気候変動
外務省主催「気候変動分野の透明性に係るキャパシティ・ビルディング・セミナー」サマリー
昨年の第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)においてパリ協定が採択されたことを受け,「気候変動分野の透明性に係るキャパシティ・ビルディング・セミナー」がインドネシア・バンドンにおいて開催され,6か国,1国際機関から合計37名が参加しました。同セミナーの目的は主に二つです。
第一に,各国が自主的に決定する貢献(INDC)(注1)を途上国が排出削減行動をとるために不可欠となる排出削減目標(NDC)に変えていく過程において,途上国の抱える問題や求められる方策を特定することです。第二に,先進国や国際機関が提供可能な支援について議論することです。参加者は,途上国がパリ協定下で新たに担うことになった義務を履行するために,能力向上(キャパシティ・ビルディング)はどのようにあるべきかを話し合いました。
(注1)各国の温室効果ガス排出削減目標のこと。2013年のCOP19において,全ての国に対し,2020年以降の削減目標に関する「自国が決定する貢献案(INDC:intended nationally determined contribution)」をCOP21に十分先立ち作成することが招請された。
議論の結果,主要な点は以下のとおりです。
ゼロ・エミッション(注2)に向けた低炭素社会への転換や低炭素発展には,従来の技術システムや社会制度を前提としたアプローチが当てはまらないことが少なくありません。こうした新しい状況においては,特定の地域や状況下にある個人またはグループの新しい発案及び行動を喚起するボトムアップの動きが大きな転換を引き起こす力となります。先進国からの一方的な知識及び技術の移転という図式ではなく,先進国と途上国との協働を通し,途上国の自発的な成長を引き出す方法で,先進国として低炭素成長に向けたキャパシティ・ビルディングに取り組む必要があります。
(注2)温室効果ガスの排出がない状態のこと。
パリ協定下での低炭素発展に向けたキャパシティ・ビルディングのあり方に関しては,第一に,各国が自主的に低炭素社会に向かうための科学知識基盤(情報,データ,手法及び専門家コミュニティ),人的基盤(政府から市民社会に至るステークホルダー内の人的資源),制度的基盤(政策担当部署,キャパシティ・ビルディング機関及びシステム)の全てが,キャパシティ・ビルディングの展望を最大化するために強化されることが不可欠です。各国の政策立案者は,一連の排出削減の取組の中で,必要な対応策を見出すための科学的な手法を確立し,様々なステークホルダーに行動を促すとともに,かかる行動を効果的に前進させるための制度や機構を作ることが求められます。また,政策担当者は,ステークホルダーとの連携の下,資金を配分し,かかる取組を時間とともに発展させるための戦略の策定に従事しなければなりません。
第二に,NDC達成のための行動計画とその実施との間に依然として大きなギャップが存在することから,途上国がNDCの実施やその強化において着実な進展を遂げられるよう,先進国と途上国との連携を強化することが必要です。例えば,途上国が先進諸国及び開発銀行からの資金にアクセスし,先進的技術や発展の機会を享受できるよう,技術的及び制度的変革を含め,知見や経験の共有に効果的な知識ネットワーク,コミュニケーション・ツール,高度な学術教育,国際科学プログラム,R&D協力などを先進国が提供することが重要です。
第三に,キャパシティ・ビルディングの対象を拡大していく必要があります。例えば,NDCの強化とその定量的な評価には,正確な排出量の特定が欠かせない政策基盤となります。しかしながら,温室効果ガス排出・吸収インベントリ(注3)が必要な範囲はそれにとどまらず,都市の低炭素化プロセスにおける長期計画の策定及び評価,産業やビジネス・サプライチェーンにおける炭素価格付けの計算基盤としても不可欠になっています。そのため,国単位の統計だけでは収まらない幅広い分野での確実なデータ蓄積とその利用促進が必要とされています。
(注3)温室効果ガスの排出量及び吸収量の実績を排出減・吸収源ごとに示した目録。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)において締約国に報告が義務付けられている。
第四に,キャパシティ・ビルディングのプロセスは,適切なフォローアップやメンテナンス過程を含め,キャパシティ・ビルディングを進める優先分野を考慮しつつ,5~10年の長期を念頭に置く必要があります。キャパシティ・ビルディングが必要とされるレベルは,政策レベル,インフラレベル,事業レベル及び市民行動のレベルに分けられます。緊急性を考慮すれば,あらゆるレベルで同時にキャパシティ・ビルディングを進める必要がありますが,まずは政策レベルにおいてトップダウン方式で前進することが重要です。パリ協定で定められたNDC政策の強化,長期戦略の策定,政策の透明性の強化(PDCA,ストックテイク(注4)措置等) を主軸とする国の計画策定や政策実施への支援を急ぎ,他のステークホルダーに国が進む方向を提示することが不可欠です。同時に,急速なインフラ投資による炭素集約型の都市への固定化を避け,また,脆弱性評価や気候変動適応への対応をも踏まえた,地方自治体における迅速な方向転換のためのキャパシティ・ビルディングを支援する必要があります。都市は,中央政府から独立した意思決定が可能であり,低炭素対応を現実の世界にもたらす潜在性を備え,低炭素への取組における高い効果によって特長づけられます。そうした長期的な方向性と政策実施の展望があれば,民間セクターの産業,ビジネス及び金融は,安心して低炭素未来を志向したプロジェクトや投資を進めることが可能となります。
(注4)世界全体でのパリ協定の実施状況に関する確認(グローバル・ストックテイク)。
第五に,例えば,二国間クレジット制度(JCM)(注5)など,日本のパートナー国との連携を通じたさらなる実際的なキャパシティ・ビルディングについても考察されるべきです。日本は,途上国への優れた低炭素技術・製品・システム・サービス・インフラ等の普及や対策実施を通じ,温室効果ガスを削減・吸収し,削減目標の達成に貢献しています。こうしたJCMの各段階における途上国での個別実際的なキャパシティ・ビルディングも効果的です。同じく,気候行動の測定,報告及び検証を含む重要な教訓や有益なインフラは,国連のクリーン開発メカニズム(CDM)からも参照することができます。
(注5)二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)とは,途上国への優れた低炭素技術・製品・システム・サービス・インフラの普及等を通し,途上国の持続可能な開発に貢献する日本の取組。2016年10月現在,16か国との間でJCMを実施している。
第六に,旧来型の「知識移転,トレーニング,技術移転,資金提供」といったキャパシティ・ビルディングのモデルから早期に脱却し,先進国と途上国との協働により,途上国の自立とリープフロッグ型発展(注6)を支援する新たなモデルが提唱されるべきです。日本はアジアに向けてこうした形での支援を進めてきており,その結果,アジア自身の気候対応能力が既にかなりのレベルにまで高まっています。今後は,こうしたリープフロッグ型の発展を促す支援をアジア諸国に限らず,世界各地において展開することが重要です。
(注6)経済発展により生活レベルを向上させながらも,低炭素社会・循環型社会・自然共生社会を同時に達成することを「一足飛び(リープフロッグ)」型の発展と呼ぶ。
最後に,それぞれの国内において,キャパシティ・ビルディングで重要な役割を担う知識基盤,研究者及び専門家のコミュニティが堅固に備わっていることが必要です。低炭素社会の構築はそれぞれの国がたどる発展経路を決めることでもあり,したがって,各国が低炭素化に向けた知識基盤を強化し,政策作りを進めるにあたりオーナーシップをもつことが必要です。こうした知識コミュニティが,各国が自分で低炭素発展に向けたキャパシティ・ビルディングを発展させる体制を作りながら主導し,支援していくことが不可欠です。