1.2.2.ダッカ子ども病院
(1)派遣概要
相手国 | バングラデシュ |
プロジェクト名 | ダッカ子供病院 |
協力期間 | 1986年より現在まで 36名の隊員が活動を終了 |
事業部門 | 保健医療 |
相手国実施機関 | 保健・家族福祉省 |
プロジェクトサイト | ダッカ子供病院 |
裨益対象 | リージョンIII、リージョンVII、リージョンX、リージョンXIIIの4地域(17州)に属する120以上の市町村における畜産農民 |
PDM | |
上位目標 | ・母子保健普及強化 |
プロジェクト目標 | ・病院内の医療サービスの充実 |
成果(活動分野) | 成果1:病院内看護婦の技術と知識が向上する。
活動1 婦長会議への出席 活動2 一般看護指導 活動3 専門看護指導 活動4 清潔操作 活動5 医療廃棄物 成果2:患者およびその家族への適切な医療技術が提供される。 活動1 保健指導(母親指導) 成果3:検査技術が向上(臨床検査技師)する。 活動1 細菌学と日常細菌検査技術の指導 活動2 精度管理 活動3 検査マニュアル作成 |
日本側投入実績 | |
協力隊(職種別) | 看護婦・臨床検査技師 |
協力隊機材援助(百万円) | |
単独機材供与(百万円) | 酸素集中供給システム |
研修員受入 | |
国内支援体制 | 技術顧問(2名) |
他の日本のODAとの関係 | 個別専門家:医師(ICU)派遣 |
他のドナーとの関係 | KOICAからは医師1名、看護婦1名が派遣 |
1)妥当性
ダッカ子供病院は国内唯一最大規模の小児専門病院で、1986年より看護師を中心に36名の隊員が活動を行っており、看護師隊員は主に看護技術の移転を、臨床検査技師隊員は主に検査技術の向上を目指してきた。バングラデシュの政策においても母子保健の向上が掲げられており、当病院での活動は当該国における母子保健制度の強化、病院組織の運営強化、看護婦等の意識の向上等に寄与しているといえ、協力隊員の派遣は妥当であったといえる。
しかし現場レベルのニーズは「不足する看護婦の充足」という点に強くあり、これまでの隊員のTORに見られる「活動を通じて技術の移転を図る」という技術移転型の活動とは大きな食い違いを見せている。15年間の派遣期間中に大きな見直しもされてこなかった。
ただし、現在の隊員は現地JICA事務所などの働きかけによりTORに沿った活動内容に変更されている。これによって活動の内容は技術移転型に変更されたことになるが、逆に派遣される隊員の技術レベル(モデル病棟実施や卒後教育など高レベル)としての適正度に対する疑問や、現場の同僚たちにとっては、これまで仲間であった隊員がいきなり指導者になってしまったことによる不満が聞かれた。
バングラデシュ国唯一の子供専門病院の看護レベルを向上させることは、患者である子供、また患者の母親達のニーズと合致したものであり、妥当な派遣であったといえる。しかしながら、長期的な計画目標が明確にされないままに隊員の派遣が続けれ、また隊員達が抱える配属先のニーズと隊員のTORとのギャップを解消することが置き去りになってきた。このため計画デザインには問題があったといえる。
2)有効性
派遣当初における具体的な目標の設定はない。各隊員がそれぞれ目標設定を行い活動を実施している。派遣当初から多くの隊員達が活動目標としてきた“清潔操作(=病院内を清潔にし、維持すること)”に対しては隊員の残していった清潔操作に関するポスターや病棟内の医薬品の管理方法等にその成果が見出せた。また、医療廃棄物の処理問題に対しては隊員の働きかけにより設置された焼却施設が現在も稼動であり、過去においては無造作に放置されていた注射針などの処理についての対策が恒常的に実施されている。さらに、日本で研修を受けた現地看護婦が隊員の活動に理解を示し、隊員達の活動目標の達成に貢献してきた。
一方で、長期的な派遣目標や上位目標が不明確、前任者と後任者との引継ぎの悪さ、恒常的な現地看護婦の不足、看護に対する個人的、社会的哲学の相違など隊員の目標達成を阻害する要因は多い。しかしながらこれらを取り除くための抜本的な対策はとられてこなかった。
3)効率性
当該国と日本の医療制度、看護婦の社会的な地位(バ国においては看護婦の地位は低い)については大きな差異が見られ、それらが隊員活動を行う上での阻害要因となっている。
隊員の活動内容を隊員の報告書から検証すると、ほとんどの隊員が2年の任期のうち約1年を準備期間として各病棟の観察、現状把握に当てている。活動の初期を現状把握に費やすことは他分野を含め多くの隊員に共通と言える。しかしながら、15年間に36名もの隊員が派遣されていながら、未だに任期の約1年を準備期間として各病棟の観察、現状把握に当てて、自分の活動内容を模索する活動方法が続けられ、継続派遣というよりは、個別派遣が何度か実施されたレベルになっており、協力活動の継続性という観点からは、非常に効率が悪かったといえる。
また、本病院には無償による医療機材の供与が数回行われているが、隊員の派遣と資材供与は必ずしもうまくかみあっておらず、この点からも効率性の低さが認められる。
4)インパクト
隊員達が現場で看護業務を行う中で、患者に対する対応や医師との連携の方法などについて、自らが実践して行い、少しずつ同僚たちの意識の改革を図り現在に至っているという点では、同病院内に勤務する人々に与えたインパクトは大きい。現場におけるインタビューの中では「彼女たちがいたから今の私たちはこうして働いていられる」と言った声をよく耳にした。バングラデシュにおける看護婦の社会的な地位は低く、日本で考える看護に対する概念や理想と言ったものが全く通用しない。医師の下働きにしか過ぎなかった看護婦達が、隊員との活動を通じ、今後の病棟の改善策を討議する婦長レベルまでに成長していることは、これまでの隊員が現場に与えた“人づくり”に貢献したインパクトである。
しかしながら、個々の隊員達の活動内容や方法によって、現地看護婦達が受けたインパクトに差異が生じている。例えば、現地看護婦に指示を与える立場で活動する隊員よりも、一緒に患者達の看護をしながら技術移転を行う隊員の方が、現地看護婦達に受入れられやすく、多くの親しみと感じさせている。また、個々の隊員達の活動内容や方法に一貫性がないことは、現地看護婦達に混乱を与えている。
5)自立発展性
他の公立病院に比べ、ダッカ子供病院の看護婦は患者に対して非常に優しく献身的であるとの意見をバングラデシュの現地コンサルタントが述べていた。同病院における看護婦の地位(イスラム国にあって同病院はカトリック系、よって看護師達もシスターと呼ばれている)が国内の他の病院と違うということも起因しているが、15年間で36名派遣された協力隊達が、看護婦達に与えた看護技術や知識、看護の心構え、および衛生観念が受け入れられた結果であると言える。「看護婦として一番大切なことは何か」という質問に対し、数人の看護婦が、「母親のような優しさ」と答えていた。また、それは“隊員が教えてくれた”と、日本での研修経験のある婦長レベルの看護婦が日本語で答えてくれた。このため今後もそれらを活かしながら仕事に取り組んでいくと思われる。しかしながら、病院全体としての取組みではなく、また看護婦間で学んだ知識を共有させていくシステムもないことから、限られた範囲(個人レベル)での自立発展性といえる。
今後の派遣の継続については、すでに在外事務所が検討段階にあり、現在活動中の隊員、および駐在の日本人の医療専門家と相談してながら決定するとのことであった。ここで、派遣を中止しても、子供病院の看護婦の質が著しく下がる、という結果はあまり想定できないが、15年間日本人の看護婦が子供病院で働いてきたことが、看護婦達の活動の促進要因であっただけに、協力隊の派遣が中止されることの負の影響は少なからずあると想定される。
しかしながら、今後も派遣を継続するのであれば、ダッカ子供病院の看護体制のどこに問題点があるのかを、日本側とバングラデシュ側で共同分析し、何のために隊員を要請し、何を派遣目標とするのかをある程度明らかにしておく必要がある。またマンパワー提供型の活動に対しては、自立発展性の欠落を補う必要があることを目途においた派遣計画(前任と後任の引継ぎ)が不可欠である。