広報・資料 報告書・資料

第3章 評価内容

2.3 「国別援助方針」策定・実施過程の適切性の検証  

(1) 政策策定過程の適切性

 ここでは、策定過程の適切性を、1)策定に関る組織の適正さ、2)お互いのニーズの反映や相手国のニーズの変化への対応、3)相手国の自立発展性への配慮の観点から検証する。

1) 政策策定・見直し過程に関わる組織の適正さ

 「国別援助方針」の策定・見直し過程において、十分な組織構成と要員の参加があったかどうかを検討した。

 当時の記録文書と、当時の事情を知る大使館、JBIC、JICAの職員からのインタビューにより、「国別援助方針」の策定・見直しには、少なくとも以下の組織が関与していたことが明らかとなった。

表3.2-1 「国別援助方針」への関与
関与していた組織・人物 関与の仕方
1.外務省経済協力局 ・「国別援助方針」の作成主体として、原案に基づくコメントを省内各局及びJICA、JBICより取りまとめ。
2.大使館 ・1991年度の国別調査票を作成
・毎年の「国別援助方針」原案に関して、JICA、JBICの在外事務所からのコメントをとりまとめていた。
・個別案件、連携案件などをJICA、JBICの在外事務所と協議
・経済協力年次政策協議(有償・無償・技協)の結果のとりまとめ
3.JICA本部・在外事務所 ・毎年の「国別援助方針」の見直し案に対してのコメント提出
4.JBIC本部・在外事務所 ・毎年の「国別援助方針」の見直し案に対してのコメント提出
5.スリランカ政府援助調整機関(当時の財務省NPDおよびERD) ・年次政策協議への参加(「国別援助方針」の見直しは政策協議では話し合われていない)

 「国別援助方針」原案作成に関し、外務省本省、大使館、JICA、JBICの間でコメントのやりとり等、協議が行われていた。

 また、相手国政府との協議は円借款に関する年次政策協議、無償・技協に関する年次政策協議という形で行なわれ、それらの協議では各年の優先分野、案件候補に関する協議が行われた。

 なお、当時の事情を知る人の共通する認識として、「国別援助方針」に対して、NGO・民間などの意見を求めることはしておらず、当時の「国別援助方針」は、スリランカ政府の意向をふまえ、JICA、JBICの本部や在外事務所のコメントを受けた大使館と外務省本省の間で策定されていた。したがって、より幅広い意見を聴取する余地はあると考えられる。

2)お互いのニーズの反映、ニーズの変化への対応

 ここでは、「国別援助方針」の策定過程において互いのニーズを把握するためのプロセスがあったのか、またニーズに変化が生じた場合にそれを「国別援助方針」に反映させるようなプロセスがあったのかを検証する。

(1) お互いのニーズの反映
 スリランカ側のニーズは、スリランカにおける開発の現状と課題の調査、開発計画等に関する調査・研究、1991年に派遣された経済協力総合調査団等におけるスリランカ側との政策対話、1990年より開催されたJICAの「スリランカ国別援助研究会」の提言などの各過程で把握されている。
 JICAの国別援助研究会は、公開討論会を含む7回の研究会とスリランカ政府関係者との面談を含む現地調査が実施され、スリランカの経済・社会発展の現状を検討するとともに、日本の対スリランカ援助のあり方についての討議が重ねられた。それらを取りまとめた基本的考え方や結論の要約を、スリランカ政府関係者と他の主要ドナーに提示し意見も徴収された。そして、その最終報告書で提言された7重点項目のうち、貧困対策とマクロ経済レベルの構造調整・産業構造の高度化・貿易構造の均衡化の促進を除く5つの項目が、1992年より援助重点分野として取り上げられた25。この報告書の重点項目で挙げられたサブ項目の多くも、「国別援助方針」の重点サブ分野の中に入っている26
 このように、「国別援助方針」の策定では、スリランカの開発ニーズについて詳細な調査と検討が行われた報告書を基に、政府の経済協力総合調査団がスリランカ政府と最終的な協議を行って策定された。したがって、策定段階においては、日本とスリランカ側のニーズが反映される手続きもとられており、適切性が高い。

(2) 日本側の方針の変化への対応
 本章「1.3(1)日本のODA政策との整合性」で確認した「ODA中期政策」にも念頭に置くべきものとしてあげられているDACの「新開発戦略」(1996年策定)は、その策定に日本がイニシアティブを取ったこともあり、スリランカでも今後の日本の援助で留意すべきものとして、1997 年にプレスリリースで広報され、政策協議においてもスリランカ政府援助受入機関と詳細に検討された27。しかし1998年以降の「国別援助方針」に「新開発戦略」や「ODA中期政策」に関する言及はない。この点から、日本の援助政策の変化を「国別援助方針」に反映させる過程には改善の余地があると考えられる。

(3) スリランカのマクロ指標やニーズの変化への対応
 「国別援助方針」は、毎年、見直し案が大使館で作成され、JICA・OECF(現JBIC)の現地事務所と本部からの意見聴取の上改定されている28。具体的な見直し過程やその基準については確認できなかったが、スリランカのニーズの変化については、主に年次政策協議等で把握されていた。各重点セクター内のサブセクターに関しては、PIPで提示されてから2から3年の遅れはあるものの、変更・追加という形での微調整が行われていた(下表3.2-2を参照)。
 一方で当時の援助関係者から重点分野の優先順位や内容の変更は難しいという意見が出されており29、スリランカ側のニーズに柔軟に応えるためには、具体的な見直し過程やその基準を設定することが望ましい30

表3.2-2 対象期間の「国別援助方針」の改定事項
分野 改定内容
全体 1992年の援助政策に盛り込まれた5重点分野は、その後1994年に「環境分野」が重視している分野として加えられた他は、1999年まで変更がない。
経済基盤の整備・改善 1995~1996年は通信基盤と交通運輸基盤のみが挙げられたが、1997年からは電力・南部地域開発が加わり、運輸・電力・通信についても、「全国的なネットワーク形成を考慮して協力を進める」というアプローチが出された。
鉱工業開発 1995~1996年は、産業開発計画・工業団地開発への調査と、生産性・品質向上のための技術協力が重点サブ分野であった。1997年には、「輸出・雇用促進型の産業の育成」という分野目標が掲げられた。また、産業開発計画・工業団地開発についても、「調査」ではなく「協力する」という言葉に変わった。1998年から失業削減と女性の就業機会の増大に資するとして、中小企業への援助を追加した。
農林水産業開発 当初から農業生産基盤の整備、アグロ産業の振興、市場・流通の整備、農業研究・普及、(沿岸)漁業の振興という5つのサブ重点分野を設定している。1997年に「流通」、1998年に農業「普及」が加わり、1999年に「沿岸漁業」が「漁業」に変更になり、1997年に重点項目として「基本食料生産の自給の向上」「農村部の雇用・所得の増大」を挙げた以外は、大きな変更はない。
人的資源開発 1995~1996年は、技術協力による「教育・訓練の質の向上」という短いものだった。1997年には、「高等教育の量的・質的改善」と「行政中間管理層の育成」と変わり、援助手法もより具体的に研修員受入れや専門家派遣が挙げられた。1998年には援助手法の中に教育環境整備が、1999年には分野として「技術教育・職業訓練」の改善が加えられた。
保健医療体制の改善 1995~1996年は、「病院・保健所の整備」「検査技師・看護婦等の訓練」「上下水道設備の改善」の3重点サブ分野が示されたのみだった。1997年には地域医療体制の不十分さを踏まえて、「州病院・地域基幹病院の整備」と地域医療に重点を置いたほか、「検査技術・医療機器整備技術の改善」が加えられ、についても、「経口感染症予防」という予防医療を重視した姿勢を打ち出し、その観点から上下水道の整備が入った。1999年には、疾病構造への対応や受益者負担原則の導入等の制度改善についても言及した。
環境分野 1994年から重点分野に準ずる扱いで示されている。サブ分野としては、1995年は「居住環境」が挙げられるのみだったが、1997年からは廃棄物処理が加わった。

3) 自立発展性への配慮をする過程

 ここでは、援助方針の策定・見直し過程の中で、相手国の自立発展性に配慮する過程がとられていたかを検証する。

 相手国の自立発展性への配慮は、「国別援助方針」策定の準備段階で作成された「国別調査票」の中でスリランカ側の援助受入体制の評価が成された他、国別援助研究会や年次政策協議などの機会を捉えて行われていたことが確認された。年次政策協議では、スリランカに対し、施設引渡し後の運営や、供与設備・機材の有効活用のための人的体制の整備や予算手当てといった、案件の自立的運営に関する要望が出されている。1997年に外務省の委託により実施された「援助実施体制評価」では、援助実施体制に関する課題の中に、「協力終了案件の自立発展性を確保するためにも、政府の中間管理職等の人材育成を支援する必要」が挙げられた31。しかしながら、国別援助方針自体には自立発展性に関する記述はなく、自立発展性に留意することの重要性に鑑み、国別援助方針に何らかの形で記載することが望ましいと考えられる。

(2) 政策実施過程の適切性

 本評価調査では、援助政策の実施過程を、策定された「国別援助方針」が、援助実施機関であるJICA、JBIC(当時OECF)の国別事業実施計画および国別業務実施方針に反映され、個々のプロジェクトが実施される段階を指すと設定し、ここでは、「国別援助方針」が実施機関の業務計画・方針に反映されることを確保するようなプロセスが取られていたか、また、実際どの程度事業実施に反映されたのかという点からその適切性を検証する。

1)JICA・JBICの事業実施計画・国別業務実施方針への「国別援助方針」の反映

(1)JICAの国別事業実施計画への反映
 この実施計画策定過程には大使館との意見交換もあり、99年の実施計画では、「国別援助方針」の重点分野に沿って協力を進めることが明記されている他、開発課題マトリクスや事業ローリングプランもこの重点分野別に整理されており、「国別援助方針」が反映されるようなプロセスは取られていると言える。
 しかし、例えば、96年の事業実施計画では上位目標として「持続的経済成長」「雇用創出による貧困削減」「地域間格差の是正」「生活水準の向上」が挙げられる等、今回の評価で想定した「国別援助方針」の援助政策目標である「経済成長」以外の目標も含まれていた。このように、実施機関によって関連性はあるものの異なる上位目標が掲げられるのは、「国別援助方針」と実施機関の援助方針・計画の位置付けが明確でないことに起因すると考えられる。確かに、「国別援助方針」の柔軟な活用は否定されるべきものではないが、上位目標が組織によって異なる場合、「日本の援助の上位にある目標は何か」という点を不明確なものにする可能性があることから、この点改善の余地があろう。

(2)JBICの国別業務実施方針への反映
 策定過程には大使館との意見交換もあり、内容的には、「国別援助方針」の重点分野・サブ分野から円借款に即した分野が選ばれている32ことから、「国別援助方針」が反映されるようなプロセスが取られていたものといえる。また、業務実施方針には、特に上位目標は掲げられていないが、99年は「経済成長を支える投資維持・拡大に資する案件選定を行う」との方針が明記されており、「国別援助方針」で想定した援助政策目標と整合している。
 一方、カントリーペーパーには、「民営化・インフラへの民活導入」への対応が課題として毎年挙げられており、また「各セクターにおける基金と世銀との援助方針の違いの顕在化、これによるスリランカ国の公共投資計画に混乱を生じさせる恐れ」も1995年には指摘されていた。これに対し、旧OECF側も、「公的部門の改革およびインフラの公共性に配慮した開発計画の必要性」を説明している。しかし、公表される「国別援助方針」に、当時より大きな課題の一つであったこの問題への日本の戦略や方向性が示され、それに基づいて政策協議やドナー協議においても明確に説明されれば、スリランカ政府や他ドナーの理解も得られ、実施機関もより円滑な実施ができたのではないかと考えられる33

2) 案件形成・実施過程への「国別援助方針」の反映

 当該期間に終了した援助案件を、重点分野・サブ分野別に整理すると、ほとんどの案件が「国別援助方針」で設定された重点分野・サブ分野に入っている。

 しかしながら、農業分野のアグロ・インダストリーの振興は重点サブ分野に挙げられ、日本から農産物加工などは農村の所得向上や貧困緩和の観点から優先案件候補となるのではないかと政策協議で提示されている34が、実際の案件実施に至らなかった。この原因が要請が出なかったためか要請はあっても成熟度が足りなかったためかは不明であるが、この点を「国別援助方針」に反映する等改善の余地はあったと考えられる。

 なお、当時の援助実施関係者への聞取りでは、もう少し重点分野とサブ分野が絞り込まれる、もしくは優先順位が示されていれば、案件形成もやり易いという意見が複数の関係者から出された35


25 なお、貧困対策として挙げられた、農村地域の総合開発支援や就業機会の創出、都市スラムの環境整備は、重点分野の「農林水産業開発」や、準重点分野に加えられた「環境」分野の中で言及され、対応する案件も実施されている。

26 ただし、プランテーション農業の民営化等の農業の活性化、工業における民間セクター支援手法の開発や非効率な政府企業と陳腐化した一部の試験研究機関の構造改革支援、地方小中学校等の施設の拡充や教育内容の改善・整備、貧困で挙げられた紛争地域の復興対策への協力等は入っていない。

27 1997年1月15日の「無償・技協政策協議」で日本側が「新開発戦略」の紹介をし、スリランカ政府側から「貧困撲滅を中心とした開発政策に向かっているスリランカ国こそ、新開発戦略のモデルとなりうる」ことが記録されている。また同年1月22日に同政策協議団がドナーとの会合の議事録、および1998年12月15日の「経済協力政策協議」の議事録においても、日本が積極的に「新開発戦略」を推進することを明確に打ち出したことが記録されている。

28 主な改定内容については、「表3.2-1対象期間の「国別援助方針」の改定事項」を参照。この見直しでは、重点分野の順番の変更はできなかったという。(当時の関係者からの聞取りより)

29 当時の援助関係者からの聞取り調査より

30 97年の援助体制実施評価でも、民間セクター開発や地域社会開発などの新しい分野がスリランカ側より示され、より絞りこんだ重点分野の検討・選定の必要性が指摘されたが、特にこれらの提言を「国別援助方針」に反映させたという事実は確認できなかった。
また、農業部門においては、他分野に比較してその成長率が低く、相対的な農業所得が低下しており、多くの政策的課題が挙げられるようになったが、これらに対応して援助方針を見直す過程は特に見られなかった。例えば、農業普及改善事業や鉱工業分野の鋳造技術改善では、市場の不安定さや小ささが技術普及のネックとなっており、これらセクターの政策課題をより検討するプロセスが取られていれば、援助効果も高まったのではないかと考えられる。

31 理由に、プロジェクト方式技術協力などの案件で、協力期間が終了し日本人専門家がいなくなると活動が低下する問題があげられ、要因としてカウンターパートの離職が指摘された。スリランカ政府において、若く有能なスタッフの能力が発揮される制度の検討が必要であることも述べられた。

32 ただし、貧困層を直接の受益者とする社会開発事業が、経済基盤整備や産業育成とともに3重点分野となっており、保健・環境が社会開発にまとめられるといった、分け方の違いはある。

33 今回の世銀への聞取り調査においても、日本はスリランカの構造調整や民営化を援助を行う理由に挙げてはいても、それを支援するのかどうかが、援助方針に明確に示されていないことが問題として指摘された。

34 1997年1月「無償・技協政策協議団長所感」より。

35 ただし、例えば優先分野の設定も、それ以外はやらないというのではなく、柔軟な適用は認められるべきとの前提がある。



このページのトップへ戻る
前のページへ戻る次のページへ進む目次へ戻る