ブラジル連邦共和国
ジャパン・ハウス サンパウロにおける河野外務大臣の政策スピーチ
本日ここジャパン・ハウス サンパウロでお話しできることを大変光栄に思います。外務大臣としても,私個人としても,今回が初めてのラ米訪問になります。
ここから,今日の午後,G20外務大臣会合への出席のため,ブエノスアイレスに向かいます。先週,アルゼンチンの外務大臣からG20の件で電話がありましたが,話の最後に,今回の私の訪問は日本の外務大臣として24年ぶりのアルゼンチン訪問になるので大変楽しみにしているとおっしゃりました。
さらに,「前回アルゼンチンを訪問した日本の外務大臣の名前もあなたと同じ河野だったのはおもしろいですね」と加えられました。
「大臣,その大臣の名が河野であったのは当然です。彼は私の父です。」とお伝えせねばなりませんでした。1世代に1度の外務大臣訪問。これは改善せねばなりません。私は,財務大臣に,飛び回れる飛行機を買ってもらえるようお願いしています。小さくてもよいですが,長距離を飛べるものでないといけません。
私の父はブラジルにも来ていますが,幸いにして私の前任の岸田氏もブラジルを訪れています。したがって,ブラジルは24年ぶりの(外相)訪問ではありません。父は天皇皇后両陛下に随行しブラジルを再訪しました。訪問の後,両陛下がブラジルでいかに熱烈な歓迎を受けられたか,父から聞かされました。大変感謝しております。また,眞子内親王殿下が日本人移住110周年を祝うためブラジル訪問を予定されていると伺い大変喜んでおります。
先週木曜,私は貴国のヌネス外務大臣を執務室にお招きし,また昼食を共にしました。ヌネス大臣は既に御自身の飛行機をお持ちなのでしょう。 私たちは日伯間の二国間関係とより緊密な協力へのコミットを確認しました。
本年は日本人ブラジル移住110周年に当たります。今日,ブラジルには190万人の日系ブラジル人がおられ,日本には18万人のブラジル人がいらっしゃいます。昨夜,若手の日系ブラジル人の方と懇談した際に最も印象的だったのは,皆さんがこの国で大変活躍されていること,そしてブラジル人であり同時に日本にルーツを持っていることに誇りを持っておられることでした。
我々は,ブラジルの皆さんの日本への信頼が,日本人移住者と日系の子孫の方々によるこの国の地域社会へのたゆまぬ貢献の上にあることを決して忘れません。大変感謝しています。
日本が世界で最初のジャパン・ハウスを1年前にここサンパウロに開いたのはこうした理由からです。我々は,ジャパン・ハウスが,地球の反対側,飛行機で24時間の距離にある両国を結ぶ架け橋となってほしいと考えています。私はドバイ経由で参りましたが,実際27時間かかりました。ジャパン・ハウスは開館以来77万人以上の来訪を得ました。先ほど上の階で数字を確認しましたが,実際は今日時点で78万9千人です。ブラジルの皆さんに日本の魅力ある特色を紹介し,また日本による世界への貢献についてお伝えしています。
そこで,この機会に私から,地球規模の課題とそれに対する日本の取組,さらに中南米諸国との新たな連携のあり方についてお話しし,意見を交換できればと思います。
日本と中南米地域は民主主義,法の支配,人権,市場経済といった基本的価値を共有しています。
これら共通の価値を基礎とした自由主義の国際秩序は,今日の世界の平和と繁栄を導いてきました。
しかし,この国際秩序が今,いくつかの深刻な挑戦に直面しています。発展と繁栄の礎が蝕まれているのです。
我々は,経済成長がその国の民主主義を発展させるものと信じており,この前提の下に,政府援助を通じて世界に貢献してきました。世界は近年素晴らしい経済成長を遂げています。しかし,残念ながら,民主主義国家の数は同様には増えてはおりません。
今,ポピュリストや過激主義者が世界中の政治の舞台を席巻し,いくつかの国では,新たな独裁者が自らの利益のために政府を乗っ取っています。
私はそれでも,真の市場経済は,それが生み出す中間層がゆくゆくは政治的自由を希求するようになることで民主主義をもたらすと信じています。
しかし,国家資本主義はそうではありません。国家資本主義が生み出す新たな階層とは,自らの成功を現政府との結びつきに依存する人々です。自らの成功が既存の体制ないし政府に紐付けられているならば,どうして政府の交代につながりかねない民主主義や自由選挙を求めることがあるでしょうか。
我々は民主主義の旗を高く棚引かせ続けるため,共に取り組む必要があります。
私は1996年に初めて国会議員になりました。その頃,日本は依然農業やその他の脆弱な産業を保護するため,自らの周りに壁を張り巡らせようとしていました。私は今でもシンガポールとの自由貿易交渉を覚えています。シンガポールは小さな国で農業もほとんどないため,日本にとって最初の自由貿易交渉には良い相手だと考えていました。しかし,誰かがたまたまシンガポールに金魚産業があることを見つけたのです。ああ,これは我々の金魚産業の脅威になりかねない。そして,小さな小さな金魚が自由貿易交渉を6か月遅らせたのです。
それから20年が経ち,その間日本は経済的停滞とデフレを経験してきました。そして,苦労して教訓を学んだ日本は,今や世界に自由貿易の保護を呼びかけているのです。
日本と米国は,志を共にする国々と共に,貿易と投資の新たな国際秩序,そして21世紀のアジア太平洋地域に相応しい経済のルールの構築に取りかかりました。それはこの地域に新たな戦略的秩序を生み出すことでもありました。
安倍政権と与党自民党は,多大なる政治資本を投じて,農家やいくつかの産業に対し,この国の生産性を向上させたいのならば,もはや経済を閉ざしてはいられないと説得しました。
トランプ政権が逆戻りを決めた時には我々は大変衝撃を受けましたが,11か国はアジア太平洋地域に自由貿易の福音を広めることを決意しました。
TPP11はまもなく発効します。その名に「環太平洋」を冠していますが,協定には地域要件はありません。米国を協定に復帰させるために名前を「環太平洋(トランス・パシフィック)」から「トランプ・パシフィック」に変える必要があるかもしれませんが,英国は既にTPP11参加への関心を示しています。ブラジル,そして中南米諸国からの参加も歓迎したいと思います。
我々は今,自由貿易体制の土台となってきたWTOと緊密に取り組んでいくことがいかに必要かということについて,米国と話しています。WTOが,電子商取引や知的財産権等いくつかの改善や更新を必要としていることも事実ですが,我々はやり遂げることができると確信しています。
依然,所々で保護主義や内向きの傾向が見られますが,自由で開かれた国際経済体制こそ,世界の繁栄を約束するものであるとの日本の確信はいささかも揺らぎません。
経済のグローバル化やイノベーションの進展が,拡大する不平等による社会的不満や不安をもたらしていることは事実です。しかし,独裁やポピュリズム,過激主義や保護主義は本当の答えにはなり得ません。
日本と中南米諸国の通商関係は近年著しく拡大しています。中南米における日本企業の拠点数は過去5年でほぼ倍増し,日本企業のグローバルバリューチェーンの強化に貢献しています。
パナマ運河やマゼラン海峡を擁するラ米は,海上交通の戦略的要衝に位置しています。日本と中南米諸国は共に海の恩恵を享受しているのです。我々は,国連海洋法条約に反映されたものを含む普遍的に認められた国際法の諸原則に基づいた,自由で開かれた海洋秩序を維持するため共に取り組まねばなりません。
日本は今,アフリカ東岸から中東・インド亜大陸・ASEAN諸国・太平洋の島嶼国・オーストラリア・ニュージーランドを介し南北米州大陸の西岸に至る地域に,法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序を維持しようと取り組んでいます。
我々は,例えば質の高いインフラによる連結性の向上や法執行・テロ対策・災害対応の能力構築等を通じ,自由で開かれたインド太平洋を国際公共財とすることで,国際社会の安定と繁栄を確保することを目的としています。このような考え方を共有できるのであれば,いずれの国とも協力が可能です。
ラ米とアジアがより強く結びつけば,これまでにない機会と可能性が開けるでしょう。
皆さんの強い支持と協力を期待しています。
日本と中南米諸国の協力の歴史は,持続可能な開発の一つのモデルを示しています。
例えば,1979年に始まった日ブラジル間の共同プロジェクトであるPRODECER(プロデセール)は,ブラジル中西部のセラード地域を南半球最大の農業地帯へと開拓し,ブラジルを大豆の穀倉地帯に変えました。これは「セラードの奇跡」と呼ばれ,ブラジルの社会・経済発展のみならず世界の食糧安全保障にも貢献しました。
そして,それはそこに留まりません。今日,持続可能な開発の精神は大陸を越えて拡大しています。今や日本とブラジルは,共有された経験から得た知識を提供することで,モザンビークやアンゴラのような他国の持続可能な開発を促進しているのです。我々は,中南米とのパートナーシップが世界の他地域の発展のために積極的な役割を果たすことを期待しています。
北朝鮮の核・ミサイル開発は国際社会の平和と安全保障に対する共通の脅威です。日本は,先月の南北首脳会談で確認された北朝鮮のる完全な非核化に向けた意思を歓迎します。
しかしながら,我々の共通の目標である北朝鮮のCVID,すなわち生物・化学兵器を含む全ての大量破壊兵器及び,あらゆる射程の弾道ミサイル及びその関連施設の,完全な,検証可能な,かつ,不可逆的な方法での廃棄の実現にはまだほど遠い状況です。
米韓合同軍事演習は5月11日に始まりましたが,北朝鮮は明らかにそれを承知していました。5月15日に北朝鮮は次回の高官級会談開催についての韓国政府の打診を受け入れ,翌日の開催を提案しました。ところが翌早朝になって,米韓合同軍事演習を理由に会合をキャンセルしました。つまり,北朝鮮は既に駆け引きを開始しているのです。
来月にシンガポールで予定されている来る米朝首脳会談を通じ,北朝鮮に我々の目標に向けた具体的な行動をとらせるためには,国連安保理決議に基づく経済制裁を通じた北朝鮮に対する圧力を維持しなければならず,制裁緩和のタイミングを誤ってはなりません。
国連安保理は北朝鮮に対する制裁のように重要な意思決定を行っています。しかし,安保理は今日の世界の現実を反映していません。
我々の安全保障上の関心事により効果的に対処するには,安保理を21世紀の国際社会の現実を反映したものに改革する必要があります。日本はG4のメンバーとして,ブラジルと極めて緊密に協働しており,我々の共通の目標達成のため,他の中南米諸国ともより緊密に協力する用意があります。
来年,日本はアルゼンチンからG20の議長を引き継ぎ,チリはAPECを主催します。日本と中南米は,国際場裡においてますます大きな役割を果たし,協力していくことになるでしょう。
日本と中南米諸国は新たな連携の段階に入ろうとしています。地球規模の課題に対処するため,日本は志を共にする国々とのネットワーク形成を追求しています。改めて,メルコスールや太平洋同盟,カリコム,SICAといった地域及び準地域機関を含む中南米諸国との連携を求めたいと思います。
共通の価値の共有,そして100年以上の長きにわたる友好関係に基づき,安倍総理は2014年のラ米訪問時に,「発展を共に(progredir juntos)」「主導力を共に(liderar juntos)」「啓発を共に(inspirar juntos)」からなる中南米との協力のための3つの指導理念を発表しました。
我々は,この「共に(juntos)」に基づき関係を拡大したいと思います。
最後に,今後日本の外務大臣がブラジルをより頻繁にそして定期的に訪れることを約束しつつ,感謝と未来の関係に向けた希望と共にスピーチを終えさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。