公邸料理人

(在イタリア日本国大使館 松田雅俊公邸料理人)

平成28年5月17日
イベント“Cooking for Art 2015”
様々なイタリア食材を彩りも豊かに
  • 地中海産の黒マグロ
  • 各国の夫人を対象に寿司教室
  • 自家製オリーブオイル

 「老舗はいつも新しい。」天保元年(1830年)創業の日本を代表する老舗「なだ万」のモットーです。ローマの日本国大使公邸で働く公邸料理人 松田雅俊さんは、なだ万の看板を背負う料理人として、190年の永きにわたり貫いてきた日本料理の正道を守りつつも、イタリアの伝統的な食材を巧みに使いこなして、様々なお客様に心から満足いただける味とスタイルを追求する、質の高いチャレンジに日々取り組んでいます。

 先般、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されました。実はこれに先んじて、イタリアを含む共同4か国の提案により、オリーブオイルを主体とする地中海料理が同文化遺産に登録されています。そのことからも分かるように、イタリア人の「食」に対する意識は非常に高く、かつ、自信があるだけに保守的でもあります。すなわち、中途半端なレベルの外国料理をよしとしない風潮があるのです。
 そうした、ある意味厳しいアウェーの環境下にあっても、日本の老舗が誇る伝統的な調理技法を駆使しつつ、しかし食材にはイタリア特有の産品が使われていることが分かると、お招きしたお客様はそのことを大いに歓迎し、喜び、更には和食に対する敬意を払ってくださるのです。
 代表的なイタリア野菜の調理方法はその一例です。日本では入手が困難な生のポルチーニ茸は、古代ローマの頃から食されているカルチョーフィ(アーティチョーク)などと共に天ぷらに使われます。また、冬の名物野菜プンタレッラ(アスパラガス・チコリ)はサラダではなく煮浸しにといった具合。更に、美食でつとに有名なトスカーナ地方の名産キアニーナ牛や、100kgを超える地中海産の黒マグロといった上質な素材は、松田さんの調理によって会席料理のコースを彩る様々なバリエーションに姿を変えて供されています。小さな、しかし目にも賑やかな個性的な器に盛りつける老舗の伝統的なプレゼンテーションは、常にお客様たちから驚きと大いなる好奇心をもって受けとめられているのです。
 先日、旭日大綬章を授章されたモンティ元イタリア首相の祝賀の席には、先付(ほうれん草と桜エビのお浸し、オマール海老とブロッコリーのからすみ(イタリア産ボッタルガ)和え、ホワイトアスパラと椎茸の胡桃味噌がけなど)、揚げ物(車海老、ヒラメと季節のお野菜の天ぷら)、煮物(キアニーナ牛ロースの治部煮、野菜炊き合わせ)といった日本とイタリアを融合したお品書きを供しました。

 イタリアの食材のもう一つの良さは、その身近さにあります。大使公邸の庭には様々な樹木や植物が植生していますが、イタリアの田舎暮らしで人々が日々そうするように、公邸においても庭のオリーブの樹からとれた実を使い自家精製したオリーブオイルを、日常の調理に使っているのです。また、公邸やその周辺に身近に存在する紅葉、ローマ松、栗、銀杏、柿、南天、ヒバといった様々な樹木の実や葉を、食材や四季折々を表現する盛りつけ用の装飾として常用しているのです。

 老舗の看板が、おもてなしの心を何よりも大切にすることは言うまでもありません。松田さんの料理には、そうした心配りが隅々まで行き届いており、例えば前任地であるニューヨークの国連代表部に勤務していた際、イタリアに帰任する同国の国連代表部の次席代表を公邸にお招きした送別食事会で、イタリア国旗をモチーフにしたデザートを供しました。このイタリア外交官は帰国後イタリア外務省に戻り幹部を務めていますが、先日ローマの公邸に再びお招きした際、「国旗のデザートを作ってくれたシェフですね。」と述べ、日本のおもてなしの心がお客様の長年の記憶に残ることを証明してくれました。

 折しも今年2016年は、日本とイタリアの国交樹立から150周年の節目を迎えています。外交のみならず、文化、芸術、経済など幅広い分野において、日本とイタリアの深い歴史的なかかわりを再認識し、更なる発展を共に目指すためにも、松田料理人の手による食を通じた交流がその大いなる一助になるものと確信しています。

平成28年4月
駐イタリア特命全権大使 梅本 和義

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