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VI 貧困軽減に向けて


 途上国援助をめぐって最近特に貧困問題が論議されるようになった背景には、これまでの途上国援助の経験に基づく反省がある。国際機関、先進諸国は途上国の経済発展を援助してきたが、先進国と途上国の経済格差は縮まらなかったし、一部では途上国国内で富める者と貧しい者との経済格差を拡大させてしまった。こうした状況に対し、トリックル・ダウン仮説(経済成長の恩恵はやがて貧しい人々にも「滴り落ちる」とする仮説)の妥当性に対する疑義が出された。

 そうした結果、1960年代後半から雇用の増大、公正な所得分配、あるいはベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)の充足を開発戦略と援助政策の主要課題とすべきとされるようになった。対象となる貧困グル-プとして、農村のターゲット・グループである(イ)小規模農民と、(ロ)土地無し労働者あるいは準限界的農民、および都市のターゲット・グループである(ハ)都市の不完全就業者と、(ニ)都市の失業者、が特定された。BHNとしては、栄養、健康、教育、水と衛生、住居の5分野がカバーされる。

 世銀の『1990年世界開発報告』は、過去30年間にわたり発展途上国が著しい経済発展と福祉の改善を遂げてきたにもかかわらず、なお「10億人以上の人々が貧困のなかにある」とし、持続可能な貧困克服対策として、第1に「貧困層が最も潤沢に有する資産である労働を生産的に利用すること」、第2に「貧困層に基礎的な社会サービスを提供する」ことを提唱した。UNDPも『1990年人間開発報告』を公表した。この報告の理論的支柱となったのが、アマルティア・センのケイパビリティ(潜在的選択能力)概念である。貧困とは個々人の基礎的ケイパビリティが欠如している状態のことであり、開発とは個々人のケイパビリティの拡大を意味するという考えである。「貧困」は所得水準だけでは十分に測定できない複合的な現象であり、貧困対策も、分野を横断した多面的かつ包括的なアプローチが必要であるとされるようになったのである。

 経済成長がなければ、貧困問題は解決できない。しかし経済成長は貧困解消にとって一つの不可欠の前提条件ではあるが、十分条件ではない。結局、途上国の貧困問題を解決するためには経済・社会インフラ開発プロジェクトと貧困層にターゲットを絞ったプロジェクトがバランスをとった形で、また相互に有機的にかかわりあう形で、実施される必要がある。

 今回、事例としてカンボジアをとりあげた。カンボジアは労働力人口においても、GDPの構成比においても、農林漁業の比重の高い農業国である。しかし、農業の生産基盤は内戦とポルポト時代に破壊され、回復は大きく立ち遅れており、農村部にカンボジアの貧困な人々のおよそ9割が居住しているという状況にある。

 こうしたカンボジアにおいては、貧困軽減のために、まず農業分野の生産基盤の復興、整備がはかられねばならない。ただ、生産基盤のみに焦点を当てただけでは貧困問題の解決は得られないことは、すでに述べた国際機関、諸先進国の経験が教えてくれている。カンボジアへの援助が再開されたのは1992年にすぎず、その後も政治的混乱により援助プロジェクトが十分に進行したとはいえない。いわば、まさにカンボジアに対する本格的な援助がこれから開始されようとしているわけであり、そこでは国際機関・各ドナーの過去の教訓が最大限に生かされなければならない。

 本報告書では、カンボジアの貧困軽減に関わる分野として、前節で、カンボジアの社会、経済基盤に関わる農業、ベーシックニーズに関連する保健医療、安全な水、教育の分野が貧困軽減にもたらす効果が大きいとの視点からみてきた。そうしたなかで、カンボジアの貧困軽減に向けた援助を行うに当たって、考慮しなければならないいくつかの固有の特徴が明らかとなった。

 まず、第1は、政治的安定の確保、行政機構面の整備である。これに対しては経済運営、開発行政の分野にすでに多くの援助がなされ改善されつつある(表4-2)。ただ、行政組織、行政制度、政策面の改革は重要であり、「良い政策と良い制度のもとでは援助は有効に機能する」との世界銀行の報告『援助を評価する』(Assessing Aid: What Works, What Doesn't, and Why, Oxford U.P.)の教訓をあらためて認識することが重要である。同報告書で指摘した点は以下であった。

  • (イ)資金援助は、良い政策環境の下では、有効に機能する。
  • (ロ)経済制度や経済政策の改善は、貧困の軽減に飛躍的な進展をもたらす。開発途上国の社会が改革を希求している場合には、外国からの援助は、アイデア、訓練、資金の面において、きわめて重要な手助けとなる。
  • (ハ)外国からの公的援助は、民間投資と補完的な関係にある。
  • (ニ)援助は、開発途上国に対して、知識と資金をパッケージとして提供するものである。開発プロジェクトの真価が発揮されるのは、資金の提供という点においてではなく、制度や政策の強化に対する貢献においてである。

 第2は、カンボジアに特有の「傷つきやすい」グループの存在である。カンボジアでは過去の不幸な時代のゆえに、貧困と深く関わっているグループとして、(イ)女性と子供のみからなる世帯、(ロ)地雷被害者(四肢切断者)を含む世帯、(ハ)プノンペンにおける貧困世帯と農村部における貧困世帯、(ニ)地雷埋設地域に居住する世帯という、社会的弱者、4つの「傷つきやすい」グループが存在する。こうしたグループに対する「貧困プロジェクト」を開発計画の中に適切に位置づけることが必要である。また、30歳代の年齢層において中等教育を受けた人々の割合が、その前後の年齢層の割合に比して格段に低い。開発を進めるにあたってこうした人々への配慮も同時に織り込まなければならない。ベーシック・ニーズの充足というかたちで、保健・医療、教育、水と衛生といった分野の整備がなされる必要がある。

 カンボジアの教育システムの再構築に向けて、対カンボジア援助総額の約10パーセント弱が振り向けられている(92~98年累計)。それは、ハードの分野(校舎の建設や改修、学校の居住環境の整備等)からソフトの分野(教科書作りの支援、教師の訓練、教育行政システムの構築等)に至るまで多岐にわたっている。日本も、小学校建設、女性開発センター建設、職業訓練事業等で貢献している。とはいえ、カンボジアにおける教育システム再構築には多くの課題がある。とりわけ、緊急の最優先課題として、基礎教育の拡充が指摘される。そのためには、教師の量的および質的な拡充に向けた支援が重要である。

 保健・医療分野における援助協力は、(イ)日本による母子保健センターに対する協力のように特定の大規模病院を整備するもの、(ロ)特定地域の住民の健康水準の向上を目指して、保健指導、地域病院・施設の整備などを行うもの、および(ハ)保健省の業務能力の開発に協力するもの、この3種類に区別されると考えられる。いずれの取り組みもカンボジアの現状に照らせば等しく重要なものであるが、「傷つきやすい」グループと直接関わる援助は(ロ)の特定地域の住民に対する援助である。こうした分野の援助活動はこれまで主にNGOによって担われてきた。したがって、貧困軽減という視点から「傷つきやすい」グループをターゲットとして考える場合、NGOとの連携を積極的に進めていくことが望ましいと考えられる。こうした視点から、草の根無償、NGO補助金、新しいスキームである開発福祉支援事業等は今後効果が期待される援助形態であり、活用すべきである。

 第3は、農業基盤の拡充にかかわるものである。農業の中心である米の生産は1960年代を凌駕するに至ったのはごく最近である。それほど農村の生産基盤は崩壊していたのである。農業生産基盤の修復、整備は早急に実施しなけらばならない課題である。これまで農業・農村には援助を必要とする多くの事項があるものの、現実には各種インフラストラクチャーの修復・整備が不十分なため、外国人が農村部深く入って農業・農村開発プロジェクトを展開することは容易ではなかった。これは、ひとり我が国のみならず、他の援助国、国際機関やNGOにとっても、同様に困難なものであった。農村の開発こそ貧困問題解決へまず取り組まなければならないテーマである。

 カンボジアは中・長期的には、農業開発重視、とりわけ米作の発展、米輸出能力の向上と、ゴムや木材など輸出可能な産物の安定的、かつ持続的発展を基礎とすべきである(森林伐採に関しては透明性の高い伐採計画、持続的な植林計画を確立し、国庫の収入増となるものでなければならない)。米作については水平的な水田面積の拡大と、灌漑整備や優良種子、肥料管理の改善などを通じての単収の向上という垂直的発展とを実現する必要がある。労働集約的な農産加工業を振興し就労機会の増加を実現することも必要である。と同時に、輸送に問題があっては集荷もおぼつかないため道路網の整備も行われなければならない。

 今後の経済協力において以下を充実されることが望まれる。

(1)グランド・デザイン、ナショナル・プランの作成

 メコン河のような複数国を貫流する国際河川の灌漑計画や複数国をカバーする運輸・通信の幹線計画の策定は国際的な視野からなされなければならない。とりわけ国際河川の流域で大型の利水・治水事業を展開する際には関係諸国間の相互了解と利害の事前調整が必要であり、そのためには流域全体を俯瞰する利水・治水の総合的な基本計画(グランド・デザイン)を関係諸国が共有していることが不可欠である。「大メコン圏構想」が動き出しつつあり、カンボジアはこうしたグランド・デザインを下敷きにナショナル・プランを策定していかなければならない。こうしたことを念頭に置いて、以下の計画が策定されることが望まれる。

  • (イ)インドシナ諸国をカバーする運輸・通信、利水・治水等の広域グランド・デザイン作成。
  • (ロ)カンボジア全土の医療・保健、教育・訓練、運輸・通信、利水・治水等のナショナル・プラン作成。

(2)本格的な農業・農村開発援助

 農業国であるカンボジアで経済復興や貧困軽減を実現するためには農業・農村開発援助を重視しなければならないことは認識されながらも、これまで政情不安に加え、カンボジア側の援助吸収体制の不備などのために農業・農村開発援助は十分実施されないできた。ようやくカンボジアでは政情も安定しつつあり、本格的な農業・農村開発援助を実施しうる環境も整ってきた。カンボジア側の住民レベルの参加も図りながら以下のような農業・農村開発援助を実施することが望まれる。

  • (イ)灌漑施設の修復、整備と拡張。
  • (ロ)道路をはじめ運輸・通信施設の整備、拡張。
  • (ハ)教育・訓練、衛生、医療・保健施設の整備、増設。
  • (ニ)農業協同組合、農業共済制度等の組織化。

(3)草の根無償資金協力の強化

 本格的な農業・農村開発援助はきわめて有意義であり、大きな効果が期待されるものの、その恩恵から取り残されがちな「傷つきやすい」グループにも同時に援助の手を差し延べることが必要である。草の根無償資金協力等を一層強化し、NGOとも連携し、以下のような援助を拡充する必要がある。

  • (イ)小規模灌漑水路、ため池の修復・掘削、井戸掘りを通じて農業生産基盤の整備と生活改善をすすめる。
  • (ロ)道路整備によりマーケットへのアクセスを改善する。
  • (ハ)米銀行など農村信用事業を振興し、貧困層に対する無利子融資、食糧補助・配給基金の創設を支援する。
  • (ニ)信用事業で小家畜、家禽類、肥料、優良種子、小型灌漑用ポンプ、役牛などの導入、普及をはかり、貧困層への無利子融資制度創設を支援する。
  • (ホ)小規模農産加工業の設立を支援して雇用創出に努め、貧困層対象の特別な雇用創出をはかる。
  • (ヘ)各種職業訓練を充実し、教育の普及・充実を支援する。
  • (ト)医療・保健・衛生事業を支援し、貧困層への無・低料金制医療の導入をはかる。

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