2. 個別問題の状況
1) 相手側のニーズに合った分野・専門性のある専門家が派遣されていない場合がある
2章でまとめた質問票調査の結果では、「派遣された専門家の専門性や能力は貴機関に合っていたか」と言う関連する質問に対する回答が5段階評価結果で、4.2(タイのケース)と出ており、一見大きな問題ではないように見える。しかしながら、5段階評価点の分布(全体件数:62)を見ると、評価点3の専門家が7名、評価点2の専門家が3名の状況であり、比較的少数ではあるが、ミスマッチに該当するケースが報告されている。専門家受入機関に対する聞き取り調査でも、概ね妥当であるが一部ミスマッチのケースがあると言うことが確認されている。さらに、別の質問項目で専門家に対するニーズと専門性とのミスマッチを防ぐ方法について聞いたところ、回答者の8割以上である42名が「複数の専門家候補者が事前に受入機関に提示される」ことを望んでおり、上記の質問票結果とは裏腹に必ずしも受入機関のニーズが十分に満たされていないことを示唆している。なお、フィリピンはほぼタイと同様の傾向にあり、メキシコではマッチングの度合は4.5(5段階評価平均値)と高かったが、受入機関に対する質問票調査ではやはり圧倒的な多数が複数候補者制度を望んでいる。
なお、ミスマッチには該当しないが、今回の聞き取り調査で判明した事柄に、ひとつの案件に継続的に専門家が送られているケースで専門家業務の内容が政策的なアドバイスや技術指導ではなく調整業務・連絡業務の色彩が強い事例があった。これなどは仮に受入機関が専門家の存在を評価しているとしても専門家業務としてあるべき姿かどうかは疑問の残るところである。
次に、ミスマッチの発生原因としては、主に以下の3点が考えられる。
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a. | A1フォームの問題:現行のA1フォームは、主に「1.背景情報」「2.業務に関する資格要件」「3.派遣(受入)条件」の3項目から構成されている。しかしながら、最重要と思われる「2.業務に関する資格要件」については、資格・類似業務経験の記入が求められているだけであり、記入欄も非常に小さい。この点に付いては、実務面では既に受入側・日本側ともにある程度の補強的な措置はとっているが、未だ万全とは言えない。すなわち、受入側は、援助の窓口機関が「学歴要件」や「語学力水準」などを追記した補足資料の添付を指導し、かなりの程度まで徹底されているタイなどのケースもあるが、フィリピンではそこまで徹底していなかった。日本側でも、A1フォームの内容が不十分な場合は、受入機関に問い合わせるなどしてTOR(専門家業務内容)の作成が行なわれている。この他には、そもそも専門家受入の期待効果(専門家を受入れて技術移転や指導を受けた結果としてどのような効果が期待できるのか)とそのことの組織やセクターにとっての重要性を明確に示すことが不可欠であり、C/Pの職位を「受入機関の組織図」に関連付けて説明し、C/Pの能力・技術・知識レベル(学歴)に関する情報を事前に示す必要もあろう。 |
b. | B1フォームの到着時期の問題:これは、タイ・フィリピン両方での聞き取りで明らかになったが、ほとんどのケースでB1フォームの受入機関への到着時期は実際の専門家の赴任のわずか1,2週間前であり、場合によっては赴任後に到着することすらあると言う。(註:メキシコでは、専門家赴任の1ヶ月程度前に到着するとのことであった。)B1フォームの内容はともかくとして、現時点では、B1フォームの送付が候補者審査の手段になり得ていないことは明白である。遅延の理由は主に、正式要請書の取り付けと専門家候補者の確定の両方に時間がかかっていることと思われるが、日本側相手側双方の努力によりB1フォームの送付を早めるべきである。 もっとも、真にB1フォームの送付が候補者審査の手段になるためには、単に送付時期が早まるだけでなく、受入機関側にも派遣専門家を適切に審査し場合によっては候補者の変更を申し出る体制が確立していなければならない。そのためには、下記c.のB1フォームの内容自体の改善が必要である。 |
c. | B1フォームの内容の問題:これについては、到着時期ほどは問題視されなかったが、「候補者の経歴の記述が、過去の案件名の羅列のみであり、具体的にどのような業務に携わってきたかの記述が不足している」「資格や執筆論文に関する情報が不足している」などのコメントが一部であった。また、専門家の資質として、プロジェクトのリーダーや政策アドバイザーなど高度なマネジメント能力が問われる場合もあることも考慮すると、過去の勤務先・所属部署で何名程度の部下を指導・監督したかなどの情報も必要と思われる。 |
2) 語学力や異文化対応力・社会性などの面で派遣される専門家の資質が不十分な場合がある
これも2章でまとめた質問票調査の結果では、「あなた(C/P)自身と派遣された専門家の言葉の面でのコミュニケーションをどう評価するか」と言う関連する質問に対する回答が5段階評価結果で、3.4(タイ)・3.5(フィリピン)・3.9(メキシコ)と出ており、全体としては深刻な問題ではないようである。しかしながら、タイのケースの5段階評価点の分布を見ると、評価点2点の事例が4件、評価点1点が5件と少数ではあるが問題と思われる事例も報告されている。また、当該専門家が再度海外に派遣される場合の語学に関するアドバイスを求めた別の設問でも「この専門家はもう海外に派遣されるべきではない」と判断された事例が8件ある。フィリピンやメキシコのケースでも、評価点1,2点の割合が全体の1~2割に達している。専門家受入機関に対する聞き取り調査でも、概ね妥当であるが一部に語学力が明らかに不足している専門家があったことが確認されている。
「専門家の技術力」については、3ヶ国とも聞き取り調査で大きな問題は指摘されなかった。なお、専門性が受入機関のニーズに合い専門家の語学力も高かったにもかかわらず、専門家の貢献度が評価されなかったケースが複数あり、「専門家のC/Pに対する接し方」では、改善の余地がある。ただし、これは、単に性格的に気配りのできる人物が専門家に適しているというよりも専門家自身がいわゆるプロセス・マネジメント1のスキルをどの程度保有しているかということである。今回調査した中では、優れたプロセス・マネジメントを実践し、最終的にC/Pの絶大な信頼を獲得した事例をメキシコにおいて確認することができた。
上記の問題の原因としては、次の2点が考えられる。
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a. | 専門家の選考の問題:現行の専門家の選考制度については、第1章の2.で概観した。2000年の派遣支援部発足時以降、例えば、専門家の選考において必要と思われる場合には候補者に「業務企画書」を作成させこれに基づいてプレゼンテーションを行なわせるなど、選考プロセスが充実強化されているが、以下のような改善課題もある。
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*註:採用基準
ランク | 点数 | 業務区分 | 語学力水準(目安) |
A | 180-300 | アドバイザー、リーダー、調整員 | 英検準1級レベル |
B | 150-300 | 一般 | 英検2級レベル |
C | 100-300 | 職能重点分野 | 英検3級レベル |
D | 100未満 | 不合格(派遣延期) |
b. | 派遣条件と人材の供給の問題
専門家の需要に対する供給の不足は、大きな問題として顕在化しつつある。すなわち、1955年度に事業が開始された当初は、百名単位で専門家派遣が行われていたのが、事業規模はJICA予算の伸長にほぼ比例する形で拡大しつづけた。派遣専門家数は、1999年度で既に4千人に達している。こうした需要の伸びを支えてきたのが、省庁から派遣される公務員であり、また省庁およびJICAから推薦される民間の専門家であった。特にいわゆる「省庁推薦」の専門家は、90年代に派遣された専門家の7割以上を占め、各省庁が専門家の人材供給に大きな役割を果たしてきた。しかしながら、今回実施した各省庁への聞き取り調査によると、多くの省庁が専門家派遣における人材不足を問題と感じており、これまでの専門家のリクルート方式は限界に近づきつつある。こうした傾向を受け、JICAでは1997年度に専門家公募制度を導入したが、2000年時点での累積専門家数は、未だ100名程度にとどまっている。公募専門家に関しては、人選において競争原理がより働くと期待される反面、省庁からの派遣専門家のように組織的な支援が無いフリーランサーが多いため組織を背にしている場合に比べて責任感が弱いなどの問題点も指摘されている。ただ、民間における専門家希望者・適格者は潜在的に少なくないと思われるので、今後は広報を強化すると共に公募専門家の審査をより厳しく行なうことにより、公募専門家の枠を拡大していくべきではないかと思われる。さらに、民間の優秀な人材が応募しやすいように派遣期間の短縮化・派遣条件の改善も考慮すべきであろう。 ただ、既に前章で見てきたように現在派遣されている専門家全体をみると問題を抱えている部分もあると思われ、専門家の量のみを追求するのではなく、質的な改善も求められるところであり、専門家総数の絞り込みも行われるべきであろう。 |
3) 専門家及び相手側に具体的な成果実現のモチベーションあるいは成果実現のための計画性が不足している
これは、質問票で直接該当する項目がなく聞き取り調査や資料による調査で判明した問題である。タイでの調査でDTECより、「タイ側の受入機関のコメントもなしに直接専門家から延長要請が来るケースが多い。また、ほとんどの専門家が力を存分に発揮していないように感じている。例えば、赴任当初は、ある程度一生懸命にやっているが、延長が決まると活動ぶりが停滞する感じである。」とのコメントがあった。ただ、フィリピン・メキシコでは、特にそのようなコメントは聞かれなかった。なお、タイの日本大使館では、受入機関側にも問題がないとは言えず、特に上級管理者でないC/Pの場合はモチベーションが不十分なケースがあると指摘している。
また、現在、主に専門家赴任当初に作成されるWork Planや業務報告書・Progress report等の計画書・報告書により事業の運営管理が行われているが、こうした文書の内容がほとんど活動項目(予定と実績)の記述に終わり、精度の高い目標管理になっていない。
この問題の原因としては、次の2点が考えられる。
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a. | モニタリングにおける受入機関側の視点の弱さ:現行の専門家事業のモニタリングは、専門家がJICAに定期的に提出する報告書やJICA在外事務所員の不定期な専門家との接触により、一次的にはJICA事務所により、二次的にはJICA本部の担当部署(個別専門家は地域部担当、プロジェクト専門家は事業部担当)により行われている。ただ、報告書は主に日本語で作成され、受入機関は現在こうしたモニタリングには公式あるいは定期的にはほとんど参加していない。したがって、特に個別派遣専門家の場合、モニタリングは限定的なものとなっている。またアジア的な文化の下ではC/Pは専門家に対する否定的な意見表明を遠慮する傾向が強く、かなり大きな問題でなければC/Pからのフィードバックはなされず、細かな問題は見過ごされる可能性もある。
ただし、現地調査後に確認されたところでは、タイにおいては、個別専門家を対象として既に援助窓口機関、受入機関(C/Pも含む)を含めた定期的なモニタリング制度を開始した模様である。当該モニタリング会合においては、窓口機関であるDTECやC/Pも積極的に参加しているとのことである。また、フィリピンにおいても、個別専門家の任期1年目が終了し、中間評価がJICA事務所に提出された後1ヶ月以内に、JICA担当者がC/Pに会い、専門家の評価を直に聴取し、大使館に報告するようになったとのことである。 |
b. | 目標管理の弱さ:上述のとおり、現行の目標管理は、主に専門家赴任当初に作成されるWork Planや業務報告書・Progress reportにより行われているが、こうした文書の書式が主に活動項目(予定と実績)の記述を求める形式であるため、専門家が活動の成果として最終的に何を実現すべきかを意識しないで済む形になっている。既にJICA内部でも見直しの動きがあるが、WorkPlanや業務報告書をより成果志向型のものに改める必要があろう。また、本来、専門家派遣事業は、そもそも専門家だけが一方的に何らかのサービスを提供し完結するものではなく、相手側の努力も含めた協同作業であるべきである。ところが既存のモニタリングでは「ひとつの事業」としての視点が弱く、専門家の活動・行為に関心が集中しすぎているきらいがある。 |
4) 日本側での専門家の派遣準備が十分になされていない、あるいは受入機関で専門家の十分な受入体制が整っていない
これも質問票調査ではなく派遣専門家に対する聞き取り調査で確認された問題点であり、具体的には以下のような問題がある。
a. | 日本側の派遣準備の弱さ:例えば、個別専門家が初めて派遣される場合、国内の事前の説明が不十分であったり、また専門家の派遣決定(内定)から出発時までの時間が短かったりして、結果的に業務に不可欠な機材が携行できなかったケースがある。また、プロジェクト派遣専門家の場合、プロジェクトの運営管理にプロジェクト・サイクル・マネージメント手法(PCM手法)2の理解が不可欠であるにもかかわらず、事前の研修が極めて短時間であるため実際にプロジェクトが開始してからプロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)3の作成に苦労したり、PDMの作成のための短期専門家の派遣を要請したりするケースが少なくない。また、昨年実施された調査の報告書「専門家派遣制度に関する調査研究~タイを対象として~」でも指摘されているが、これまで実施されてきた派遣前研修は、専門家に必ずしも有益と感じられておらず、改善の余地があった。これに対しては2001年度から派遣前研修のプログラムが改訂され、一部の専門家へのより本格的なPCM研修の義務づけや派遣回数が2回目以上の場合と初めて派遣される場合のプログラムの差別化など改善が図られている。
ただ、最近の研修受講生への聞き取りでは、研修内容の実用性や研修で扱われているプロセスマネジメントの内容等については、まだ改善の余地があるようである。 |
b. | 相手側の不十分な受入体制:これも主に個別専門家が初めて派遣される場合であるが、赴任時に具体的なC/Pや執務室が確定していなかったり、また電話やファクスなどの機材の使用に支障があるなどのケースがあるようである。こうした状況は、派遣された専門家に著しい精神的な負荷を与え、また実際の活動にも悪影響を与えるため、在外JICA事務所と受入機関との協力により極力解消されるべきである。 |
1 平成8年度のJICA特定テーマ評価調査報告書によると、「インプットを組み合わせて具体的な活動を展開する際、そこに関与する専門家の対応を意図的にコントロールして、相手側から案件の実施にあたって望ましい反応を(外部条件の整備、当事者意識の向上、組織開発等)引き出そうとすること」を意味する。
2 プロジェクトの発掘、形成を含む計画、プロジェクトの審査、実施、モニタリング、評価とそのフィードバックまでの一連の事業サイクルを運営管理する手法。
3 プロジェクトの計画、内容として必要な投入、活動、目標、指標、外部条件などの諸要素とそれらの間の論理的な相互関係を示したプロジェクトの要約表。