3.1 タンザニア側の実施体制
3.1.1 新しい援助環境下でのタンザニアの援助実施体制
新しい援助環境としてのSPは、セクター全体を対象とする首尾一貫した開発政策を実施するため、ドナーが協調することによって効果を高めるものである。SPや援助協調は、タンザニアを含むアフリカの貧困国にとって、乏しい援助吸収能力に対するドナーの援助競合状態「援助の集中砲火(aid bombardment)」への対応として生まれたものと言える。51
TASやPRSP を実施するためのSP、コモン・バスケット、財政支援、援助協調はタンザニアに対する経済協力の新しい枠組・様態として必要性が認識されつつある。TAS・PRSPを含めたタンザニアの開発政策の枠組と、政策を実行するための予算書であるMTEF、そして実際にセクター別開発計画を実行するためのコモン・バスケット等の援助形態の関係を示したものが図1である。
開発政策を実施するに当たって、受入国の財政的基盤を固めるために、図1に示されたPER・MTEF等の財政的な枠組が必要となる。タンザニアでドナー協調による援助の必要が叫ばれたのは、各国が個々に援助プロジェクトを実施してはタンザニア政府がプロジェクトを把握できず、逼迫した国内財源のなかからローカルコストが負担できないことが問題であった。タンザニア政府がプロジェクトを把握していないため援助終了後有効な措置をとれず、自立発展が不可能となってプロジェクトの効果が持続しないケースもある。受入国側の予算管理能力を養成し、財政へのオーナーシップを高めることも、PER・MTEFの目的の一つであり、PER・MTEFを効果的に利用することによって、コモン・バスケット、財政支援によって生じる資金のファンジビリティをチェックすることもできる。
援助資金の投入により、受入国の一般会計に余裕が生じることで、ファンジビリティが発生した場合、これを開発計画に有効に活用することもできる。ただ、一般会計であるためにドナー側はその使途をチェックできないため、余裕資金が軍事支出や汚職等ドナーの望まない用途に使われることがある。したがって、ドナーが受入国政府の歳出管理に深く関わり、政府の政策決定に与える影響力を強化することが予想される。若しくは、ファンジビリティを避けるために、バスケット資金の使途を特定の目的に限定するイヤーマーク方式を採用する可能性もある。
図1 タンザニアにおける開発政策実施の枠組 |
![]() |
こういったドナーの介入が過度になると、受入国のオーナーシップを阻害する危険性もある。コモン・バスケットや財政支援は、ドナーの協調を高めることで援助活動の分散を解消し、受入国側のセクター全体に対する資源と情報の把握を促進させる形で、オーナーシップにつながるとも考えられる。しかし、受入国側の公共支出管理に関するキャパシティがなければ、様々な制約が課されることになりオーナーシップの醸成もなされないことになる。ここに、援助資源を有効活用させるキャパシティを向上させるだけでなく、その使途に関する人材と組織的、制度的なキャパシティを向上させる必要性がある。
タンザニア政府の組織的・制度的・財政的キャパシティが不足している現状は、各セクターで行われているセクター別開発計画においても指摘できる。一般に、SPが円滑に進捗するには、被援助国側に十分な国家予算を確保できる状態、組織、制度が存在することが必要である。52 以下、各セクターに見るように、タンザニアではこれらの条件が十分に備わっているとは言えない。
タンザニアの貧困削減戦略の中で重要な位置を占めている教育セクターではEC、DfID、及びIrish Aidが1997年ごろから協調を行っており、技術協力を中心とするバイの援助プロジェクトが行われた。しかし、教育セクターでは、マルチの援助としてバスケット・ファンドが検討され、県レベルでのバスケット・ファンドが実施されている。53
教育セクターの財政は中央・地方政府や、ドナー、NGO、コミュニティ、生徒の両親等、多様な関係者の拠出から成る。表2に示されるように、このうちドナーからの財政支援は、初等教育を中心に大きな割合を占めている。教育セクター開発プログラム(EdSDP)に従って、多くの県では教育活動への融資を取り付けるために必要な県教育信託基金が設立された。教育基金は政府予算から独立しており、教育関連組織の積極的な参加に支えられている。機能は、資金の動員に加え、受益者を含めた関係者への資金配分であり、その重要性が認識されている。しかし、県レベルでは資金管理と基金による活動の影響評価に関する能力が不足している。
ドナーからの財政支援は、教育省を通じてなされる分と、政府の会計を通らずに県に直接拠出される分がある。教育省を通じた支援は63%を占めている。教育省を通らずに県に直接投入される資金は、比較的財政状態のいい県に優先的に拠出される傾向がある。また、大学等の高等教育機関への支援は教育省ではなく、科学技術・高等教育省(MSTHE: Ministry of Science, Technology, and Higher Education)を通じてなされる。教育セクターでの開発支出の自己負担率については、ドナー拠出額が政府拠出の約5倍(1998/99年度;国外負担約83億TShs、国内負担約16億TShs)にもなり、自己負担の低さが目立っている。(表2参照)この傾向は教育省に限ったことではないが、自国財源の逼迫はプロジェクトのローカルコスト負担を圧迫し、プロジェクトそのものを破綻させかねない。その解決策として、政府の一般会計へ資金を直接投入するコモン・バスケットや財政支援が考えられるが、上述のとおり県レベルの資金管理・評価のキャパシティが低いために、本来意図されていない案件に資金が流用される等のいわゆる負のファンジビリティが依然として残っている。
表2 教育セクターへの開発支出 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(Million TShs) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出典: The Government of Tanzania and the World Bank (2001),
Public Expenditure Review Volume II: Consolidating the Medium Term Expenditure Framework |
保健セクターにおいては早くからSPが検討されており、1998年にはドナーとのSWAP54ワークショップが開かれ、同年6月に保健省と主要ドナーが保健改革としてSWAPsを採用するための「共同趣旨表明書」(Joint Statement of Intent)に署名している。また、1999年には6ドナー(DANIDA, DfID, Irish Aid, NORAD, SDC, 世銀)と共通のファンドメカニズムの構築にかかる合意書(Joint Donor and GoT Side Agreement)が署名されている。
保健セクター開発計画ではバスケット・ファンド(HSBF: Health Sector Basket Fund)が創設され、デンマーク、ドイツ、アイルランド、オランダ、ノルウェー、スイス、英国、及び世銀の8ドナーが参加している。このファンドは年間実施計画のために活用され、バスケットファンドコミッティ(BFC)が管理する。バスケットドナーは、タンザニア中央銀行のドル口座にファンドを預金する。保健省のチーフアカウンタントは月間、四半期および年間報告書を作成する。また、県評議会でも人件費を含む経常経費にファンドが使われている。従来、主に政府が保健サービスを供給してきたが、保健システムの改革の結果、民間部門、宗教組織、非政府組織が保健・医療サービスを提供するようになってきたのに加え、住民によるコストシェアリング、コミュニティ保健基金、リボルビング・ドラッグ基金、国民健康保険の段階的導入を通して、ドナー以外の財源を強化しており、財政的に自立発展を目指していると言える。55
2000年度のMTEFによると2000-2003年の計画の初年度1999-2000年の年間計画での支出割合の予算の財源は政府が47%、ドナーが51%、民間部門が2%になると予想されている。ドナーの支援には保健省を通さずに、直接プログラムに投資される資金も含まれている。また、ドナーの支援はEPI(Expaned Program on Immunization: 予防接種拡大計画)、STDs(Sexually Transmitted Diseases: 性的感染症)、HIV/AIDS等に縦割りにされていたので、セクター全体として十分な財政的なコミットメントができずに、資金が不足することがあった。56
また、表3より1998、1999年度の政府の経常支出において、保健省部分は予算額を超える支出がなされていることが見て取れる。これは病院での薬品の不足が目立ったためとされているが、保健省の資金管理能力に関する不安材料の1つとなり得る。実際、日本を含めたいくつかのドナーは保健省の資金管理能力に対する不安等からバスケットへの参加を見合わせている。一方、開発費におけるドナーからの支援額については、保健省の経常経費の傾向とは逆に、ほとんど消化されていない傾向があることから、保健省における開発事業の実施能力の低さが分かる。
表3 保健セクターにおける政府の予算と実際の支出 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(Billion Tanzania Shillings) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
*2000年2月現在
出典:The Government of Tanzania and the World Bank (2001), Public Expenditure Review Volume I: Main Report |
水セクターの開発目標は安全な水へのアクセスを拡大することにあり、確実な水源を確保しなければならない必要性から、水の管理全般に関わる水利省が重要な役割を担っている。また、安全な水の確保は都市開発、鉱物・森林の開発・利用、灌漑農業、エネルギー開発等幅広い分野とも関係してくる。
水セクターにおける制度的な枠組みはタンザニア政府によってPRSPに合わせて修正され、水利省の役割は地方・都市給水および衛生・下水サービスを提供するのみであったが、サービスの促進および調整(規制)に変わった。しかしながら省内外の縦・横の連携は良いものではなく、中央および地方政府が当該セクターに関する開発を監理、調整、実施するには組織的に不十分な枠組みである。
水利省は人材の不足が表面化しており、人材の育成が急務の課題であるが、水分野への資金が開発・資本の予算に既に組み込まれているため、人材育成に追加的に予算を配分することができない。さらにこのスタッフの量的・質的なキャパシティの不足は、経験者の退職や労働意欲の欠如によって一層進みつつある。例えば、今後5年以内には、現在の部課長クラスの人材は全員退職してしまう。その結果、低いレベルの人材か費用のかかる専門のコンサルタントに頼るしかない。新しい人材を採用するにも行政部人事課自体が予算不足であり、容易に募集・選考を行うことができない57。水セクターにおいては、制度的・組織的・人的・財政的なキャパシティが全般的に不足している。
交通網の整備が、農村開発やマーケットの活性化、隣国との交易等に与える影響は大きい。道路行政・監理において、中核的な役割を果すのは公共事業省と地域行政・地方政府省であったが、2000年に公共事業省の担当であった道路の維持・補修は新しく作られたTANROADS (Tanzania National Roads Agency) が引き継いだ。公共事業省は、幹線道路と州道の計画、設計、建設、維持・補修の監督官庁である。一方、地域行政・地方政府省の役割は、道路の維持・補修を行っている地方の官庁へ道路ファンドを分配することである。
タンザニア政府は通行料金法を改正し、道路ファンド、ファンド委員会、TANROADSを創設した。これにより通行料収入を幹線道路、州道、県道、支線道路の維持に充てることができる。道路ファンドの財源にはガソリン税収入も充てられる。ガソリン税は一旦関税庁長官の下で管理され、その7割が公共事業省に、3割が地域行政・地方政府省に割り当てられる。保健セクター同様、財政的な自立発展への一歩を踏み出そうとしている。
表4 道路セクターにおける政府の予算と実際の支出 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(100億Tsh.) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
出典:The Government of Tanzania and the World Bank (2001), Public Expenditure Review Volume I: Main Report |
表4に示されたように、道路セクターに配分される予算は、ほとんど執行しきれていないことから、事業の実施に関する制度、組織、人材のキャパシティ不足があることが示唆される。また、開発予算が経常予算に比べて少なく、他の省庁(農業、保健、水関連)と逆の傾向が見られる。特に1999年度は公共事業省に対する開発予算が配分されていない。これはエルニーニョの影響で道路の補修が最優先され、道路網の整備が後回しにされていたという事情がある。外部要因があったとはいえ、まったく開発予算が組まれなかったのは、政府の財政的な厳しさを表していると言えよう。
タンザニア経済の根幹を成すとされる農業セクターでは、2001年3月に農業食糧省(MAFS : Ministry of Agriculture and Food Security)が主管担当省庁となって、農業開発戦略(ASDS: Agriculture Sector Development Strategy)を策定し、12月に農業セクター開発プログラム(ASDP: Agriculture Sector Development Programme)の策定が開始された。ASDS策定の参加者は、タンザニア側が農業食糧省、水・牧畜開発省、農村組合省、大統領府地方自治庁、ドナー側が日本、デンマーク、英国、EU、アイルランド、世銀となっている。農業セクターの中期開発目標は1997年の農業・家畜政策において9つの目標が設定され、MTEFにおいて集約され、より深く農業・組合省58のミッションに焦点を当てたものになった。
農業セクターへの公共支出は農業・食料保障省(農業開発全般)、天然資源・観光省(林業、漁業、野生生物)、地方行政庁(普及活動)の各省庁を通してなされる。したがって、農業セクターへ直接配分される予算は、農業・組合省の予算と、その他の省庁の農業活動に対する予算を合計したものになる。1997/98年と1998/99年の農業セクターへの配分は、平均して政府支出の3.3%に当たる。1990年代後半の農業・食料保障省予算の政府支出全体(一般支出、開発支出、ドナー支援を含む)に占める割合は1990年代初期より低くなっている。1990/91年の農業・食糧保障省予算の割合が5.1%であったのに対して、1997/98年2.1%、1998/99年4.1%、1999/00年は4.3%である。
農業・食料保障省は農業セクター、特に研究、投入物に対する財源を確保するために、農産物開発基金の創設やリボルビングファンド、研究活動の民営化等、多様な手段を講じており、財政的に自立発展できる道を探っている。下表に見られるように、一般予算の増加に比べて開発予算での増加が目立ち、開発への重点のシフトが顕著になっている。一方、開発予算のうち国外負担分が大きく、プロジェクトのローカルコスト負担に不安が残る。さらに、農業セクターにおいてプログラムの実施主体となっている県では、地方政府改革プログラム(LGRP:Local Government Reform Programme)による制度・組織改革が進行中であり、農業セクター開発のための組織能力が十分にあるとは言えない。また、農業食糧省が公務員改革、地方分権化のために人員削減されており、担当主管省庁の組織能力も十分とは言えず、ここでもキャパシティの不足が見て取れる。
表5 農業・組合省への予算配分 | ||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
出典: The Government of Tanzania and the World Bank (2001), Public Expenditure Review Volume II: Consolidating the Medium Term Expenditure Framework |
51 高橋基樹(2001)、13頁
52 Mick Foster (2000), p.10
53 JICA企画評価部(2000)、13頁
54 保健省ではSPをSWAP(Sector Wide Approach)と呼んでいる。
55 The Planning Commission (2000), p101
56 The Government of Tanzania and the World Bank (2001), p.82
57 The Government of Tanzania and the World Bank (2001), pp.90-91
58 2000年の省庁改編で農業・食糧保障省が農業セクターの担当省庁となる。