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2-2 フィリピンの保健医療セクターの概況

特徴

フィリピンの保健医療分野の第一の特徴としては、人口増加率及び妊産婦死亡率の高さが挙げられる。保健医療に関する基礎的データについて近隣のアジア諸国と比較してみると、人間開発指数3(HDI)はタイとほぼ同程度である(表2-1参照)。しかし一方で、人口増加率は、高い出生率と下降傾向にある死亡率により、近年緩やかになってきているものの依然として2%を超える水準に留まっており(2000年の国勢調査では2.0%)、人口抑制は引き続き重点課題となっている。また人口分布の特徴としては、全人口の38%以下が15歳以下であり、若年人口が多い。65歳以上の人口は3.5%以下であるが、2004年には4.3%に増加すると見込まれている。男女の比は男性が50.4%とほぼ半数であるが、出産可能年齢の女性が全人口の23%を占めている。4

表2-1:保健医療に関する基礎的統計データ
  HDI 総人口
(1000人)
年間の人口
増加率(%)
出産率 平均余命 乳児死亡率
(1歳未満)
妊産婦死亡率
    1999 1970-90 1990-99 1999 1970 1999 1960 1999 1980-99
フィリピン 0.744 74,454 2.4 2.3 3.4 57 69 80 31 170
カンボジア 0.512 10,945 1.1 2.6 4.4 43 54 86 470
ベトナム 0.671 78,705 2.2 1.8 2.5 49 68 147 31 160
インドネシア 0.670 209,255 2.1 1.5 2.5 48 66 128 38 450
タイ 0.745 60.856 2.2 1.0 1.7 58 69 103 26 44
日本 0.924 126,505 0.8 0.3 1.4 72 80 31 4 8
(出所)国連開発計画「人権と人間開発2000年」及びユニセフ「世界子供白書2001年」等より。
(注1)HDI:人間開発指数(Human Development Index)
(注2)出産率:合計特殊出産率

第二に、10大死亡原因を見ると、感染症と共に生活習慣病も増加傾向であり、途上国の問題と先進国の健康問題が混在している様子が伺える(表2-2参照)。第三に、乳幼児死亡率は減少の傾向にあるものの、呼吸器系感染症や下痢、栄養失調など予防可能な疾患で死亡する乳幼児が多いことである(表2-3参照)。

表2-2:フィリピンの10大死亡原因
(1995年統計)
表2-3:乳幼児(1歳未満)死亡原因別
疾患名 実数 対10
万人
心疾患 50,252 73.2
循環器疾患 38,592 56.2
肺炎 33,637 49.0
悪性新生物 28,487 41.5
結核 27,053 39.4
事故 15,786 23.0
慢性肺疾患 11,309 16.5
その他の呼吸器疾患 6,747 9.8
糖尿病 6,724 9.8
腎疾患 5,552 8.1
合計 224,139  
疾患名 5年間平均(1989-93年) 1994年
症例数 対10
万人
症例数 対10
万人
肺炎 9,105 5.5 5,681 3.5
胎児・新生児呼吸器不全 5,679 3.5 5,854 3.6
先天性異常 2,104 1.3 2,890 1.8
下痢 1,680 1.0 1,927 1.2
栄養失調 1,807 0.7 530 0.3
敗血症 1,395 0.9 844 0.5
出生時損傷 1,104 0.7 1,690 1.0
麻疹 814 0.5 348 0.2
髄膜炎 217 0.1 533 0.5
その他の呼吸器疾患 370 0.2 439 0.3
合計 24,275   20,736  
(出所)National Objectives For Health Philippines 1999-2004

第四は、特に地域間格差が大きいことである。例えば、乳幼児死亡率、分娩中の母親の死亡率についての地域格差は下記の表2-4に示すように大きく、マニラ近郊ほど良い指標となる傾向がある。これには地域ごとの保健医療サービス水準に格差が存在することが大きく影響していると考えられている。

表2-4:乳児死亡率及び妊産婦死亡率の地域間格差(1995年)
6歳児までの乳幼児*死亡率(1,000人中)(国家平均=56.7)
死亡率が高い地域 死亡率が低い地域
Sulu 64.1 Bulacan 34.8
Ifugao 64.6 Cavite 35.8
Eastern Samar 65.8 Pampanga 36.7
Lanao del Sur 69.6 Laguna 37.2
Northen Samar 86.5 Rizal 38.2
母親の死亡率(100,000人中)(国家平均=179.7)
死亡率が高い地域 死亡率が低い地域
Sultan Kudarat 267.0 Cavite 111.6
Maguindanao 278.3 Batangas 139.1
Tawi-Tawi 299.1 Rizal 140.1
Aurora 311.6 Davao del Sur 148.6
Sulu 333.7 Pangasinan 147.0
(出所)Medium-Term Philippines Development Plan (1999-2004) P2-6

これらの背景には、1991年に制定された地方自治体法(Local Government Code: RA7160)により、保健行政が中央の保健省から、地方自治体の保健局に移管されたが、一方で、地方自治体が保健行政の実施を十分に行えるだけの財政的基盤や組織制度、人材などが十分に整備されていない状況が挙げられる。加えて医療従事者の不足や、貧困層における健康保険カバー率の低さなどの問題も存在する。これが、保健医療サービスの地域間格差や、保健医療サービスへのアクセス、標準、サービスの質における格差などを生じる原因となっている。

国家保健計画と保健行政

フィリピン保健医療セクターでは、1995年から2020年までの「国家保健計画」と、10年間の保健投資計画「保健セクターにおける平等確保のための投資(Investing in Equity in Health)」が策定され、保健医療サービスへの全国民のアクセス向上のための様々な施策が取られてきた。例えば、健康保険の普及のための「国民健康保健プログラム(NHIP)」や、地域に根ざしたプライマリー・へルスケアの促進のための法律「バランガイ・ヘルスワーカーのための奨励策(Barangay Health Workers' Benefits and Incentives Act of 1995: RA 7883)」が施行された。その他にも、人口管理計画のためのプログラム「フィリピン人口管理計画(1998-2003)」や、栄養状態改善のためのアクションプラン「栄養改善のための行動計画(PPAN)」等が進められている。

その結果、健康に関する指標も徐々に改善を見せている。例えば出生時の寿命は1993年の66.7歳から1997年には68歳に伸び、乳幼児死亡率も1993年の1,000人中52人より、1997年には45.8人に改善した。また、女性一人当たりの合計出生率も1990年の3.9人から1997年には3.6人へと減少している。栄養状態についても就学前児童の平均体重児の割合では、1992年の10%から1996年の7.4%までに改善を見せた。5

現在は1999年に発表された「保健改革アジェンダ」の実施期間中である。それによると、(1)公立病院の独立採算性の導入、(2)優先順位の高い公衆衛生(保健)プログラムに対する予算の確保、(3)地域保健システムの開発とその効率的な実施の促進、(4)保健行政の能力強化、(5)保健医療サービスの質の向上、(6)国家健康保険プログラムの普及、の6つが保健改革として取り組まれている。

フィリピンの保健医療関係の行政組織については、保健省はリージョンごとの地域事務所までを所管している。その下には79の各州に保健局があり、その下には、全国約1,500の各市、町には、それぞれ、市・町保健事務所が設けられるとともに、医師・看護婦、検査技師等が常勤する保健所(Rural Health Unit)が全国2,335箇所に設置されている。その下に村落保健所(BHS: Barangay Health Station)が全国に約42,000あるといわれている6。ここには、准看護婦兼助産婦が勤務しているが、中にはバランガイ・ヘルスワーカーといって資格のないボランティアしか勤務していないところもある。BHSにおいては、分娩介助、家族計画教育、避妊薬・避妊具の配布、母子保健教育、乳幼児健診、予防接種、結核治療、栄養失調児へのビタミン剤の支給等の簡単な治療や保健指導が行われているが、資金不足により十分なサービスが提供できていないところが多い。

このような状況下、NGOは保健分野において重要な役割を担ってきた。フィリピンには3,000~5,000のNGOがあるといわれ、活発に活動している。特に、前述の地方自治法(RA7160)によって、NGOを積極的に地方自治に取り込んでいくことが立法化されて以降、NGOの地方自治における参加は促進された。また、「保健改革アジェンダ」の中でも、地域の保健システムの向上のために、NGOや民間をパートナーとして取り組む事が、掲げられている。

ちなみに、フィリピンのNGOにおける事業形態・種類の主要なものは、サービス提供型が37.7%、ネットワーク型が19.1%、キリスト教系NGOが15.2%、財団が11.9%である。多くのNGOが証券取引委員会(Securities & Exchange Commission)への登録7を行い、その上で、政府機関からの認定(Accreditation)を得ており、主な登録先としては、地方自治体35.7%、社会福祉省19.8%、保健省9.8%となっている8

また、NGOの資金源については、他ドナーの支援・協力を得ており、中でも外国のNGOの依存度は高く、1999年では約4分の1の依存度となっている(表2-5参照)。

表2-5:フィリピンNGOの資金源の内訳(%)
資金源 1997年 1998年 1999年
会員費 1.8 1.7 2.0
事業収入 17.3 16.2 15.4
二国間贈与 5.7 10.1 10.3
多国間贈与 2.2 2.0 3.0
外国NGOからの贈与 21.1 23.4 24.5
地元の民間の贈与 4.0 3.0 2.8
教会からの贈与 2.6 3.0 3.2
政府の贈与 3.7 3.4 4.3
基本財産 8.5 7.7 7.3
個人的寄付 19.9 19.2 16.1
その他 13.2 10.3 14.1
(出所)'Philippines NGOs - A Recourse Book of Social Development NGOs'をもとに作成。


3 出生時の平均余命、教育の到達度、所得の3要素から成る。

4 フィリピン統計局データより。

5 フィリピン国家統計局データより。

6 在フィリピン日本大使館でのヒアリングによる情報。

7 会社以外の組織についても組織の設立と法人格を定めたものである。NGOはこの中で、Non-Stock Corporationと区別されており、証券取引委員会(Securities & Exchange Commission)へ登録する。さらに、政府の所管は以下のとおり、(1)農業関連労働組織(労働雇用省地方労働局)、(2)社会福祉組織 (社会サービス開発省)、(3)労働組合 (労働雇用省)、(4)協同組合(大統領府共同組合開発局)、(5)学校・教育機関(教育文化スポーツ省)。

8 Associations of Foundations 'Philippine NGOs- A Resource Book of Social Development NGOs'(2001)



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