5.4 セクター別インパクト分析
(1)分析手法
先に示した表5.1-1、及び表5.2-1から90年代のODAはマクロ経済へ大きな影響を与えていたと考察される。本節では、ODAのセクター別累積供与額とニカラグァのマクロ経済指標(セクター別GDP)との統計的な因果関係の有無を調べ、有意な関係が認められる場合におけるODAのマクロ経済指標へのインパクトの度合いを分析する。
マクロ経済指標としてニカラグァ中央銀行の統計年報から、1990~2000年までの下記10セクターの名目GDPを採用した(表5.4-1参照)。
- 農業
- 製造業
- 建設
- 鉱業
- 商業
- 公共サービス
- 運輸・通信
- 金融
- 電気・水道
- その他
表5.4-1 セクター別名目GDP |
(単位:million cordobas) |
|
1990 |
1991 |
1992 |
1993 |
1994 |
1995 |
1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
2000 |
農業 |
454.6 |
2103.5 |
2661.6 |
3197.6 |
3882.1 |
4523.1 |
5281.7 |
6064.1 |
7087.7 |
8247.9 |
9840.5 |
製造業 |
256.8 |
1293.9 |
1531.9 |
1884.9 |
2047.0 |
2316.9 |
2622.6 |
2949.6 |
3405.3 |
3878.4 |
4407.9 |
建設 |
44.4 |
174.3 |
215.2 |
268.4 |
366.4 |
478.7 |
635.0 |
763.0 |
952.0 |
1559.5 |
1920.5 |
鉱業 |
7.7 |
36.2 |
52.4 |
64.8 |
62.7 |
90.6 |
122.5 |
146.9 |
215.1 |
256.1 |
220.5 |
商業 |
353.6 |
1793.9 |
2083.0 |
2627.4 |
2791.5 |
3255.1 |
3803.9 |
4359.8 |
5149.3 |
6001.6 |
6846.3 |
公共サービス |
150.5 |
616.2 |
910.9 |
915.3 |
910.9 |
981.7 |
1175.2 |
1394.1 |
1645.0 |
2226.2 |
2615.2 |
運輸・通信 |
60.3 |
287.5 |
360.4 |
420.7 |
416.6 |
485.9 |
567.7 |
650.9 |
767.3 |
893.6 |
1020.3 |
金融 |
44.4 |
207.6 |
256.7 |
304.7 |
333.0 |
381.6 |
439.3 |
500.0 |
590.2 |
683.3 |
785.9 |
エネルギー、水道 |
17.4 |
83.3 |
106.2 |
129.6 |
144.4 |
169.6 |
199.5 |
229.9 |
265.9 |
297.6 |
338.7 |
その他 |
127.1 |
624.3 |
785.7 |
936.1 |
1017.7 |
1172.0 |
1356.1 |
1542.7 |
1803.6 |
2081.7 |
2413.5 |
GDP(市場価格) |
1516.8 |
7220.7 |
8964.0 |
10749.5 |
11972.3 |
13855.2 |
16203.5 |
18601.0 |
21881.4 |
26125.9 |
30409.3 |
|
(出典)ニカラグァ中央銀行 |
一方、ODAのセクター別統計データとして、ニカラグァ経済協力庁の開発援助報告書から1990~2000年までの下記13セクターの援助実績を採用した(表5.4-2参照)。
- 農業
- 工業
- 天然資源
- その他の生産セクター(鉱業、漁業、農村開発庁によるその他のプログラム)
- エネルギー
- 運輸・通信
- 水道・衛生
- その他の経済インフラ(電気通信、港湾、建設など)
- 保健・医療
- 教育
- 社会開発プログラム(貧困対策、ハリケーン復興など)
- その他の社会分野(文化、地方政府によるプロジェクト、住宅・施設整備など)
- その他(組織・制度の整備、強化など)
表5.4-2 セクター別開発援助 |
(単位:千ドル) |
|
1990 |
1991 |
1992 |
1993 |
1994 |
1995 |
1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
2000 |
農業 |
44511.3 |
48249.2 |
48920.6 |
62577.9 |
62921.9 |
45212.6 |
32225.0 |
47093.6 |
37259.4 |
71731.1 |
71356.7 |
工業 |
134817.0 |
77057.5 |
74824.3 |
55993.3 |
57792.6 |
47169.4 |
14617.6 |
9837.9 |
13935.0 |
31.6 |
362.0 |
天然資源 |
5732.6 |
9202.1 |
11866.0 |
13566.0 |
13918.1 |
7319.9 |
10505.5 |
10902.5 |
13604.9 |
16588.3 |
22000.7 |
その他生産部門 |
18272.9 |
12469.4 |
8639.8 |
4333.8 |
6539.8 |
6095.3 |
40253.4 |
43493.4 |
34457.1 |
38700.4 |
26283.1 |
エネルギー |
47113.4 |
24510.6 |
41273.3 |
23255.7 |
34541.8 |
24967.1 |
23529.2 |
20631.5 |
10013.9 |
7717.9 |
5857.1 |
運輸・通信 |
5576.7 |
1427.4 |
15110.4 |
30888.8 |
23446.3 |
19902.4 |
50776.0 |
46081.7 |
49788.9 |
53863.4 |
86223.3 |
水道・衛生 |
4000.8 |
2462.7 |
3336.1 |
14402.7 |
23465.6 |
29584.7 |
32437.7 |
48613.4 |
11854.8 |
18081.6 |
28761.1 |
その他経済インフラ |
51436.5 |
16794.5 |
7797.7 |
25167.7 |
24188.1 |
31109.1 |
4911.9 |
1508.1 |
29580.0 |
24265.0 |
0.0 |
保健・医療 |
17170.8 |
34018.8 |
20174.4 |
26194.6 |
26164.8 |
43607.6 |
46918.4 |
31300.0 |
35084.5 |
31524.1 |
33053.6 |
教育 |
5727.1 |
7175.9 |
7599.0 |
9515.9 |
17901.9 |
23083.0 |
14864.5 |
28906.6 |
23464.8 |
32628.0 |
48589.6 |
社会プログラム |
72807.4 |
62118.8 |
46150.3 |
51255.3 |
53195.6 |
55314.8 |
41634.0 |
48231.8 |
52970.2 |
54015.5 |
79860.3 |
その他社会分野 |
3773.9 |
4984.5 |
25555.5 |
15875.2 |
27280.3 |
16591.1 |
13227.3 |
17677.6 |
18809.4 |
41897.0 |
13763.3 |
その他 |
62447.5 |
36796.4 |
24799.9 |
22799.7 |
31808.7 |
34279.7 |
49437.7 |
26301.5 |
25931.1 |
35425.6 |
35325.7 |
合計 |
473387.9 |
337267.8 |
336047.3 |
355826.6 |
403165.5 |
384236.7 |
375338.2 |
380579.6 |
356754.0 |
426469.5 |
451436.5 |
|
注:プロジェクト援助のみ(除く金融援助) (出典)ニカラグァ経済協力庁 |
以上1990~2000年までの11年間に及ぶ10のGDPセクターと13のODAセクターのデータを用いて分析を行う3。分析に際しては、上記の各基礎データを特定の指数に変換(対数型)し、グランジャー因果テストを行い、そして、その結果に基づいて回帰分析を行うというステップを踏んでいる。
なお、本章での分析に用いたマクロ経済および援助額の各種データは基礎データを以下のように変換している。
図5.4-1 マクロ経済データ交換方法 |
 |
図5.4-2 ODAデータ |
 |
(2)グランジャー因果テスト
ODAの効果を計測する際に、ODAという説明変数がGDPなどの被説明変数と因果関係があるか否かを検証する必要がある。例えば、GDPとODAの関係を考えると、ODAの変化が原因でGDPが変化したのか(ODA→GDP)、それともGDPが変化したのが原因でODAが変化したのか(ODA←GDP)、または因果関係は無いのかなどを確認する必要がある。これを明らかにするためにグランジャー因果という概念を導入する。仮に、ODAに関する過去の情報がGDPの予測を改良するのに役立つならばODAはGDPのグランジャーの意味で原因になっていると言える。このことをテストするのがグランジャー因果テストであり、計量ソフト(TSP)を用いて検証する。
- 分析モデル:
- 1) Y= a0 + Σb1Yt-1 + Σc1Xt-1 +ε1,t
- 2) X= d0 + Σe1Xt-1 + Σf1Yt-1 +ε2,t
(ここで、Y=GDPセクター、X=ODAセクター、εは確率的撹乱項である。)
モデルの有意性は検定統計量F値により判断する。推計されるF値が標本数と独立変数の数によって統計学的に決まる一定の値より大きければモデルが有意であると判断し、逆に小さければモデルの有意性を否定する。その結果、モデル1)の推計F値が有意で、モデル2)のF値が有意でないという結果の場合は、XはYのグランジャーの意味で原因になっているといえる。また、逆にモデル1)のF値が有意でなく、モデル2)のF値が有意だとするとYはXのグランジャーの意味で原因になっているといえる。仮に、2つのモデルのF値が両方とも有意なら因果関係を特定することはできず、また、2つのF値がともに有意ではない場合はXとYまたはYとXの因果関係はないと判断する。
回帰分析では以上のようにして検証した結果からモデル2)の推計F値が有意でモデル1)のF値が有意でないという結果、つまりXはYのグランジャーの意味で原因になっていないと統計的に検証された変数を除いたものだけを用いて、Y(セクター別GDP)を従属変数、X(セクター別ODA)を独立変数としてモデル分析を行う。
(3)回帰分析
グランジャー因果テストで因果関係は認められるが、それがマクロ経済にどの程度のインパクトを与えているのかを検証し、ODAの分野別インパクトを考察する際の一助とするために回帰分析を行う。
回帰モデルは、非線型単回帰モデル(Y=αXβ)を仮定している。同回帰モデルを対数変換により線形回帰モデル(logY = logα + βlogX)に変換し、最小自乗法または最尤法によって推計する。
(4)推計結果
以上のような計量経済モデルを用いて対ニカラグァの分野別ODA評価を行った結果を表5.4-5に示す。表の各列にセクター別ODA(説明変数)を、そして各行にはセクター別GDP(被説明変数)を示している。この表では回帰分析の結果得られた統計学的に有意な係数のみを示している。各係数値はGDPのODA弾性値を示していおり、弾性値が大きいほうがインパクトが大きいと判断される。このようなODAのセクター別インパクト評価結果によると、ニカラグァの経済開発にとって最もインパクトのあるODAセクターは電気通信、港湾、建設などの経済インフラ分野(全弾性値:9.880)であり、次に組織・制度整備、強化などの分野(全弾性値:8.584)や貧困対策、ハリケーン復興などの社会開発プログラム(全弾性値:5.739)、そして鉱業、漁業、農村開発庁によるその他のプログラムを含む生産セクター(全弾性値:5.605)への援助が効果的であると考えられる。
表5.4-3 セクター別GDPのセクター別ODA弾力性 |
GDP\ODA |
農業 |
工業 |
天然資源 |
その他の 生産分野 |
エネルギー |
運輸・通信 |
水道・衛生 |
その他の 経済インフラ |
保健・医療 |
教育 |
社会開発 プログラム |
その他の 社会分野 |
その他 |
農業 |
- |
- |
- |
0.613 |
- |
- |
- |
1.020 |
- |
- |
0.633 |
- |
0.887 |
製造業 |
- |
- |
- |
0.491 |
- |
- |
- |
0.806 |
- |
- |
0.513 |
- |
0.706 |
建設 |
0.726 |
- |
- |
0.992 |
0.985 |
- |
- |
1.473 |
- |
- |
0.934 |
- |
1.407 |
鉱業 |
0.686 |
1.097 |
- |
0.821 |
0.965 |
- |
- |
1.336 |
0.577 |
- |
0.884 |
- |
1.178 |
商業 |
- |
- |
- |
0.550 |
- |
- |
- |
0.895 |
- |
- |
0.543 |
- |
0.783 |
公共サービス |
- |
- |
- |
- |
0.625 |
- |
- |
0.862 |
- |
- |
- |
- |
0.768 |
運輸・通信 |
- |
- |
- |
0.507 |
- |
- |
- |
0.811 |
- |
- |
0.530 |
- |
0.674 |
金融 |
- |
- |
- |
0.532 |
- |
- |
- |
0.867 |
- |
- |
0.541 |
- |
0.695 |
電気・水道 |
- |
- |
- |
0.564 |
- |
- |
- |
0.936 |
- |
- |
0.603 |
- |
0.774 |
その他 |
- |
- |
- |
0.535 |
- |
- |
- |
0.874 |
- |
- |
0.558 |
- |
0.712 |
計 |
1.412 |
1.097 |
0.000 |
5.605 |
2.575 |
0.000 |
0.000 |
9.880 |
0.577 |
0.000 |
5.739 |
0.000 |
8.584 |
|
注1:各ODAセクターを説明変数、各GDPセクターを被説明変数として最小二乗法、または最尤法により推計した。
注2:各推計モデルは単回帰モデルであり、グランジャー因果テストにおいて有意な関係が認められる変数のみを用いて推計した。
注3:各推計値は統計的に有意なものだけを示している。
注4:ODAセクター(その他の生産分野、その他の経済インフラ、社会プログラム、その他)の内容は以下の通りである。
(1)その他の生産分野:鉱業、漁業、農村開発庁によるその他のプログラム
(2)その他の経済インフラ:電気通信、港湾、建設など
(3)社会開発プログラム:貧困対策、ハリケーン復興など
(4)その他の社会分野:文化、地方政府によるプロジェクト、住宅・施設整備など
(5)その他:組織・制度整備、強化など |
表5.4-6はGDPセクター間の因果関係のテスト結果を示している。各列が因果関係の“原因”を示しており、グランジャー因果テストにより有意な関係が認められたものを“+”と表現している。このテスト結果によると、公共サービスや金融セクターなどの成長と他のGDPセクターの成長との因果関係が認められる。つまり、これらのGDPセクターがニカラグァの経済成長に比較的高く寄与していると言える。次に、この表の各行に着目すると金融や電気・水道、商業のポイントが比較的多い。各行は因果関係の“結果”を示しており、あるセクターの成長が当該セクターの成長に寄与していることを示している。つまり、金融や電気・水道、商業などのセクターは他のセクターの成長による影響を比較的受け易いと判断される。
表5.4-4 セクター別GDPの連関 |
 |
注1 各列のGDPセクターの成長と各行のGDPセクターの成長との因果関係を示している。
注2 各列が因果関係の“原因”であり、各行が“結果”を示している。
注3 列の合計および行の合計とは、それぞれ「+」の数を示している。 |
3 分析に用いたデータの出所は以下の通りである。
- ODAデータ(含全ドナー):Secretaria De Relaciones , Economicas Y Cooperacion, Informe De La Cooperacion Externa, various years.
- マクロ経済データ:Nicaragua Central Bank.