税を削減又は撤廃する「第一段階」の貿易協定を締結し、2020年には、英国との間で自由貿易協定を追求する協議を開始。さらに、米国はバーレーン及びアラブ首長国連邦の代表を受け入れ、イスラエルとの関係を正常化するための協定に署名。
  • 2020年初頭以降のコロナ危機においては、経済のグローバル化が進む中、局所的に発生したウイルスの影響が、国境を越え、世界の他の地域にまで波及。過去数十年の間にグローバルなサプライチェーンが出現し、例えば、北米の工場では中国の武漢で生産された部品を組み立てていたため、パンデミックが米国に広がる前から、北米の自動車組立工場における生産活動は混乱。疾病、自然災害、貿易紛争によるリスクは、企業や政府にグローバル・サプライチェーンのあり方を再考させ、場合によっては生産拠点を自国に引き戻す原因となった。

第10章 年間回顧と展望(The Year in Review and the Years Ahead)

  • 今後、コロナ危機への追加対策に加え、1.5兆ドルのインフラ計画、2017年減税及び雇用法の恒久化、スキル・ベースの移民制度改革、改善された二国間貿易協定、長期的な財政再建、労働市場改革など、野心的な政策アジェンダが全て実行されることを前提として、下表のとおり、今後10年間の経済見通しを示す。
  • 短期的には、COVID-19の感染再拡大に伴う政策と人々の反応が最大の下方リスクである一方、効果的なワクチンの早急な普及は上昇要因となる。労働市場については、対面によるサービス業の減少、高齢者の早期退職が下方リスクとなる一方、テレワークや働き手の地方分散によって労働参加が促される効果がポジティブ要因。
  • 長期的には、生産性の動向が重要な指標であり、高等教育へのインセンティブ、移民制度改革、インフラ投資、減税及び雇用法の恒久化が重要。また、今回の危機を経て、ヘルスケアの改善が期待される一方で、人的資本形成への長期的な影響や企業・個人の債務累積への対応に留意が必要。
米国経済の今後の見通し(主なもの、単位%)
  2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029 2030 2031
実質GDP成長率 2.3 -2.2 5.3 3.9 3.3 3.0 2.9 2.8 2.8 2.8 2.8 2.8 2.8
消費者物価上昇率 2.0 1.1 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3 2.3
失業率 3.7 8.1 5.2 4.3 4.1 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0 4.0

(注)実質GDP成長率と消費者物価上昇率は第4四半期と前年第4四半期との比較、失業率は水準。

第11章 永続的繁栄を確実にするための政策(Policies to Secure Enduring Prosperity)

  • コロナ危機によって浮き彫りとなった政策課題として、(1)労働参加促進、(2)仕事と家庭の両立支援、(3)21世紀における課題解決のための国際連携の強化、(4)より効率的なヘルスケアシステムの構築、(5)インフラ改善によるダイナミックな経済の創造、(6)より高スキルで強靭な労働力の創出の6つを挙げた上で、大きな経済的便益を生み出しうる制度改革をそれぞれ提案し、これらの改革により、米国は危機前に経験した繁栄へと回復し、より偉大で強靭な米国経済の素地が築かれると締め括る。
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