
APECシンガポール首脳会議(概要と評価)
平成21年11月15日
11月14日及び15日、シンガポールにおいて、第17回APEC首脳会議が開催された。シンガポールのリー・シェンロン首相が議長を務め、我が国より鳩山総理が出席したほか、オバマ米国大統領(15日のみ)、胡錦濤・中国国家主席、メドヴェージェフ・ロシア大統領を始め、APEC各エコノミー首脳が参加した。
I.議論の概要
2日間にわたった首脳間の議論の概要については、以下のとおり。
1. 地域経済統合(14日)
- (1)「地域の連繋強化」に焦点を当て、ボゴール目標(注)の達成、アジア太平洋の自由貿易圏(FTAAP)構想の検討、貿易・投資の自由化・円滑化等について議論が行われた。
- (2)鳩山総理より、以下のとおり発言した。
1)保護主義を抑止するとともに、ドーハ・ラウンド交渉の2010年の妥結に向け、強いメッセージを発していくことが必要、2)明年はボゴール目標を先進エコノミーが達成すべき年であり、議長として、透明性及び信頼性の高い評価プロセスのための作業を進める、3)FTAAP構想を含む地域経済統合の取組を更に前進させるため、他のメンバーとよく議論して、その姿を描いていきたい、4)ビジネス環境の円滑化を重視するとともに、人間の安全保障や、人材育成を中心とした経済・技術協力に重点を置く、5)2011年の議長の米国とも連携して、APECの再構築を図り、新しい価値を見出すために全力を尽くす。
- (3)ドーハ・ラウンド交渉について、他の首脳からも非農産品市場アクセス(NAMA)、農業に加えて、サービス、ルールといった面でも交渉を促進し、来年早い段階までに具体的な進展を図るべきとの意見が多く述べられた。保護主義への対抗についても、多くの首脳から、最近の動きに懸念の表明があり、これまでのコミットメントを遵守すべきであるとの意見があった。
- (4)地域統合のあり方については、多くの首脳より、明年の先進エコノミーのボゴール目標達成の重要性の指摘があり、議長を務める日本への期待が表明された。また、FTAAP構想の実現に向けての今後のあり得べき道筋について議論を開始すべきとの発言があったほか、これまでのいくつかの地域的な取組や二国間の経済連携協定の統合を図ることによって地域全体に自由化が進むという意見もあった。この関連でTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への関心が表明された。
- (5)また、輸送等サービス分野での取組を発展させるとともに、投資、円滑化、人の移動といった分野についても取組を強化すべきとの意見もあった。域内の連繋強化や国境を越えた円滑化の取組についても、電子商取引、原産地規則等、より具体的な成果を目指し、日本年に向けて取組を強化していくべきとの意見が多数あった。ビジネス環境改善のプロジェクトが開始されたことを評価する意見があった。また、PPP(Public-Private Partnership)の活用によるインフラ整備についても、いくつかの首脳からこれを支持する発言があった。
- (6)来年日本で開催する食料安全保障に関する大臣会合への期待が複数のエコノミーから表明されたほか、人間の安全保障の重要性を強調する発言があった。
(注)ボゴール目標:1994年11月、インドネシア(ボゴール宮殿)でのAPEC首脳会議にて採択された宣言において掲げられた、先進エコノミーは2010年までに、途上エコノミーは2020年までに、自由で開かれた貿易及び投資を達成するという目標。
2. 成長の持続(15日)
- (1)経済危機からの回復と長期的な成長の確保に向けて、「均衡のとれた成長 (Balanced Growth)」、「あまねく広がる成長(Inclusive Growth):社会的側面への対応」、「持続可能な成長(Sustainable Growth):環境・エネルギー分野への配慮・取組」について議論が行われた。
- (2)鳩山総理より、「持続可能な成長」に関するリード・スピーカーとして、以下のとおり発言した。
1)我が国経済は内需主導の経済に転換するよう努めており、アジア太平洋地域各国の間でウィン・ウィンの関係を築くことが大切、2)成長概念の再構成が求められており、「人間のための経済」への転換を提唱している、3)優れた技術を活かして途上国に対して資金的、技術的支援を行う用意があり、4つの原則を「鳩山イニシアティブ」として国際社会に問う、4)イノベーションを活用した「緑の産業」が国境を越えて活躍できる環境の整備や、省エネピアレビューを推進する、5)「持続可能な成長」を柱とした新たな成長戦略を作ってまいりたい。
- (3)他の首脳より、「持続可能な成長」に関する鳩山総理の発言を支持する意見が出された。また、COP15に向けた国際交渉の進展のためにAPEC各エコノミーが更なる努力をすべきであるとの意見が多数出された。緑の成長を達成するために、グリーン・テクノロジーの重要性を指摘する声や、APECが能力構築のために具体的な取組をしていくことが重要との発言があった。
- (4)「あまねく広がる成長」について、現下の経済危機の反省を踏まえ、より社会的側面を重視し、成長の果実が広く行き渡るようにするためにも、これが極めて重要との声が聞かれた。また、ソーシャル・セーフティネット構築を始めとする社会政策に取り組み、消費の底上げをすることが重要との発言があった。
- (5)さらに、イノベーションや研究開発、デジタル・エコノミー、電子商取引の重要性など革新的成長(Knowledge-based Growth)について支持する旨意見があった。また、エネルギー・セキュリティについての言及もあった。
- (6)今後はAPECの経済・技術協力活動の大きな柱としてこれを位置付け、具体的なプロジェクトにつなげていくことが重要との発言があり、この点に対する日本への期待も多くあった。APECの取組として、中小企業への支援、職業訓練の問題、食料安全保障等が重要との意見があった。
- (7)この地域において、より内需を拡大し、均衡のとれた成長を達成するために、「あまねく広がる成長」、「持続可能な成長」を含めたより包括的な成長戦略を作るべきことについては意見の一致があり、この点についての日本への強い期待が示された。
II.会議の主要な成果
2日間にわたる議論の後、首脳会議宣言「成長の持続と地域の連繋強化」(骨子・英文(PDF)
)及び首脳声明「21世紀におけるアジア太平洋の連繋のための新たな成長パラダイム」(骨子・英文(PDF)
)が発出された。今回の会議の主要な成果は、以下のとおり。
- 経済回復の足取りがいまだ堅固ではない中、持続力のある経済回復が確保されるまで、我々の経済刺激策を維持すること、危機後の変化した状況に対応した新たな成長パラダイムを作成することが必要であることについて合意された。
- 2010年に「あまねく広がる成長」の検討を更に進め、構造改革と中小企業の発展、雇用創出及びソーシャル・セーフティネットの発展のための能力を構築する多年度プログラムを発展させるよう、閣僚及び実務者に指示された。
- 「持続可能な成長」について、気候変動がもたらす脅威に対応し、国連気候変動枠組条約の範囲内で、コペンハーゲンで野心的な成果を出すことを目指して取り組むとの我々のコミットメントが、再確認された。また、環境物品・サービスに関する貿易・投資を促進するための作業計画の重要性が確認された。
- 保護主義への対抗のコミットメントの遵守を引き続き定期的にレビューするとともに、ドーハ開発アジェンダ交渉妥結に何が必要なのかを検証し、2010年の早い時期までに状況を評価するよう、閣僚に指示された。
- ボゴール目標へのコミットメントが再確認されるとともに、先進エコノミーによる同目標の達成を評価し、明年報告するよう、閣僚及び実務者に指示された。
- アジア太平洋の自由貿易圏(FTAAP)構想を実現する様々な方法の探求の成果について、明年閣僚及び実務者から報告を受けることが期待された。また、サービス、デジタル・エコノミー、投資、貿易円滑化、原産地規則等の地域経済統合における鍵となる分野における取組を進展させるよう、実務者に指示された。
- ビジネスの実施に関する5つの中心的分野におけるコストを2015年までに25パーセント、2011年までに5パーセント改善するという目標や、地域のサプライ・チェーンにおける連結上の問題点への対応について合意された。
III.会議の評価
- 経済危機からの回復と中長期的な成長の確保に向けて、APEC全体としての包括的かつ長期的な成長戦略の策定が必要であるとの認識が共有された。その重要な要素である「均衡のとれた成長」、「あまねく広がる成長」、「持続可能な成長」については、2010年に具体化されることとなった。我が国は、議長としてリーダーシップを発揮し、これらの議論をまとめていく必要がある。
- エネルギー・環境問題を含む、気候変動への対応を始めとした「持続可能な成長」に関する鳩山総理のリード・スピーカーとしての発言について、多くの賛同の意見が述べられたことは、有意義であった。
- また、WTOドーハ・ラウンド交渉の2010年妥結と保護主義への対抗へのコミットメントについて、APEC首脳としての強い決意を改めて表明したことは、国際社会に向けた強いメッセージとなり、評価できる。
- 気候変動がもたらす脅威に対応し、コペンハーゲンで野心的な成果を出すことを目指して取り組むとのコミットメントが再確認されたことは、評価できる。なお、鳩山総理は、15日朝に国連気候変動枠組条約COP15の議長であるラスムセン・デンマーク首相及びAPECメンバーの首脳との気候変動問題に関する朝食会に参加した。
- 先進エコノミーのボゴール目標達成の評価、FTAAP構想の実現に向けたあり得べき道筋の検討、域内の連繋強化や国境を越えた円滑化の推進、包括的な成長戦略とその具体的プログラムの策定、人間の安全保障の強化等が明年の課題となる見込みとなった。明年の議長である我が国への強い期待が表明されたことを踏まえ、2011年の議長である米国や他のエコノミーとも連携して、これら課題への対応について議論をリードしていく必要がある。
- また、今次APECの機会に、鳩山総理は、ABAC(APECビジネス諮問委員会)との対話に参加し、ABAC委員との直接の対話を行ったほか、地域のビジネス指導者が集うAPEC・CEOサミットにおいて、日本の総理として初めて講演を行った。これらは、APECの強みである民間との連携を深めるものであり、APECの意義を高めるものとして評価できる。