2.3 タンザニアにおける経済協力環境の変化
2.3.1 近年の社会経済開発への取り組み
1980年代に、世銀・IMFによる構造調整政策が導入されたアフリカの国々の援助環境は、大きく変化してきた。経済構造調整政策を中心に据えた開発援助の枠組み(構造調整レジーム)は、アフリカ諸国の経済構造改革には一定の成果をあげたものの、貧困削減には効果がなく、多額の債務をもたらす結果となった。1990年代後半に、構造調整レジームが積み残した課題の解決を図る目的で、これに代わる枠組みとして、社会開発に重点を置く貧困削減レジームが導入された。1 貧困削減レジームのもとでは、援助の集中砲火への反省からこれまでのプロジェクト・アプローチが見直され、キャパシティ・ビルディング等を盛り込んだセクター・レベルの協力が重視されるようになり、援助国や援助機関の援助形態に大きな変化をもたらした。その変化の特徴は、「オーナーシップ」と「パートナーシップ」という言葉で表され、中核となっているのがセクター・レベルでの援助協調である。
タンザニアは、こうしたアフリカを取り巻く援助環境の変化を大きく受けてきた国のひとつであり、特に、1995年に発表されたヘライナー・レポートや2000年のTASをきっかけとして、社会経済開発に関する政策の見直しや、援助機関と被援助国政府の協調体制をつくる試みが行われてきた。タンザニアにおける社会経済開発は、これらの戦略ペーパーや報告書で示された行動に沿う形で実施されつつある。同国の1998年のGDP成長率は、観光や鉱物資源産業が好調だったこともあり、3.6%と2年連続で3%台を達成した。また、インフレ率も1999年4月には、8.9%と、過去25年間で最低の水準にまで落ち着いている中で、当面の課題は、多額の対外債務残高の返済、構造調整に伴う失業者、貧困への対策である。以下にへライナー・レポート等タンザニアにおける新しい経済協力環境にかかわる重要な戦略ペーパー、報告書等を概説する。
(1) ローリング・プラン(RPFB: Rolling Plan and Forward Budget)
タンザニア政府は、1993年からローリング・プラン(RPFB)と呼ばれる開発計画を導入した。これは、開発事業とそれに対する予算配分を毎年見直して調整するという新しい手法に基づいた計画である。最新のRPFBにおいては、GDP成長率を2002年までに6%にまで上昇させることや、国営企業の民営化の継続等が挙げられている。
(2) へライナー(Helleiner)・レポート
1995年に、援助国のひとつであるデンマークの外務省によってまとめられ、対タンザニア経済援助のあり方を問いただした報告書である。作成したグループの代表者であったヘライナー(Gerald K. Helleiner)の名を取って「へライナー・レポート」と呼ばれている。
それまでのタンザニアに対する各国の援助が、総じて短期的・単発的であるために、社会経済開発に貢献するよりはむしろ関係政府機関や市民の混乱を招いたり、貧困を作り出しているとの指摘をした上で、援助国や援助機関が援助政策や対象分野についてお互いに調整を図ることの必要性を説いた。また、同時にタンザニア政府にも援助を効果的に活用するためには改革が必要であると指摘し、予算管理の改善や市民サービスの向上、腐敗防止策等についての助言を行った。2
この報告書は、タンザニア政府だけでなく、援助国や援助機関においても、タンザニア援助のあり方を明確に問いただした意味で、その後の援助政策や開発計画の策定、援助機関の協調と連携に変化を与える転機となった。
(3) ビジョン2025(Vision 2025)
タンザニア政府は、長期的な視点での開発計画として1998年に「ビジョン2025(The Tanzania Development Vision 2025)」を策定した。2025年を区切りとして、社会経済開発の各分野における長期目標を以下のように定めている。
(4) 貧困削減戦略ペーパー(PRSP: Poverty Reduction Strategy Paper)
PRSPについては、タンザニア援助の中核的枠組となっており、次節以降で詳細に述べる予定であるため、ここでは概要に留める。
世銀は、1998年にこれまでの個々のプロジェクトやプログラムを積み上げるアプローチを超える包括的な枠組みとして「包括的開発のフレームワーク(CDF: Comprehensive Development Framework)」を提示していたが、PRSPはこのCDFを具現化するものであり、拡大HIPCイニシアティブ(拡大重債務貧困国救済計画)の適用及びIDA(国際開発協会)融資の判断材料として、世銀とIMFが途上国政府に作成を要請している文書である。また、同時に世銀の国別支援戦略(CAS: Country Assistance Strategy)と、IMFの貧困削減成長ファシリティ(PRGF: Poverty Reduction and Growth Facility)のベースとなる。
重債務国のひとつであるタンザニアの政府は、PRSPの作成により、毎年支払い義務のある債務の返済を免除されるかわりに、返済不要になった余剰資金をこの戦略書において合意した用途に使用している。PRSPはその名称に表されているように、貧困削減のための社会開発を主目的とし、3年という短期的な目標が設定されている。現在のPRSPは、タンザニア政府が1998年に策定した国家貧困撲滅戦略(NPES: National Poverty Eradication Strategy)が基盤となっている。
PRSPでは、タンザニアにおける貧困の実態を所得貧困(Income Poverty)と非所得貧困(Non-income Poverty)とに分けて記載している。所得貧困では、貧困が地方の農村地域に集中していること、都市部の貧困も拡大していること、青年や老人・大家族ほど貧困が多いこと等が、非所得貧困では、教育へのアクセスが悪いこと、死亡率の高さと平均寿命の低さ、栄養状態の悪さ、安全な水の普及率の低さ等がデータと共に示されている。こうした実態を踏まえて、貧困削減のための具体的な行動が分野ごとに優先順位を付けて記されている。PRSPでは、教育(特に初等教育)・保健(プライマリー・ヘルス・ケア)・農業(技術の研究と普及)・道路整備(地方)・ガバナンス(統治)を重点分野としており、政府はこの中でも教育と保健医療を特に重視している。PRSPのために配分される予算は、政府予算の約30%にあたる。3 また、同ペーパーは、政府が税制改革や資金運用を適切に行って経費を確保すると同時に、前述の重点分野を優先し、資金投入を行うように指示している。
(5) タンザニア支援戦略書(TAS: Tanzanian Assistance Strategy)
2000年に、タンザニア政府及び援助国、援助機関との間で合意された社会経済開発のための戦略ペーパーがTASである。
TASでは、1995年のへライナー・レポートや、それをきっかけとしてその後作成された様々な合意書によって援助政策の調整が行われてきたが、いくつかの分野では依然として、援助プロジェクトの重複や非効率的な事業の継続、政府機関の力量不足、政府外での透明性に欠ける事業の存在、外部コンサルタントへの高い依存度等が問題として残っていると指摘している。また、「ベスト・プラクティス(Best Practice)」と題して、開発事業における政府のオーナーシップやリーダーシップをより強固にし、援助機関との連携をさらにスムーズにすることを目的に、タンザニア政府が取るべき改善策と開発パートナーである援助機関への要望を以下のように記している。
TASは、タンザニア政府のオーナーシップやリーダーシップを回復するために、開発プログラムを政府とドナーが共に計画・実施することにより、パートナーシップの向上、よい統治の醸成、開発計画の透明性及び説明責任の確保、政府機構の能力開発等を通じた援助効果の向上を目標とするものであり、社会経済開発の変革プロセスをまとめたのものと言える。6 また、TASの対象分野は、農業・食糧・インフラ(道路)・教育・保健医療・地方給水・環境天然資源管理・雇用・民間セクター・土地・HIV/AIDS・人的制度的能力・ジェンダーとコミュニティ開発・緊急救済管理・データ情報通信と広い範囲にわたっており、PRSPの内容を包含するものと考えられている。
1 高橋 基樹(2001a)、10頁。
2 Helleiner, K. Gerald (ed)., (1995), pp.4-26.
3 三好皓一他(2002)、4頁。
4 6ドナーとはデンマーク、イギリス、アイルランド、ノルウェー、スイス, 世銀の5カ国1機関
5 古川光明(2001)、44頁
6 同上