外交史料館

令和2年9月1日
(写真1)岐路に立つ外交官ポスター

 外交史料館では、日本外交史上きわめて重要な意見書や在外公館から本省に宛てた意見具申電報を、数多く所蔵しています。
 わが国が直面した戦前期の重要な外交局面において、日本の外交官が国の将来をどのように考え、いかにその信念を訴えたのか。本展示では、現在読み返しても含蓄のある優れた文章であり、学ぶべきところが大きいこれら意見書をご紹介します。

  • 場所:外務省外交史料館別館展示室(地図
  • 開催期間:令和2年9月9日(水曜日)~令和3年1月21日(木曜日)
  • 開館時間:午前10時~午後17時30分(土曜日・日曜日・祝日・年末年始を除く)
    (注)詳細は当館ホームページをご確認ください
  • 入場無料

主な展示史料

日英同盟 外交路線の選択
1901(明治34)年12月7日
日英同盟締結前夜の外交路線選択に関する小村寿太郎外相意見書

 今や欧州列強は或は三国同盟と云い、或は二国同盟と称し、各合縦連衡(がっしょうれんこう)に依りて己れの利益を保護並に拡張しつつあり
 故に我邦に於ても此際断じて協約を結ぶの得策なるを信ず。

(写真2)第1回日英同盟協約 ((注)画像は第1回日英同盟協約)

満州事変 事態拡大への抵抗
1931(昭和6)年11月13日
満州事変拡大に反対する有田八郎駐オーストリア公使意見具申電

 出先官憲が外国領土に在りて広汎なる行動の自由を有する様にては、国策を誤り、国家を危地に陥し入るる結果を生ずべく、誠に憂慮に堪えず。

(写真3) 有田駐オーストリア公使意見具申電

日米交渉 早期妥結の要請
1941(昭和16)年8月18日
「日米交渉」の早期妥結を求めた野村吉三郎駐米大使意見具申電

 今や和戦の分岐点に臨みつつあり。
 此の際、政治の局に在る者は真に国家百年の為に大勇猛心を発揮すべく、一時の毀誉褒貶(きよほうへん)の如きは忍んで之を度外視せざるべからず。

(写真4)野村大使意見具申電

終戦 最後の意見電
1945(昭和20)年7月20日
佐藤尚武駐ソ大使の「最後の終戦意見電」

 救国唯一の方策が卑見の如くならざるを得ずと信ずるが故にして、仮令之が為本使は敗戦主義者を以って非難せらるるも、之を甘受すべきに依る如何なる責任に問わるるも謹んで御受けすべきことを申し添ゆ。

(写真5)佐藤大使意見具申電
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