6.3 環境改善
(1)水供給の現況と課題
「ニ」国での水供給は脆弱である。首都マナグァをはじめとして、都市部でも未だ上水道設備が充分に整備されていない。水道施設が整備されている地域においても、無計画な配水管の延長、排水システムの老朽化等により給水状況は不均衡な地域差を生じている。また、水道施設にアクセスできない都市居住の貧困層は、不法取水によって生活を営んでいる家族もいる。農村部では、遠距離にある共同井戸や渓流水または水売り業者より生活用水を調達している住民が少なくない状況にある。
安全な水へのアクセス率も低い。特に、農村部では安全な水の確保さえ困難な住民が約6割にもおよぶ状況にある。次表の通り、1996年から2000年にかけての安全な水へのアクセス率は、全国・都市部・農村部すべての地域レベルにおいてわずかに上昇しているに過ぎない。全国レベルの普及率は59.1%から67.9%へ上昇し、都市部は82.3%から89.3%、農村部は31.3%から41.1%へと上昇した。このようにアクセス率の進捗が鈍いのは、都市部、特に首都マナグァにおいて農村部からの流入人口が急速に増大しており、新しい入植地域に上水道整備が追いつかないからである。一方、農村部においては、人口の自然増と比較して相対的に水へのアクセス上昇率が鈍化しているからである。
表6.3.1-1 都市・農村別安全な水へのアクセス率 (%) | ||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
(出典)ENACAL |
内戦時代の名残で、上下水道ばかりでなくゴミ処理といった公共サービス全般に対する料金を支払おうとしない住民が多いことが社会問題になっている。行政機関は、料金徴収による公共サービス拡大を画策しており、住民多数の公共料金未支払が給水整備の拡大にも大きな障害になっている。
今後は水供給分野の基礎的なインフラ整備、ならびに地域住民に対する公共サービスへの理解を深める、社会教育、環境教育の推進が急務となっている。特に、都市部の新興入植地域及び農村部をその重点地域として設定することが水供給分野における開発課題とされている。
(2)水供給セクター政策
水供給セクターは、国家開発の重点分野の一つとして位置づけられている。政府は、水供給の普及率上昇による生活環境の改善ばかりでなく、公衆衛生、環境の側面からも水供給セクターの開発を重要視してきた。
上水道事業は、全国の都市給水・地方給水を含め、1979年に設立されたニカラグァ上下水道庁(INAA)が1990年代末まで所轄していた。INAAは、大統領府直属の公社的存在であったが、事業運営に国庫からの支出はなく、主として水道料金収入を基盤とした独立採算制を採っていた。INAAは設立以来、概ね健全な運営を行っていたが、国策に従い現在は政策策定機関となっている。その実施機関としては、ニカラグァ上水道公社(ENACAL)が公社化され、機能している。
政府は、ドナー諸国・国際機関等の要請も受けて環境問題を重視する政策を採っている。1993年には、関係省庁が全国環境保全戦略と題する環境保護プランを作成した。このプランの重点項目として以下の事項があげられている。
INAA/ENACALは、上記戦略に則して、全国上水道整備計画を策定した。同計画では、水道施設未整備地域の新規開発及び既存上水道施設の改善・拡張を主体としているが、既存水源の有効利用を図るため水管理組織の強化・改善等も重点目標とした。地域的には、特に人口集中の大きい太平洋側及び中央高原を開発重点地域に挙げている。また、国家計画の主旨に沿う形で、厚生省とINAAによる農村地域を対象とする給水・排水国家計画を策定し、農村地域の農業用水、給水施設の拡充による地域住民の公衆衛生向上が重要課題として位置づけている。
国政府は、地方給水整備に重点を置く一方で、首都マナグァに流入してくる移住者対策にも努めねばならなかった。政府とマナグァ市当局両者は、人口移動対策が社会問題における重大懸案事項の一つとして位置づけている。水供給を担うINAA/ENACALの立場からすると、全国の上下水道料金収入のうちマナグァ市からの収入が約3分の2を占めるため、INAA/ENACALの財政はマナグァ市からの水道料金収入の多寡に左右されることになる。そのため、INAA/ENACAL財源確保の意味からも、首都マナグァの上水道整備事業は常にINAA/ENACALの最優先事業として位置づけられている。すなわち、全国の給水サービス・レベルの向上は、先ず首都マナグァでの改善を手掛け、料金収入によって財源を確保した上で余裕財源を地方都市・農村部の給水施設改善に振り向けるという方針が現在のINAA/ENACAL及び国の戦略となっている。
INAA/ENACALの財政は、次表のとおり毎年安定した利益(50百万コルドバから65百万コルドバ)を上げているものの、1999年には粗収入413百万コルドバ、総支出353百万コルドバと比較的規模が小さい。政府の目標は、都市部のみならず地方への上下水道整備の全般にわたっているが、INAA/ENACALの資金不足のために、都市・地方いずれの地域においても十分なサービスが行き届いていないのが現状である。INAA/ENACALは独立採算制を採っており、水道料金のみで給水施設の運営を行っている。大規模な施設の改善・拡張等の新規事業は、海外ドナー諸国・国際機関の資金援助に頼らざるを得ない状況にある。
表6.3.1-2 INAA/ENACALの操業収入・支出 | ||||||||||||||||||||||||
(単位:百万コルドバ) | ||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
(出典)INAA/ENACAL |
(3)我が国援助の評価
我が国の援助は、政府のみならず地域住民に至るまで認識し、評価されている。特に、マナグァ首都圏の上水道整備については我が国の援助が一手に引き受けている形で、その裨益効果は大きい。
水供給分野における援助としては、以下の4つの無償援助案件が挙げられる(総額:105.28億円)。上述した政府及びINAA/ENACALの水供給分野に関する開発政策に沿った形で、重点地域である首都マナグァ及び首都近隣地域のカラソ台地において上水道整備を実施してきたことから、当該分野の援助は妥当であったと評価できる。
|
また、上記案件及び個別専門家派遣事業(地下水開発に伴う水理地質専門家1人)を通じて、水供給分野における技術移転もなされてきた。この技術移転の効果は、2地域における第1次計画で調査団・技術者から技術移転を受けたINAA/ENACAL職員及び受託民間業者が、第2次計画でもカウンターパートとして施設の運営、維持管理を行う十分な能力、技術力を発揮したことからも明らかである。「ニ」国技術者に欠如している施行管理技術、特に深部での掘削技術に関しては、我が国の高度技術が「ニ」国側技術者に技術移転されたことは評価できる。
さらに環境分野では、個別専門家派遣事業において下水処理池改善(3人)、下水処理技術(3人)、マナグァ市ゴミ処理対策(3人)の総計9人の専門家が派遣され、環境分野の現地関係者に技術移転がなされてきた。
水供給分野における草の根無償案件(1995~2000年度)は14件あり、貧困地域の村落給水事業が中心となっている。これらの案件は住民に直接裨益していることから、評価が高い。
以下、水供給分野における代表的案件として、「マナグァ市上水道施設整備計画」、「カラソ台地地下水開発計画」および「草の根無償案件」を紹介する。
事例 (8):マナグァ市上水道施設整備計画
同計画の実施により、主に以下の経済的効果、社会的効果、環境的効果が発現している。 経済的効果:
社会的効果:
環境的効果:
|
事例 (9):カラソ台地地下水開発計画
また、同計画の対象地域住民60人を対象とした事業完了後の住民意識調査の結果によると、同計画によって新規に水供給を受けることになった地域住民は、下表に示した意識を持っている。40%の住民が「十分な水量を得られる」、26.6%が「質の良い水を得られる」、20.0%が「安定的な水供給を受けられる」ということを意識しており、これまで安全な水への安定的なアクセスを得られてこなかった住民に対して直接的裨益効果が発現した。
同様に、同調査の90%を越える地域住民が水供給による生活の改善を認めていた。その90%の住民が認識している水供給の効果の内訳は、下表のとおりである。第一に、40.6%の住民が「衛生状況の改善」、続いて35.7%の「水系性疾患の減少」、第三に「取水時間の短縮」を水供給の効果として認識していた。
|
事例 (10):草の根無償案件「サン・パトリシオ村飲料水供給支援計画」
農村女性が中心となった住民参加型開発である。受益戸数は165戸に及ぶ。設置前には片道30分通っていた隣村までの水汲み作業が解消された。飲料水の安定確保、家事労働の軽減、衛生環境の改善、水系性病気の減少等の効果が発現している。女性を中心とした飲料水委員会を組織し、維持管理システムも整備され、持続可能な体系を整えている。 |
(4)教訓と提言
(教訓)
水供給分野における援助を通じて認識できた教訓として、以下の3点が指摘される。
(提言)
水供給分野における援助を実施してきた経験から、以下の提言が導かれる。
(1)災害の現況と課題
「ニ」国は、歴史的に様々な自然災害に頻繁にさらされてきた。主な自然災害としては、地震、火山、津波、ハリケーンと熱帯暴風、洪水、旱魃、崖崩れ、が挙げられる。
自然災害による被害が中南米では最大級となっている。1972年から1998年にかけてラテン・アメリカ/カリブ地域で発生した28件の大規模自然災害のうち7件が「ニ」国で発生している。ラテン・アメリカ/カリブ地域諸国経済委員会(CEPAL)のデータによると、1970年から1998年にかけてラテン・アメリカ/カリブ地域では自然災害により87,080名が死亡しているが、そのうち「ニ」国の死亡者は15%に相当する。また、同期間に合計1,200万人の被災者が報告されているが、そのうち「ニ」国の被災者は全体の11.2%に当たる136万人が被災している。さらにCEPALは、1972年から1998年にかけ、累積で62億ドルに及ぶ自然災害による経済損失が発生したものと推定しており、これは「ニ」国の年間GDPの3倍、すなわち年間2億3,800万ドルの損失、1990年代の年間輸出額の40~50%に相当する額である。
1998年に中米諸国を襲ったハリケーン・ミッチは、「ニ」国の過去30年間において最大級の自然災害であった。このハリケーンは国際的分類でも最高度に達したもので、「ニ」国の社会経済及び自然環境に甚大な被害をもたらした。その深刻な影響は17県のうち9県に集中し、推定で3,045名の死亡者と867,752名の被災者を生んだ。約13億3,650万ドルの経済損失を発生させ、そのうち60%超が国道網での被害であった。また、このハリケーンにより国土調査院が受けた損害が約727,000ドルにのぼったことは一例を示すものである。
表6.3.2-1 ハリケーン・ミッチによるニカラグァ国土調査院施設の被災規模 | ||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
(出典)ニカラグァ国土調査院 |
こうした自然災害は、全国土に広がる火山灰土が水による浸食に弱いということに加え、全国的に森林伐採が進んだこと、農村からインフラの未整備な都市周辺に移住してくる住民が増えたことによって増大したと考えられる。さらに、市民の防災意識が低く、政府の防災システムも未だ充分機能していない状況にあることも指摘される。災害告知や緊急避難などの防災システム、防災ネットワークの構築を図るとともに、国民への防災教育を進めることが求められている。
(2)防災政策・制度
これまでにも様々な自然災害が発生したが、政府としては人命の犠牲及びインフラへの被害について目立った対策を取ってきていない。これは、自然災害への対策が事前防止ではなく、主として被災後の復興措置に重点を置かざるを得なかったという事実による。自然災害を防止するという意識が低いと認めざるを得ない。
1980年代末には、国連の推進による国際自然災害緩和対策10ヵ年の枠組みを基に、1989年7月に設置された国家自然災害防止委員会が、民間防衛組織(国軍に属する機関)の中央本部職員の調整任務の下、多くの公共機関と民間機関が防災活動に参加し始めていた。しかしながら、その後90年代の経済的制約と社会問題のため、この災害管理制度の発展も阻まれてきた。特に、ハリケーン・ミッチ被災後では、その防災体制の弱体ぶりが露呈された。
最近は自然災害、防災に対する意識が高まってきている。現在、新たな国・地域レベルでの防災体制を確立するため、政府が中心となって以下のような制度・組織が整備され始めている。
(a)法制度
政府は、国家政策の重点分野の一つとして防災に関する法制度として、 1) 自然災害防止法、2) 国家災害防止・緩和制度、3) 中南米地域災害防止計画、4) 災害早期防止制度、等を整備し、新たな防災体制確立に努めている。
(b)組織
政府は、上述の法制度の整備を受けて、1) SNPMAD、2) 地域委員会、3) INETER、4) 災害復旧委員会といった機関・組織を中心として、国・地域レベルでの防災に係る組織体制の強化に努めている。
(3)我が国援助の評価
防災分野に関連する我が国の援助としては、以下の7つの無償援助案件が挙げられる(総額:8.46億円)。加えて、個別専門家派遣事業においても総計29人の専門家が活躍してきた(地球物理観測1人、測量技師1人、防災・災害対策3人、地震・津波災害救済チーム11人、ハリケーン災害救済医療チーム13人)。火山噴火、地震、津波、ハリケーン災害といった幅広い自然災害に対して、我が国の自然災害分野における豊かな経験に基づいて、緊急・復興援助を実施してきたことは、「ニ」国側からも高い評価を受けている。
|
一方、上記案件一覧に見られる通り、これまでの我が国の対「ニ」国援助では、防災という観点からの援助に関してはこれまで重点を置いてこなかった。我が国の対「ニ」国への防災分野に関連する援助は、事後対処的に行う被災後の災害緊急・復旧援助という形態で人道的に援助する場合がほとんどであった。このように我が国が、防災ではなく、災害緊急・復旧援助へ重点が置かれてきたのは「ニ」国側の以下の諸要因にもよるからである。
しかしながら、ハリケーン・ミッチ被災後、防災に対する意識の高まりをみせていることから、我が国も防災分野での援助を実施し始めている。表6.3.2-2に示すように、1990年代後半から防災関連の研修・会議等が我が国の援助によって実施されてきている。2000年には、JICAが実施機関となり、防災分野に関する3つの技術移転研修を開催されている。我が国で開催された自然災害・防災に関する国際会議・研修会にも研修員を受け入れている。
表6.3.2-2 ニカラグァ国内での防災に関する技術移転研修者数 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(出典)ニカラグァ国土調査院 |
さらに、2000年から2004年にかけて、JICAは「北部太平洋地域防災森林管理計画調査」を農牧林業省国家林業庁と実施している。同調査は、ハリケーン・ミッチによる被害の大きかった北部太平洋岸地域(約100万ha)を対象として、住民参加による森林管理を通じた水土保全機能の向上を目的としたものであり、防災政策及び時機が合致した調査と評価される。
以上のとおり、我が国は、これまでは緊急災害援助に重点を置いて「ニ」国の社会経済の復興を支援してきており、また近年では防災の見地からの援助を実施し始めていることから、「ニ」国側の防災政策に沿った援助を実施していると評価することができる。
(4) 教訓と提言
防災分野は、ハリケーン・ミッチでみられた自然災害に対する社会的な脆弱性のように、未整備な姿が散見されている。総合的な防災体制は未だ確立されていない。従って、防災分野において高度な技術と豊かな経験を有する我が国が、積極的に防災分野を支援していくことは意義が深いと考えられる。特に、以下の3項について支援することが効果的であろう。
(a)組織・制度の整備及び実施支援
近年、政府は防災分野の法制度を整備し、国・地域レベルでの防災に係る組織体制の強化に努め、新たな防災体制確立に努めている。しかしながら、実施細則に関しては未確立な部分も多く、実施組織も十分に機能できる状態になっているとはいい難い。特に、地域・コミュニティー・レベルでの組織化は重要であり、地方行政組織や現地NGOとの連携も図る必要がある。我が国の経験を踏まえ、より効果的な防災体制を確立できるよう組織・制度面に支援を広げることが望まれよう。
(b)防災分野における環境整備
政府が経済安定化・復興を第一に掲げていることから、これまで防災分野に係る環境整備に手が回せてこなかった。また、防災分野に係る環境整備事業を実施するための指針となるハザード・マップや防災マップも作成されていない。我が国が、ハザード・マップや防災マップの作成に協力し、それを踏まえた防災分野の環境整備を実施することは意義が大きい。特に、治山・治水・砂防、河川・灌漑流域管理、森林保全・造成事業、気象・水文、火山活動・地震観測体制等の整備、情報通信技術の活用による早期警戒システムの整備に重点を置くことが考えられる。
(c)技術移転
「ニ」国技術者には防災分野における技術が未だ蓄積されていない。防災事業実施において技術的な困難性に直面しており、人材育成が必要とされている。防災に関連した現地研修・セミナーや研修などを通じて、防災関連での人的資源開発と技術移転を横断的な観点から実施することが望ましいと考えられる。