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2.3.2 PRSPの導入  

(1) PRSP導入の経緯

 1999年9月、IDAとIMFの理事会において、タンザニアはHIPCイニシアティブの債務救済の条件を満たすことができると判断された。翌月よりタンザニア政府はInterim PRSP作成の準備を開始し、11月には、DACドナー会合および大蔵省が議長をする政府・ドナー会合においてPRSPの導入についての説明がなされた。PRSPの策定にあたっては、ドナー共通の支援戦略書であるTASとの整合性を確保しつつ、両委員会が密に連携を取って行われた。2000年2月、Interim PRSPが世銀、IMFに提出され、3月に承認を受けた。4月、世銀の理事会を通過し、拡大HIPCイニシアティブ決定時点(decision point)に到達、正味現在価値(NPV)でUS$2,026 百万ドルの債務救済が合意された。7

 Full PRSPは2000年8月末に議会承認を受け、10月に世銀、IMF理事会へ提出され、それぞれ11月と12月に承認された。その後、初年度の進捗状況報告書と完了時点ドキュメント(Completion Point Document)が世銀、IMF理事会で協議され、2001年11月27日、完了時点(completion point)に達した。

(2)  PRSPと債務救済

 HIPCイニシアティブ対象国は、「決定時点」まで(第1ステージ:原則3年)にPRSPを策定し、救済され利用可能となる資金の使途をPRSPに盛り込むことになっている。第2ステージ(原則3年)は、策定されたPRSPの実施期間であり、「完了時点」で進捗状況を示す。HIPCイニシアティブは貧困国の債務を引き下げ、貧困を緩和するための制度作りを可能にしようとするものである。HIPCの深刻な経済状況に対し、1999年に開催されたケルン・サミットで、より迅速で広範囲な債務救済が行えるようHIPCイニシアティブの拡大が合意された。拡大HIPCイニシアティブでは、対象国の基準を緩和し、ODA債権についてはさまざまな選択肢を通じて100%削減(従来は67%)を行うことが可能となった。第2段階の期間は特に定められず、「決定時点」に定められる到達条件が達成されるまでとされることととなった。

 世銀、IMFは債務削減を行うに当たり、PRSP策定を通じて開発予算が貧困削減に有効なセクターやプロジェクトに重点的に向けられることを確保しようとしており考えられ、この点においてPRSPは拡大HIPCイニシアティブの適用によって、利用可能になる債務救済分の資金を貧困削減に資するように使うための計画ということができる。8

(3)  PRSPと公共支出管理

 公共支出管理とは公共部門の資金管理の効率性と効果を高めるために、財政・予算の目標を(1)規律ある財政、(2)戦略的な優先度に応じた資源配分(効果的な資源配分)、(3)資源の効果的・効率的な利用(能率的な事務事業)に整理したものである。9

 PRSPではオーナーシップとパートナーシップの原則から、途上国は自らの判断で経済運営、予算管理を実施するよう求められ、PRSPの実施に伴う資金管理に際しては、予算計画の策定、国内財源の確保、金融プログラムの管理、費用対効果の高い分野へのプライオリティ付け、重点分野への効率的、公平な予算配分、予算の予測性の向上等が必要となる。

 タンザニアにおいては1989年にすでにPERが導入されており、以後毎年策定が行われている。MTEFについては1998年に導入された。MTEFのconsultative meetingにおいて、セクター毎のMTEFの質が一定でないことや、セクター内での優先順位付けが明確でないこと、政府の担当者の育成が必要であること等が指摘された。10

 PRSPを実施に移すためにタンザニアのPER(Public Expenditure Review: 公共支出レビュー)とMTEF(Mid-Term Expenditure Framework: 中期支出枠組)の強化が、その後、世銀等により指導された。PERは被援助国政府の公共支出能力の評価と弱点を把握するための公共セクター・公共支出の分析・評価書であり、毎年ドナーの参加の下で行われている。一方、MTEFは各セクターの予算、予算レビューを通じて作成される3年間の支出枠組みであり、マクロ経済の分析も含まれる。これらPER及びMTEFを通じてドナーの財政支援額を予算に組み込むことにより、援助の予測性が向上し、重点分野への優先的な予算配分が中・長期的な視点からなされることが期待されている。また、ファンジビリティへの関心が高まるにつれて、各援助機関とも被援助国の公共支出全体をレビューし、説明責任(アカウンタビリティ)を確保することに重点をおくようになりつつある。11

 この指摘を受け、2000年度のMTEFの作成では、事前に政府の担当者の研修が3段階に渡って行われた。第1、2段階では大蔵省、計画委員会、行政部、その他の官庁の代表者に外部コンサルタントを入れて研修を行い、第3段階では大蔵省の予算局が中心となってまだ研修を受けていない官庁の予算担当者に研修を行った。タンザニア政府はMTEFのアプローチを予算作成過程に適用しようとしており、予算ガイドラインの作成は遅れているものの、大蔵省は初めて開発重点分野の省庁に共通する次年度予算作成のためのフォーマットを作成し、MTEFとPRSPの連携が強化されつつある。

 また、PERとMTEFを導入してから開発重点分野への予算配分が増加しているが、12その一部は貧困削減財政支援基金(PRBS: Poverty Reduction Budget Support)13を通じた外部からの支援に負っている。PRBSの使途管理はドナーに提出される四半期報告書によってモニタリングされ、その結果、MTEFはPRSPの開発重点分野との整合性が向上し、PRSPの開発戦略を実行するにあたっての重要なツールとなっている。14

(4) PRSPとセクター・プログラム(SP)

 タンザニアでは1995年に発表されたヘライナー・レポート以降、タンザニア政府のオーナーシップとドナーのパートナーシップに対する問題意識が高まり、援助協調の重要性からセクター・プログラム(Sector Program: SP、以後SPと呼ぶ15)が導入され、保健分野(1999年)、教育分野(1999年)、地方行政改革分野(2000年)、農業分野(2001年)においてセクター開発計画が策定されつつある。

 このSPは、貧困削減に向けた国際支援の主要な舞台であるアフリカ及び最貧国をはじめとして、多くの途上国で援助のあり方を一変させつつある16。SPは、1995年にハロルド(Peter Harrold)らによって提唱された以下の6つの基本原則を満たすことが理想とされている17

1) セクター政策
SPは関連する全ての政策、施策、事業を包括する

2) セクター戦略
SPはまずセクター政策の枠組(戦略)を定義するところから始める。その枠組の中でプログラムは実施される。

3) オーナーシップ
援助受入国政府が主導で、ドナーはあくまでも支援する立場を取る。

4) パートナーシップ
ドナーが共通の枠組に参加した場合に、初めてSPが実質的に可能な状態となる。重複した、矛盾した、あるいはドナー主導によるプログラムの同時進行は避けなければならない。

5) 実施手続きの共通化
ドナーは、会計上、予算上、及び調達上、共通の手続きを受け入れなければならない。

6) ドナーによる直接的技術協力の削減
SPにかかる運営は、援助受け入れ政府機関によるものであり、このプロセスにより組織能力を向上するものでなければならない。また、実施プロセスは、ドナー側が期待するよりも、時間を要するものである。
 しかし、現実にはハロルドの6原則を全て実現することは難しく、(1)途上国の担当省庁および主要ドナーをはじめ特定セクターの利害関係者の大多数が、(2)上位の開発政策や計画・予算と密接に連携したかたちで、(3)そのセクター全体を対象とし、(4)首尾一貫したセクター開発政策を共有しつつ、(5)相互の活動や投入資源の整合性を図るために協調すること、の5つをセクター・プログラムの条件と多くの場合考えられている。18

 上記のハロルドの原則はタンザニアにおいて導入される以前から提唱されているものだが、SPが変革のプロセスである以上、実施途上では計画策定への高い投入(時間、人材、資金)、高い調整コスト、被援助国の援助吸収能力の低さに起因するオーナーシップの欠如等、種々の問題が起こり得る可能性が示唆される。

 SPとPRSPは共に、構造調整に対する批判、1990年代の援助疲れ等から生まれた。PRSPがPER、MTEFとともに、開発重点分野への効率的な資金配分を目的の一つとしている限り、PRSPにとってSPが重要となってくるのは言うまでもない。19

 しかし、SPは、必ずしも全てのセクターに対して等しく適用できるわけではない。セクター別開発計画を策定したり、一般財政支援の適用を考慮する際、民間部門が主体となるケースが多いセクター(例えば、電力、通信等)では、ドナー国及び被援助国政府に加えて、各種事業体(民間部門)等多数の関係者との調整が必要となることから、SPの計画策定は容易ではない。

 セクター別開発計画で利用される援助の様態(モダリティ)については、SPA(Strategic Partnership with Africa)20において直接財政支援(歳入不足を是正するため援助資金を直接投入すること)、コモン・バスケット(特定の目的のための特設口座に複数のドナーが資金を投入する)、プロジェクト型援助(個別且つ具体的な案件に対して投入する)、NGOによる支援(政府機関ではなく、民間及びNGOを通して援助を実施する)の4つに大別されることが確認された。

 セクター別開発計画におけるPRBSに対する資金供与において、ドナーが厳しいコンディショナリティを課すことがあり、被援助国のオーナーシップを阻害する恐れもある。また、こうしたコンディショナリティの役割・内容等に関するドナー間の調整、被援助国政府との調整は、コンセンサスの形成が難しく、コンセンサスが形成されず援助ができなくなるケースも含め、プログラム型援助実施の調整コストが大きくなることも指摘されている。21

 このように、SPは、オーナーシップの阻害や高い調整コスト等の問題をもたらす可能性があるために、決して万能ではないことから、このことを認識した上で、慎重に援助様態を選択する必要がある。


7 現時点でのIMFとIDAの救済額はそれぞれ名目値でUS$35百万ドル(2000年4月~2002年3月)、US$59百万ドル(-2001年10月)である。IMF/IDA(2001), p.4

8 牧野耕司他(2001)、33頁

9 林薫(2000)、50頁

10 The Government of Tanzania and the World Bank (2001), p.12

11 大野純一(2000)、77頁

12 MTEFの重点分野は「基礎教育」「基礎保健」「水」「道路」「農業(研究・普及)」「土地サービス」「司法制度」「HIV/AIDS」とされている。

13 PRBSの参加ドナーは日本、カナダ、イギリス、EC、スウェーデン、ノルウェー、オランダ、スイス、アイルランド、フィンランド、デンマークの10カ国及びECである。

14 IMF/IDA(2001), p11

15 セクター・プログラムについては、セクター・ワイド・アプローチ(SWAPs)、セクター開発プログラム、セクター・コーディネーション等様々な呼称があり、画一的な呼称としては定着していない。セクター毎にドナー、政府、国民との協議を行うプロセス(SPいわゆるSWAP)を通して策定されるのが、各セクターにおける具体的開発プログラムであるセクター開発計画である。SPはプロセスからプログラムまでを示す広い概念で使われることもあるが、本報告書では混乱を避けるために、援助のプロセスを指す場合には「セクター・プログラム(SP)とし、援助ツールを指す場合には「セクター(別)開発計画」と標記した。

16 同上。

17 Harrold, Peter (1995), pp.6-17.

18 高橋基樹(2001b)

19 牧野耕司他(2001)、32頁

20 1987年に世銀のイニシアティブにより創設された対アフリカ援助フォーラム

21 同上, 76頁




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