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6.3 環境改善

6.3.1 水供給分野

(1)水供給の現況と課題

「ニ」国での水供給は脆弱である。首都マナグァをはじめとして、都市部でも未だ上水道設備が充分に整備されていない。水道施設が整備されている地域においても、無計画な配水管の延長、排水システムの老朽化等により給水状況は不均衡な地域差を生じている。また、水道施設にアクセスできない都市居住の貧困層は、不法取水によって生活を営んでいる家族もいる。農村部では、遠距離にある共同井戸や渓流水または水売り業者より生活用水を調達している住民が少なくない状況にある。

安全な水へのアクセス率も低い。特に、農村部では安全な水の確保さえ困難な住民が約6割にもおよぶ状況にある。次表の通り、1996年から2000年にかけての安全な水へのアクセス率は、全国・都市部・農村部すべての地域レベルにおいてわずかに上昇しているに過ぎない。全国レベルの普及率は59.1%から67.9%へ上昇し、都市部は82.3%から89.3%、農村部は31.3%から41.1%へと上昇した。このようにアクセス率の進捗が鈍いのは、都市部、特に首都マナグァにおいて農村部からの流入人口が急速に増大しており、新しい入植地域に上水道整備が追いつかないからである。一方、農村部においては、人口の自然増と比較して相対的に水へのアクセス上昇率が鈍化しているからである。

表6.3.1-1 都市・農村別安全な水へのアクセス率 (%)
年度 1996 1997 1998 1999 2000
都市部 82.4 86.9 88.3 88.5 89.3
農村部 31.3 32.0 33.3 39.0 41.1
全国 59.1 61.6 62.8 66.5 67.9
(出典)ENACAL

内戦時代の名残で、上下水道ばかりでなくゴミ処理といった公共サービス全般に対する料金を支払おうとしない住民が多いことが社会問題になっている。行政機関は、料金徴収による公共サービス拡大を画策しており、住民多数の公共料金未支払が給水整備の拡大にも大きな障害になっている。

今後は水供給分野の基礎的なインフラ整備、ならびに地域住民に対する公共サービスへの理解を深める、社会教育、環境教育の推進が急務となっている。特に、都市部の新興入植地域及び農村部をその重点地域として設定することが水供給分野における開発課題とされている。

(2)水供給セクター政策

水供給セクターは、国家開発の重点分野の一つとして位置づけられている。政府は、水供給の普及率上昇による生活環境の改善ばかりでなく、公衆衛生、環境の側面からも水供給セクターの開発を重要視してきた。

上水道事業は、全国の都市給水・地方給水を含め、1979年に設立されたニカラグァ上下水道庁(INAA)が1990年代末まで所轄していた。INAAは、大統領府直属の公社的存在であったが、事業運営に国庫からの支出はなく、主として水道料金収入を基盤とした独立採算制を採っていた。INAAは設立以来、概ね健全な運営を行っていたが、国策に従い現在は政策策定機関となっている。その実施機関としては、ニカラグァ上水道公社(ENACAL)が公社化され、機能している。

政府は、ドナー諸国・国際機関等の要請も受けて環境問題を重視する政策を採っている。1993年には、関係省庁が全国環境保全戦略と題する環境保護プランを作成した。このプランの重点項目として以下の事項があげられている。

  • 全国的規模の植林政策
  • 水質汚濁防止と改善対策
  • 環境問題に対する国民教育
  • 環境保全に関する法律・規則の制定
  • 水質検査その他の検査機関・研究所の設立
引き続き、1995年に策定された国家開発計画の社会開発・貧困対策戦略において、政府は各地域の安定及び生活環境の改善を図るべく、上水道施設の整備・向上を重点目標に掲げた。特に、給水・衛生セクターに関しては以下の目標を掲げるとともに、給水・衛生事情の改善をINAA/ENACALに一任している。

  • 地方給水の普及率拡大
  • 給水施設の改善による漏水と水道水汚染の極小化
  • 給水にかかる経済的自立のための組織の強化
  • 不法取水の削減と量水計設置地区の拡大
  • 厳格な規則と下水施設改善による環境保護
  • 地方組織を動員した地方給水・衛生施設工事の実施
  • 地域住民へ廃棄物処理施設の供給
  • 衛生及び保健に係る教育の普及

INAA/ENACALは、上記戦略に則して、全国上水道整備計画を策定した。同計画では、水道施設未整備地域の新規開発及び既存上水道施設の改善・拡張を主体としているが、既存水源の有効利用を図るため水管理組織の強化・改善等も重点目標とした。地域的には、特に人口集中の大きい太平洋側及び中央高原を開発重点地域に挙げている。また、国家計画の主旨に沿う形で、厚生省とINAAによる農村地域を対象とする給水・排水国家計画を策定し、農村地域の農業用水、給水施設の拡充による地域住民の公衆衛生向上が重要課題として位置づけている。

国政府は、地方給水整備に重点を置く一方で、首都マナグァに流入してくる移住者対策にも努めねばならなかった。政府とマナグァ市当局両者は、人口移動対策が社会問題における重大懸案事項の一つとして位置づけている。水供給を担うINAA/ENACALの立場からすると、全国の上下水道料金収入のうちマナグァ市からの収入が約3分の2を占めるため、INAA/ENACALの財政はマナグァ市からの水道料金収入の多寡に左右されることになる。そのため、INAA/ENACAL財源確保の意味からも、首都マナグァの上水道整備事業は常にINAA/ENACALの最優先事業として位置づけられている。すなわち、全国の給水サービス・レベルの向上は、先ず首都マナグァでの改善を手掛け、料金収入によって財源を確保した上で余裕財源を地方都市・農村部の給水施設改善に振り向けるという方針が現在のINAA/ENACAL及び国の戦略となっている。

INAA/ENACALの財政は、次表のとおり毎年安定した利益(50百万コルドバから65百万コルドバ)を上げているものの、1999年には粗収入413百万コルドバ、総支出353百万コルドバと比較的規模が小さい。政府の目標は、都市部のみならず地方への上下水道整備の全般にわたっているが、INAA/ENACALの資金不足のために、都市・地方いずれの地域においても十分なサービスが行き届いていないのが現状である。INAA/ENACALは独立採算制を採っており、水道料金のみで給水施設の運営を行っている。大規模な施設の改善・拡張等の新規事業は、海外ドナー諸国・国際機関の資金援助に頼らざるを得ない状況にある。

表6.3.1-2 INAA/ENACALの操業収入・支出
(単位:百万コルドバ)
年度 1995 1996 1997 1998 1999
粗収入 191.1 228.0 264.6 345.2 413.9
粗支出 126.6 167.4 214.5 289.7 353.1
純利益 64.5 60.6 50.1 55.5 60.8
(出典)INAA/ENACAL

(3)我が国援助の評価

我が国の援助は、政府のみならず地域住民に至るまで認識し、評価されている。特に、マナグァ首都圏の上水道整備については我が国の援助が一手に引き受けている形で、その裨益効果は大きい。

水供給分野における援助としては、以下の4つの無償援助案件が挙げられる(総額:105.28億円)。上述した政府及びINAA/ENACALの水供給分野に関する開発政策に沿った形で、重点地域である首都マナグァ及び首都近隣地域のカラソ台地において上水道整備を実施してきたことから、当該分野の援助は妥当であったと評価できる。

我が国の水供給分野に係る無償案件一覧(1990年~2000年度)
1)カラソ台地地下水開発計画 1993~1995年 22.46億円
2)マナグァ市上水道施設整備計画 1994~1997年 36.48億円
3)第2次マナグァ市上水道施設整備計画 1998~2000年 29.66億円
4)第2次カラソ台地地下水開発計画 1997~1999年 16.68億円
  総額: 105.28億円

また、上記案件及び個別専門家派遣事業(地下水開発に伴う水理地質専門家1人)を通じて、水供給分野における技術移転もなされてきた。この技術移転の効果は、2地域における第1次計画で調査団・技術者から技術移転を受けたINAA/ENACAL職員及び受託民間業者が、第2次計画でもカウンターパートとして施設の運営、維持管理を行う十分な能力、技術力を発揮したことからも明らかである。「ニ」国技術者に欠如している施行管理技術、特に深部での掘削技術に関しては、我が国の高度技術が「ニ」国側技術者に技術移転されたことは評価できる。

さらに環境分野では、個別専門家派遣事業において下水処理池改善(3人)、下水処理技術(3人)、マナグァ市ゴミ処理対策(3人)の総計9人の専門家が派遣され、環境分野の現地関係者に技術移転がなされてきた。

水供給分野における草の根無償案件(1995~2000年度)は14件あり、貧困地域の村落給水事業が中心となっている。これらの案件は住民に直接裨益していることから、評価が高い。

以下、水供給分野における代表的案件として、「マナグァ市上水道施設整備計画」、「カラソ台地地下水開発計画」および「草の根無償案件」を紹介する。

事例 (8):マナグァ市上水道施設整備計画

同計画は、首都マナグァ市を対象地域とし、上水道給水に必要な施設を整備することを目的とした事業である。同計画の実施により、マナグァ市の上水量の20%が確保され、アルタミラ配水地区とそれに関連する5つの配水地区の総数57万人が直接裨益人口となった。既述した「ニ」国政府及びINAA/ENACALの水供給分野における開発政策の第一重点地域がマナグァ市であることから、同計画が下記妥当性をもってマナグァ市の上水道施設整備を実施したことは肯定的な評価ができる。 マナグァ市上水道施設整備計画

1) 農村部からマナグァ市への大量の人口流入により年率7%にも及ぶ高い人口増加が起き、既存の給水設備の能力では、大幅な水不足が生じ、週2回の給水制限を行っていた。このような状況を鑑みて、新たな給水施設を整備することは妥当であった。

2) さらに厳しい給水制限により住民生活の負担・不満が大きくなっていたことから鑑みると、実施時機の観点から同計画の実施は妥当であった。

3) 導入された技術レベルは、技術移転を踏まえた上で、「ニ」国技術者が十分に運営管理できるものであったことから技術的観点において妥当であった。

4) 井戸の効率化や漏水の減少等、既存上水設備の改善を米州開発銀行からの融資により実施されるようドナー間協調がなされたことは、同計画の目的を達成するためにも妥当であった。

同計画の実施により、主に以下の経済的効果、社会的効果、環境的効果が発現している。

経済的効果:
1) 水源をマナグァ湖やニカラグァ湖に求めた場合と比べ、水処理及び配水費用が大幅に安くなった。
2) ENACALの全般的運営は、供与された施設・機材は有効に活用されるとともに、維持管理に必要な予算及び人員も確保され、既出の表6.3.2に見られる通り健全に推移している。

社会的効果:

1) 住民57万人に対して、安定した給水が可能となり、住民の生活環境が改善された。
2) 安定した水供給が可能となり、女性及び子供の仕事であった水汲みが大幅に軽減された。
3) 本事業の実施に対する「ニ」国政府の評価は非常に高く、アレマン前大統領をはじめとする主要閣僚が竣工式に出席するなど、二国間の友好関係の増進に貢献した。

環境的効果:

1) 新たな上水場を設備したことからアソソスカ湖からの取水量が大幅に軽減し、同湖及び周辺地域への環境の負荷が低減した。

事例 (9):カラソ台地地下水開発計画

首都マナグァ近隣地域であるカラソ台地周辺を対象地域として実施した同計画は、25万人を越える裨益人口がもたらした事業である。同計画は、上述した「ニ」国政府及びINAA/ENACALの水供給分野における開発政策に沿い、下記目的をもって実施されたことから妥当であったといえる。 カラソ台地地下水開発計画

1) 同計画は、カラソ台地に存在する都市部への上水道整備を目的とした。
2) 同計画は、上水道整備による農村部の生活環境改善を目的とするとともに、農村部から首都マナグァを始めとした都市部へ流入する人口を抑制する一助になることを目的とした。

また、同計画の対象地域住民60人を対象とした事業完了後の住民意識調査の結果によると、同計画によって新規に水供給を受けることになった地域住民は、下表に示した意識を持っている。40%の住民が「十分な水量を得られる」、26.6%が「質の良い水を得られる」、20.0%が「安定的な水供給を受けられる」ということを意識しており、これまで安全な水への安定的なアクセスを得られてこなかった住民に対して直接的裨益効果が発現した。

新規に水供給を受けた住民意識
住民意識 %
1) 十分な水量を得られる。 40.0
2) 質の良い水を得られる。 26.6
3) 安定的な水供給を受けられる。 20.0
4) その他 13.4
(出典)住民聴き取り調査(2001年11月実施)

同様に、同調査の90%を越える地域住民が水供給による生活の改善を認めていた。その90%の住民が認識している水供給の効果の内訳は、下表のとおりである。第一に、40.6%の住民が「衛生状況の改善」、続いて35.7%の「水系性疾患の減少」、第三に「取水時間の短縮」を水供給の効果として認識していた。

住民が最も認識している水供給によって得られた効果
効  果 %
1) 衛生状況の改善 40.6
2) 水系性疾患の減少 35.7
3) 取水時間の短縮 21.1
4) その他 2.6
(出典)住民聴き取り調査(2001年11月実施)

事例 (10):草の根無償案件「サン・パトリシオ村飲料水供給支援計画」

背景と目的:
 同村では小川の水を飲料水として利用していたが、乾季にはその水は枯渇する。また、小川は牧草地を流れており、家畜の排泄物により汚染されていて、飲料水には適していない。かかる状況から同計画は、UNICEFとの共同融資事業により、飲料水供給施設を設置した。

供与限度額:US 8,280ドル

サン・パトリシオ村飲料水供給支援計画

農村女性が中心となった住民参加型開発である。受益戸数は165戸に及ぶ。設置前には片道30分通っていた隣村までの水汲み作業が解消された。飲料水の安定確保、家事労働の軽減、衛生環境の改善、水系性病気の減少等の効果が発現している。女性を中心とした飲料水委員会を組織し、維持管理システムも整備され、持続可能な体系を整えている。

(4)教訓と提言

(教訓)
水供給分野における援助を通じて認識できた教訓として、以下の3点が指摘される。

1) 効果的な援助実施の時機
我が国が実施してきた水供給事業は、無償資金協力であり開発調査からプロジェクト実施までに要した時間が比較的短く、かつプロジェクト実施の時機が適切であったと思料される。

2) ドナー間協調
首都マナグァの水環境整備において、我が国と米州開発銀行・ドイツ等との間でドナー間協調がなされた。我が国は上水道整備を推し進め、米州開発銀行・ドイツは下水処理を推し進めることにした。このドナー間協調は、互いの援助を相互補完する形となり、援助の効率性を高めたと考えられる。

3) 継続的な技術移転
我が国が重点2地域に集中して、短期間に、同一のカウンターパートに継続して技術移転を実施してきたことは、カウンターパートによる技術習得を促し、効果的な技術移転となった。

(提言)
水供給分野における援助を実施してきた経験から、以下の提言が導かれる。

1) 水供給マスタープランの作成
地域的な配水不均衡および都市・農村の地域間不均衡是正を図るため、適正な水源位置と給水区域の再編成に関する検討および地域毎の優先順位付け等を折り込んだ水供給マスタープランの策定が望まれる。また、その代替案として、農村開発計画を策定する際に、水供給プランを組み込むことも考えられよう。

2) INAA/ENACAL組織・制度に係る強化・再編
INAA/ENACALは、これまで比較的健全な運営・管理を実施してきている。しかし、今後の地方給水事業の展開に則して、維持管理体制などINAA/ENACALの組織・制度全般に係る強化及び再編を支援することは、一層効果を高めることになると考えられる。

3) セクター横断的なプログラム化の推進
給水整備を実施するのは明白であるが、給水事業に加えて、地域住民にもたらされる外部効果をさらに高める生活環境改善(含む公衆衛生)、生計向上、環境保全プロジェクト、環境教育等をセクター横断的にプログラムとして統合して実施することは、より効果的な援助効果が発現すると考えられる。

6.3.2 防災分野

(1)災害の現況と課題

「ニ」国は、歴史的に様々な自然災害に頻繁にさらされてきた。主な自然災害としては、地震、火山、津波、ハリケーンと熱帯暴風、洪水、旱魃、崖崩れ、が挙げられる。

自然災害による被害が中南米では最大級となっている。1972年から1998年にかけてラテン・アメリカ/カリブ地域で発生した28件の大規模自然災害のうち7件が「ニ」国で発生している。ラテン・アメリカ/カリブ地域諸国経済委員会(CEPAL)のデータによると、1970年から1998年にかけてラテン・アメリカ/カリブ地域では自然災害により87,080名が死亡しているが、そのうち「ニ」国の死亡者は15%に相当する。また、同期間に合計1,200万人の被災者が報告されているが、そのうち「ニ」国の被災者は全体の11.2%に当たる136万人が被災している。さらにCEPALは、1972年から1998年にかけ、累積で62億ドルに及ぶ自然災害による経済損失が発生したものと推定しており、これは「ニ」国の年間GDPの3倍、すなわち年間2億3,800万ドルの損失、1990年代の年間輸出額の40~50%に相当する額である。

1998年に中米諸国を襲ったハリケーン・ミッチは、「ニ」国の過去30年間において最大級の自然災害であった。このハリケーンは国際的分類でも最高度に達したもので、「ニ」国の社会経済及び自然環境に甚大な被害をもたらした。その深刻な影響は17県のうち9県に集中し、推定で3,045名の死亡者と867,752名の被災者を生んだ。約13億3,650万ドルの経済損失を発生させ、そのうち60%超が国道網での被害であった。また、このハリケーンにより国土調査院が受けた損害が約727,000ドルにのぼったことは一例を示すものである。

表6.3.2-1 ハリケーン・ミッチによるニカラグァ国土調査院施設の被災規模
項目 破壊された基地の数 被害額(米ドル) 観測所
気象施設 54 243,900 補助基地14ヶ所
雨量観測基地40ヶ所
水文施設 27 467,100 陸水学的観測基地27ヶ所
地球物理施設 2 16,000 地震観測所2ヶ所
合計 83 727,000  
(出典)ニカラグァ国土調査院

こうした自然災害は、全国土に広がる火山灰土が水による浸食に弱いということに加え、全国的に森林伐採が進んだこと、農村からインフラの未整備な都市周辺に移住してくる住民が増えたことによって増大したと考えられる。さらに、市民の防災意識が低く、政府の防災システムも未だ充分機能していない状況にあることも指摘される。災害告知や緊急避難などの防災システム、防災ネットワークの構築を図るとともに、国民への防災教育を進めることが求められている。

(2)防災政策・制度

これまでにも様々な自然災害が発生したが、政府としては人命の犠牲及びインフラへの被害について目立った対策を取ってきていない。これは、自然災害への対策が事前防止ではなく、主として被災後の復興措置に重点を置かざるを得なかったという事実による。自然災害を防止するという意識が低いと認めざるを得ない。

1980年代末には、国連の推進による国際自然災害緩和対策10ヵ年の枠組みを基に、1989年7月に設置された国家自然災害防止委員会が、民間防衛組織(国軍に属する機関)の中央本部職員の調整任務の下、多くの公共機関と民間機関が防災活動に参加し始めていた。しかしながら、その後90年代の経済的制約と社会問題のため、この災害管理制度の発展も阻まれてきた。特に、ハリケーン・ミッチ被災後では、その防災体制の弱体ぶりが露呈された。

最近は自然災害、防災に対する意識が高まってきている。現在、新たな国・地域レベルでの防災体制を確立するため、政府が中心となって以下のような制度・組織が整備され始めている。

(a)法制度
政府は、国家政策の重点分野の一つとして防災に関する法制度として、 1) 自然災害防止法、2) 国家災害防止・緩和制度、3) 中南米地域災害防止計画、4) 災害早期防止制度、等を整備し、新たな防災体制確立に努めている。

1) 自然災害防止法:
自然災害防止法(第337号)が2000年4月7日に発布され、自然災害防止の取り組みに向けた大きな進展となった。同法の目的は、自然災害及び人災を問わず、災害防止・緩和の活動を通して組織横断的な制度を創設し、原則、規準、配備、手段を確立し機能させることにある。同法に沿って、国家防災委員会(SNPMAD)が設置された。

2) 国家防災委員会(SNPMAD):
2000年4月に自然災害軽減、予防、救援のための国家システム構築法(法律337号)が制定され、副大臣を長とする国家防災委員会(SNPMAD)が形成された。SNPMADは、自然災害及び人災からのリスク緩和を目的とし、諸機関の共通合意に基づく活動計画を整備し、国民及び国家の財産を保護することを狙いとしている。本制度は、有機的で明確な仕組みを持ち、役割分担や公共機関の連携に関する方法と手順を示している。

3) 中南米地域災害防止計画 (PRRD):
中南米地域災害防止計画(PRRD)は、1993年にグアテマラで開催された中南米地域の大統領サミット会議で批准されたものである。1998年10月に中南米を襲ったハリケーン・ミッチの壊滅的な被害を受け、1999年10月、同会議で中南米地域における災害被害の緩和戦略の枠組みが打ち出された。PRRDは、以下の3つの計画・戦略から構成されている。
  • 基本計画(地域レベルでの一般的及び戦略的な指針と責任を明確化)
  • セクター戦略(専門機関とSICAがセクター活動計画を決定)
  • 国家災害防止・緩和計画
政府は、上記の自然災害防止法(第337号)策定に当って、PRRDが基本とする自然災害と緊急事態に対処するための組織的で調整の取れた効果的な手順を策定するための計画を重視している。

4) 災害早期防止制度:
自然災害防止法(第337号)は、SNPMADとニカラグァ国土調査院(INETER)事務局が警戒状況の宣言とそのレベルについて判断を下すよう定めている。同法は以下のレベルについて明確に規定している。
  • 青の警戒レベル
    自然災害又は人災の発生が確認され、地域が特定され、全国土あるいは一部地域に危険が及ぶ可能性があり、SNPMAD機関及び一般住民に通知する必要がある場合の宣言。
  • 黄の警戒レベル
    確認された災害現象が評価され、地域全体あるいはその一部に危険が広がる可能性があるとした場合の宣言。
  • 赤の警戒レベル
    災害現象が突然発生したかどうかを判断し、全国土あるいはその一部地域に予期せぬ被害が及ぶと想定される場合の宣言。

(b)組織
政府は、上述の法制度の整備を受けて、1) SNPMAD、2) 地域委員会、3) INETER、4) 災害復旧委員会といった機関・組織を中心として、国・地域レベルでの防災に係る組織体制の強化に努めている。

1) SNPMAD
SNPMADは、様々な自然災害に対処するために、以下の組織を国・地域レベルで組織化している。
  • 国家災害防止・緩和委員会
  • セクター別及び地域組織毎の行政方針に関連する国家組織委員会
  • 県委員会
  • 市町村委員会
  • 大西洋自治区委員会
特に、国家災害防止・緩和委員会が、組織の中心的な役割を担い、あらゆる活動における方針策定、計画、監督、調整を担当している。同委員会は、常設の機関であり、最低年2回は作業委員会を開催している。以下の委員により、同委員会は組織されている。
  • 大統領
  • 国防大臣(軍の最高司令官が補佐)
  • 内務大臣(警察庁長官が補佐)
  • 外務大臣
  • 財務大臣
  • 運輸・インフラ大臣
  • 環境天然資源大臣
  • 家族省大臣
  • 厚生大臣
  • 文部大臣
  • ニカラグァ地域局局長
同委員会の役割は、以下のとおりである。
  • SNPMADの方針策定
  • SNPMADによる国家計画の承認
  • 大統領に対する国家災害非常事態宣言の勧告
  • 国家災害基金の年間予算案の承認
  • 地域での啓蒙活動等、SNPMADの活動目標の実施に必要な対策及び手段の採択に関する提言
  • 国際援助の管理と配分のための手順と手段の策定
  • 災害防止に関する地域開発計画の規準及び規則に関する提案の承認
  • 政府組織及び非政府組織による協議会の召集
  • 災害の防止と緩和に関する初等、中等及び高等教育プログラムに含めるべきカリキュラムのテーマと内容の承認
また、SNPMAD事務局は、自然災害防止法に従って、SNPMADを中心に組織される国家地域委員会に盛り込むことのできる常設又は臨時の市民団体による組織を以下の通り定めている。
  • ニカラグァ赤十字と消防組織(常設)
  • 警報や災害時ならびに災害の防止・緩和活動の計画立案に参加することのできる教会を含めた人道的立場の国家機関や国際組織
  • リスク緩和分野の発展に係わる技術的な非政府組織
  • 災害問題の分析と討論に参加することのできる大学及び科学研究機関
  • 各地域社会のリスク緩和と防止活動に係わる市民組織

2) 地域委員会
自然災害防止法は、各地域の政府出先機関により構成される作業委員会が地域レベルでの災害防止・緩和のための委員会として活動し支援するよう定めている。さらに、地域委員会の調停役を担う市町村長は、各作業委員会に非政府組織や民間の代表を参加させることが可能である。地域委員会は、必要とみなす作業委員会を独自に設置できる。ただし、同法では下記委員会の設置を勧告している。
  • 安全委員会
  • 調達委員会
  • インフラ交通委員会
  • 保健委員会
  • 環境・天然資源委員会
  • 消費者保護委員会

3)ニカラグァ国土調査院(INETER)
1981年に創設されたINETERは、自然災害の防止と緩和における調査研究において重要な役割を担っており、 技術及び科学の様々な分野の調和的な活動をしている。常設監視体制により水文学、地震学及び火山学的な観測が実施されている。同時に、INETERは、基本的な技術網の国家システムを運営し、測地、気象、水文、水文地質、地震、海底地質等の基本的技術データベースの一次情報収集を整理している。1999年時点で全国に設置された国の気象観測所342ヶ所の内訳は、雨量観測所307、気象観測所35である。国の地震観測網は43ヶ所の観測基地で構成されており、遠隔測定基地が26ヶ所、加速度計基地が17ヶ所であった。これらの情報を踏まえ、INETERは、自然災害の観測と早期警報ならびにリスク緩和と自然災害マップの作成も担当している。

4) 災害復旧委員会
ドナー諸国・国際機関から受ける援助資金が活用されるように災害復旧委員会が組織され、6つの小委員会(社会セクター、生産、インフラ、環境、対外協力、市民生活)が設置されたが、現在はそれほど機能していない。

(3)我が国援助の評価

防災分野に関連する我が国の援助としては、以下の7つの無償援助案件が挙げられる(総額:8.46億円)。加えて、個別専門家派遣事業においても総計29人の専門家が活躍してきた(地球物理観測1人、測量技師1人、防災・災害対策3人、地震・津波災害救済チーム11人、ハリケーン災害救済医療チーム13人)。火山噴火、地震、津波、ハリケーン災害といった幅広い自然災害に対して、我が国の自然災害分野における豊かな経験に基づいて、緊急・復興援助を実施してきたことは、「ニ」国側からも高い評価を受けている。

我が国の防災分野に係る無償案件一覧(1990年~2000年度)
1)災害緊急援助 火山噴火、1992年 0.13億円
2)災害緊急援助 地震・津波、1992年 0.39億円
3)災害援助 1993年 0.12億円
4)災害緊急援助 ハリケーン災害、1996年 0.05億円
5)ハリケーン災害復興用機材・資材整備計画 1998年 6.49億円
6)緊急無償ハリケーン災害 1998~1999年 0.59億円
7)緊急無償ハリケーン災害 世界食糧計画WFP経由、1998年 0.69億円
  総額: 8.46億円

一方、上記案件一覧に見られる通り、これまでの我が国の対「ニ」国援助では、防災という観点からの援助に関してはこれまで重点を置いてこなかった。我が国の対「ニ」国への防災分野に関連する援助は、事後対処的に行う被災後の災害緊急・復旧援助という形態で人道的に援助する場合がほとんどであった。このように我が国が、防災ではなく、災害緊急・復旧援助へ重点が置かれてきたのは「ニ」国側の以下の諸要因にもよるからである。

  • 「ニ」国側は、度重なる大規模な自然災害を受けながらも、防災に対する政策方針も明確化されておらず、防災意識が高まっていなかった。
  • 「ニ」国政府には、防災に関するカウンターパートとなりうる機関も存在せず、我が国の援助を受け入れ体制が整備されていなかった。
  • 「ニ」国政府は、民主化後の社会経済の復興・安定化に重点を置いてきたことから、防災分野に重点を置くことができなかった。

しかしながら、ハリケーン・ミッチ被災後、防災に対する意識の高まりをみせていることから、我が国も防災分野での援助を実施し始めている。表6.3.2-2に示すように、1990年代後半から防災関連の研修・会議等が我が国の援助によって実施されてきている。2000年には、JICAが実施機関となり、防災分野に関する3つの技術移転研修を開催されている。我が国で開催された自然災害・防災に関する国際会議・研修会にも研修員を受け入れている。

表6.3.2-2 ニカラグァ国内での防災に関する技術移転研修者数
  参加者数
No. 研修内容 実施機関 1998 1999 2000 合計
1 大惨事におけるリスク管理のための支援器具に関する研修 スイス(COSUDE)   1   1
2 自然災害の削減に係る戦略計画に関する研修 国連   1   1
3 災害と偶発的出来事による傷害に対する保健分野に関する研修 保健省(MINSA)   1   1
4 自然災害に係る予防と緩和に関する地域研修 JICA/CEPREDENAC     6 6
5 自然災害に関する研修 JICA     4 4
6 自然災害における早期警報に関する研修 JICA     3 3
7 急流及び洪水現象に対する水文学に関する研修 スイス(COSUDE)     1 1
8 自然災害に関する研修 スイス(COSUDE)     1 1
  総計     3 15 18
(出典)ニカラグァ国土調査院

さらに、2000年から2004年にかけて、JICAは「北部太平洋地域防災森林管理計画調査」を農牧林業省国家林業庁と実施している。同調査は、ハリケーン・ミッチによる被害の大きかった北部太平洋岸地域(約100万ha)を対象として、住民参加による森林管理を通じた水土保全機能の向上を目的としたものであり、防災政策及び時機が合致した調査と評価される。

以上のとおり、我が国は、これまでは緊急災害援助に重点を置いて「ニ」国の社会経済の復興を支援してきており、また近年では防災の見地からの援助を実施し始めていることから、「ニ」国側の防災政策に沿った援助を実施していると評価することができる。

(4) 教訓と提言

防災分野は、ハリケーン・ミッチでみられた自然災害に対する社会的な脆弱性のように、未整備な姿が散見されている。総合的な防災体制は未だ確立されていない。従って、防災分野において高度な技術と豊かな経験を有する我が国が、積極的に防災分野を支援していくことは意義が深いと考えられる。特に、以下の3項について支援することが効果的であろう。

(a)組織・制度の整備及び実施支援
近年、政府は防災分野の法制度を整備し、国・地域レベルでの防災に係る組織体制の強化に努め、新たな防災体制確立に努めている。しかしながら、実施細則に関しては未確立な部分も多く、実施組織も十分に機能できる状態になっているとはいい難い。特に、地域・コミュニティー・レベルでの組織化は重要であり、地方行政組織や現地NGOとの連携も図る必要がある。我が国の経験を踏まえ、より効果的な防災体制を確立できるよう組織・制度面に支援を広げることが望まれよう。

(b)防災分野における環境整備
政府が経済安定化・復興を第一に掲げていることから、これまで防災分野に係る環境整備に手が回せてこなかった。また、防災分野に係る環境整備事業を実施するための指針となるハザード・マップや防災マップも作成されていない。我が国が、ハザード・マップや防災マップの作成に協力し、それを踏まえた防災分野の環境整備を実施することは意義が大きい。特に、治山・治水・砂防、河川・灌漑流域管理、森林保全・造成事業、気象・水文、火山活動・地震観測体制等の整備、情報通信技術の活用による早期警戒システムの整備に重点を置くことが考えられる。

(c)技術移転
「ニ」国技術者には防災分野における技術が未だ蓄積されていない。防災事業実施において技術的な困難性に直面しており、人材育成が必要とされている。防災に関連した現地研修・セミナーや研修などを通じて、防災関連での人的資源開発と技術移転を横断的な観点から実施することが望ましいと考えられる。

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