3.3.2 産業構造と改革の動向
ここでは、最初に、国営企業の改革、日本企業の動向、産業育成方向と立地動向について現状を分析しておく。
(1)国営企業の改革
国営企業は、工業生産において重化学工業を中心に約70%のシェアを持ち、また国家歳入の約50%を占めるなど重要な役割を担っている。しかしながら、経営状況をみると、1990年代になってその約40%が赤字経営に陥るなど改革が不可欠となっていた。
1990年に約12,000社に及んだ国営企業は、1991年以降、株式化、再登録グループ化といった改革の動きの中で大きな変容を遂げている。
国営企業に対しては、国際価格以下での輸入財の供給停止、財政からの出資や補助金とりやめ、低利融資の停止、民間企業の参入許可などのリストラ策が1987年から1991年にかけて打ち出された。1992年以降は、各国営企業の生産体制や製品、収益状況をチェックし、国営企業としてふさわしくないとみられる協同組合形式をとるものや不採算企業などを解散や整理統合してきている。これまでに約2,000社が解散、競売され、約3,000社が統合された結果、2000年時点で国営企業の数は約6,000社(中央政府管理1,800社、地方政府管理4,200社)にまで削減されている。政府はさらに、2003年までに1,800社の国営企業を株式化、合理化、閉鎖などによって減少させるとしている。
国営企業の株式化は(equitization、民営化という言葉は使用されていない)1992年以降試行されてきたが、関連法規の未整備や現場での改革に対する抵抗もあって、実際の企業への導入は大幅に遅れている。国営企業の株式化について、政府は最近まで1,000社を目ざすとしているが(実施済み540社)、一方で政府が工業化の中核を担うのはあくまで国営企業であるとの基本方針を打ち出していること、証券取引所をはじめとして関連の法制度・システム整備の遅れ、株式化にあたっての企業資産の評価がむずかしいこと、国営企業の既得権益、金融面での国営企業優遇、株式化後の独立採算に対する経営者の自信の欠如、などもあって、今後についても有力企業、大手企業をはじめとして株式化に対して消極的な企業が多くを占めている状況には変わりない。
なお、民間セクターの育成に関しては、2000年にようやく企業法が施行され、法制度面でも大きな進展をみた。企業法の狙いは経済発展のために民間活力を活かそうとするもので、行政手続きの簡素化、企業設立の許認可制の廃止等が含まれている。200業種のうち145業種について企業設立のライセンスが不要となり、2000年だけで14,000社の企業が新設されている。
(2)戦略産業の育成
工業省は、ベトナムをASEANの中の自動車、二輪車部品の供給基地として育成していく戦略を表明してきた。政府は部品メーカーの進出を促進する狙いから、進出中の自動車、二輪車メーカーに対し、乗用車部品のローカルコンテント(価値ベース)を5年で5%、10年で30%、二輪車では同じく2年で5~10%、5~6年で60%と義務付けている。また、輸出すると同時に自社で外貨の調達をはかること、部品メーカーの進出は組立てメーカーのように必ずしも合弁形態でなくてもよい、したがって輸出加工区や工業団地への進出も奨励する、としている。
政府は、1991年以降、主要戦略産業である自動車での外資との合弁を認可し始めたが、日、欧米、韓国メーカーなど合わせて14社が同国市場に参入している。このほか委託生産での参入組もあり、乗用車、商用車合計でわずか2万台程度と推計されている同国の自動車市場に、当面の生産計画3万5千台を持つ十数社が競合することになる。政府は、自動車に関して当初3~4社のみ認可するとしていたため、各メーカーが競ってベトナム進出を申請しこのような結果となった。2000年の自動車保有台数は65万台と推定されている。
二輪車に関しては、保有台数が650万台にのぼり、新車市場(完成品及びCKD輸入合計)が約40万台、中古車市場が約40万台で合わせて年間80万台の市場がある。メーカー別では、ベトナムでは二輪車をホンダと一般に呼ぶほどホンダのシェアが高く現状約80%に達している。他方、近年は日系メーカーの約半値という低価格を武器に中国製バイクがシェアを急速に高めてきており、日系メーカーもこれに対抗して、低価格の新機種の販売を開始するなど市場での競争は激化している。
他方、電気・電子機器メーカーに関しても、大手各社がほぼ出揃ってベトナム進出をしている。1995年前後から、それまでの委託生産から合弁に切換え、本格的な生産をスタートさせているところが多い。
電気・電子機器分野での政府のローカルコンテント規制は、2年で20%(価値ベース)となっており、3年目以降も段階的に引上げることを義務付けている。しかしながら、これに対応して部品や資材を供給可能な現地企業は技術レベル的に極めて限定的であること、また、外資部品メーカーの進出も需要量が量産レベルに達していないことから、現状進出メーカーの経営上、部品の現地調達は大きな課題になっている。
さらに、AFTAによる貿易自由化の流れのなかで、テレビ・部品などの輸入関税も大幅に引き下げられてきているほか、中国からの低価格品の流入もあり、部品の現地調達を引き上げられるか否かはベトナムで生産展開をする大手組立メーカーにとっても将来の生存を揺るがしかねない重要な問題でもある。
(3)輸出加工区への企業立地
輸出加工区(EPZ)は、1991年の輸出加工区法に基づきベトナムでの創設がスタートした。外国投資法で輸出加工区は「輸出品の生産と輸出品の生産活動に関するサービス業務の提供を専業とする地区で、政府により区画され、もしくは区画することを許可された地区をいう」(第2条)と定義されている。
輸出加工区への立地メリットとして、(1)税制面での優遇(法人税、利益送金税、関税など)、(2)基礎的インフラ面の整備、(3)100%外資での進出可能、(4)進出手続のワン・ストップ・サービスなどがある。
一方、輸出加工区においては、(1)現金でリース料を支払う必要があり、一般に手持ちの資金にゆとりがなく、土地の現物出資によって合弁事業を行うのが通常であるベトナム企業の進出は困難なこと、(2)国内販売に関しては輸出扱いとなり関税が、また、国内からの資材、部品などの調達にも輸出税が課されることになる。
輸出加工区は、100%外資で原材料や、部品などを海外から持ち込み加工したのち輸出するという投資パターンには適しているものの、過去の投資プロジェクトをみると、ベトナム企業との合弁事業や内需指向型のプロジェクトが多く、その結果、輸出加工区への立地も限定的であったと言える。なお、製造業の投資規模に関する条件は100万ドル以上となっており、中小企業の投資向きにもなっていなかった。
これまで、北部のハノイ1カ所、ハイフォン1カ所、中部のダナン1カ所、南部のホーチミン2カ所、カントー1ヶ所、ドンナイ1ヶ所の7つの輸出加工区の開発が実施されてきたが、ホーチミンのタントゥアン及びリンチュンの2カ所以外では成功しているとは言いがたい状況にある。輸出加工区までのアクセスの悪さや開発主体の資金不足、運営ノウハウなどソフト面の不足、企業誘致の失敗などから、ハノイ、ダナン、カントーなどでは企業立地は進展していない。ベトナムの輸出加工区は、タイ、フィリピン、インドネシアなど近隣のASEAN諸国との比較で、インセンティブ面でも特に優れた条件となっていないほか、インフラの整備水準、都市機能へのアクセスなどの点でも劣勢に立たされており、こうした点も企業誘致を困難にしている。このため、これらの輸出加工区では政府のガイドラインに従って、工業団地への転換といった見直しがはかられている。
(4)輸出加工区から工業団地への転換
1995年、政府は輸出加工区プロジェクトが遅々として進まない現状をレビューし、輸出加工区から内需指向型立地を中心とした工業団地(IZ)(工業区とも表記される)への転換をはかるガイドラインを発表した。
工業団地は、輸出加工区との比較で、立地企業にとっては、税制面などでインセンティブが弱いものの、基礎的インフラの整備状況、100%外資での進出、進出手続きのワン・ストップ・サービスといった点で輸出加工区に見劣りしない。
他方、国内市場への販売、また国内企業からの調達や委託生産なども自由に行えること、輸出企業の場合は個別に保税工場としての認定が受けられること、などのメリットがある。また、開発主体側にとっても、輸出義務など団地進出適合案件としての制約条件が少なく、企業誘致上有利となっており、最近では輸出加工区としてよりも工業団地としての開発(もしくは工業団地の一部に輸出加工区を設置)がベトナム工業基地整備の基本的形態となっている。
日系企業が合弁で現在開発しているノムラ・ハイフォン(ハイフォン、野村証券)、タンロン(ハノイ、住友商事)、アマタ(ドンナイ省、伊藤忠)、ロンビン(ドンナイ省、日商岩井)などもすべて工業団地としての規準で整備されている。
1991年に初の輸出加工区としてタントゥアンが、また1994年に初の工業団地としてノムラ・ハイフォンが認可されているが、これらを含め現在までに全国で約70の輸出加工区及び工業団地が認可されている。全体の入居企業数は認可申請中も含め300社に達しているが、タントゥアンの150社、ビエンホア第2の90社の2カ所に日系企業をはじめとして立地が集中しており、他への立地は少ない。このほか、最近ではIT関連の産業立地を促進するためのハイテク区の建設もスタートしており、ハノイ近郊ではホアラック・ハイテク区が、ホーチミンではクアンチュン・ソフトウエア・パークなどが始動している。